昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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第1章 昭和59年度の日本経済

第4節 改善テンポの緩やかだった家計部門

景気拡大2年目で企業部門が好調を続ける一方で,家計部門の改善テンポは緩やかだった。59年度の春季賃上げ率は前年をわずかに上回ったものの緩やかなものにとどまり,家計の消費支出も緩やかな増加を続けてきた。しかし,景気上昇の影響は次第に家計部門に波及し,賞与等を中心に家計の所得も伸びを高め,60年度春季賃上げ率も前2回に比べ高まった。こうした所得面の動きに伴って,消費支出もこのところやや伸びを高めてきている。また,58年度まで低水準を続けてきた住宅投資も緩やかながら持ち直してきた。このように,家計部門の需要も次第に改善してきた。

1 次第に伸びを高めた家計所得

(低下した労働分配率)

景気上昇2年目の59年度を通じ,企業の収益は増益を続けたが,もう一方の雇用者の所得の伸びは緩やかであった。59年度の国民所得統計ベースの雇用者所得(名目)の伸びは前年度比5.5%増と,景気停滞局面だった57年度(同5.8%増),景気回復1年目の58年度(同5.0%増)と同程度の伸びにとどまった。

このため,59年度には労働分配率も低下した。法人企業統計季報による全産業の労働分配率は,58年度平均74.6%から59年度平均74.2%へとやや低下した( 第1-28図 )。

(次第に伸びを回復した勤労所得)

景気上昇1年目の58年度と2年目の59年度とを比べてみると,春季賃上げ率(主要企業,労働省調べ)は58年4.40%の後,59年4.46%と,0.06ポイント上回ったもののほぼ同水準であった。また,上に述べたように,国民所得統計ベースの雇用者所得も,58年度5.0%増,59年度5.5%増とほぼ同様な伸びであった( 第1-29表 )。しかし,このことは,必ずしも59年度の勤労者1人当たりの所得が改善しなかったことを示すものではない。国民所得統計ベースの雇用者所得を雇用者総数で割った1人当たり雇用者所得は,58年度2.6%増に対し,59年度4.1%増と,伸びを高めている。その差は雇用者数の増加率であり,58年度には2.4%増という大幅な伸びとなったのに対して,59年度は1.4%増と伸びが鈍ったことによるものである。

58年度と59年度とで春季賃上げ率がほぼ同じだったにもかかわらず1人当たり雇用者所得の伸びが大きく異なった理由は次のとおりと考えられる。

第1は,春季賃上げ率と給与総額の伸びとの差である。所定内給与分については大きな変化はなく,所定外給与も58,59両年度とも7.7%増(全産業,30人以上事業所)と同程度の伸びであったが,特別給与は,58年度は著しく伸び悩んだのに対し59年度には伸びを回復し,冬の賞与(主要企業,労働省調べ)は5.2%増となった。

第2は規模別の賃金上昇率の相違である。58年度には30人以上事業所の現金給与総額3.2%増に対し,5~29人事業所では2.2%増と,やや大きな差があり,全雇用者の平均給与の伸びが春季賃上げ率をベースに決まる大・中堅企業雇用者の給与の伸びを下回っていたのに対し,59年度には30人以上事業所4.3%増,5~29人事業所4.4%増と,5年ぶりに小規模企業の現金給与の伸びが規模のより大きい企業のそれを上回った。

以上をまとめると,59年度は,春季賃上げ率こそ58年度と同水準であったものの,賞与の伸びや小規模企業での賃金の伸びの回復等により,1人当たり雇用者所得では着実に改善した年であったと言える。

なお,59年度はこうした給与所得の改善に加えて所得税・住民税減税が行われ,家計の可処分所得の増加に寄与した。総務庁統計局「家計調査」によれば,所得税減税の行われなかった53年度から58年度までの6年間に,勤労者世帯の実収入(名目)の年平均伸び率5.8%増に対し可処分所得は同4.9%増となっていたが,59年度は減税の効果から実収入が前年度比4.6%増だったのに対し可処分所得は同4.4%増と,ほぼ同様な伸びとなり,可処分所得は59年度に伸びが高まった。

①60年度の春季賃上げ率は,景気拡大の持続,企業収益の一層の増大,労働力需給の改善等を反映して,5.03%増(主要企業,労鋤省調べ)と3年ぶりに5%台の伸びとなり,これに加え,②所定外労働時間は高水準で頭打ちになっているものの企業収益増を反映した賞与が支払われると考えられること,③労働力需給の改善等を背景に小規模企業の賃金上昇率が伸びを高めてきたこと等の要因がある。こうしたことから,60年度の勤労者の所得は着実に増加すると期待できよう。

