昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


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第3章 転換する産業構造

第4節 海外直接投資の拡大とその役割

1. 高まる先進国向け水平分業型投資

(変化する海外直接投資の要因)

我が国が戦後,急速な工業化を遂げ,財・サービスの貿易をダイナミックに拡大していく中で,資本の国際移動がそれにあわせて拡大していった。直接投資は特に貿易の実体面の要因から,生産者が生産拡大のための立地を求め,あるいは原材料の安定的な供給を求めて行うことにより,また商業・銀行等が財の円滑な取引を確保するために貿易の要所に立地することにより拡大した。

戦後の我が国の海外直接投資は三つの段階に分けて見ることができる(第3-14図)。第1は昭和20~30年代の,まだ海外投資が小規模であった時期である。25年の外資法制定を契機として再開された我が国の海外投資は,この時期には外貨の厳しい制約により限定されており,年間投資額も1億ドル未満にとどまっていた。具体的なケースとしては,資源開発の4大プロジェクト(アラスカパルプ,ウジミナス製鉄所,アラビア石油,北スマトラ石油),市場志向型の繊維,販路確保型の商業などが主であった。

第2は,40~52年の期間である。39年のOECD加盟に伴い,我が国の直接投資は42年から対内が,また44年から対外直接投資が段階的に自由化された。国内においては既に重化学工業化が進展しており,その過程での賃金コストの上昇に対応するため繊維,雑貨,一部の電気機械等労働集約型産業は発展途上国に立地を求めた。また石油危機を契機に石油化学,アルミ製練等素材型産業も資源に近接した立地を求めて発展途上国に進出した。この間現地の販売網を確保する自動車,電気機械等についての商業の海外立地も大幅な伸びを見せた。こうした我が国産業の海外直接投資の動きを投資受入国の側から見ると,特に発展途上国においては,雇用の拡大,産業の振興の目的から,保税加工区を設けるなどの投資優遇策が講じられる場合が多かった。また投資受入国側が国内産業保護のため障壁を設けるような場合にも,我が国からの海外投資は市場確保や保護の利益享受のため増大していった。こうしてこの時期の後半には,我が国の海外直接投資は年間20億ドルを上回るようになり,この結果52年度末には我が国の海外直接投資残高は200億ドルを超えるに至った。その内訳ほ,製造業が32%,資源開発が26%,商業・サービス等が41%となっている。

第3は,53年から現在に至る期間で,海外投資が年間50億ドルから90億ドルに達する旺盛は拡大をみせている時期である。こうした旺盛な投資増大の結果,57年度末の我が国の海外直接投資残高は531億ドル(許可・届出ベース。なお,対外資産・負債残高表ベースでは290億ドル。)となり,西ドイツの395億ドルを抜き,アメリカの2,213億ドル,イギリスの796億ドルに次いで世界で第3位となっている。我が国の海外直接投資残高は,58年度中更に増大して58年度末には613億ドルとなった。この時期の我が国海外直接投資の業種別内訳を見ると,加工組立型産業の輸出拡大に伴う販売網の確保等もあり,商業・サービス業の直接投資は40%を上回る高いシェアを続けた。同時に,加工組立型産業における米欧との貿易摩擦に顧み,貿易パターンの特化を緩やかなものとし,水平分業に寄与するような先進国向けの製造業海外投資のシェアも高まった。これに対し,素材型産業の直接投資は大型案件によって大きく変動しているが,ならしてみると低い伸びとなっている。また労働集約型産業の海外投資も,発展途上国における賃金上昇,債務累積等のカントリー・リスクの高まり,我が国のファクトリー・オートメーションの進展による国内立地拡大等のため,鈍化している。この結果,58年度末の海外直接投資残高に占めるシェアは製造業,商業・サービスが32%,49%と拡大したのに対し資源開発は19%へと低下している。

(米欧型に近づく我が国の海外直接投資)

