昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第1章 景気回復パターンの変化

第4節 構造変化の中の循環過程

前節では,内外における政策対応の変化が景気の盛り上がりを鈍いものにしていることを見たが,需要,供給の両面で様々の構造変化が進行しつつあり,それが景気回復パターンに大きな影響を及ぼしているというのも今回の大きな特色である。とくに需給両面の構造変化の進行が,前節で見た政策的対応の変化とともに今回の景気回復における業種別,規模別,地域別の跛行性を大きくしているとみられる。

1. 需要構造の変化

(エネルギー相対価格の上昇の影響)

二度にわたる石油危機によりエネルギー価格が大幅に上昇したため,エネルギーを多量に使う製品ほど割高になっている。たとえば,卸売物価の総平均に対する燃料・動力の相対価格は,45年を基準に比較すると,140%上昇し( 第I-1-18図 ),相対的にエネルギーを多く使う原材料の相対価格も約10%上昇している。他方,エネルギーに依存する割合が相対的に低い資本財の相対価格は,23%,耐久消費財のそれは40%低下している。もちろん,原材料や建設材料の相対価格には,エネルギー以外の海外原材料価格の動向が影響を与えているし,耐久消費財や資本財については相対年的に生産性上昇テンポが高かったことなど他の要因の影響もあるが,上記の期間についてみればエネルギーコストの上昇が相対価格変化の最も大きな要因だったといえる。

業種別にみても,石油,石炭や電力・ガスは言うまでもなく,生産額に占めるエネルギーコスト比率の高い窯業・土石,化学製品等のいわゆる素材型産業の相対価格が上昇しており,エネルギーコスト比率の低い電気機械,輸送用機械等のいわゆる加工型産業の相対価格が低下している。

一般的に言えば,相対価格の上昇した製品やサービスについては,これをできるだけ節約し,あるいは他の割安な代替品に乗り換えようとする動きが生じる。したがって,このような製品を生産している部門に対する需要は,所得弾性のいかんにもよるが,総じて構造的に減退しよう。

このような例の第1は,電力消費や輸送需要の節減である( 第I-1-19表 )。電力消費はとくに近年の電力料金の相対価格の上昇により,生産や消費の規模拡大を下回る増加しか示していない。国内貨物輸送も,産業構造の変化,素材型産業を中心とした生産,出荷の停滞とともに,運賃の相対的な上昇にも影響を受けていると考えられる。第1次石油危機前までは,国内貨物輸送は実質GNPの伸びを上回る拡大を示していたが,49~55年度は実質GNPの伸びを下回る増加しか示していない。

第I-1-20図 中間投入比率の推移(製造業)

第2は,割高となった素材型産業の製品に対する需要の減少である。最も典型的なのは石油製品に対する需要の減少であるが,素材型,加工型を問わず,すべての業種で材料原単位の向上により中間財としての石油製品の投入が著しく減少している。同様に窯業・土石や基礎化学製品等についても加工型業種における中間財としての需要が相対的に減少している。 第I-1-20図 で,素材型産業,加工型産業,その他産業のそれぞれから製造業への中間投入比率をみると,素材型産業やその他産業からの製造業への投入が減少していることがわかる。特にこれら産業から加工型産業への投入の減少が目立っている。

第3は,ガソリンの相対価格上昇による乗用車,特に大中型乗用車に対する需要の減退である。ガソリンの相対価格は,第2次石油危機下の54~55年にかなり大幅に上昇した。このため,自家用車のガソリン消費量はかなり抑制されたが,同時に,大中型乗用車(1,500CC超)の新車の国内販売は,折からの実質所得停滞の影響も加わって,54年と56年で比較すると,約12%低下した。この間,より小型の大衆型乗用車(550CC超1,500CC未満)の国内販売は,6%増加し,近年,乗用車の代りに使われる傾向のある軽トラックを含む軽自動車(550CC以下)は,44%も増加した。

以上では,エネルギー価格の上昇によって需要が減少している部門を見たが,他方エネルギー価格の影響で需要が増加している部門もある。

第1は,エネルギー転換や代替エネルギー開発に伴う需要の増加である。エネルギーコスト比率の高い窯業・土石,紙・パルプ,化学等の素材型産業を中心にエネルギー転換のための投資が増加した。これに伴い石炭,LNG,原子力発電等の代替エネルギー開発の動きがみられる。また海外における石油や天然ガス開発の活発化に伴い,鋼管需要は急激に伸びた。

