昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第3章 転換する産業構造

第5節 動態的国際分業を求めて

1. 保護主義の現段階

戦後の世界経済はGATT,IMF体制の下で貿易自由化を推進し,貿易拡大をテコとして高い成長と経済発展を達成してきた。

我が国も,そうした中で自由貿易のメリットを最も活用しつつ経済成長を高めるとともに,世界経済の拡大に貢献してきた。すなわち輸出が我が国の成長の大きな要因となるとともに,急速に規模を拡大する我が国経済が世界各国にとっての輸出市場としての重要性を増大させてきた。その結果世界輸入に占める我が国のシェアは昭和45年の5.7%から58年(1~9月)には6,7%へと上昇している。

しかし,1970年代末から80年代初めにかけて世界経済が長期の世界不況に陥る中で,貿易自由化への動きが頓挫し逆に新しい保護主義の動きが広がった。もとより,GATTを中心として貿易自由化が推進されてきた時期にも,国内における産業調整の困難さ等からいずれの国でも何らかの貿易制限的措置を残していた。そうした点をやや長期に概観すると次のようになる(第3-17表)。

(農産品における貿易制限)

まず最初に農産品の貿易制限措置について見てみよう。GATTの規定は,基本的には工業品,農産品について区別することなく自由貿易を目指すものであるが,農産物については,異なった取扱いをする規定が設けられている。アメリカは1955年に,1933年農業調整法第22条に基づき,特定品目の輸入が価格支持策等の農業政策を乱す場合は,課徴金,数量制限,輸入禁止の措置を取り得るとの自由化義務免除(ウェーバー)をGATTにおいて取得し,現在,その対象品目は酪農品,ピーナッツ,綿等の14品目となっている。また,ケネディ・ラウンド,東京ラウンドにおいても,各国の農業保護における政治的・社会的要因が複雑多岐にわたるため,自由化交渉は極めて困難なものがあったが,その後も,農業貿易委員会を設置して更に意見交換がなされている。ECは共通農業政策により,穀物,酪農品,食肉,砂糖,ワイン等60品目につぎ,域内の支持価格と域外からの輸入価格との差額を可変課徴金として徴収し,国内価格支持及び輸出補助金(払戻金)の原資の一部に充当している。またアメリカは1979年食肉輸入法の改正により,食肉の輸入が一定量を超えるおそれのある場合に輸入制限を発動することとしており,これを背景として輸出国に対し自主規制を要請してきている。このほか,輸入制限品目として,アメリカの精製糖,フランスのばれいしょ等19品目ドイツのばれいしょ等3品目,イギリスのバナナなどがある。我が国の農水産物の輸入制限品目は蓄産物5,野菜果実類6等の22品目であり,また米,小麦等は国家貿易品目となっている。

(鉱工業品における貿易制限)

次に鉱工業品についてみると,最初に問題化したのは繊維製品である。繊維は一般にどの国にとっても工業化の第1段階であり,長期的には,労働コストがコストの大半を占める低中級品については,その比較優位は発展途上国に移っていく。しかしながら,このような工業化の過程は,先行者に絶えず貿易・産業構造の高度化を要請するものであり,先行国の縮小を迫られる部門からは,後発国からの輸入の増加を抑制し,その結果,工業化を遅らせる動きが生じやすい。このような理由もあって,1955年の我が国のGATT加盟に際し,西欧諸国は我が国に最恵国待遇を供与しない対日差別輸入制限品目を設定した。この対日差別輸入制限品目は現在でもフランス11,西ドイツ3,イタリア30品目等が維持されている。繊維産業の保護措置は,1957年の日米綿製品協定から,GATTの除外事項として,1974年には「繊維製品国際貿易取決め(MFA)」へと拡大,長期化し,米,加,欧はこれに基づき,輸出国毎に数量制限を行っている。これに対し,MFAに基づく輸入制限を行っていない先進国は我が国及びスイスのみである。なお,我が国の鉱工業品の輸入制限品目は5品目である。