前述のとおり我が国の海外直接投資は残高の絶対額(許可・届出ベース)では57年末で西ドイツを上回る水準に達しているが,そのGNPに対する比率は,なお5%にすぎず,アメリカの7.2%,イギリスの16.8%はもとより,西ドイツの6.0%にも及んでいない。これは,イギリスが17世紀から世界各地に投資活動を行い,アメリカが,19世紀末からまず資源関連次いで工業で多国籍企業活動を拡大し,また西ドイツが戦前から活発であった米欧諸国との投資交流を再び活発化させていたのに対して,我が国の海外直接投資は戦後の再出発からスタートしたという歴史の差によるところが大きい。

海外直接投資残高の業種別構成比を見ても,57年末で製造業のシェアが西ドイツが63%,アメリカが41%と高いのに対して,我が国はなお32%にとどまっている。しかし我が国でも貿易摩擦問題への対応等もあって近年自動車,電子機械等加工組立型産業の海外立地が増大しているので今後は我が国の海外直接投資のパターンも製造業のシェアの高い米欧型に近づいていくと考えられる。

また地域別の構成比(57年末)も米欧が先進国のシェアが高いのに対して我が国はアジア,中南米のシェアが44%と最大となっている。しかし,この面でも58年度の直接投資を見ると45%が米欧向けとなっているので,今後残高面でも先進国のウエイトが徐々に高まり,米欧型へ近づいていくものとみられる。

2. 投資収益率の内外比較

(投資収益率の業種別比較)

海外直接投資の要因は,前項でみたように市場拡大,原材料確保,取引の円滑化等様々なものがある。しかし,それが損失を継続的に生み出してまで行われるものではなく,当初の調整期間を経た後は収益を生み出すとの期待があって行われることは言うまでもない。特に国内の賃金コスト,原材料コストの高まりや,相手国の優遇措置から海外立地が選ばれる場合は,結局海外の税引後収益率が国内よりも高い,という期待がある。

しかし我が国企業において,資本・技術,ノウハウ等の経営資源の蓄積の進展,事業活動の拡大に伴う世界的規模での効率的な市場展開を図る必要性の高まり,国内経済活性化を目指す先進国からの進出の要請の強まり,貿易摩擦問題等を背景に,投資収益率の比較からは国内立地が有利となっているにもかかわらず海外立地が選ばれることがある。これは海外に立地した方が,短期的にはマイナスであるが,企業の成長が保証されて長期にはかえってプラスになると判断されるからである。したがって企業の行動としては,こうした選択は合理的と言えよう。またこうした企業の行動が投資受入国の生産・雇用の拡大をもたらすことにより貿易摩擦の解消に資するのであれば,それは投資国にとってもプラスとなろう。

本来,貿易障壁のないことが両国にとって最も望ましいことは言うまでもないが,相手国に貿易障壁がある場合においても,海外直接投資は両国の国民経済的利益を高める方向に寄与すると考えられる。

さて内外の収益率(税引後総資本利益率)の推移を製造業の業種別に見ると(第3-15図)年々の動きはあるが,労働集約型の繊維,技術の標準化された精密機械,素材型の木材・紙パルプ,非鉄金属,化学では,相手国に比較優位のあることから,総じて現地法人が有利となっている。これに対して輸送機械,一般機械の加工組立型産業では,我が国の高い国際競争力から国内企業が総じて有利となっている。これら業種で国内立地の方が有利であるにもかかわらず海外立地が行われているのは,一つには貿易摩擦問題等も影響していると考えられる。製造業を全体としてみると,収益率の現地法人と国内企業との差は48,49年度を除き,54年度まで,プラス・マイナス1%以内と小さかったが,55,56年度では1.7%,2.4%と,現地法人が若干有利となっている。商業も同様の傾向にあるため,全産業計でも,現地法人の収益率が若干高くなっている。もっとも海外投資は,受入国の投資環境,技術水準,市場確保等の面で国内投資よりもリスクが大きく,このために生ずるリスク・プレミアムを考慮すると,我が国産業の内外の収益率の違いは小さいものである。

