昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第3章 新しい国際分業と産業調整

第1節 世界貿易の構造変化

後述するような先進工業諸国の新しい保護貿易の傾向は,当面の世界的不況状況も影響しているが,むしろ国際経済面から一段と経済構造の変化を迫られるようになったこれら諸国が,これに適応する能力を弱めていることが基本的要因であると考えられる。

先進工業諸国が構造変化を迫られるようになった国際経済上の要因としては次の4点を挙げることができよう。第一は,1960年代から強まってきた中進工業諸国(NICS)の経済技術水準の高まりと国際市場への浸透である。これは先進工業諸国の中の労働集約的な部門あるいは技術集約度の低い部門への圧迫要因となった。第二は二度にわたる石油価格の大幅な上昇である。これは1960年代から続いたエネルギー多消費型の産業構造に大きな変革をもたらすと同時に,国際的な資本と貿易の流れを大きく変えた。また原油への依存度の相違から,工業国間の競争力の優劣にも複雑な影響を及ぼした。第三は先進工業国間の競争力の相対的変化である。これは第1章で述べたような設備投資や生産性上昇の差,技術とくに生産技術への対応の差,さらに労働市場や賃金コストの差等によってもたらされたものであり,このため,先進工業諸国間の比較優位構造は大きく変化した。また第四の要因として,情報・サービスの役割が国際経済の中で高まったことが挙げられよう。これは一つには資本の国際間移動が強まり,企業の多国籍化も拡大して,これに伴う情報・サービスの国際間移動量が著しく増大したためである。また一つには各国の国内経済自体が情報化・サービス化の度合を強めるとともに,商品生産の分野でも技術集約が高度化し,情報や技術の国際間の取引が一層重要視されるようになったためである。

以上の事を前提として,1960年代から70年代にかけての世界貿易の構造変化を検討してみよう。

(中進工業国の急速な発展)

1970年代を通じて,国際経済面から先進工業国が構造変化を迫られるようになった要因としては,韓国,シンガポール,ブラジル等の中進工業国(NICS)の工業化が急速に進展したことをまず挙げることができる。

同地域の工業生産をみると,1960年代,1970年代を通じて先進国の伸びをはるかに上回る急成長を遂げる一方,工業化の範囲も,従来の繊維,はきもの,皮革製品,衣類といった軽工業品分野から,1970年代には電気機械・家電製品,鉄鋼等比較的技術水準が高く,資本集約的な分野に,急速に広がってきている。

このため,貿易面でも,同地域の輸出に占める工業製品のシェアが,1960年の25%から1978年には63%へと大きな高まりをみせた。また,OECDの工業製品輸入に占めるシェアも,1970年の2.9%から1980年の6.4%へと大きく増加した。個別品目では,電気機械・家電製品,衣類,鉄鋼等の分野で,シェア上昇が著しい 第II-3-1表 , 第II-3-2図 )。

こうした中進工業国の急速な工業化を可能にした要因は主として次のようなものである。

第1には,これらの諸国の持つ良質かつ豊富な労働力である。第2には,輸出加工区,輸出工業団地の設置等輸出指向工業化政策の推進である。第3には,それを受けた地場資本のコスト切下げ,品質向上等への積極的な対応が挙げられる。第4には,以上のような要因に加えて,先進工業国からの民間直接投資が大きく寄与したことも見逃せない。

例えばDAC加盟の先進17カ国の民間直接投資残高をみると,1967年から1977年までに,発展途上地域全体への投資残高は2.5倍の増加にとどまっているのに対し,中進工業国向けだけを取り出してみると,この間3.5倍の伸びを示している。特に,アジア中進国では,同期間9.0倍の大幅増加となり,直接投資がアジア中進国を中心とした中進工業国に集中的に行われたことがうかがわれる。また,業種別にみても,繊維,雑貨,家庭用電気機器(特に,テレビ,ラジオ,電子部品)といった分野への投資増が目立っている。

なお,こうした4要因に加えその他にも,例えば為替レートの設定が輸出面で有利に作用したこと,社会的・政治的にも他の発展途上国に比べ安定性が高かったこと等が有利に作用していると考えられる。

以上のような要因を背景に,中進工業国は電気機械,衣類,鉄鋼等の分野では先進工業国市場に急進出してきたわけであるが,ここで見逃してならないことは,中進工業国の対先進国輸出の世界貿易に占めるシェアは1980年でも3.5%に過ぎず,1970年の2.4%と比べてもシェアの増加はそれほど大きいとは言えないことである。他方,中進工業国の先進国からの輸入の世界貿易に占めるシェアは,1970年の3.3%から1980年には4.0%へと同様に上昇している。また,この間,両地域間の貿易収支は,中進工業国側が赤字を続けている。

