昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第1章 景気回復パターンの変化

第2節 長引いた景気調整と力強さに欠ける国内需要の回復

第2次石油危機のデフレ効果,54年春以降の金融引締め等の影響により,景気は55年春頃から調整局面に入ったが,当初は景気調整は比較的短期間に終わるという見方が強かった。今回の景気調整が比較的軽微で,かつ56年度に入ってからは順調に回復過程を辿るであろうと予想されたのには幾つかの理由がある。

(1)第2次石油価格上昇の実質所得削減効果は第1次とほぼ同程度であったが,その効果は54年度中にかなり吸収され,また55年後半までにはほぼ消滅した。

(2)民間設備投資は技術革新要因,更新投資要因,省エネ投資要因等により,第1次石油価格上昇の後と異なって,拡大局面にあった。

(3)第1次の時と異なって,国内要因によるインフレの発生防止に成功したことから,政策面では緩和が進められる局面にあった。

(4)やはり第1次の時と異なって,資本と労働の分配率には大きな変動がなく,企業利潤率も一応の水準を維持しえた。

(5)54年末から55年初にかけて,かけ込み生産による在庫の積み上がりがあったが,在庫および在庫率の水準は過去に比してそれほど長期の在庫調整を要するものとは思われなかった。

(6)輸出は順調な増加を続け,56,57年度に大幅な経常黒字が予想されるような状況であった。このため,景気が順調に回復基調に向かうことはほぼ確かとみられたのである。ところが前に述べた通り景気調整は予想外に長引いた。また,その後の国内需要の回復は緩やかで,これまでの海外需要の減少傾向と併せて,景気の回復は一進一退の状況にある。すなわち,56年夏から秋口にかけては,在庫調整の終了を背景に生産,出荷は増加したが,56年末からは輸出の増勢鈍化を主因として,生産,出荷は再び減少気味に推移している。

以下では,まず,今回の景気回復のパターンの特色を明らかにし,ついで,その特色をもたらした海外環境,政策要因,その他の構造要因を明らかにする。最後に,このような景気回復パターンの変化が,物価,所得分配,財政面にいかなる影響を及ぼしているかをみることとする。

1. 予想外に長引いた在庫調整

今回の景気の山と谷を確定するにはなお十分な分析が必要であり,また57年度に入ってからの景気情勢も微妙なものがあることから,今後の推移を見た上で慎重な検討を要する。一応景気は55年第1四半期を景気の山として調整局面に入り,その後,約1年半ほど在庫調整過程にあった後,56年夏には一応の転換点に達し,内需は緩やかながら上昇の方向に向かったとみられる。1年半という在庫調整期間は後に見るように46年不況や戦後最大の不況といわれた49年不況を上回る長い在庫調整であった。

55年から56年にかけての今回の循環は,大企業を中心に民間設備投資が基調としては増加する局面にあったということもあって,在庫循環としての特徴を色濃く有していたと考えられる。そこで,今回の景気循環過程における在庫調整の動きを,過去の景気調整期と比較してみると,今回については二つの特徴点が浮び上がってくる。

第1の特徴は,在庫調整の規模自体は,過去の調整期と比べて比較的小さいという点である。民間在庫投資の対GNP比の動きをみると,過去の景気調整局面では景気の山から谷にかけて4~6%から0~2%まで大きく低下するという形がみられた( 第I-1-2図 )。ところが,今回は景気上昇局面で大きな在庫投資がみられなかったため,景気の山においても対GNP比で1.5%にしか達しておらず,在庫調整のために在庫投資を大きく削減しなければならないという状況にはなかった。そのため景気調整期における在庫投資の低下幅も非常に小さかった。

このように在庫調整の規模が小さかったことから,生産の低下は1四半期だけにとどまった。この点は,生産が5四半期にわたって大幅な落ち込みを見せた第1次石油危機時の景気後退と大きく異なる点である( 第I-1-3図 )。

このように55年春~56年夏の景気調整が幅としてば比較的小さかったため,企業収益や雇用情勢もかつての景気後退局面に比べれば悪化の度合いが少なかった。このため,景気回復がはかばかしく進んでいない現時点においても過去の同一局面と比較すれば収益水準は比較的高く,就業者は堅調な増加を示しており,その意味では経済のバランスは現在までのところ比較的良好に維持されている。

たとえば56年度上期の総資本経常利益率は3.5%であるが,これは過去のいずれの不況期のボトムよりも高く,ピークからの低下幅も小さい( 第I-1-4図 )。このように総資本利益率が比較的高い背景には,総資本回転率が企業間信用が圧縮されてきていることなどの理由から長期的にみて上昇傾向を示していることも影響している。他方,56年度上期の売上高経常利益率は,40年不況や46年不況の底の水準まで下がっているが,49年不況の水準に比べればかなり高い。また第4節で触れるように56年度上期については石油業の為替差損が大きく響いており,「石油・石炭製品」を除く全産業でみると,56年度上期は2.8%となり53年度上期の水準と等しい。