第2は,エネルギー依存の低い加工型産業における価格競争力の強化による輸出増である。 第I-1-18図 で見たように,エネルギー価格の上昇により電気機械,輸送機械等の加工型産業の相対価格は低下した。一方,為替レートは,短期的には乖離が生じるが長期的には購買力平価により,ほぼ総合物価の水準に見合って動くので,外貨ベースでのこれら加工型産業の価格競争力は強化された。したがって,これらの部門では輸出向けの需要が増加している。

また,同時にわが国の低燃費車に対する海外需要が増大した。

(他の構造要因による変化)

他方エネルギー価格以外の要因による需要構造の変化も生じている。

第1は,中長期的な要因による住宅需要の伸びの量的な鈍化である。第I部第2章で検討するように,昭和50年代に入り,①世帯形成が減少していること,②婚姻件数が減少していること,③人口移動が減少していることなど,中長期的にみて住宅需要の水準を引き下げる要因が働いているため,新設住宅着工件数は,40年代末をピークとして傾向的に低下してきている。

第2に,財政赤字が深刻化し財政再建問題が表面化してきたことに伴う公共事業の伸び率の低下である。公的固定資本形成(実質)は,41~48年度は年平均11.4%伸びた後,第1次石油危機後の49~51年度は年平均0.9%の伸びにとどまった。52~53年度は財政面の景気刺激措置として積極的な拡大策がとられ,年平均15.1%伸びたが,54年度以降56年度にかけて再びほぼ横ばい状態となっている。これは言うまでもなく基本的には財政赤字の深刻化から財政再建問題が重要な問題となったためであるが,このほかの要因として第II部第2章で指摘するように従来のパターンで公共事業を拡大することが困難になってきたという事情も見逃すことはできない。

以上二つは,住宅産業や建設業ばかりでなく,建設材料に対する需要の減少を通じて窯業製品,金属製品等にも影響を及ぼしている。

他方,第3にプラス要因として,エレクトロニクス化に伴う新需要の増大は無視できない。家庭用では,VTR,電池式腕時計など新製品への需要が急増しているほか,音響機器や乗用車,カラーテレビ等へのエレクトロニクスの活用が進んでいることからこれらに対する需要も増大している。事務部門でも,いわゆるオフイス・オートメーション化の進行により,静電式複写機,ファクシミリ,オフイス・コンピューター,ワード・プロセッサー等のエレクトロニクスを活用した事務用機器に対する需要が増大している。工場でも産業用ロボット,NC工作機械,集中コントロール・システム等に対する需要の盛り上りがみられる。エレクトロニクス関連業種の昭和50~55年の生産動向をみると,いずれも鉱工業生産全体の伸びを大きく上回っている( 第I-1-21表 )。

2. 供給構造の変化

需要面のみならず供給面でも構造が変化しつつある。

第1は,54~55年のエネルギーの価格の上昇による経済的に採算の合わない設備の増加である。エネルギー価格が上昇した場合,従来の生産技術体系を前提とすれば,企業の最適化行動の下での生産水準が低下することは避けられない。すなわち,エネルギーの相対価格が上昇したことにより,企業はエネルギーの使用をできるだけ少なくするように努めるので,資本若しくは労働1単位に対するエネルギーの投入量が低下する。このため,資本や労働の生産性が低下し,経済全体の経済的な意味の供給能力が低下する。つまり,物理的な意味での供給能力は変化しなくとも,エネルギーの相対価格が上昇したことにより,経済的に採算が合うベースの供給能力が低下したとみられるのである。

このような供給能力の低下は言うまでもなく主にエネルギー多消費型業種で生じる。そこでエネルギー多消費型業種の生産能力と現実の生産の関係を調べてみると,エネルギー消費の少ない機械工業と比べて稼働率が低いことがわかる( 第I-1-22図 )。これにはエネルギー集約型の製品に対する需要の減退等の要因が大きく影響していることは言うまでもないが,それに加えて,エネルギー多消費型業種で上で述べた意味での供給能力の低下が生じており,経済的に採算の合わない設備が増えているという要因も影響している。

