昭和58年

年次経済報告

持続的成長への足固め

昭和58年8月19日

経済企画庁


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第3章 景気調整策の有効性

第3節 景気調整策としての金融政策の有効性

財政改革を進める過程では,財政政策の機動的運営の余地は限られたものとなる。こうした中では,金融政策に対する人々の期待には大きなものがあるといえよう。

第1次石油危機後,わが国のマネーフロー(「お金」の流れ)の構造は大きく変化した。法人企業部門の資金不足が大幅に縮小し,かわって公共部門が最大の資金の取り手として登場したのである。そうした中においても,金利機能の活用と通貨供給量を無視した政策運営により,金融政策の有効性は維持されてきたといってよい。56年度年次経済報告で示したとおり,第2次石油危機を克服するうえで,金融政策の機動的運営が果した役割は大きかったのである。

55年8月以降の金融緩和過程を振り返ってみると,公定歩合が4次にわたり,通算3.5%引下げられた。また,窓口指導が各行の自主計画を基本とする方式に移行するなど,金融の量的緩和が進んでいる。通貨供給量は一頃に比べ伸びがやや鈍化しているとはいえ,最近でも名目成長率をかなり上回る伸びを維持している。

しかしながら,ここ1~2年,金融政策を取り巻く環境は厳しさを増している。すなわち,金融政策は,対外面では米国金利高や円安,国内面では先にみたような長期金利の高どまりから,政策運営の自由度を狭められているのである。

以下では,①50年代に入って金融政策が様々な環境変化に対処して,政策の有効性をいかに維持してきたのか,②現在金融政策が直面している制約はどのような問題をもたらしているのか,③今後とも金融政策の有効性を維持していくための課題は何か,といった点についてやや詳しくみてみよう。

1. 金融政策を取り巻く環境変化

50年代に入ってから,金融政策を取り巻く環境は大きく変化してきている。すなわち,高度成長期には,企業の資金需要が旺盛であった。それは,いわゆる間接金融方式によって,金融機関借入れによって賄われたのである。このため窓口指導等により,民間金融機関の貸出をコントロールすることなどを通じ,設備投資等企業の投資活動に影響を及ぼす形で金融政策は所期の政策効果を達成することが可能であった。

ところが,安定成長期に入ってからは,次のような変化が進展している。

第1は,第1次石油危機後,設備投資の下方屈折から企業の資金需要が大きく鈍化したことである。このため,企業では設備投資資金を内部留保で賄う比率が高まり,折からの減量経営指向とも相まって企業の外部資金への依存度は高度成長期に比べ大きく低下している。さらに注目すべきは,外部からの資金調達も,時価発行増資等証券市場での調達や外債の発行,インパクトローン(使途に制限のない外貨借入れ)といった海外からの資金調達等調達ルートが多様化していることである。一方,企業の資金運用面をみても,高水準の手許流動性(余裕資金)を背景に,極力現金・要求払預金を圧縮し,高利回りのCD(譲渡性預金)や債券等で運用する傾向が強まっていることが特徴である( 第3-19図 )。こうした企業金融の変化は,民間金融機関の貸出を通ずる量的規制だけでは,必ずしも民間の支出活動を十分にコントロールできなくなってきていることを示唆している。

第2は,50年度以降国債の大量発行が続いていることである。これは,財政を通ずる通貨の供給の割合が相対的に増えることを意味しており,民間金融機関の貸出に対する量的規制だけでは,通貨供給量をコントロールすることが難しくなることを示している。また,国債の大量発行が長期金利を高どまらせる要因の一つとなっていることは先にみたとおりである。いうまでもなく,国債金利の上昇を回避しようとすれば,通貨供給量の適切な管理との間に矛盾を生ずる可能性も否定できない。

第3は,近年,内外の資金交流が活発化していることである。これは,わが国の金融市場が次第に国際化してきていることのあらわれであることはいうまでもない。こうした資本移動の活発化等により,わが国の金利水準や円相場が海外金利の影響を受けやすくなっていることは見逃せないところである。

第4は,近年における金融自由化の進展もあって,家計,企業ともより有利な運用先を求めて金利選好を強めていることである。これには,金融資産の蓄積が進んだ結果,有利な運用を図るメリットが増しているという側面もあると考えられる。このことは,先行きの金利予想や長短金利格差の状況如何によっては,預金等規制金利商品から高利回りの自由金利商品に大規模な資金移動を招来する可能性が大きくなったことを意昧している。