こうした点を考えると,先進国市場において中進工業国が労働集約的な商品を中心にいくつかの品目でシェアを急上昇させ,それによって先進工業国との間で貿易摩擦を生じたケースもあるが,一方では,この間中進工業国も,輸出増に伴う購買力の増加,積極的な工業化の推進の過程で既に述べたように先進国からの輸入も増加させてきており,全体としてみれば,輸出入両面にわたる貿易拡大が国際分業関係の変化を伴いつつ進んだと言えるのではなかろうか。

(世界貿易の地域別構成の変化)

一方,1970年代の世界貿易の構造変化で中進工業国とともに忘れてならないのは,OPEC等の産油国の動向である。

世界貿易の地域別構成の変化を, 第II-3-3表 の貿易マトリックスにより1960年から1970年への変化をみると輸出入とも先進国のシェアが上昇する一方,発展途上国は,中進工業国が緩やかながらシェアを上昇させたものの全体としてのシェアは低下していた。

しかし,第1次石油危機以降では状況は一変し,石油価格の二度に亘る上昇に伴いOPEC諸国の(輸出)シェアが,1970年の5.8%から1980年には14.7%へと急上昇している。

輸入面でも,OPEC諸国は,世界貿易に占めるシェアを,1970年の3.1%から1980年には6.5%へと輸出ほどではないが,高めている。このように,OPEC諸国が輸出,輸入両面でシェアを高めたことは,後述するように世界貿易の商品別構成の変化にも大きな影響を与えた。一方で,中進工業国を除く非産油途上国及び先進工業国は,この間輸出シェアを低下させており,特に先進工業国のシェアの大幅な低下が目立つ。これは,OPEC向け輸出が増加しているものの,先進工業国間貿易が盛り上りに欠けたことを反映したものである。

第II-3-4表 工業品貿易マトリックス

第II-3-5表 世界貿易の商品別構成化および伸び率の変化

こうした背景には,二度にわたる石油価格の大幅な上昇が先進国経済に対して,経常収支の大幅な赤字や交易条件の悪化に伴う実質購買力の低下,更には国内物価の急騰とそれに伴う物価抑制政策の実施を通じ,経済活動の停滞をもたらしたことが大きく影響しているといえよう。

さらに先進諸国間の格差も見逃せない。EC,アメリカ,日本の工業製品貿易について 第II-3-4表 によりみると,アメリカが先進国市場でのシェアを低下させているのに対し,日本は対照的に最近ではむしろ第1次石油危機前に比べ先進国市場でのシエアを上昇させている。特に,アメリカがEC,日本向け両者でシェアを低下させているのに対し,日本はアメリかEC向けともにシエアを上昇させている。なお,ECの輸出は域内でのシエアは上昇しているものの,アメリカ向けは横ばい,日本向けは低下となっている。

(世界貿易の商品別構成の変化)

一方,1970年代には,世界貿易の商品別構成にも大きな変化がみられた( 第II-3-5表 )。

まず,世界貿易全体の伸び率をみると,1960年代には,ガット体制のもとで貿易の自由化が急速な進展をみせたことに支えられ,年率8%台の高い伸びを続けてきた。しかし,1970年代に入ると,二度にわたる石油危機の発生とそれに伴う先進国経済の停滞から年率6%台へと伸び率は鈍化している。

これを商品別にみると,金額ベースの商品別構成比では,燃料のシェアが急上昇し,他の品目,即ち工業製品,食料品,原料品のシェアが軒並み低下していることが目立つ。しかし,燃料品のシェアの急上昇は,二度にわたる石油価格の高騰によるものである。数量べースでは,燃料はこの品目分類の中では最も低い伸び率に留まっており,これが世界貿易全体の伸びの鈍化に大きく影響しているといえよう。一方,工業製品は1960年代の2ケタ台の高い伸びに比すれば,1970年代には伸びが鈍化しているが,この品目分類の中では,唯一世界貿易全体の伸びを上回る拡大をみせた分野である。