さらにGATT上,相手国が正常価格より安い価格で,あるいは補助金を受けて輸出し,それによって輸入国産業が実質的な損害を受けた場合,輸入国はアンチダンピング関税あるいは相殺関税を課すことができることとなっている。また外国品の輸入急増により国内産業が重大な損害を被りあるいは被るおそれのある場合には,セーフガード制度により輸入制限措置をとることができる。しかしながら損害の認定にはあいまいな部分が残されている。アメリカは,我が国の衛星通信用高出力増幅器(1982年9月賦課)等へのアンチダンピング関税賦課,工業用ファスナー(1979年6月賦課)等への相殺関税賦課,大型オートバイ(1983年4月課賦)等へのエスケープクローズ適用(セーフガードに対応)を行った。

アメリカにおいては,このようなガット条項に基づく貿易上の措置を実施してもなお解決しえない問題が残っており,我が国は繊維に次ぎ,1969年に鉄鋼(1974年に中止),1977年にカラーテレビ(1980年に中止),1981年に乗用車(1981年度は経過的措置として実施)につき,輸出自主規制等を実施してきている。このような輸出自主規制等は米・EC間の鉄鋼等に拡大している。さらに貿易制限措置は,自国産がまだ存在せず開発段階の先端技術商品にも及んでいる。ECが我が国のデジタル・オーディオ・ディスクの輸出実績がほとんどない段階で,その関税を引き上げたのはその例である。

以上のように,関税引下げが進展した現段階における保護主義の動きは損害の認定,2国間交渉,非関税障壁等運用やルールの不明確な領域で生じており,対応が一段とむづかしいものになっているが,その世界貿易ひいては世界経済の発に展及ぼす悪影響に鑑みその「巻き返し」が強く求められている。

2. 我が国の市場開放,輪入拡大努力

こうした中で自由貿易から大きな利益を享受する我が国は56年12月から59年4月の間に5次にわたる対外経済政策を実施するなど,国内での調整を促進しつつ我が国市場の対外開放と輸入の拡大に努めてきた。その結果貿易面で後発国としてスタートした我が国も現在の市場開放度は米欧並み,場合によっては米欧諸国を上回る水準に達している。

すなわち,第1に,関税率については,48年のGATT閣僚会議により開始され,54年まで行われた多角的貿易交渉(東京ラウンド)において,我が国は引下げ完了時点での平均関税率を3%前後(石油を除《鉱工業品51年輸入額ウエイト)と,米の4%強ECの5%弱を下回る低い水準とした。55年から62年にかけ8段階で実施されているこの関税率引下げにつぎ,一連の市場開放措置の一環として我が国はその実施時期を繰り上げてきており,60年度からは主要先進諸国における繰上げ措置の実施状況を勘案して鉱工業品について2年,農林水産品について1年繰上げて実施することとし,所要の手続を進めることとしている。さらに東京ラウンド合意の関税引下げに加えて,新たな関税撤廃,引下げを行ってきており,先の「対外経済対策」においても諸外国の関心品目の関税撤廃,引下げを決定したところである。また,発展途上国に対して供与する特恵関税の鉱工業品に関するシーリング総枠を59年度から約55%拡大している。

第2に輸入制限品目については,従来から輸入割当数量の拡大等の輸入制限の緩和を行ってきたが,59年7月に果実加工品等の一部について自由化を実施したほか,59年度以降高級牛肉の輸入数量及びオレンジ,オレンジ・ジュース等の輸入割当数量の拡大等の措置を講ずることとしている。

第3に,市場開放問題苦情処理推進本部(0.T.O.)を57年に設置し,輸入検査手続等の市場開放問題に関する苦情処理体制を充実,整備している。また,58年に「基準・認証制度等連絡調整本部」を中心として内外無差別の法制度的確保を図るための法律改正等を実施するとともに,59年には「基準・認証制度の改善に関する関係省庁連絡会議]を中心に,外国検査機関の指定等のためのガイドラインの作成,公表等を進めている。

第4に,来るべき高度情報社会を支える鍵となる先端技術分野においては,自由な競争の下で民間の活力を発揮させることを重要と考え,通信衛星等の外国からの購入に途を開くとともに,電気通信事業分野に競争原理を導入し,特に第二種電気通信事業については,外資系企業を含む民間企業の参入及び事業活動の自由化を内容とする法案を国会に提出して,その成立を図ることとしている。

