昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第3章 内需回復と政策過程

第2節 金融緩和の浸透過程

1. 金融自由化の進展と金利裁定の活発化

52年以降,わが国の金融,証券市場では金利や金融取引きの自由化が漸次推進されてきた。まず,短期金融市場では53年から54年にかけて,コール・手形市場といったインターバンク市場で金利自由化が実施されたのを始め,オープンマーケットでは,従来の現先に加え,新たに自由金利のCD(譲渡性預金)が導入された。一方,国債についても52年以降金融機関の売却制限が漸次緩和されてきたほか,中期国債の入札発行が比重を増してきている。また,日本銀行のオペレーションに入札方式がとられるようになった。

こうした流れに沿って,56年に入ってからも幾つかの点で重要な進展がみられた。

第1は,国内及び内外での金利裁定のチャンネルが拡大されたことである。まず,国内では,都銀の現先買い,コ-ル放出が容認された一方,証券会社のコ-ル取入れが中堅証券会社にまで認められるなど,インターバンク市場とオープンマーケットである現先市場との裁定チャンネルがより充実されたことが挙げられる。一方,内外の金利裁定については,55年12月の外為法改正による為替管理の原則自由化に伴い,これまでの為銀による円転・円投,非居住者による現先買い,円預金といったルートに加え,居住者についても外貨預金や短期インパクトローンの取入れ自由化により,内外の金利動向を眺めて裁定取引を行う機会が広げられた。現に,56年初来の動きをみると,証券会社や事業法人を中心に短期インパクトローンの取入れが急増しているほか,居住者外貨預金も事業法人や在日外銀を中心に増加している。この結果,内外金利の裁定関係が強まってきており,例えば現先レートと外貨預金金利を比べても両者に乖離が生じた場合は常に乖離を縮小させる力が働いていることが読みとれる( 第I-3-9図 )。また,外貨預金は,先物予約により利回りが確定するため,一種の自由金利円預金といった性格を持っている。

第2は,国債取引について自由化が進展したことである。まず金融機関保有国債の売却制限が従来の発行後7~9か月後から100日程度に短縮され,国債の流動化が一段と進んだことは見逃せない。また,58年4月から銀行等による新発長期利付国債等の窓口販売が予定されている。

これまでの金融自由化に伴い,金利機能の活用を通じて金融政策の有効性が高められたことはしばしば指摘されてきたところである。一方,金融自由化は,以下でみるように,金融機関経営や企業金融にも除々に影響を及ぼしつつある。金融自由化は,競争促進に伴う市場メカニズムの強化を通じて経済の効率性を高めることに最大の狙いがあるわけで,今後の金融自由化の進め方もこうした観点に沿うものでなければならない。なお,金融自由化と産業資金供給の効率化については,第II部第I章でみることとする。

2. 企業金融と貸出状況

(落ち着きを続ける企業金融)

過去の金融緩和局面を振り返ってみると,企業の資金繰り判断D.Iは貸出判断D.Iの好転と歩調を合わせて緩和の方向に振れることが特徴的であった。これに対して,55年夏場以降の金融緩和局面では,貸出判断D.Iは従来に比ベテンポは緩やかながら順調に好転しているものの,資金繰り判断D.Iの改善は緩やかである( 第I-3-10図 )。また,最近の特色としては,企業の資金繰り感自体が引締め期も緩和期も目立った変化をみせず,総じてみれば落ち着いた動きを続けていることが指摘できる。

これは,安定成長期入り後以下に挙げる理由から企業の自己金融力が高められたため,金融機関の負出と企業金融とのつながりが従来に比べれば相対的に弱まってきたことによるものである。第1は,50年以降代金回収期間の短い輸出等に対する依存度が高まる一方,第1次石油危機後の設備投資の下方屈折に伴い,いわゆるキャッシュフロー(社外流出控除後の償却前利益)対設備投資比率が上昇したことが挙げられる。第2に,短期インパクトローンの取入れ自由化や外債発行,時価発行増資の盛行等企業の資金調達手段が多様化されてきたことも見逃せない。第3に,こうした状況を反映して大企業を中心に余資が高水準を続けているため,総じて企業の資金繰りの懐が深くなってきていることが指摘できる。いま,最近における法人企業の手許流動性の水準(対名目GNP比をみると,企業が自由に取り崩せる実質的な現預金(現預金-歩留り預金)の水準は比較的高い。さらに,現先,CDを含めた全体としての手許流動性は過去と比べてもかなり高水準であることがわかる( 第I-3-11図 )。

こうした中で,やや仔細にみると56年央以降については,大企業を中心に金融緩和感が浸透してきている。これは,在庫調整の完了から在庫資金等後向き需資が剥落した一方,増加運転資金等前向き需資に動意がみられず,資金需要が全体として落ち着きを続けているためである。

