昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


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第3章 転換する産業構造

第1節 転換する我が国の産業・貿易構造

1. 内外の条件変化へのダイナミックな対応

天然資源に乏しい我が国は開放的な世界経済の中で経済発展を進めていくため,原材料を海外からの輸入に依存しつつ,動態的な比較優位に合致した工業部門での国際競争力を高めていく,という加工貿易国の道を選択してきた。その過程で,我が国は絶えざる技術革新と高い資本蓄積率により産業構造を高度化し,さらに比較劣位にあったり,比較優位を失いつつある資源,労働集約型産業では積極的調整を行うとともに海外直接投資を拡大することにより,効果的な対応をとげてきた。その結果,戦後の我が国産業の主力は,繊維等の労働集約型から,金属・化学の資本・資源集約型へ,さらに輸送機械・電気機械・一般機械の技術集約型・加工組立型産業へと転換を遂げてきた(第3-1図)

1950-60年代を振り返ると,重化学工業化の歩みは急速であった。すなわち金属・化学が工業生産額において30%強の高いシェアを維持する一方,機械が繊維に代替する形でシェアを14%から26%前後へと拡大してきた。これは1950年代半ばに起こったアメリカの新技術の迅速な導入と,それに伴う設備投資ブームによるところが大きい。すなわち一貫製鉄所や転炉を設置した鉄鋼,プラスチック,ナイロン等を導入した石油化学,合成繊維,トランジスタ,ラジオ,白黒テレビ等の生産を拡大した電気機械等が我が国の産業・貿易構造の転換に寄与した。

1960年には,貿易の数量制限の撤廃,経常的支払に対する制限の回避等を内容とする貿易・為替の自由化が決定され,1960年代後半には対内および海外直接投資の自由化が始められた。このようにして,1960年代末に到ると,我が国は米欧へのキャッチ・アップを加速し,国際競争力の高い工業国としての地位を築いたのである。同時に,貿易収支の黒字基調が1960年代央から始まり,資源開発及び労働集約型産業を中心として海外直接投資が進められるとともに,対米繊維輸出に関する日米取決めが交わされる等,現在の我が国の貿易をとりまく国際環境の萌芽もこの頃から生じた。

1970年代に世界経済は,中進工業国(NICs)を中心とする発展途上国の追い上げと,石油危機という二つの大きな変化に直面した。このような外的条件の急激な変化は,漸進的な対応を超えたドラスチックな転換を先進工業国に要求するものであったが,社会が成熟化し社会的流動性が低下している欧州等の先進国では産業調整が遅れた。これに対して我が国は,技術集約型産業のウエイトを高め,高付加価値化を図ることにより効果的にこれに対応してきた。その原動力となったのは,省エネルギー・省資源技術革新,と,それに続くマイクロ・エレクトロニクスを中心とする先端技術革新である。1981年の工業生産額のシェアをみると機械が金属・化学を上回り,加工組立型産業が我が国産業の主力となってきているのがわかる。

同時に,需要の伸びの高い工業製品における高い競争力と,原材料節約的技術革新もあり,石油危機時を除き,経常収支の黒字基調が定着している。このため,我が国は一層の市場開放と米欧及び中進工業国等からの製品輸入等輸入の拡大に努めるとともに,米欧との水平分業を促進する方向での直接投資を増大させつつある。

2. 世界経済における比較優位の変化

(比較優位変化の要因)

ここで短期的には固定して議論される各国の比較優位が,中長期的にどのような要因で変化し得るものであるかを簡単に整理しておこう。

比較優位の主たる決定要因と考えられる供給側の要因としては,第1に生産要素の賦存量と要素価格の変化が挙げられる。土地や天然資源が天賦のものであるのに対し,資本は,資本不足国であっても,高い投資率を維持することにより資本豊富国になることができる。実際,我が国製造業の労働者一人当たりの資本装備率は,昭和30年にはアメリカの1/4程度に過ぎなかったが,57年には日本3万6千ドル,アメリカ4万ドル(いずれも50年価格)とその差は大きく縮小している。他方,労働豊富国は低い賃金率により労働集約型産業に比較優位を持つが,その結果高い経済成長と資本蓄積が行われる過程で,労働生産性の上昇に伴い賃金率も上昇し,賃金の国際格差は縮小していく。すなわち資本の豊富さや低賃金を長期的に固定して考えるのでは動態的な比較優位の変化を正しくとらえられないのである。