しかし,こうした環境変化によって,金融政策の有効性が低下したわけではない。前述のように,金利機能の活用によってむしろ高められた面もあるのである。日本銀行の金融調節は,直接的には金融機関相互が資金を融通し合うインターバンク市場の需給に影響を与え,そこでの金利を望ましい水準に誘導することを目標にしている。53年以降とられた一連の金融自由化措置を背景に,インターバンク市場の金利変動は,金融機関のみならず事業法人も参加できる現先市場(売り戻し条件付債券の売買市場)やCD市場といった短期のオープンマーケットの金利にも迅速に波及するようになった。これは,資金の出し手はより高い金利で運用しようとする一方,逆に資金の取り手はより低い金利で調達しようとするいわゆる金利栽定取引が起るため,各種金利は平準化する方向に動くからである。

このように,インターバンク金利の変動が金利裁定を通じてすみやかに市場金利全般に波及することは,金融政策の効果が企業等の資産選択行動の変化を通じで民間の支出活動にも影響を及ぼすことを意味する。ちなみに,第2次石油危機時,機動的金利引上げに伴い投機的な在庫投資(先高を見越した仮需)等が抑制されたことはしばしば指摘されたところである。

2. 制約下の金融政策

55年8月以降の金融緩和局面を振り返ってみると,前述のように通貨供給量等量的緩和は十分に浸透しているとみられる。一方,金利の面についてみると,名目金利を物価上昇率で割引いた実質金利の水準は,長期金利,短期金利とも過去の金融緩和局面に比べれば相対的に高目となっていることが特徴的である。これは国内のインフレ率の低下に見合って名目金利の水準が必ずしも十分には下がりきらなかったことを意味している。このように,金融の量的緩和が進展する中で,実質金利の高どまりが生じているのは,一つには米国金利高,円相場といった制約,いま一つには長期金利の高どまりという制約が響いているためと考えられる。

(海外金利と国内金利)

変動相場制について,期待された一つの長所は,国内金利が海外金利の変動から遮断されるという効果である。ところが現実には内外金利差の拡大を引き金として,ドル選好の強まり,長期資本の大幅な流出入が生じたこと等から,為替レートの大幅な変動をもたらしている。57年度年次経済報告で示したように,56年以降の円安相場ではこのような為替相場観の変化に起因した資本流出が円安を招く一つの要因となった。

このように,内外金利差の拡大を背景として円安が生じた場合,国内金利には次のような影響が及ぶと考えられる。

まず第1は,金融政策の運営上,円安を防止する観点から内外金利差の一層の拡大を回避するため,金利水準を高目に維持せざるを得ない(あるいは,インフレ率の低下に見合って名目金利を引き下げられない)という事情がある。第2は,わが国の債券利回りが米国金利や円相場の変動の影響を受けやすくなっていることである。以下では,こうした点についてやや詳しく調べてみよう。

(高目に誘導された短期金利)

円相場は,56年11月末にピークをつけたあと,再び円安傾向を辿り,57年秋口にかけて1ドル270円台の安値を記録した。こうした中で,日本銀行は内外金利差の拡大とそれに伴う為替円安を回避する観点から,57年3月下旬以降インターバンク市場金利(コール・手形レート)の高目誘導を実施した。この結果,コール・手形レートは,資金余剰期にもかかわらず,3月末から4月にかけて上昇し,その後も秋口まで高水準を続けた。こうしたインターバンク市場金利の上昇は,金利裁定取引を通じてCD・現先市場等のオープンマーケットの金利にも若干の時間的遅れ(タイム・ラグ)を伴って波及した( 第3-20図 )。

次に,高目誘導が長期金利にどのような影響を与えたのかみてみよう。公社債市場をみると,56年末から第4次公定歩合の引下げや3~5月の大幅資金余剰見通しなどを背景に金利先安観が根強く,市況は堅調裡に推移していた。しかし,3月末以降の高目誘導実施後は,それまでの金利先安観は後退し,模様眺め状態となった。その後,国債市況が大きく下落(利回りは上昇)したのは,前に述へたように特例国債の増発懸念が生じた5月中旬以降であり,2か月近い時間的遅れが認められる(前掲 第3-20図 )。すなわち,コール・手形レートの高目誘導は,公社債市場における金利先安観を払拭し,国債金利を上昇させる一つの要因となったが,その影響度は相対的に小さかったといえよう(前掲 第3-12図 )。