工業製品の分野について更に詳しくみると( 第II-3-6図 ),数量ベースでは,1970年代を通じ化学製品が最も高い伸びを示している。また,機械機器も先進国需要が伸び悩むなかで,OPEC諸国を中心とした発展途上国の堅調な需要に支えられて1977年までは化学製品同様高い伸びを示した。しかし,1978年以降は1978年に大幅な落ち込みを示すなどOPEC諸国の経済開発計画の見直し等発展途上国需要の減退から伸び悩みをみせている。なお,その他の工業製品は,工業製品のなかでは1970年代半ばまで余り伸びは高くなかったが,1970年代後半になって機械機器の最近の伸び悩みとは逆に伸びを高めている。一方,こうした数量ベ-スの工業製品貿易の動向を補完するため,OPCDの工業製品貿易(名目)をみると,化学製品ではゴム,プラスチック,機械では電気機械,自動車,航空機,その他工業品では衣類,光学・精密機械といった分野の伸び率が高い。なかでも,技術集約商品(売上高に対する研究開発支出が工業製品の平均を上回る品目)は,1970年代を通じ工業製品全体の伸びをはるかに上回る高い伸びを示し,この結果,日本,アメリカ,西ドイツ,イギリス,フランスの5カ国では,工業製品輸出に占める技術集約商品のシェアが1974年の35.6%から1980年には41.6%にまで高まっている。このように1970年代の工業製品の高い伸びは,質的にも高度な技術集約的な商品に支えられて実現したといえよう。

(先進国の供給構造)

さて,以上の1970年代の世界貿易の構造変化の状況をみてきたが,一方で,このような世界貿易の構造変化に先進国の供給構造はうまく対応できたのであろうか。

まず,1970年代の先進国の供給構造の変化について,業種別にその動きをみると( 第II-3-7表 ),第1次石油危機前では製造業全体の伸びを上回っている業種は,化学,機械,であった。また,第1次石油危機以降では,化学,電気機械は引き続き全体を上回る高い伸びを示した。一方,両期間を通じて全体の伸びを下回っている金属(非鉄金属,鉄鋼)繊維,衣料・皮製品・はき物,木製品・家具は,第一次石油危機以降そのほとんどの業種が更に伸びを鈍化させている。

また例えばOECDの工業部門エネルギー消費弾性値が73年/69年の1.1から79年75年には0.78(但し,79年/73年0.22)に低下していることにみられるように,石油価格の上昇による商品別の相対価格の変化から,エネルギーコストの高い製品の使用節約やエネルギーの使用節約等が進められ,これによる構造変化をもたらした。

なお,1970年代の先進国の供給構造の変化と世界貿易の商品別構造の変化を比較すると,次のことが指摘できる。

第1に,品目別の動きを数量ベースの伸び率でみると,両者で動きが異なるのは,NICSの進出の著しい衣類等その他工業製品だけであり,それを除けばあまり両者で動きに乖離はなかったといえよう。

第2に,先進国の工業生産と貿易の拡大テンポを 第II-3-8図 でみると,1967年~1973年までは,ほぼ両者の拡大テンポは同じで,やや貿易の伸びが工業生産の伸びを上回る状態で推移した。

しかし,1973年以降のところでは,1975年に貿易,工業生産ともに減少するというギクシャクした動きを示しているものの,それ以前に比べ貿易の方の拡大テンポが工業生産に比べ高い。

このことは,先進国では1970年代に,工業製品貿易依存度が高まり,水平分業が一層進展していることを示しているのではないたろうか。

ちなみに,先進工業国の工業製品貿易依存度を 第II-3-9表 でみると,やはり,1973年以降各国とも急速な上昇を示している。なかでも,従来工業製品貿易依存度の低かったアメリカが1970年の5.0%から1980年には10.7%へと,日本に比べやや低いといった水準にまで上昇してきている。なお,この間,日本を除く各国が輸出入両面で工業製品貿易依存度が高まっているのに対し,日本は,輸入依存度が70年当時とほとんど変化がない一方で輸出依存度が上昇している。

(日本,アメリカ,ECの世界貿易構造変化への適応力)

今まで,世界貿易が1970年代大きく変容するなかで先進国の供給構造が如何に適応してきたかみてきたが,ここで,先進国間,即ち,日本,アメリカ,ECがそれぞれ世界貿易の構造変化にどのように適応してきたが,比較優位構造を反映すると考えられる輸出入シェア(OECD計に対する輸出シェア,輸入シェア)を使って相互に比較しつつ,そのパーフォ-マンスをみていこう。

まず,日本,アメリカ,西ドイツの輸出入シェアでみると,日本は,船舶,電気機械,鉄鋼,自動車,精密機械等の輸出シェアが高く,1970年と比較する,と1980年にはこうした品目は船舶を除き比較優位を強めている。一方,1970年代に輸出シェアの低下,あるいは輸入シェアの上昇がみられたものでは,繊維,衣類,木材・木製品,化学製品といった品目があげられる。