第2は,エネルギー価格の国際間の価格差に伴う一部素材型業種の価格競争力の低下と,輸入品への代替の動きである。たとえば,石油化学の場合,原料の調達コストが国際的に割高になっており,その分価格競争力の低下をもたらしている。これは,アメリカ・カナダにおいては国内に大量に存在する天然ガス(エタン)からエチレンが生産されており,これらのコストがナフサ系エチレンのそれを大幅に下回っているためである。また,アルミ精錬についてみると,使用する電力の価格が国際的にみて割高なため,国際市況が異常な低迷を続けているという背景もあって製造コストは輸入品の価格を大幅に上回っている。このため,第I部第4章で見るようにこれらの業種では輸入が急速に伸びている。

第3に,エレクトロニクスによる供給構造の変化である。エレクトロニクスの活用により,省力化,省エネルギー化が可能となるほど,品質の向上や歩留まり率の上昇がもたらされており,これらを通じて大幅なコスト切り下げがもたらされつつある。産業用ロボット,NC工作機械,オフイス・オートメーション化はその例である。まだ,マイクロ・コンピュータを活用した制御により,少量多品種生産が可能となっている。この方向で注目されているのは,NC工作機械のシステム化,産業用ロボットを活用した工場のシステム化などである。

以上で述べた需要,供給両面の構造変化は全体として今回の景気回復にどのような影響を与えたであろうか。まず,エネルギーの相対価格の上昇は,需要面ではエネルギー多消費型産業へはかなり大きなマイナス要因を及ぼしている。しかしながら,エネルギー依存度の低い業種での輸出増という効果や代替エネルギー開発等のプラス要因がかなり相殺し合う関係がみられる。したがって,エネルギー相対価格の上昇は,後にみるように業種間の跛行性は拡大させたが,景気回復に対してはマイナスの影響ばかり及ぼしているというわけではない。

他方,エネルギーの相対価格の上昇以外の要因に基づく構造変化については,エレクトロニクス化は設備投資需要に対するプラス要因として作用しているとみられるものの,公共事業の伸び悩みと中長期的な要因に基づく住宅需要の伸びの鈍化は建設需要や建設資材供給の伸び悩みをもたらしている。

3. 景気の跛行性の拡大

以上でみたように,今回の景気回復過程では政策的対応が変化していることに加え,需要,供給の構造変化が進行しているため,過去の回復局面と比べ業種間,規模間,地域間の景気の跛行性が特に目立っている。

(業種間の跛行性)

第I-1-23図 業種別にみた規模別生産の推移

業種間の跛行性として特に目立っているのは,素材型産業の生産の停滞と加工型産業の生産の堅調である。素材型の生産は55年半ば以降低下し,56年7~9月期まで停滞気味に推移し,その後在庫調整の進展もあって一時持ち直したものの,なお停滞状況を脱していない。これに対し,加工型の生産は,この間一貫して増加を続けたが56年末からは輸出の不振からやや低下している( 第I-1-23図 )。

このような両者の跛行性は,今回の景気調整期から始まったものではなく,第1次石油危機以後見られる現象である。49~56年間の生産動向をみると,素材型は9.8%しか増加しておらず,鉱工業生産に占めるウエイトも49年の38.9%から56年の32.7%へ6.2%ポイント低下した。他方,加工型の生産は,この間,65.4%と大幅に増加しており,鉱工業生産に占めるウエイトも38.5%から48.8%へと10.3%ポイントも上昇した。

素材型の生産の不振の原因は,本節の第1~2項でみたように,基本的にはエネルギー価格の上昇が需要面でも供給面でも不利に作用していることによる。すなわち,需要面ではエネルギー多消費型の製品の中間財としての投入が減っていることがマイナスに作用しており,供給面ではエネルギー相対価格の上昇による供給能力の低下,価格競争力の低下による輸入の増大がマイナスの影響を与えている。これに加えて,建築・建設需要の伸びが構造的および循環的な要因から停滞していることが素材型産業に不利に作用した。素材型と加工型の生産の変動要因を分析してみると,長期的にみた場合(45~55年の変化)も第2次石油危機の場合(53~55年の変化)も,素材型の生産の伸びのほうが低い。その差は最終需要の寄与度の差によってもかなり説明されるが,それに加えて,素材型産業に対して投入構造の変化と輸入の増加がマイナスに寄与していることも見逃せない( 第I-1-24図 )。

