昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第2章 内需の回復は何故遅れたか

第4節 低水準を続けた住宅投資

民間住宅投資(GNPベース,実質)は,55年度に前年度比10.1%減と49年度以来の落ち込みを示したが,56年度にも,さらに0.4%減と減小幅は大きく縮小したが,引き続き低水準で推移した。しかし,今後については循環的側面からみて,緩やかな回復過程に入る環境が整ってきたとみられる。

1. 新設住宅着工戸数の動き

住宅建設の動向を,新設住宅着工戸数の動きでみると,55年度121万戸のあと,56年に入ってから4~6月期129万戸(季節調整値,年率換算)7~9月期107万戸,10~12月期112万戸,57年1~3月期110万戸と低水準を続けてきた。

これを,資金別,利用関係別寄与度でみると,持家住宅は,56年度前半減少傾向を続けた後,後半には公庫資金を利用した住宅の増加もあって,ほぼ前年度と同水準で推移した。しかし,分譲住宅は,56年度下期にも,前年をかなり下回る状況を続けており,着工戸数の伸び悩みの大きな原因となっている( 第I-2-32図 )。

分譲住宅を,一戸建てと共同建て(主としてマンション)に分けてみると,一戸建は,55年,56年とも不振を続けた。これに対し,共同建ては,55年から56年中頃にかけて増加し,一戸建て分譲住宅の不振を補ってきたのであるが,56年前半に建築基準法施行令(耐震構造基準)の改正を前にしたかけ込み着工が生じた後,減少を続けている。

さらに,貸家住宅は,56年中頃以降増加しており,特に民間資金のみによる貸家の増加が顕著である。

住宅投資の動向は,短期的には,住宅建策費,地価,所得,金融環境等の要因により,中長期的は,住宅ストックの老朽度,世帯形成,人口移動数,婚姻件数等の要因により影響されるが,まず,短期的要因について検討してみよう。

2. 住宅投資停滞の短期的要因

以上のように住宅投資が,55年度から56年度にかけて落込み,その後の回復力も弱いのは,住宅価格の上昇,所得の伸び悩み等といった短期的要因が主因となっている。

(持家取得能力の変動とその要因)

まず持家住宅の変動要因について検討しよう。前述したように,持家住宅着工戸数は,55年に大きく落ち込んだ後,56年に入って,期を追って減少幅を縮小し,56年末には前年水準を上回るに至った。その動きは,住宅建築費や地価の高騰に際してのかけこみ需要増とその後の剥落という変動要因等にも影響されているが,持家取得能力の動きとほぼ類似した推移を示している( 第I-2-33図 )。持家取得能力については様々な定義がありうるが,ここでの持家取得能力は資金調達可能額を持家住宅価格で除したものであり,資金調達可能額は,住宅金融公庫の貸付を限度額まで借り,かつ所得の4分の1まで借金の返済に充当するとして民間ローンを借り,加えて貯蓄残高を全て充当するとした場合の額である。

この持家取得能力を,持家世帯の建て替えの場合(自己敷地内に建て替える場合と宅地を買い替えで建て替える場合を含み,新規の土地費用負担を要しない場合)と借家世帯の新規持家取得の場合(持家取得にあたり宅地の新規取得も同時に必要とする場合)に分けて検討してみよう。

建て替えの場合の取得能力は,54~55年と大きく低下したが,56年に至って改善している。この要因の第1は,住宅建築費が低下したこと,第2は,所得は伸び悩んだものの貯蓄残高が増加したことであり,その他,金融緩和基調のもとで都市銀行等の住宅ローン金利が56年5月に引下げられたこと(8.52→8.34%)により,民間ローン条件も若干改善されたこと,などがある程度影響を与えている。これに対し,借家世帯の新規持家取得の場合にも,調達可能額については同様の改善がみられる。しかし,土地購入が伴なう新規持家取得の場合には,住宅地価格は上昇率が鈍化したものの持家住宅価格を上昇させたため,持家取得能力の改善は相対的に弱かった。