一方,高目誘導と円相場の関係を調べでみよう。まず,為替相場に影響を与えるのは,短期金利か長期金利かという問題がある。長期金利は資本移動を通じること等によって円相場に影響を及ぼしてきた局面があると考えられる。これに対して,短期金利の場合は,長期金利への波及,為替市場参加者の相場観に与える心理的効果(アナウンスメント効果)等による影響が考えられる。第1の経路については,既にみたので,ここでは,第2の経路について検討してみよう。高目誘導は,日本の通貨当局が為替相場安定への姿勢を示したという意味でも円相場に一定の下支え効果をもったとみられる。現に,57年3月から4月にかけて日々の円相場と日米短期金利差の関係をみると,両者の動きはほぼ軌を一にしている。高目誘導は米国金利の低下と相まって内外金利差を縮小させ,4月下旬から5月中旬にかけては一時的に円高をもたらす一つの原因となったとみられる。

しかしながら,米国金利の下げどまり感が出てきたことなどから円相場は5月中旬以降再び下落した。その後は,日米の金利差が縮小したとはいえ,依然大きかったこと,国際金融不安の発生が懸念されたことなどから「有事に強いドル」「逃避通貨としてのドル」に人気が集まったこともあり,為替相場観はなかなか修正されなかった。このため,円相場は秋口にかけて一段と下落したのである。

高目誘導は,円安を防止し,国内物価への影響を最小限にくいとめるという配慮と,国内景気への悪影響を極力回避するという観点とを比較考慮してとられた措置と考えられる。仮に,日米の金利差を打ち消す程思い切った金利引上げが実施されていたならば,円安には歯止めがかかったかもしれない。しかしそれは,日本の金利が米国の金利に完全に鞘寄せされることに他ならず,国内経済へ大きな影響を及ぼす可能性があったであろう。この意味で,高目誘導は,内外の厳しい情勢に対処してとられた政策選択であったとみることもできよう。

その後,57年秋口以降は,米国金利の低下もあり,高目誘導は徐々に緩められ,コール・手形レートは資金需給を反映して動くようになった。さらに,11月以降,円安修正がみられ国内金利低下の環境が整ってきたかのようにみえた。しかしそれも束の間で,58年に入って円相場が一進一退を繰り返しているため,慎重な政策運営を余儀なくされている。

(長期金利と海外要因)

わが国の公社債市況が米国金利や円レート等の影響を受けるのは何故であろうか。

国際間の資本取引が自由な経済では,投資家は日本と海外とでより有利な運用先を求めて資金を動かす。すなわち,日米の長期金利差と円相場の予想上昇率を比較し,前者が後者を上回る限り,米国への投資が有利となる。その場合には,日本の国債等を処分ないし買い控え,米国の債券等を購入しようとする動きが広まる結果,日本の公社債市場では価格の下落,金利上昇圧力が生じうる。また,こうしたメカニズムが一般に受け入れられるようになると米国金利の上昇や円安が生じる場合,現実に内外の資本移動が生ずる前に,投資家の買い控えが起り,長期金利の上昇がみられることが少なくない。

実際,最近の動きをみると,日本の国債金利は,米国金利や円レートとかなり密接な関係にあることがわかる( 第3-21図 )。とくに,56年春先から夏場にかけての国債金利の上昇には,こうした海外要因の寄与が大きい(前掲 第3-13図 )。

(長期金利の高どまりの影響)

金融政策が直面しているもう一つの問題として,こうした米国金利高,円安といった制約に加え,国債の大量増発懸念等もあって,先にみたように金融緩和にもかかわらず長期金利が過去の金融緩和期に比ベ相対的に高目となっていることである。すなわち,長期金利の高どまりは,長短金利格差(ここでは,規制金利である定期預金と市場金利に連動している長期高利回り資産との利回り格差を意味している)の拡大を意味している。例えば,個人金融資産の利回りを比較してみると,54年頃までは,5年物貸付信託の予想配当率と2年物定期預金金利との金利差は1~1.5%程度で比較的安定していた。55年央以降の金融緩和局面では,公定歩合の引下げにスライドして規制金利である預貯金金利は段階的に引下げられたのに対し,長期国債の応募者利回りと連動する貸付信託の利回りはほぼ横這いの水準が続いた。このため,利回り格差は57年9月から12月にかけては2%程度まで拡大したのである( 第3-22図 )。