これを企業規模別にみると,大企業では資金繰りの緩和感がかなり浸透してきているのに対し,中小企業では緩和感に乏しいという違いがみられる(前掲 第I-3-11図 )。まず,資金需要面からみると,大企業設備投資が堅調さを維持していることを反映して,大企業の方がやや底固い動きとなっているが,いずれも全体としての需資の水準は低い。それにもかかわらず,中小企業の資金繰り緩和感が大企業に比し乏しいのは,一つには中小企業では売上げ不振から業況の回復が遅れていること,また一つには中小企業においては手許流動性の水準が大企業に比し低く,外部資金依存度が高いことによるものと考えられる。

(慎重な金融機関の貸出姿勢)

56年春先以降,第3次公定歩合の引下げと平仄を合わせるかたちで窓口指導は各金融機関の自主計画を尊重する方向に漸次切り替えられ,金融の量的緩和が一段と進展した。

今回の緩和期間中における貸出状況をみると,次の2つの特徴点が指摘できる。

第1は,金融機関の業態別に跛行性がみられることである。先にみたように大企業と中小企業では業況や投資活動の面で格差が目立っているが,それは企業の資金需要における跛行性等を通じて金融機関の貸出状況にも投影されている。すなわち,貸出残高の伸び率をみると,窓口指導の緩和等の政策を背景に,都銀,長信行の貸出が55年秋口以降緩やかな増勢を辿っている一方,地銀,相互,信金といった業態では,伸び率は都銀,長信行ほどの回復を示していない( 第I-3-12図 )。

第2は,金融機関の貸出姿勢が総じて慎重であり,窓口指導の緩和後も無理な貸し込みがみられないことである。これは,金融機関が採算重視の経営姿勢で臨んでいるためであるが,その背景としては次のような金融機関経営を巡る構造的変化があることを指摘しておかねばならない。

まず,資金調達面をみると,最近外貨預金やCDといった自由金利による調達が増えているうえ,定期預金でも個人の高利回り指向を反映して金利の高い2年物定期や期日指定定期預金へのシフトが進んでいることである( 第I-3-13図 )。これは,資金ポジションの改善には寄与しているが,反面調達コストの割高化を招く結果となっている。一方,資金運用面では,貸出金利の上方硬直性が強まっていることは注目される。これには,先にみたように第1次石油危機後企業の資金需要が弱まったこと,資金調達の多様化が進んだことなどから企業の借入れ依存度が低下していることが影響している。因みに,今回引締め期においては,貸出約定平均金利(短期)は前回引締め時期ほど上昇しなかった。逆に,今回緩和期における貸出約定平均金利(短期,全銀ベース)の短期プライムレートに対する追随率は,57年5月末時点で86.2%と前回緩和期(同81.8%)を上回っている。

このように,構造的利鞘縮小要因が底流にあるため,金融機関としては,収益面に配慮した貸出姿勢をとらざるを得ない。今後も,金融自由化の方向の中で金融機関は一層の経営効率化を要請されることになるであろう。

3. マネーサプライの動向

(マネーサプライ回復の背景)

マネーサプライの推移を代表的指標であるM2+CDでみると,平残前年比は第2次石油危機後の金融引締め過程で緩やかな低下傾向を辿ったが,56年1~3月期の7.6%増をボトムに回復に転じ,56年10~12月期には10.6%増となった。最近では,9%台と伸びはやや鈍化している。

こうしたマネーサプライ(以下特にことわらない限りM2+CDをさす)の変動を通貨別寄与度でみると,準通貨及び現金通貨は比較的落着いた動きとなっているのに対し,預金通貨は56年1~3月にかけて大きく低下し,その後は急ピッチで回復しているという姿がみてとれる( 第I-3-14図 )。つまり,最近のマネーサプライの変動は主として預金通貨の動きに左右されてているといってよい。

ここで,最近の動きを通貨需要面からみてみよう。まず,第2次石油危機後,マネーサプライの増勢が鈍化した背景としては,第1に,55年央以降,第2次石油危機のデフレ効果等に伴う実体経済活動のスローダウンや物価の鎮静化から取引需要が落ち着きに向ったことが大きく響いている。第2に,金利上昇に伴い,現・預金通貨から債券等高利回り資産へのシフトが生じたことが挙げられる。これは,金利上昇局面では,通貨保有の機会費用の高まりから民間経済主体は既保有通貨に従来以上の働きをさせ,節約された流動性を債券等にシフトさせるかたちで通貨回転率が上昇するためである。現に,金融資産増加額の内訳をみると,55年には現預金が大きく落ち込み,債券等のウェイトが高まっていることがわかる( 第I-3-15図 )。

これに対して,56年春先以降のマネーサプライの回復は,主として金利水準の低下に伴い債券等高利回り資産へのシフトが一巡したことによってもたらされたものであり,預金通貨の回復傾向と符合している。この間,実体経済活動は昨年度後半には緩やかな回復の動きを示したが,一方で物価情勢は落ち着き傾向を強めているため,取引需要は安定的に推移しており,この面からのマネーサプライ押し上げは軽徴といえる。以上のようなマネーサプライの動向は,通貨需要関数の計測によってもある程度裏付けられる( 第I-3-16図 )。