他方,加工型の好調は,エネルギー価格の影響が相対的に小さかったことに加え,むしろそれが価格競争力の強化を通じて輸出の増加をもたらしている面があること,エレクトロニクス化に伴う新需要や新技術による高付加価値産業の出現がプラスに作用していることなどによって説明される。

(規模別の跛行性)

大企業と中小企業の生産動向の跛行性も,今回の場合特にきわだっている。 第I-1-23図 に明らかなように,55~56年の局面では,素材型でも加工型でも中小企業の生産が相対的に不振である。

過去の景気調整局面から景気回復局面の初期にかけての生産動向と比較してみると,今回の場合,大企業と中小企業の格差が大きい。第2節で見たように,今回の調整局面では49年不況時に比べて生産の落ち込みははるかに小さかったが( 第I-1-3図 ),大企業と中小企業の生産格差は49年不況時と同等か,それ以上に拡大している( 第I-1-25図 )。特に49年不況の場合は景気回復局面に入ると,格差は縮小の方向に転じたが,今回の場合は56年10~12月期からの景気回復局面に入ってからも格差が縮小しないという大きな特徴がある。

このように55~56年の局面で大企業と中小企業の跛行性が大きいのは,基本的には第2次石油危機以降,特に目立っている内需の不振が中小企業に対してより大きな影響を与えているためである。最終需要が大企業と中小企業の生産に与えた影響を試算してみると,54年の初めまでは内需が堅調であったため,中小企業の生産(付加価値誘発額)は大企業よりも高い伸びを示していたが,54年後半から56年7~9月期にかけて消費を中心とする内需の伸びが低下するとともに中小企業の生産の伸びは大企業を下回っている( 第I-1-26図 )。これは,中小企業の生産が大企業に比べて輸出よりも内需に依存する割合が高いためである。この間,大企業の生産は輸出の堅調に支えられて相対的に高い伸びを示した。

このほか,企業収益や設備投資についても大企業と中小企業の跛行性が目立っている。企業収益については内需の不振のほかに中小企業の製品価格が大企業製品以上に下方弾力的であったことが影響していることなどの要因があるが,企業収益については第I部第1章第5節で,設備投資については第I部の第2章第3節と第3章第1節で取り扱うこととする。

第I-1-27図 景気の地域別跛行性

(地域別跛行性の実態)

今回の景気調整局面及び回復局面においては,地域別の跛行性も目立っている。主要経済指標について,第2次石油危機のデフレ効果が顕在化する前の54年度の水準を基準として,55,56年度の動きをみると,以下のような特徴が指摘できる。

鉱工業生産は,55年度よりも56年度の方が地域別跛行性が顕著に現われた。関東,東北,近畿が比較的高い水準となったが,伸び率が大きく鈍化した地域も多い( 第I-1-27図 )。一方,56年度の公共工事は,九州を例外とすれば地方圏の方が高い伸びとなり,大都市圏が高い伸びを示した55年度とは逆の動きとなった。しかし,総じて伸びが低いために,跛行性を緩和するまでには至らなかった。住宅着工は,55年度に引き続き,54年度の水準を下回り,特に地方圏での落ち込みが大きく地域別跛行性が残っているとみられる。個人消費の動向を百貨店販売額や乗用車販売台数でみると前年度に比べ跛行性がやや顕著となった。地域別にみた,企業倒産の件数も56年度は大都市圏での減少,地方圏での増大により格差は増大した。

以上の主要経済指標の動きからみて,56年度においては景気の地域別跛行性が前年度よりも著しくなったといえる。

こうした動きの背景には次のような要因があったと考えることができる。

まず第1に最終需要間の跛行性,特に内需の不振が地方圏の経済活動により大きな影響を与えたこと。第2に地方圏で業況が停滞している素材型産業のウエイトが高く,大都市圏では相対的に伸びの高い加工型産業のウエイトが高いこと。また,いわゆる企業城下町的地区は地方圏に多くそうした産業の不振が地方の経済に大きな影響を与えていること。第3に冷害,台風等による2年連続の農業生産の不振が北海道,東北の両地域に大きな影響を与えたこと,等があげられる。

このような生産活動の地域差から所得格差が拡大したとみられるが,それが地域の最終需要の跛行性を一層拡大させているものと思われる。