ここで,この算式に基づき56年現在での新規持家取得能力に対する持家住宅価格,所得,民間住宅ローン金利,公庫貸付限度額の影響(弾性値)を試算してみよう( 第I-2-34図 )。まず,価格弾性値は,最も大きく,価格の上昇と同程度の取得能力の低下をもたらす。所得弾性値は価格弾性値について大きい。所得が上昇した時,民間住宅資金需要は所得の上昇率以上の大きさで増加するが,調達可能額は,民間ローンのほか,所得の影響を受けない公庫貸付限度額や預貯金残高の取崩しから構成され,預貯金残高は短期的には変動しないと仮定しているため,取得能力の上昇は民間住宅資金需要の上昇ほどの大きさとはならない。民間住宅ローン金利の弾性値は価格や所得の弾性値に比べれば小さい。公庫貸付限度額の弾性値は比校的小さくなっている。これは限度額の引上げにより,公庫借入金の増加が民間住宅ローン借入額の減少を招くことによるものである。

( 第I-2-33図 )にみるように,56年の持家取得能力は55年に比べると改善はしたが,特に土地代を含む新規取得能力の回復の程度は弱く,2年間にわたる落ち込みを回復する水準には戻っていない。

したがってまた,持家取得能力上昇のための条件は,第1に持家価格の安定であり,次いで,所得が伸びることなどでであるといえよう。

(貸家の回復と分譲住宅の不振)

貸家建設は,55年に大幅に落ち込んだ後,56中頃から一応回復に転じた。その主たる要因は,相対価格(貸家建築費/家賃)の好転である。貸家経営者からみて,家賃収入と建築費は採算上の重要な要素である。この他に,名目の住宅ローン金利を住宅投資デフレーターの伸び率で割引いた実質金利(ここでは,都市銀行等の住宅ローン金利-建設工事費デフレーター(住宅)前年同期比)の上昇幅が縮小したことも影響している。また,所得の伸び悩みも影響した。56年中頃まで所得の伸び悩みが続いたため,持家からの代替需要が生じて貸家需要を相対的に増加させたことも考えられる。なお,中長期的要因としての世帯増要因は,最近の貸家建設にとっては,ほぼ中立的となっているとみられる( 第I-2-35図 )。

一方,先に述べたように,分譲住宅は不振であった。特に,分譲住宅の中でも比較的堅調であったいわゆるマンションも,56年中頃以降停滞を示している。そこで,全国のマンション供給の約55%を占める首都圏について,その市場動向をみてみよう( 第I-2-36図 )。

マンション供給を新規発売物件と繰越物件(前月からの売れ残り物件)に分けて,その契約率の推移をみると,新規発売物件の契約率(新規発売物件のうち当該発売月に売却された戸数の割合)は,54年末から前年同期を下回り始め,55年末にかけてそうした傾向が続いた。これは,新規供給物件の価格が,大幅に上昇したのと対応している。そして,新規供給戸数は減少気味であったものの契約率が大きく低下したため,在庫率と繰越物件の数を急増させることになった。

56年に入って,新規供給物件の価格は戸当り床面積の切下げによる価格上昇率の抑制,面積当り単価上昇率の鈍化などにより騰勢は鈍化し,56年末には前年同期を下回る価格水準となった。こうした中で,繰越物件については売却戸数が増加する一方,供給戸数の増加幅も縮小してきた。このため,繰越物件の契約率(繰越発売物件のうち当該発売月に売却された戸数の割合)も前年水準に近づいてきており,在庫率もピークを越えつつあるとみられる。しかし,新規物件において,売却戸数が依然弱含みであるにもかかわらず,積極的な供給が行われたため,契約率の低下が続いている。今後,全体として契約率は徐々に回復の方向に進むものとみられるが,在庫率も依然高い水準にあることから,しばらくは調整局面が続くものとみられる。

(住宅建設の質的向上)

次に,住宅建設の質的側面にも注目しておこう。1戸当り着工床面積は,利用関係別の1戸当り床面積の増減とその構成変化によって変動する。

52年から55年にかけて1戸当り床面積は増加し,特に54~55年においては全体の着工戸数が減少するなかで,住宅投資を下支える役割を果たした( 第I-2-37図 。しかし,56年の1戸当り床面積は持家において増加したものの,貸家(給与住宅を含む),分譲住宅において減少したため,全体としての1戸当り床面積は低下し,住宅投資の不振を増幅させることになった。また,1平方メートル当り実質投資が増加することも住宅投資を増加させることになる。これは,材質,構造,設備等の高級化を意味している。1平方メートル当り実質投資は,50年代に入っても増加傾向が続いており,54年には減少したが,55~56年と増加し,住宅投資の伸びを下支えしている。