次に,アメリカでは航空機,原料,食料,化学製品,一般機械等の品目に輸出シェアが高い。また,1970年代に輸出シェアが高まった品目は,日本とは対照的に繊維,衣類,食料,原料等があげられる。他方,逆に輸出シェアが低下し輸入シェアが上昇した品目では,航空機をはじめ,一般機械,電気機械,鉄鋼等があげられ,日本が輸出シェアを高めた分野の品目が目立つ。

最後に,西ドイツをみると,日本,アメリカに比べ輸出入シェアのカーブが緩やかな傾きとなっており,日本,アメリカほどには品目別の輸出入シェアの差は大きくない。

こうしたなかで,相対的に輸出シェアの高い品目としては,自動車,一般機械,金属製品,化学製品があげられるが,1970年代にわずかながら輸出シェアが低下している。他方,この間輸入シェアの高い業種でありながら,輸出シェアをやや高めたものとして,食料,紙・板紙,非鉄金属,衣類があげられる。

それでは,世界貿易の商品別構造の変化に対する各国の適応能力の差を考えると,まず,第1に,1970年代を通じて世界貿易の伸びの高い化学製品の分野では,西ドイツ,アメリカが比較優位にあり,日本はこの間二度の石油価格上昇により比較劣位の方向に向かい,うまく対応できなかったことがわかる。

第II-3-10図 商品別輸出入シェアの変化

第2に,とは言うものの,伸び率も高くかつ貿易の増加額が化学製品に比し3.3倍に達する機械分野では,電気機械,自動車等の比較優位の向上に著しい日本は,図からみてもわかるように,両国に比し極めてうまく対応したといえよう。また,一般機械の中でも伸びが高い金属加工機械,事務用機械では日本の対応力はアメリカ,西ドイツに比し高かったといえよう。

第3に,このところ伸びが高まっているその他工業製品分野,特に衣類では,3国ともに比較劣位に属する業種であるが,前述のようにアメリカ,西ドイツは,1970年代にやや比較優位の方向ヘ変化している。

第4に,逆に伸びが低く中進工業国の進出が活発化している繊維の分野では,日本が比較優位が弱まっているのに対し,西ドイツ,アメリカの動きは異なる。特に,アメリカは前述のように比較優位を急速に高めていることが目立つ。

以上のように,全体としては,日本は西ドイツ,アメリカに比し,貿易構造の変化にうまく対応したといえるのではなかろうか。

(先進国の比較優位構造の変化の要因)

それでは,1970年代を通じて先進国の比較優位構造を変化させた要因は何だったのだろうか。

まず,第1には設備投資動向を反映した労働生産性上昇率の差,更に各国の雇用政策,労使関係の差を通じての賃金コスト上昇率の差があげられる。

第2には,石油関連コストをはじめとした原材料コスト要因の差が各国のエネルギー事情とあいまって生じてきたことである。

第3には,技術革新への対応能力の差,即ち,技術開発能力の差だけでなく新しい技術革新の製品への体化(生産技術)のスピードの差も影響していると考えられる。

(労働生産性,賃金コスト上昇率)

第II-3-11図 は,日本,アメリカ,西ドイツの労働生産性上昇率,賃金コスト上昇率を示したものである。

この図によれば,日本の労働生産性上昇率は機械工業が特に高く,西ドイツ,アメリカに比し業種間のバラツキが大きい。しかし,労働生産性上昇率がアメリカ,西ドイツを上回っている業種として,機械のほか鉄鋼,木材・木製品,化学等が挙げられる。また,賃金コスト上昇率(各国通貨建て)でも機械をはじめ同様の業種で日本は他国に比べて低い。ただし,この間に,円の対ドルレートは年率1.1%上昇(対マルクレートは同1.6%下落)しているので賃金コストを対ドルレートで調整すると,製造業平均では日本はアメリカを上回り,やや不利(対西ドイツでは有利)となるが,機械などでは有利である。

このように他国に比し労働生産性上昇率が高く,賃金コスト上昇率が低いことが日本の比較優位の大きな要因であることは,機械,鉄鋼の分野についてあてはまる。

(原材料コスト上昇率)

第II-3-12図 は,日本の輸出入シェアを労働生産性と原材料コストシェアの2つの要因でみたものである。これだけでは十分な説明はできないが,日本では労働生産性の上昇率が高く原材料コストシェアの低い業種が優位となっている。また,木材・木製品,化学の分野では原材料コストシェアが高く,そのことにより比較劣位になっている要因といえるのではなかろうか。特に化学品の分野では,石油関連コストを各国について比較すると,例えばエチレン価格は,アメリカ,カナダが天然ガスから分離される安価なエタンを原料とするのに対し日本はナフサを原料(第一次石油危機前に比べ価格は約10倍)とすることから,1981年時点では,アメリカのコストは日本の7割弱,カナダに至っては日本の4割という低水準にあるのである。