第2は技術革新である。新しい生産工程や新商品の開発により,伝統的な技術や商品は陳腐化したり,コストが割高となって競争力を失っていく。このような技術革新は,旺盛な企業家精神のある国では産業化され,先発者は生産の経験を積み重ねていく過程で,習熟を通じて大幅なコスト・ダウンが可能となり,一層競争力を高めることができる。省エルギー・省資源,技術革新も中間投入の原単位以下を通じ,やはりコスト・ダウンの効果を持つ。このように技術水準の国際格差も資本の国際格差と同様,研究開発の蓄積により縮小し得るのである。

第3は直接投資である。第4節で見るように,直接投資は,技術の標準化に伴い資本が賃金率の相対的に低い国に順次移動したり,相手国内市場の確保のために移動したり,様々な誘因を持つ。その移動が,国内部門の縮小を伴う場合は国内当該部門の比較優位を低下させる要因となり得るが,世界需要の伸びから,国内部門も同時に拡大する場合には比較優位への影響は小さいものにとどまろう。

なお比較優位の変化に影響してくる需要側の要因としては,第1に国内市場の充足度が挙げられる。人口が大きかったり,商品の普及率が低いため国内市場規模が大きい場合は,国内生産は当初国内需要の充足に向けられ,輸出ウエイトは小さく,貿易にみる比較優位は低くなろう。その後国内生産が軌道に乗るに従い規模の経済によるコスト・ダウンが実現し,普及率の高まりとともに,比較優位も高まろう。

第2に製品の差別化がある。商品の普及率が高まると,その商品の特性が細分化され,例えば大型車と小型車のように,用途に応じた需要が生じてくる。この時,日本の小型車,アメリカの大型車のように各々の比較優位が生じ,水平分業が成り立つようになるのである。

(各国の比較優位の変化と水平分業の進展)

日本,アメリカ,EC,発展途上国の比較優位について,比較優位構造を反映すると考えられる指数(各国の輸出総額の世界貿易に占めるシェアを1として,各産業別輸出の世界貿易シェアを指数化したもの)によりみると,昭和45年から55年にかけて,実際大きく変化した(第3-2図)。日本は高度技術の加工組立型や素材型(カメラ機器,事務用機械,自動車等)が比較優位を高め,標準技術の加工組立型や素材型(テレビ,船舶,プラスチック原料,銅板等)が比較優位を低下させている。一部の高度技術型(航空機,医薬品等)は比較劣位となっている。アメリカは一部の高度技術の加工組立型(航空機,コンピュータ等)と農産品において比較優位を保っているものの,自動車,事務用機械では比較優位が低下し,標準技術型(船舶,銅板等)では比較劣位となっている。ECは,高度技術,標準技術のそれぞれ一部(医薬品,自動車,金属加工機械,糸,プラスチック原料等)で比較優位を保ち,航空機は比較優位に転じている。発展途上国は,標準技術型の一部(時計,糸,船舶,テレビ,プラスチック原料,鋼板,カメラ等)で比較優位に転じる動きを示している。

このような比較優位の変化が2国間貿易に及ぼす影響を我が国とアメリカ,EC,韓国についてみると(第3-3図),まず,日・米間,EC間とも,食料品,化学は米,ECに有利化し,電気輸送機械,鉄鋼は日本に有利化しでおり,水平分業は繊維,非鉄金属,一般機械で進展している。日・韓間では,繊維,食料品で韓国に有利に,機械,化学では日本に有利に推移したが,鉄鋼,非鉄金属,原料品において水平分業が進展している。

我が国は原材料につき輸入に特化しているため,工業品において,2国間でみると純輸出がプラスになる業種が多いが,業種平均としては比較劣位になる場合でも,更に,品目間での相互特化(棲み分け)による水平分業を指向する傾向が強い。

(柔軟な転換能力)

このように,我が国が内外の条件変化に対しダイナミックな対応をとることができたのは,日本経済が柔軟な転換能力を保持しているからである。1970年代にこうして世界の経済活動の最先端に到達した我が国は,加工組立型産業において新たな比較優位を確立しつつある。他方,動態的に比較優位を失いつつある部門を有する業種や地域では,企業経営の多角化,成長産業の誘致により他国に比べ円滑な対応を示している。これらが日本経済の柔軟な転換能力を支えている。


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