(日米の収益率比較)

次に同様の計算をアメリカの製造業について行うとアメリカの場合は現地法人の収益率が国内投資の収益率を一貫して5%以上も上回っているのが分かる。そもそも我が国の企業がシェアを重視ずるのに対してアメリカの企業は収益を重視するといわれるが,アメリカではまず国内企業の収益率が相対的に高水準である。第1次石油危機以降についてこれを見ると我が国企業の国内での収益率が2%前後となっているのに対してアメリカ企業の国内での収益率は6%前後を維持している。この傾向は海外投資では一層顕著になる。アメリカ企業の海外現地法人の収益率は総じて,10%を上回る高水準となっている。これに対して我が国企業の現地法人の収益率は2~4%となっている。こうしたことからアメリカの場合は海外投資の有利性がより明瞭になっている。

3. 海外直接投資の輪出入等に及ぼす影響

(海外直接投資と貿易)

マクロ的に見ると,経常収支の黒字と海外への資本流出は相伴って生ずる。長期的,ミクロ的には,資本が収益率のより高い国に移動することにより,世界経済全体の資源配分は改善すると考えられる。しかし投資国,受入国の国民経済的利益への影響をみるには,一般にはより多くの要因を考慮しなければならない。

投資国の比較劣位・比較優位産業の海外立地がもたらす交易条件の有利化,不利化,投資収益の本国送金による投資国の国民総生産の増大と受入国の国民総生産の滅少などがそれである。

(貿易収支等の改善効果・悪化効果)

このように海外直接投資の効果は,一般には経済全体に長期にわたって広がっていくものであるが,ここではその輸出入に及ぼす直接的な影響に限定し,その効果を分析してみよう。

海外直接投資はその分輸出を滅少させ,貿易収支を悪化させる,と考えられがちであるが,海外直接投資に伴う取引には,貿易収支を改善させるものと悪化させるものの双方が考えられる。貿易収支を改善させる取引としては,第1に,海外直接投資及び海外現地生産に伴い,資機材,部品,原材料等が輸出されることがあげられる(関連輸出額)。第2には,生産を海外に移したため,原材料の輸入が不要となることである(輸入転換額)。これに対し,貿易収支を悪化させる取引としては,第1に,生産拠点を海外法人に移したため,国内生産からの輸出が減少することが挙げられる(輸出転換額)。第2には,海外法人で生産し,本国へ製品輸入を行うようになったため,製品の国内生産の必要がその分なくなることである(逆輸入額)。これらを製造業9部門につき,46年度と56年度の2時点において,関連輸出額,逆輸入額は実績,輸入転換額,輸出転換額は推計で求め,海外生産額に対する百分比で表示してみよう(第3-16図)。

まず海外直接投資に関連する我が国からの輸出額についてみると,素材を現地に依存することの多い木材,紙パルプ,繊維,鉄鋼・非鉄金灰,化学においては,海外生産額の20%以下となっているが,電気機械,輸送機械等の加工組立型産業では,国内から部品等を調達する割合が高いことから,海外生産額の30%以上となっている。また,輸入転換額についてみると,鉄鋼・非鉄金属,化学等素材型産業では,輸入原材料の減少が大きく,海外生産額の20%を上回っているが,他の業種でもかなり高くなっている。このため製造業計では,これら二つを合わせた貿易収支改善効果は,46年度,56年度とも,海外生産額の40%前後となっている。

次に,海外直接投資に伴う輸出転換額についてみよう。日本の輸出は,①対外直接投資残高が増えるほど減少する傾向を持つが,他方,②世界需要の伸びが高いほどこれが相殺される傾向がある。我が国の輸出転換額について,当該年度における海外直接投資によってもたらされ赳輸出転換額を計測してみると(ケース①),46年度においては海外生産高の70%,56年度においては同15%を占めている。これは,我が国輸出に占めるウエイトの大きい鉄鋼・非鉄金属,一般機械,電気機械等で①対外直接投資の伸びが鈍化し,②その残高の伸びも鈍化したこと,③海外生産高がこの間に大きく増大したこと等によるとみられる。