(勤労所得以外の所得)

雇用者所得以外の所得についてはどうであろうか。まず個人営業世帯の所得については,総務庁統計局「個人企業経済調査」の営業利益と人件費の合計をみると,58年度には前年度比6.9%増となった後,59年度に入って前年度割れで推移している。同「家計調査」の消費支出をみても一般世帯の消費の伸びが鈍いところから,個人営業世帯の所得は勤労者世帯に比べると低調だったのではないかと思われる。

農家世帯については,農業粗収益の30.5%(58年度)を占める稲作が,59年の水稲の作柄が作況指数108で「良」と,5年ぶりの豊作になったことなどから,農業所得が増加し,農外所得も景気の回復を反映して増加したため,農家総所得は引き続き堅調に推移し,59年度概算には前年比4.6%増(実質3.4%増)となった。

以上,家計の所得は,60年度に入って着実な増加を示していると考えられる。

2 緩やかな増加となった家計消費

(家計消費の推移)

59年度は勤労者世帯の家計の可処分所得の伸びが58年度に比べて高まったが,消費支出の伸びはこれに比べ緩やかで,実質の伸び率は58年度を上回ったものの57年度に比べれば低かった( 第1-30図 )。消費性向はわずかながら低下した( 第1-31図① )。

国民所得統計による民間最終消費支出の伸び(実質)をみると,58年度3.1%増のあと59年度に入ってから低い伸びが続き,59年度は2.6%増と前年度に比べ伸びが低下した。総務庁統計局「家計調査」によって家計の消費をみても,勤労者世帯の消費支出(実質)は59年度1.4%増(58年度は0.6%増)と前年度に比べ伸びを高めたものの,勤労者世帯を除く一般世帯では59年度0.2%減(58年度は0.7%減)と前年度比減少となり,両者を合わせた全世帯では59年度0.7%増(58年度は0.3%増)となった。なお,勤労者世帯の消費性向は59年度78.6%(58年度は79.2%)と,58年度の水準を下回った。

(消費支出の伸びが緩やかなものとなった背景)

消費支出の伸びが緩やかなものとなった背景を検討しよう。

第1は,家計の可処分所得の伸びは,57年度とほぼ近い伸びとなったが,59年度については変動的な性格を持つ所得の増加が相対的に高かったことである。この点を,勤労者家計の消費関数を計測することによって見よう( 第1-31図② )。説明変数は①定期性所得要因,②臨時収入・賞与要因,③消費習慣性要因,④金融資産要因,の4つである。①と②については,臨時収入・賞与といったある程度変動的な性格を持つ所得は,定期性の所得に比較して,そこから消費支出に振り向けられる割合は低くなると考えられる。推計された係数をみると,②の係数は①の係数の半分強となっている。従って,同じ額の可処分所得の増加が見られた場合でも,それが変動的な性格を持つ所得の増加による場合には消費支出の伸びは相対的に低く,消費性向は低下する。

計測された消費関数の寄与度分解により59年度の家計消費の動きをみると,次のことが分かる。1つは,59年度の賞与の伸びが夏4.5%,冬5.2%(主要企業,労働省調べ)と58年度(夏1.7%,冬2.7%)に比べ高まったことにより,変動的な性格を持つ所得の消費支出の寄与は58年度に比べて高まっている。2つは,春季賃上げ率が58年度とほぼ同様の水準だったことを反映して,定期性所得の消費支出への寄与は58年度に比べればやや高まったものの57年度よりは低かった。

第2は,耐久消費財の購入であるが,耐久消費財をある期に購入しても,その期に消費しつくしてしまうわけではない。耐用期間にわたってその耐久消費財から得られる便益の流れを消費すると考えるべきである。従って,家計はある一時期に耐久消費財を購入する場合は貯蓄をとり崩し,あるいは貯蓄増分を減らして購入し,その後サービスの消費分を貯蓄に補填していくという行動をとると考えてよいであろう。これは,耐久消費財をローンを借りて購入し,その後使用期間にわたって返済していく場合にも最も典型的に現れよう。実際,耐久消費財の購入の可処分所得比の変化は消費性向の変動をある程度説明しており( 第1-31図③ ),耐久財支出が他の消費支出と代替するより貯蓄増と代替的であることを示している。また,耐久消費財支出は,58年度には堅調な増加を示したが,59年度には停滞しており,これが消費支出が緩やかな伸びとなった一因とみられる。以上のような要因から,59年度の消費支出は緩やかな伸びとなったと考えられる。