(技術革新への対応能力)

最後に,技術革新への対応能力をみよう。

研究開発投資(R&D)の国民所得に対する比率をみると,アメリカは1950年代,1960年代には積極的なR&Dの展開をみせ,3%台の高い水準を示し,技術開発面において圧倒的な優位性を持っていた。しかし,1960年代後半からは,この比率が低下傾向をずっと続けている。

一方,西ドイツや日本は,R&D支出額自体は現在もアメリカを大きく下回っているものの,対国民所得比率では,1960年代の1%台から,1970年代には2%台へと緩やかながら上昇傾向を続けている。また,既に第1章でみたように,55年度科学技術白書や経済企画庁の「新しい効率経営と技術開発に挑戦する企業戦略」によれば,1960年代後半に比べてわが国の技術水準や技術開発力は飛躍的に向上してきており,技術開発力の面では依然アメリカとかなりの隔りがあるものの,技術水準では,ほぼ欧米水準に肩をならべるところまできている。

この結果,航空宇宙,エレクトロニクス,精密化学,遺伝子工学等先端技術分野ではアメリカが依然圧倒的な優位性を持っているが,いくつかの分野とくに生産技術においては米国技術の優位性がやや崩れてきたとみられる。

第II-3-13図 は技術集約商品における比較優位度を知るため,各国の技術集約商品の輸出に占めるシェアをOECD平均と比較したものであるが,アメリカの優位度が70年代後半には低下傾向にあり,ヨーロッパ諸国も横ばい状能であるのに対し,日本が顕著に優位度を高めていることがわかる( 第II-3-13図 )。

以上,1970年代の先進国の比較優位構造を変化させた主な要因について簡単に述べたが,比較優位構造を変化させた背景には,その他,変動相場制移行に伴う為替レートの動向やまた一部の品目でみられた保護主義的な動き等も考えられる。

(サービス貿易の重要性の高まり)

これまで,先進工業国が構造変化を迫られるようになった国際経済上の要因として,専ら商品貿易の分野を取上げてきたが,最後に1970年代におけるサービス貿易の動向をみておこう。

サービス貿易を国際収支統計でみると,世界のサ-ビス輸出は1970年代に年平均16.7%増と商品輸出とほぼ同じ伸びを示しており,1980年時点では,商品輸出に対して35.6%のウエイトを占めている( 第II-3-14表 )。また,投資収益を除いた非要素サービスに限ってみても伸び率はやや低下するがその規模は商品輸出の約1/4に相当し,かなりの大きさである。この非要素サービスの中では,商品貿易と直接関係のある運輸や商品保険よりも,特許権使用料,手数料,広告費及び,エンジニアリングや情報サ-ビスなどのソフトウェア経費を含む「その他民間サービス」の伸びが高いのが注目される。次に主要先進国の非要素サービス貿易をみると,アメリカやイギリスが「その他民間サービス」や海運・保険(イギリス)などにより黒字となっている,一方,日本・西ドイツなどが,旅行,「その他民間サービス」を中心に赤字となっている。また,商品及びサービスの貿易を,日本,アメリカ・EC及びその他世界の間の収支(輸出-輸入)でみると 第II-3-15図 のようになる(ECは「その他世界」に対して,商品で赤字,サービスで黒字になっているとみられる)。アメリカはサービスで大きな黒字となったがこれはサービス貿易におけるアメリカの優位性を示すものといえよう。

国際間のサービス貿易については次のような特徴がある。第1には多様性である。商品の運賃・保険から技術のロイヤリティ,あるいは軍事支出まで,かなり性格の異なるサービスが含まれている。第2には,商品貿易や直接投資,技術移転などによる派生的な取引がかなりの部分を占めていることである。第3には,先進国経済のサービス経済化が進んでいるのに比較すると,国際間のサービス取引の規模はそれ程大きくないことである。

サービスの中には必ずしも貿易になじまない分野があるが,サービス貿易の分野では世界的に多くの障壁が残存しており,そうした障壁が除去されて通商ルールが確立すれば,サービス貿易は商品貿易を上回って拡大するとみられている。すでにみたように「その他民間サービス」の分野は,直接投資の活発化や企業活動の国際化にともない,相対的に高い伸びを示している。現在優位にあるとみられるアメリカは,サ-ビス輸出を今後の輸出拡大のフロンティアとして位置づけ,二国間及び国際機関で通商ルールを確立することを提案している。我が国としても,サービス貿易に関する統計データの整備や,自由な貿易体制が望まれるとの観点に立ったルール作りに今後とも積極的に貢献していくことが重要である