昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第I部 鈍い景気の動きとその背景

第3章 内需回復と政策過程

第1節 米国金利に左右された市場金利の動向

1. 金融緩和下での長期金利の上昇

昨年来の市場金利の動向を振り返ってみると,第3次公定歩合の引下げもあり,56年春先までは長短金利とも低下傾向を示した。しかし,5月以降は窓口指導の緩和等金融の景的緩和が一段と進展した中で長期債レートはかなりの上昇をみせて,短期金利も強含みに転じた。このため,長期国債を中心に新発債の消化難の様相が強まったが,景気動向への配慮から条件改定は見送られ,シ団引受けの長期国債の発行が6月から8月まで3か月連続休債となったほか,9月には,初の非市場性国債が発行された。もっとも,9月になっても,長期債市況にはさして好転がみられなかったため,長期債(除く金融債)の条件改定が行われた。また,11月には,長期プライムレートと金融債の応募者利回りが引上げられた。

金融緩和下で,長期金利はどうして上昇したのであろうか。もともと,長期金利は,将来の短期金利の予想を織り込んで変動するものであり,その意味で投資家の期待変化に大きく左右されるといえる。この場合,将来の短期金利の予想に影響を及ぼす重要な要因としては,①先行きの金融情勢に対する予想を大きく左右する予想インフレ率の動向,②為替レートや内外資金移動に影響を与える外的要因としての米国金利の動向などが考えられる。これらは,長期債市場に参加している投資家の金利観に大きな影響を与え,短期金利の変化に先行して長期債レートの変動をもたらすことが多い。このほか,③金融機関の債券売却態度に影響を及ぼす債券売却前資金ポジションの動向も長期債の基調的需給要因として重要である。

第I-3-1図 米国金利に大きく左右された長期債金利

そこで上のような予想インフレ率の動向,米国金利の動向,金融機関の資金ポジション(債券売却前預貸証尻),さらには短期金利との裁定関係を示すいわゆる適合期待的要因(現在及び過去の短期金利の加重平均値)等の諸要因が長期債レートにいかなる影響を与えているかを定量的に試算してみよう( 第I-3-1図 )。これによると,56年春先以降の長期債レートの上昇には米国金利の上昇が大きく響いていることがわかる。因みに,米国金利が急騰した55年12月から56年6月の期間をとって,日米両国の利回り曲線(イールド・カーブ,債券の残存期間別流通利回りをブロットしたもの)の変化を調べてみると,米国では長短金利とも押しなべて上昇したのに対し,わが国ではこの間の公定歩合の引下げに伴い,短期金利は低下したものの,長期金利は高どまっていたという姿がみてとれる( 第I-3-2図 )。

こうした背景をみると,まず長期債レートの場合は,第1に米国金利の急騰やそれに伴う為替円安化により金利先安観が後退し,投資家の買い控え姿勢が強まったことが挙げられる。第2に,第4章の第1節で詳しくみるように,5月以降の米国金利の急騰を契機としていわゆる「短期性の資本」の中でもどちらかというと長期的性格の強い「アンカバーの資本」が流出傾向を示したことは,長期債の需給に限界的に大き影響を及ぼしたとみられる。

これに対して,短期金利の場合は,米国金利の急騰にもかかわらず,短期金融市場においては,財政資金の散超を主因に資金需給が余剰傾向を示していたことや日本銀行が金融緩和姿勢を続けたことに加え,後でみるように「金利裁定的資本」が比較的コンスタントに流入してきたことが,金利上昇圧力をかなり減殺した。また,昨年秋口から本年初にかけては,昨年12月の第4次公定歩合の引下げや米国金利の低下もあり,短期金融市場金利は総じて低下を示した。もっとも,短期金利の水準を公定歩合との対比でみれば,例えば,コールレートは,過去の緩和局面に比べ,56年12月以降はやや高目に推移したといえる( 第I-3-3図 )。

このように56年春先以降軟調裡に推移した長期債市況は56年9月に条件改定が行われたあと,10月に入ってからは,償還差益を毎期均等に分配する(アキュムレーション)高利回りの新型国債投資信託の設定により,低クーポン債を中心に証券会社の玉手当てが進んだことに加え,米国金利がやや低下したことや為替相場が円高に推移したことなどから,持ち直しに転じた。その後長期債市況は,概ね堅調な推移を辿り57年1月と4月の二度にわたって,長期金利全般の引下げが行われ,56年春先の水準まで低下した。

こうした市況堅調の背景としては,①56年11月以降米国金利がやや低下したこと,②金融機関の資金ポジションが預金の好調を反映して良好であったため,都銀等の債券売却圧力が弱まったこと,③価格変動の大きい6.1%国債等低クーポン債が1兆円近く上記新型国債投資信託の形で吸収されたこと,などの事情が指摘される。

こうした中で,コール,手形レート等短期金融市場金利は,本年3月末から4月にかけて上昇し,ほぼ56年12月の第4次公定歩合引下げ前の水準まで戻ったあと,総じて強含みで推移している。これは,円安傾向のもと,市場金利の先安観を是正し,内外金利差の拡大を回避すべく,日本銀行が市場調節態度を変化させ,短期市場金利の高目誘導を図ったことによるものである。

