昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第5章 今回景気循環の特徴と現在の景気局面

2. 景気の現局面の評価

以上のような景気循環過程の特徴を前提として,57年夏の時点における景気の動きをどう判断すべきかを次に述べよう。

既に述べたように素材産業を中心とした在庫調整は,56年7~9月期に一応終了した。10~12月期には,在庫投資の増加,個人消費が低いながらも上昇の方向に転換したこと,企業収益の改善と大企業設備投資の堅調などから,国内民間需要は前期比1.2%の上昇となった。景気の最も重要な判断基準として国内民間経済活動の動きをみると,10~12月期の民間経済活動の諸指標は改善の方向にあり,景気は緩やかながら回復の方向にあったといえる。しかし,この期の輸出は,世界市場の停滞に加えて,わが国輸出商品の現地在庫の累増があり,さらに船舶輸出の一時的落ち込みもあって,国民所得べースの輸出等で実質の3.7%減となり,まだ政府部門も実質1.5%減となった。このため,国内民間需要の増加にもかかわらず,国民総支出は前期比実質0.7%の減となった。

56年1~3月期も,国内民間需要は引き続き上昇し,また輸出等も0.7%増加して海外経常余剰の成長寄与度がプラスとなったため,国民総支出は前期比実質0.8%の増加となった。

しかし輸出の減少傾向は57年度に入って4~6月期にも続き国内経済活動へもマイナスの影響を波及させつつある。国内需要面では,消費者物価がかなり安定した推移を示しつつあることもあり,個人消費は緩やかながら増加を示している。また大企業の設備投資は技術革新的な独立投資要因が強いため,これまでのところ堅調さを維持している。さらに公共事業の年度前半への前倒しの効果もあり,住宅投資も政策効果等プラス要因が生じつつあることから,国内需要はなお緩やかながら増加の方向を辿ってきている。

以上のように,国内民間需要の動きは,56年10~12月期から57年4~6月期にかけて自律的な回復の方向にあった。したがって,これに外から大きなマイナス要因が加わらない限り,今後とも国内民間需要の回復力は持続されるはずである。まだ幸い政府部門の需要も年度上半期はプラス要因として作用している。しかし問題は輸出の減少がいつ止まって拡大に転じうるかである。もし56年10~12月期以来3四半期にわたって減少傾向にあった輸出が,拡大には転じないまでもこれ以上減少はしないということであれば,国内需要の回復力は弱いながらも徐々に定着していくであろう。しかし,さらに輸出の減少が続き,国内経済活動へのマイナスの影響を強めるようであれば,国内の回復力自体が芽をつまれてしまう。

こうした意昧で一つには,現在国内面に現われている回復阻害要因の帰趨を注意深く見究めねばならない。その一つは製造業部門における在庫の動向である。前述のように56年7~9月期に一応調整期を終えた製品在庫は,57年に入ってから輸出の停滞を主因に後向きの投資が行われるようになり,4~6月期にも,生産調整にもかかわらず積み上り局面を示している。このため7~9月期にもかなりの生産調整が実施されるとみられるが,在庫調整の終了にはある程度の時間を要する情勢となっている。このことは,当然企業収益や雇用に不利な影響を及ぼすことになる。いま一つは,労働力需給の動向である。57年5月の段階で完全失業率は2カ月続いて2.35%というかなり高い水準となっており,有効求人倍率も低まっている。もっとも雇用者数や就業者数は比較的堅調な伸びを示しているが,これは57年度新規学卒者の採用がかなり堅調だったことが寄与しており,企業の雇用過剰感がやや増加している現状では,一般労働市場への圧力が強まっているとみられる。これまでのところ,以上の情勢にもかかわらず,企業の大幅な解雇を伴った雇用調整を招くには至っていないが,景気の回復が鈍く労働力需給の緩和傾向が引き続くようであれば,個人消費への影響も避けられないであろう。さらにこうした状況は,中小企業に影響を及ぼさずには置かない。以上のような意昧で,こうした国内需給の動向を一層注視する必要がある。

他方,海外情勢と輸出の動向について,適切な判断が必要である。56年末には,なお,57年後半の世界経済は順調な回復を示すであろうという見方が支配的であった。しかし年前半の景気の動きが弱く,下期の回復力も米国の減税効果等の材料はあるものの,高金利の先行きの不透明感等から景気の予測は全般に下方修正されている。またアメリカ経済の回復がみられるとしても,それが世界貿易やわが国の輸出に反映してくるのにはある程度の時差を見込まねばならない。こうした状況から,アメリカ経済の回復力の程度と,わが国輸出の先行きが今後の景気判断の要点の一つとなる。

こうした内外の情勢を十分注視しつつ,機動的な政策運営を進めていくことが肝要である。


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