第5に,内外の官民合同の下で,我が国への輸出を希望する具体的な外国製品の日本市場における販売拡大戦略等を調査し,その普及支援等を行う特定外国製品輸入促進計画(STEP)の実施,外国製品展示会への支援等の措置をとることとしている。

(輪入の拡大)

また輸入も着実に増大している。このため輸入等のGNPに占めるシェア(名目ベース)は,45年の10%から,55~58年には平均16%に高まっている。

一般に規模の大きい経済は国内市場が大きく国内供給が国内市場を中心とするため規模の小さい経済と比べて輸入比率は低くなる傾向がある。我が国の輸入比率は個別に見た西ドイツ,イギリス,フランス等EC諸国より低いものの,全体でのEC(域内貿易を除く)とはほぼ同水準であり,アメリカを上回っている。これは上述の一般的傾向に沿ったものであり,我が国の輸入比率は決して低すぎるものではない(第3-18図)。

また,我が国が加工貿易国であることから,我が国の輸入の多くは中間需要向けとなっているが,水平分業の進展に伴い,最終需要向けの輸入も増大してきている。47年から57年にかけて,資本財最終需要に占める輸入のシェア5.9%から7.9%へ増大し,耐久消費財最終需要では7.1%から7.7%へ増大している。さらに,輸入に占める製品輸入の比率も上昇する傾向にある。名目ベースで見ると,製品輸入比率は,石油価格上昇による一時的な低下はあるものの,50年の20%から58年には28%へ上昇している(石油を除くと37%から51%へ上昇)。ここ数年で輸入の増加した品目は,アメリカからは,集積回路,コンピュータ,抗生物質等の高度技術型製品や,新聞用紙等の素材型製品,ECからは,内燃機関,飛行機,自動車,抗生物質等となっている。また中進工業国からの製品輸入のシェアも繊維,家電,鉄鋼などを中心に増加している。このように,工業製品輸入に関しては,それぞれの比較優位に即した輸入が拡大している。

3. 動態的国際分業を求めて

(動態的な比較優位の変化と自由貿易)

自由貿易の下では,各国がそれぞれの比較優位のある産業の輸出の割合を高めることにより,世界の資源配分は効率的に行われ,各国は国民経済的利益を高めることができると考えられる。しかしながら各国の比較優位部門は資本蓄積技術革新等により4変化するものであることは,第1節でみたとおりである。このような長期の動態的な視野においても,自由貿易は最も効率的な資源配分を可能にすると考えられる。そして,貿易構造からもたらされる利益を一種の既得権益であるかのようにみなしその変化を阻げようとする動きは,結局,自国の経済の効率性を損ない,ひいては世界経済にとっても資源の浪費を招くことになる。

しかしながら後発国に対して先発国がこのような制限的な動きを見せてきたことは,歴史的にも明らかである。18世紀後半に産業革命が起こったイギリスではドイツ等欧州大陸及びアメリカの工業化をおそれ19世紀半ばに自由貿易に移行するまでは,輸入には高関税を賦課し,機械輸出や技術者の移住を禁じていた。19~20世紀のアメリカの工業化に対して,ヨーロッパ諸国はカルテル化,ブロック化により市場を確保しようとした。戦後の我が国の経済発展に対して,米欧が種々の貿易制限措置をとり,これが1970年代に入り,中進工業国に対して拡大していることは,既に見たとおりである。現在はこのような先発国,後発国の関係が,高度技術の各部門において先進国間でも生じつつあるといえよう。

しかしながら歴史の流れをみれば,比較優位の動態的変化は,長期的には押しとどめることは不可能であることは明らかである。国内産業の保護という高いコストを払って,期待した結果は長期的には達成し得ないとすれば,保護主義的圧力の強い部門においても貿易制限措置はとらないこととし,競争の風に絶えずさらされながら,効率性を追求し,互いに国民経済的利益を高めるという,自由貿易の基本に今こそ立ち戻ることが各国にとって必要であろう。幸い1970年代に世界経済を襲った石油危機,世界インフレ,長期不況等の混乱は収まり,世界経済は緩やかながら回復へ向かっている。こうした環境の好転をテコとして今こそ保護主義を巻き返し,更に一歩進んで新しい時代へ向けて新たな貿易のルール作りに乗り出すべきである。