次に,こうしたマネーサプライ持ち直しの背景を信用面からみてみよう(前掲 第I-3-15図 )。まず,56年夏場にかけては,対政府信用の高まりに加え,国際収支(総合収支)の好転から対外資産向け寄与度が久方振りにプラスとなったことによる面が大きい。

56年7~9月期以降については,民間向け信用の高まりがマネーサプライ増加の主因となった。特に56年夏場から秋口にかけては11月からの長期金利引上げを見越した一部での借り急ぎ等もあり,瞬間風速(季調済前期比年率)は12~13%にも達した。しかし,57年に入ると,こうした特殊要因は剥落し,1~3月期の瞬間風速は8.8%と鈍化した。特に,本年4月には,特殊要因もあり瞬間風速は久方振りにマイナスとなった(前年同月比9.3%増)。5月以降も1~3月期に比べると落ち着いた動きとなっている。

(マネーサプライと実体経済との関係)

以下では,マネーサプライから実体経済への波及過程(トランスミッションメカニズム)を検討してみよう。

マネーサプライとは,非銀行民間部門の手許流動性に他ならず,それの増加は潜在的購買力の高まりを意味する。この場合増加したマネーが実物投資等に向うかどうかは,民間経済主体の資産選択に影響を及ぼす通貨代替資産の期待収益率の変化に大きく依存すると考えられる。

それでは,マネーサプライの増加がそうした期待収益率を変化させるメカニズムはあるのであろうか。

第I-3-17図 マネーサプライと実質金利

マネーサプライの増加は,短期的には流動性効果から名目金利を押し下げる。しかし,それは,一方でやがてインフレ期待を高める効果をもつ。インフレ期待が高まってくれば,金利に上昇圧力がかかるうえ,金融引締め政策もとられるので,名目金利は上昇に転ずることとなる。この結果,名目金利と予想インフレ率の差である実質金利はいったん大きく低下したあと,再び上昇に向うというパターンをとるであろう。もっとも,こうした波及インパクトの大きさは,海外市況や国内の需給環境等その時々の経済的諸条件によって大きく変わりうるものであることはいうまでもない。

このように,マネーサプライの増加は,民間部門の潜在的購買力を高めると同時に,一時的に実質金利の低下局面をもたらすと考えられる。いま,マネーサプライ,現先レート,予想インフレ率からなる3変数時系列モデルを用いて,マネーサプライの増加が実質金利(現先レート-予想インフレ率<年率>)にいかなる影響を与えるか定量的に調べてみよう( 第I-3-17図 )。これによると,マネーサプライが増加すると,短期的には名目金利(現先レート)が低下する一方,やや遅れて予想インフレ率が徐々に高まり,結果的に実質金利は3~4四半期のラグを伴なって大きく低下したあと,再び上昇するという姿がみてとれる。

次に,こうしたマネーサプライの増加とそれに伴う実質金利の低下が実体経済にいかなる影響を及ぼすかについてみてみよう。

いま,投機的に仮需の対象となり易い流通・ユーザー在庫投資について定量的分析を試みると,法人部門の手許流動性の高まりと実質金利の低下がみられた例えば47~48年,及び54~55年前半には,かなりの在庫積み増しが行われたことがわかる( 第I-3-18図 )。もっとも,第2次石油危機時は,機動的引締め政策の効果から,実質金利の低下は47~48年に比し小幅にとどまり,それだけ在庫積み増しの規模は相対的に小さかったといえる。このように,マネーサプライと実体経済との間に金利を通ずるメカニズムが介在することは,金利機能の活用による金利政策の重要性をも示唆している。

さらに,在庫投資が急増する局面では,需給引締まりを通じて物価上昇を招来することとなる。こうしたメカニズムは在庫投資だけでなく,中小企業の設備投資や住宅投資にもある程度当てはまるものと推察される。

第I-3-19図 マネーサプライの回復と財貨サービス市場および資産市場の動き

以上みてきたように,マネーサプライの増加は企業の資産選択行動に影響する形で実体経済の変動や物価上昇をもたらす可能性がある。このことは,中期的観点からみて,マネーサプライの適切な管理が重要であることを示唆している。

ところで,先にみたように,最近における法人企業部門の実質的な手許流動性はかなり高水準である。これを,企業部門の資産選択の観点からみると,在庫投資,設備投資は盛上りを欠いており,このところ,土地取得,公社債売買等既存資産への運用がみられる( 第I-3-19図 )。仮に,マネーサプライの伸びが加速し,実質金利が大きく低下するといった場合には,こうした流動性が実物投資に向う可能性は小さくない。

ここで,現状に即してみると,一昨年来マネーサプライは,金融資産間のシフトの影響もあり,増勢鈍化から回復へと変動を示した。しかし,瞬間風速でみると,昨年末にピークアウトし,実体経済活動の停滞などを背景に本年に入ってからは鈍化している( 第I-3-20図 )。

もっとも,第1章でみたように現在のマネーサプライ水準は,経済の実態からみて中長期的にインフレを招かないという観点からは許容範囲の上限に近いともいえる。依然,国債の大量発行が続いている状況下,今後もマネーサプライの動向に注意は怠れないところである。