ここで,45~56年度における海外直接投資の輸出代替弾力性(海外直接投資が1%増加した場合に,これに伴う現地生産等により代替され,減少する輸出の度合)を業種別にみると,繊維・木材・紙・パルプ・化学・鉄鋼・非鉄など本来,資源確保や安価な労働力の利用を目的とする業種では0.1~0.4と,輸出代替的性格の弱いものとなっている。他方,輸送機械などでは0.8と高く,海外直接投資が市場確保型であることを示している。これに対し,一般機械,電気機械では世界の需要の伸びが大きく,海外生産,国内生産及び輸出がいずれも急増しているため,海外投資による輸出転換額は有意に計測されない(これら業種では,世界需要の伸びの高さに加え,海外直接投資による現地生産に伴う部品等原材料輸出の増加も大きいことから,海外投資は輸出代替的でなく,補完的に計測される。)さらに逆輸入額についてみると,木材・紙パルプを中心に素材型産業では,我が国への製品引取りが投資時に見込まれていることもあって,海外生産額の10~40%という高い比率を示しているのが目立つ。これら二つを合わせ貿易収支悪化効果は,ケース①によれば,46年度海外生産額の約80%に対し,56年度は同20%となっている。

以上に投資収益の日本への送金を加え,我が国の海外直接投資の貿易収支等に及ぼすネットの効果をみると(第3-16図ケース①),製造業計では,46年度では海外生産額の30%に相当する貿易収支等の悪化効果を示しているのに対し,56年度には海外生産の15%の貿易収支等の改善効果を示している。これを業種別にみると,木材・紙パルプ,輸送機械などを除き,56年度には全業種で改善効果を示している。一方第3-16図では,ケース②として,仮に海外生産が100%日本からの輸出を代替した場合の貿易収支等への影響をみているが,この場合には,貿易収支等のネットの悪化効果は海外生産額の60%弱となることが分かる。これらは限られた部分均衡分析であるが,これによっても,海外直接投資の輸出入に及ぼす影響は,単純に投資国の輸出を代替し,貿易収支を悪化きせるとは言えないことが示される。

4. 直接投資の相互交流

我が国の対内および海外直接投資の自由化は,昭和40年代のほぼ同時期に開始されたが,その残高を比較すると,諸外国の我が国への対内直接投資残高は57年度末において42億ドルと,我が国の海外直接投資残高の1割にも満たない水準である。これに対しアメリカでは,1982年末の諸外国の対米直接投資残高は1,018億ドルと,アメリカの海外直接投資残高の50%に達しており,また西ドイツでも同年末の諸外国の対西ドイツ直接投資残高は658億マルク(西ドイツ連邦経済省,届出ベース)と,西ドイツの海外直接投資残高の70%に達している。近年我が国に対しても,優れた労働力,大規模な国内市場,アジア市場への近接などの利点から,対内直接投資が増大している。このような直接投資の相互交流は,それぞれの国の資本と労働を有効に結びつげ,雇用の増加,生産フロンティアの拡大に寄与すると考えられる。そのため海外立地の基盤となる文化への相互理解を深めつつ,今後一層拡大されることが望まれる。

こうした観点から政府は,「総合経済対策」(58年10月21日)を受けて,国の指定した11社につき,非居住者が株式を取得する場合に,国の安全を損なう等のおそれがないかどうかを審査する,との指定会社制度の廃止等を行った。さらに,「対外経済対策」(59年4月27日)においても,情報提供体制の整備,市場開放問題苦情処理推進本部(0.T.O.)の機能の拡充(対田直接投資の手続等に関する苦情の受付・処理),投資促進ミッションに対する支援,対内直接投資の届出手続の改善などの一層の措置をとることを決定した。


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