(耐久消費財と住宅から受けるサービス)

耐久消費財支出については,慣習的に財久財の購入時点において全額消費支出に含めるという考え方がなされている。しかし,耐久財がある一定の耐用期間中使用者に便益を与え続けるという性格を考慮し,使用者が毎期耐久財から受ける便益に対しサービス支出を行うというとらえ方もありえよう。

また,土地・家屋関連の支出のうち借金の純返済は,「家計調査」では,黒字項目に入れられ貯蓄と同様の性格を持つものと考えられている。これについても土地・家屋の使用者は毎期使用している土地・家屋から便益を受けており,それに対するサービス支出として住宅ローンや家賃を支払っているとみなすことも可能である。さらに,こうした土地・家屋に対する支出を,従来より消費項目として分類されている商品やサービスへの支出に加えて家計消費行動をみるという考え方もできよう。ここではこのような考え方に立ち,まず従来の消費支出から耐久財支出を除いた上で,耐久財及び土地・家屋より受けている便益に対して各世帯が毎期支払っていると想定されるサービス支出を加えることによって,家計の消費行動をみることとする。

こうした場合,次のような結果が予想されよう。第1に,耐久財ストックより受けるサービスに対する支出は,耐久財支出自体に比較して変動が小さくなり,その結果家計消費支出全体の変動が従来の消費支出変動に比べて小さくなること,第2に住宅ストックから受けるサービスに対する支出が従来の消費支出に加わるため家計消費の水準が上昇するとともに,住宅ストックの伸びが他の実質支出の伸びより高い場合にはその伸びも高まること,である。

「家計調査」により計測すると,耐久消費財から得られるサービスの消費は,50年代には現実の耐久財支出に比べ安定的になっている( 第1-32図(1) )。ここで,耐久財支出の伸びが耐久消費財から得られるサービスの伸びを上回っている年には,家計は耐久消費財を積極的に購入したと考えることができ,逆に耐久財支出の伸びが下回っている年には,家計は耐久財購入を抑えて既存のストックからのサービスの消費を中心にした,と考えることができる。59年は,この意味では耐久消費財の購入が比較的低調な年であったことが分かる。

なお,耐久消費財の消費支出全体に占めるウェイトが5~6%にとどまるため,消費支出全体に対する安定化効果は小さい。しかし,これに住宅から受ける便益へのサービス支出を加えると,家計消費の水準は高まることが分かる。( 第1-32図(2) )。この結果は,一定の仮定にもとづく試算結果であり,一つの目安として考えるべきであるが,家計は,このようにみた場合には実際の支出に見るよりも高い消費活動を営んでいると言えよう。

(レジャー等の選択的支出に動き)

上に述べたように,59年度は平均してみれば家計所得,消費支出は緩やかな伸びとなったわけであるが,60年に入って各種消費関連指標が明るさを増しており,家計消費も次第に上向きつつあることを示している( 第1-33表 )。その第1は,小売販売の伸びが高まっていることである。とくに百貨店において婦人服,紳士服等の伸びが高まっている。第2はレジャー活動が活発化しているとみられることである。総務庁「家計調査」によっても,全国全世帯のレジャー関連支出は59年度に実質6.3%増と堅調な伸びとなっているが,その後東北・上越新幹線の上野駅乗り入れ,科学博の開幕などもあって59年末ごろから旅行需要は一層活発化しているとみられる。第3は,日銀券の平均発行残高が,59年11月の新券発行に伴って一時的に増加して後,その影響がかなりはく落したとみられる60年春になっても前年同期比6%台の比較的高い伸びを示していることである。これは,家計の支出が活発化してきたことを反映しているものとみられる。

このように,耐久消費財の購入は緩やかであるもののレジャー等のその他の選択的支出を中心に消費支出の伸びがこのところやや高まっている。

3 緩やかに持ち直した住宅投資

(引き続き持直し傾向で推移した住宅投資)

58年4~6月期を底に持直しに向かった住宅投資は,59年度も引き続き持直し傾向で推移したが,年度内の動きをみると緩やかであった。実質民間住宅投資(GNPベース)は,59年7~9月期から増加に転じ,59年度は前年度比2.0%増となった。また,新設住宅着工戸数は59年度120万7千戸で前年度比6.4%増となり,4年ぶりに120万戸を上回った。

(利用関係別にみた住宅投資の動向)