(住宅投資の弾性値,日米比較)

住宅投資は,短期的には,所得及び所得の上昇期待,金利,物価と住宅価格などによって影響される。そこで,住宅投資の所得弾性値,価格弾性値,金利弾性値についていて,アメリカと比較しながら検討してみよう( 第I-2-38図 )。いずれの弾性値もアメリカの方がわが国を上回っている。これは,アメリカの方が景気感応度が高いことを示している。その理由は,①アメリカの方が1人当り住宅ストック水準がかなりの高さに達しており,必需財としての性格が弱いこと,②高率インフレが続くなかで,インフレ・ヘッジとして住宅建設が促進されていること,③金利変動が激しいため,需要者が金利動向に敏感になっていること,などが考えられる。④さらに,住宅価格(土地賃含む)の平均所得(1人当り所得と世帯当り所得は,世帯人員の大きさにより異るが,日米の平均世帯人員の差は以下の議論に影響を与えるほど大きくない)に対する比率がアメリカの方が日本より低いことも弾性値に差異をもたらす。わが国では,住宅価格(土地付き分該住宅建設省「民間住宅建設資金実態調査」による,昭和54年)の平均所得(1人当り年間家計可処分所得「国民経済計算」による)に対する倍率は16.0倍であり,アメリカの10.3倍(土地付き分譲住宅価格/1人当り年間家計可処分所得Federal Reserve Bulletin,Economic Report of The President,による,79年)を大きく上回っている。一方,住宅取得に対する借入金依存度は,わが国(60.4%)よりもアメリカ(73.9%)の方が高い。ところが,借入額の所得に対する倍率は,アメリカ(7.4倍)よりわが国(9.7倍)の方が高いのである。借入額の多少は,返済額が所得のどの程度を占めるかによって上限を画されるため,わが国の場合,ローン依存度を高めるにも限度があり,金利弾性値が相対的に低くなるのである。

わが国の住宅投資の景気感応度はアメリカに比べると低いが,住宅ストックの質的水準が高まったことや,住宅建設に際しての借入金依存度が上昇したことなどを背景に,中長期的にみて次第に高まってきているものとみられる。

3. 中長期的にみた住宅投資の変動要因

住宅投資は,47,48年まではほぼ一貫した増加基調にあったが,50年代に入って従来の増加基調とは異る動きをみせている。このような住宅投資の動向には,中長期的要因が影響している。そこで,わが国の住宅投資をアメリカと比較しながら検討してみよう。

第I-2-39図 世帯の増加と住宅建設

まず,第1は,世帯数の増加要因があげられる。住宅は基本的には1世帯1住宅という意味では必需財としての性格をもっている。世帯増加数や世帯形成の基本的要因である婚姻件数と住宅建設戸数の動向をみると, 第I-2-39図 のとおりである。こうしてみると,40年代において,わが国の住宅建設が急増した背景には,この時期に婚姻や人口移動により,世帯形成が大きく増加したことがひとつの要因として存在し,50年代初めにも持家及び分譲住宅を中心に住宅建設が,かなり高い水準を示した背景には,40年代に形成された世帯が,年代構成の進行に伴ない,持家取得期を迎えたことが関係している。しかし,50年代前半には,40年代末からの婚姻件数の減少や人口移動の減少を背景にした世帯形成の減少が響いて,この面からの住宅建設需要も減少傾向を示すに至ったものと考えられる。そして,現状における人口の年齢構成からすると,今後も世帯形成は横ばいないし弱含みで推移することが予想される。

一方,アメリカにおいては婚姻件数は,70年代初めに増加した後,減少したが,70年代末に至り再び増加している。これが近年の住宅建設ブームをもたらしたひとつの要因であり,人口の年齢構成からみても,今後しばらく根強い住宅建設需要が持続するものとみられる。