こうした長短金利格差の拡大に伴い,57年に入ってからは規制金利商品である定期預金等から,高利回り商品である信託金融債・投資信託などにかなりの規模の資金シフトが生じたとみられる。

このように長短金利格差が大きい状況では,預金金利の引下げは,自由金利商品への一層の資金シフトをもたらす可能性は小さくない。仮に,そうした事態になれば,預金銀行では資金不足に陥り,債券売却を増やす結果,長期金利の上昇をもたらす可能性も否定できない。一方,預金金利が据え置かれる場合には,たとえ,公定歩合や短期市場金利が低下しても金融機関の資金調達コストはさほど低下しない。つまり,そうした状況のもとでは,仮に公定歩合を引下げても,金融機関の貸出実効金利の十分な低下は期待できないのである。

長短金利格差の拡大は,このように機動的金利操作に対して一つの足枷となっている。これには,金融資産の中で大きなウエイトを占める定期預金金利が規制金利として残っている一方で,高利回りの自由金利商品が市場金利に連動する長期の高利回り商品が,次第に増えてきているという事情も影響しているとみることもできる。

3. 金融政策の有効性確保

最後に,内外にわたる幾つかの制約下で,金融政策の有効性をいかに維持していくかについて考えてみよう。

まず,海外金利,円相場といった対外面の制約については,金融政策の究極的目標とのかね合いで考えることが重要なポイントとなる。つまり,金融政策の運営上,日本経済にとってどういう選択が望ましいかという問題である。日本経済にとって円相場が円高方向で安定することは,いうまでもなく物価安定に寄与する。このほか,①経常収支の黒字累積に対していずれ歯止めとなりうること,②交易条件の改善により,実質所得の増加が期待できること,③企業家心理に落ち着きをもたらすこと,といったメリットも考えられる。公定歩合の引下げは,企業収益の改善に寄与することは確かであるが,それが円安につながれば上記メリットは享受できなくなる可能性がある。逆にいえば円相場が円高方向で安定すれば,長期金利の低下もある程度見込めることもあり,金利政策の自由度が広がることが期待される。

但し,こうした制約条件下においては,アナウンスメント効果をもつ公定歩合操作については,時期の選択が重要な鍵を握っているといってよい。その意昧で,金融政策については従来にも増して機動性が要請されているのである。

一方,長期金利の高どまりという対内面の制約については,その一つの要因でもある国債発行量を極力圧縮し,市中での国債の荷もたれ感を払拭していくことが基本である。

次に,金融政策の有効性を確保していくためには,金利機能の一層の活用によって民間部門の支出活動にコスト効果を及ぼすチャンネルを強化することが望まれる。この意味からも,金利自由化については引続き漸進的かつ前向きの取組みが必要である。金利の自由化は,短期金融市場等当面手のつけ易い部分では概ね完了している。今後を展望すると,60年以降については借換債やいわゆる期近物国債(残存期間の短かい既発国債)のウエイト増大,金融国際化の一層の進展などから,規制金利の根幹をなす預貯金金利等についても,金利自由化への圧力が徐々に高まることが予想される。その場合,貸出金利や大口の預金金利は市場金利に連動し,小口の預金金利は規制金利として残すとしても市場の需給関係に応じて弾力的に変更される方向に漸進的に進むことが考えられる一つの姿といえよう。そうした方向に進むにつれ,金融政策の運営方式は,従来の量的規制を併用したものから,公開市場操作によって直接市場金利に働きかける方式により傾斜していくと考えられる。金利の自由化によって家計や企業の支出活動が金利により感応的になる可能性があり,それは金融政策の有効性確保につながりうるからである。さらに,金融政策と公的金融との整合的な関係に留意しておく必要がある。公的金融においても市場メカニズムが機能することが重要であることはいうまでもない。以上のように,金融政策の有効性を確保していくためには,金利機能が有効に活用できるよう環境整備を進めていくことが必要であろう。


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