住宅投資の動向を着工新設住宅の利用関係別にみると( 第-1-34図① ),貸家は59年度も引き続き増加傾向で推移した。その特徴としては,①民間資金による貸家が3年連続で2ケタ増と著しい伸びをみせたこと,②一戸当たり床面積が30m2以下の小規模貸家のシェアが55年度までの15%程度から年々増加し,59年度には29.2%となったこと,③ここ数年間の着工戸数がストック数の増加をかなり上回っていることから建替えが多いとみられることである。このような動きをもたらした要因としては,①家賃/貸家建築費比率が引き続き上昇したこと,②民間住宅ローン金利が低下したこと,③木造を中心に老朽化が進展していること,④地価上昇率の鈍化傾向が続いていること等を背景に土地所有者が土地の有効利用を図ろうとしていると考えられること,といった供給側の要因のほか,近年減少傾向から増加傾向に転じている若年層(15~24歳)の需要増や小規模世帯の増加といった中長期的な需要側の要因も存すると考えられる。

次に,分譲住宅については,一戸建・長屋建はなお減少傾向で推移しており,共同住宅(主としてマンション)はシェアの大きい首都圏において,在庫圧力,分譲業者数の減少等から供給戸数が抑えられたこともあって,着工戸数は一進一退で推移した。なお,共同分譲住宅においても一戸当たり床面積が30m2以下のものが57年度3.9%から59年度12.1%へと増加している。

また,持家は,58年度の大幅減の後59年度は微増した(公的資金による持家は58年度に引き続き減少)。59年度の微増は,住宅地地価上昇率が引き続き鈍化傾向にあること,住宅建設工事費デフレーターの上昇率が小幅な動きにとどまったこと,民間住宅ローン金利が59年度中低下を続け,実質金利(民間住宅ローン金利を住宅建設工事費デフレーターの上昇率で割り引いた実質住宅ローン金利)も前年に比べ低下したこと等のプラス要因が存する一方で,住宅ストックの量的充実,新規持家需要者層(25~39歳)の減少といった中長期なマイナス要因が存するほか,持家取得費と資金調達可能額の乖離がここ3,4年縮小しているものの依然として大きいこと( 第1-35図 )といった要因が存在することによる。

(59年度の住宅投資の特徴)

59年度の新設住宅着工戸数が前年度比6.4%増とかなり増加したのに対して,実質民間住宅投資(GNPベース)は同2.0%増にとどまった。これは,①一戸当たり床面積の小規模化,②床面積1m2当たりの実質投資額の減少,によるものである。これらは,持家や分譲住宅に比べ相対的に規模が小さく建築費の低い民間資金による貸家が大きく増加したことや住宅投資デフレーターの伸び率が58年度0.2%減から59年度は1.5%増に転じたことによるものである。一戸当たり床面積変化を要因分解すると( 第1-34図② ),59年度の2.8%の減少は,貸家における床面積の減少と,貸家のシェアの増加の両方によってもたらされていることが分かる。これに対し,持家の一戸当たり床面積は着実に増加しており,また,58年度にはいわゆるワンルーム・マンションの増加等により小規模化の進んだ分譲住宅も59年度には微増となった。

(住宅投資の現局面)

59年度前半動きの鈍かった住宅投資は,後半に至り,緩やかながら着実な増加テンポを示している。今後の動向についてみると,①世帯増加数が50年代以降安定的に推移していること,②持家への住替えを促す年少人口(ここでは15歳未満)や新規持家需要者層は減少傾向にあるものの,貸家需要者層である若年層や建替え,増改築需要者層である中高年齢層(ここでは40歳以上)は増加していること,③50年代に入って持家,貸家いずれも住宅年齢の進展がみられ,建替え需要は強くなっていくこと,④最低居住水準に満たない世帯数が58年で395万世帯となお主世帯の11.4%を占めていること等から,中長期的には緩やかな増加局面にあると考えられる。

また,短期的には①増加を続けてきた民間資金による貸家建設は,これまでより増勢は鈍化しているものの,なお貸家経営者の建設意欲は強く,しばらくは好調に推移すると見込まれること,②首都圏を中心に在庫調整の進んだマンション市場において,最近の販売率の好調等を背景に供給量の増大が見込まれること,といった供給側の要因のほか,③住宅建設費,住宅地地価が安定的に推移するとともに可処分所得が増加していくことにより,持家取得費と資金調達可能額の乖離は更に縮小していくものと期待されること,④住宅の質の向上を求める投資の増加が期待されること,といった需要側の要因から,引き続き増加していくものと見込まれる。