第2は,住宅ストックの老朽化と建替え需要の要因があげられる。わが国の住宅ストックを時系列的にみると,50年代前半において若年化も下げ止まりの段階に至っているとみられる。住宅ストック全体についてみると,13年以上経過住宅割合は48年から53年にかけて僅かに上昇している。加えて,住宅ストックの増加テンポは鈍化しているものの依然増加しているため,13年以上経過住宅数,18年以上経過住宅数とも増加に転じた( 第I-2-40図 )。持家,借家別では,前者は依然若返りが続いているが,後者では,18年以上経過住宅割合,13年以上経過住宅割合とも,48年から53年にかけて上昇しており,老朽化が始まっている。55年以降,住宅建設が大きく減少したことを考慮するならば,現状では借家の老朽化は一層進展しているとみられ,持家においても若年化は下げ止ったとみられる。そして,13年以上経過住宅数と1.8年以上経過住宅数は持家においても増加に転じている。

従来に比べ,非木造住宅の割合が増え,広さ等住宅の質的水準も高まっていることなど建て替え時期を遅らせる要因はあるが,今後徐々に建て替え需要は増加していくものとみられる。

以上のように,世帯数増,住宅ストックの考朽化といった側面からみると,中長期的にみた住宅建設は,40年代後半初期のような著しい増加局面にはないものの根強い需要が存在するものとみられる。

同時に持家比率の上昇という事実にも着目しておく必要がある。わが国における持家比率は,45年の59.6%(総理府「貯蓄動向調査」による)から56年の67。1%へと上昇している。アメリカにおいても同様の現象がみられ1970年の62.9%(国連「世界統計年鑑」による)から1977年には64.8%へと高まっている。

総体としての持家需要の変化は,1世帯当りの持家需要の変化と世帯数の変化により構成される。世帯数は増加テンポが鈍化(40~50年平均3.1%増,50~56年平均1.5%増)したとはいえ依然増加による需要増が存在するが,ここでは1世帯当りの持家需要の変化をみることとする。

1世帯当りの持家需要は,借家・借間世帯の新規持家需要と持家世帯の建て替え需要(買い替え需要を含む)に分けることができる( 第I-2-41図 )。まず,前者における借家・借間世帯中持家取得計画世帯比率をみると,若干の変動はあるが,中長期的にみればほぼ一定程度の比率を維持している。しかし,持家率の高まりとともに,非持家率は低下しているから,世帯総数に占める借家・借間世帯の持家取得計画世帯比率すなわち1世帯当りの新規持家需要は減少している。一方,後者,における持家世帯中持家取得計画世帯比率は,傾向的に低下している。これは,40年代後半から50年代初めにかけて持家取得がすすみ持家率の高まりとともに,住宅ストックの年齢が若返ったことなどを背景としている。しかし,持家比率が上昇しているため,全世帯に占める持家世帯の持家取得計画世帯比率,すなわち1世帯当りの建て替え需要は,50年代中頃には横ばい傾向に転じている。このように新規需要と建て替え需要を合わせた1世帯当りの持家需要は減少傾向を示してきた。

しかし,今後は1世帯当りの新規需要は横ばい傾向になるものとみられる。それは,①世帯数の増加テンポが鈍化するとともに,世代の年代構成に応じた住み替えパターンが定常状態に移ってきたことを背景に持家率の上昇テンポ(非持家率の低下テンポ)が鈍化してきたためであり,また,②借家・借間世帯中持家取得計画世帯比率は,今後とも中長期的にみて一定比率を維持するとみられるためである。

したがって,今後の1世帯当りの持家需要の動向は,持家世帯の建て替え需要の動向に左右されるところが大きくなるものと考えられる。

(住宅投資の今後)

以上,短期的な観点と中長期的観点から住宅投資の動向をみてきた。人口,世帯数など長期的な観点では,わが国の住宅建設は,高度成長期のような大きな盛り上りが期待できない局面に入っているが,住宅ストックの老朽化に基づく建て替え需要の変化に応じた循環の緩やかな上昇局面にさしかかっている段階にあるともいえよう。そうしたなかで,短期的な観点でも,住宅建設は低水準ではあるが回復の方向を支えるいくつかの要因が出始めている。それは,住宅建築費の安定,地価上昇率の鈍化,実質所得の好転,などであり,その他金融緩和基調の下での金利の低下なども影響を与えている。したがって,今後の住宅建設は緩やかではあるが回復の方向に向っていくものとみられる。