一方,年初来堅調な地合いを続けてきた長期債市況は5月中旬以降は円安や赤字国債の増発懸念から値下りし,流通利回りが発行条件を上回る状況となっている。

2. 金利水準と内需動向

今回の景気回復局面における一つの特徴点は,長短金利の水準が47年や52~53年の回復局面に比べればやや高目となっていることである( 第I-3-4図 )。これには,先にみたように米国金利の異常な高騰とそれに伴う為替円安が響いている面が大きい。

こうした米国高金利の影響を受けた金利水準が,内需項目にいかなる影響を及ぼしたのが検討してみよう。

まず,設備投資についてみると,第2章でみたように,大企業の設備投資は独立的投資誘因が根強く,堅調さを維持しているが,中小企業の設備投資は55年央以降停滞気昧に推移してきている。そこで,中小企業(資本金1億円末満とする)についてみると,最近における投資採算(実物資産営業利益率-借入実効金利)の回復テンポは50年当時に比べれば水準は高いものの,47年や52年当時に比べれば極めて緩やかである( 第I-3-5図 )。また,昨年中における長期プライムレートは過去の回復期に比べても比較的高い水準にあった。因みに,長期プライムレートと設備投資の関係をみると,中小企業(資本金1億円未満とする)については非製造業,製造業ともある程度の相関関係が認められる( 第I-3-6図 )。先にみたように,中小企業の設備投資が停滞しているのは,個人消費の伸び悩みや住宅建設の低迷が主因であるが,こうした投資採算の低さないし長期金利の水準も一部影響しているとみることもできよう。

一方,住宅ローン金利については,55年12月と56年5月の2度に亘って引下げられたあと,昨年秋口以降の一連の長期金利改定の中で引き上げは見送られた。また,本年4月には,長期金利の改定に伴なって再引き下げが実施された。しかし,名目金利を住宅投資デフレーターの上昇率で割引いた実質金利では,住宅投資デフレーターの落ち着きも反映し過去の回復局面に比べかなり高目となっている( 第I-3-7図 )。もとより,最近における住宅建設の低迷には,第2章第4節に述べたような長期的構造要因に加え,55,56年度中の実質所得の伸び悩みが大きく響いており,住宅投資に対する実質金利の影響は,住宅建設費や所得のそれに比べれば限られたものだが,こうした実質金利の高さが住宅建設の回復に対して限界的な影響を与えていることも否めないとみられる。

3. 国債管理政策の課題

このように,昨年の国債市況はいわば米国金利の写真相場化した面がみられたが,国債の流通市場が厚みを増す一方,為替管理の原則自由化等から内外金融が一体化の方向にある状況下では,投資家の金利観の変化によって長期債の市況が変動するのはある意味で当然という側面をもっている。しかし,行き過ぎた市況の上昇や下落が好ましくないことはいうまでもない。国債市況の大きな変動,とくに大幅下落を回避するためには,発行条件の設定を一層弾力化すると共に,発行量を極力圧縮し,市中での国債の荷もたれ感を払拭していくことが基本である。国債の発行については,55年度(実績ベース)に約7000億円減額されたほか,56年度(補正後)も約1兆3000億円減額され,公債依存度は54年度(実績)の34.7%をピークに56年度(補正後)は,27.4%まで低下してきている。今後の国債発行についても,民間資金需要との競合やマネーサプライの増大を招くことのないよう中期的観点から検討していく必要があろう。

第I-3-8図 日米の直利指向の比較

また,同時に長期金利間ないし,長短金利間の裁定関係をより円滑に行われるような環境を整えていくことも重要な課題である。日本の債券市場における投資家の行動パターンを検討すると,短期の資金調達,運用を図る金融機関等のウェイトが高いこともあって,短期の期間収益を重視するいわゆる直利指向的動きが有力である。因みに最終利回りと直利(表面利率/市場価格)の関係を日米比較してみると,まず単利最終利回りべースでは,日本の場合,直利が高い銘柄程,投資家の選好度合いが強く,結果的に最終利回りが低いという関係が明瞭によみとれ,アメリカについても日本ほどではないが同様の傾向がみられる。

一方,毎期の利子収入の再投資を考慮した欧米流の複利最終利回りベースでみると,アメリカの場合,直利,クーポン・レート(表面利率)の水準に拘らず各銘柄の最終利回りはほぼ一定水準に収束しているが,日本については,単利の場合ほどではないにしても依然ある程度直利指向的動きが認められる( 第I-3-8図 )。このことは,日本では現実に投資活動を行う際単利最終利回りに比べより合理性を有する複利最終利回りでみた場合でも,銘柄間の裁定関係が完全には働いていないことを示唆しているように窺われる。これは,日本の投資家の間では,単に毎期のクーポーン収入を極力増やすだけでなく,単利べースでみた場合,クーポン・レートが高い程市況変動が少ないという特性があるため,評価損,売却損の最小化を図るべく,高クーポン債を選好する傾向が根強いためではないかと思われる。

債券銘柄間の裁定関係をより円滑化させることは,長期債全体の価格変動をならす効果をもつと期待される。このためには,毎期のクーポン収入だけに依存した短期の期間損益ではなく,償還差益をも考慮した最終利回りを重視する安定的機関投資家層の資金を債券市場に円滑に誘導することなどが重要と考えられる。