(我が国の貢献)

我が国は戦後の経済発展から現在の先端技術革新にいたるまで,極めて短期間に世界貿易の諸側面について密度の濃い経験をしてきた。世界経済の1割の規模に成長し,技術水準でも最先端に躍り出,しかも資本供給国となった我が国は,これまでの経験の蓄積を基礎とし,世界貿易の今後に関する分析と洞察を深め,具体的な提案と行動により,自由貿易の中での動態的な国際分業を円滑なものとしていくために積極的に貢献していかなければならない。

そのため,まず第1に,今後とも引き続き市場の開放と輸入の拡大に努め,国際分業を高めつつ世界経済の拡大均衡に貢献することである。拡大均衡の中では,各国とも保護主義的動きを防圧することがより可能だからである。

第2に技術移転の促進である。先端技術革新の先導的役割の一つを担うようになった我が国は,先発者に固有のリスクとコストを負担しなければならない。

しかし技術革新が窮極的には世界に伝播し,新たな技術を生むことからプラス・サム・ゲームとなり.得ることを考慮し,技術の伝播を抑制することなく,積極的な技術移転を促進する必要がある。そのため,国際共同開発への参加,研究開発段階における情報交換,国有特許等開発成果の公開等技術開発の国際協力を積極的に推進していかなければならない。また,発展途上国に対しても,それぞれの国に適した技術の移転を推進していかなければならない。

第3に,産業協力の一層の推進である。我が国は各産業において,企画・生産販売・管理等を総合した企業技術に優れており,これと資本が一体となって移転する海外直接投資をはじめとした投資交流,技術交流,第三国市場協力等の産業協力を推進し,世界経済のフロンティアの拡大に寄与していくべきである。このような考え方に沿い,日・米,日・EC間で自動車,電機(カラーテレビ,VTR,半導体)などを中心に合弁等の産業協力が推進されている。

第4に経済協力の一層の積極的拡充である。我が国の政府開発援助事業予算ば1兆円を超える規模となり,その有効な供与がますます必要となっている。我が国の経済発展の経験に顧み,各国のそれぞれの経済発展の局面に応じて,政府開発援助と海外直接投資・貸付,輸出信用,製品輸入促進の有機的連携を図りつつ,我が国民間の活力を活用して,相手国の民間活力を最大限に引き出し経済社会の開発を支援する方策が必要である。

第5に,自由貿易の維持・強化のためのルールづくりへの積極的貢献である。

すなわち,今日の大きく変化しつつある世界経済の実態に照らして,ガット体制を一層効果的なものとすることが必要であるが,このためには,各国の相互依存及び諸々の問題間の相互関連が密接なことに鑑み,問題を個別にのみ取り上げるのではなく,新ラウンドという大きな網をかぶせて主要問題につき併行的かつ総合的に交渉することが重要である。新ラウンドを通じる世界貿易の拡大は,途上国の経済発展を助け,累積債務問題の解決にも資するものであり,世界の繁栄に寄与するものである。世界の景気が回復の過程に入り,保護主義巻ぎ返しの気運が盛り上がりつつある今こそ,新ラウンド準備促進を図ることが望まれる。

特に我が国の位置する太平洋地域に対するこれらの協力は,極めて必要かつ有意義なものと考えられる。それはこれら諸国は文化的社会的背景こそ多種多様なものの我が国との貿易資本交流の結びつきが最も強く,しかも世界経済の中で最も高い成長ポテンシャルを持っているからである。我が国の協力がこれら地域の可能性の発現に役立てば,それは世界経済の活性化にも貢献することとなる。

以上の方策により,世界経済の中で,動態的な国際分業が実現されていくために貢献することが日本の期待される大きな役割であると考えられる。


[前節] [目次] [年次リスト]