他方,雇用の面でも就業者及び雇用者の伸びは,今回は比校的堅調であった( 第I-1-5図 )。もっとも,先に述べた通り,57年度に入ってから労働力需給の諸指標はかなり弱含みとなっており,5月時点における企業の雇用人員判断(日本銀行主要企業短期経済観測,製造業)は,「過剰」とみる企業が「不足」とみる企業を14%上回っており,これは46年不況の谷から2四半期目の47年第2四半期の15%の水準にほぼ近い。ただし,特に過剰雇用が問題となった49年不況からの回復過程の場合は谷から2四半期目の50年7~9月期の42%に比べれば今回の方が軽微である。

今回の在庫調整の第二の特徴は,それにもかかわらず在庫調整期間は予想外に長かったという点である。仮に民間在庫投資の対GNP比率のピークからボトムまでの期間を在庫調整期間として過去と比較してみると,46年不況の4四半期,40年不況の4四半期に対して今回は6四半期であるから,在庫調整の規模が小さかった割には長いといえる( 第I-1-2図 )。特に当初は56年春には調整が終わるとみられていたものが,夏頃までずれ込んだという事情があったので予想外に長かったといえる。

2. ジグザグ型の景気の動き

以上のように景気の落ち込みは小さいが予想外に長引いたというのが今回の景気調整期の特色であるが,その後の内需回復のテンポの鈍さも目立っている。すなわち,在庫調整期が終った56年夏以降57年前半にかけての景気の動きを見ても従来の景気回復過程のようなはっきりした回復が生じていない。

たとえば,鉱工業生産の動向をみてもジグザグ型の回復となっている。56年度7~9月期から10~12月期にかけては在庫調整の終了を背景に生産はかなり高いテンポで増加したが,56年末から57年度4~6月期にかけては再び減少気味に推移している( 第I-1-3図 )。これは輸出が56年末から落ち込んだことを主因に出荷が加工型産業を中心に再び減少したためである。この影響を受けて鉱工業の製品在庫も56年7~9,10~12月期と減少した後,57年1~3月期には増加に転じ,製品在庫率指数も4~6月期には再びかなり高い水準となった。

内需が緩やかながら回復の方向にあること,在庫の累増が加工型産業の中では比較的一部の製品に集中していること,また流通段階の在庫増が余り大きくないと考えられること等から,再び55~56年にかけてみられたような長期間の在庫調整が繰り返される可能性は大きくないと考えられるが,ある程度の在庫調整期間が必要な状況となっている。こうしたことから内需は緩やかな回復の方向にあるものの,景気全体としてはジグザグ型の動きがもたらされているものとみられる。このように内需の回復テンポが鈍く,景気の動きがジグザグ型になっているため,企業にとっての景況感をみると業況の水準自体は比較的良好なものの景気の谷からの動きは,あまり改善しておらず,しかも,前回調査の予想が繰り返し下方修正されるという形になっている( 第I-1-6図 )。こうした形は,やはり景気回復テンポが鈍かった49年不況からの回復過程でもみられた。これに対し,今回や49年不況よりも景気回復テンポが高かった40年不況や46年不況からの回復過程では,企業の業況判断は予想よりも速いテンポで改善している。

3. 鈍い内需の伸び

以上のように国内需要は,55年度から56年度前半にかけて停滞し,56年度後半からは回復の方向に向かったが,その伸びは今回の循環期を通じて,名目,実質とも過去の同一局面と比べて著しく低い。

第I-1-7図 回復局面における名目需要の動向

一般的にいって,名目需要の伸びが低下する局面では後に第3節でみるように物価上昇率が十分には低下せず生産や雇用の伸びにマイナスの影響が及びがちである。これは予想インフレ率の調整が遅れるため,短期的には企業や消費者がインフレ率の低下を勘定に入れず,名目値の伸びの低下にとらわれる傾向があるためである。

とくに,国民総支出の名目成長率(対前年同期比)に対する国内民間需要の寄与度は,56年下期においては3%以下であり,過去の同一局面と比べれば半減している( 第I-1-7図 )。公的需要の寄与度も過去に比べればかなり低下している。また輸出等の寄与度は,56年7~9月期(今回の景気の転換点)までは過去よりも高く,名目需要の伸びを下支えする役割を果してきたが,10~12月期以降はその寄与度を下げている。こうした名目需要の伸びの低さは,結果として実質需要の伸びも低め,これが鉱工業生産等の減少をもたらしていることは先に述べた通りである。

56年度の国内需要の内訳をみると,民間在庫投資と民間住宅が減少していることに加え,民間最終消費の伸びも過去と比べれば非常に低い。過去数年かなり高いテンポで伸びた民間企業設備も56年度はほぼ横ばいになっている。これは第2章で見るようにとくに中小企業の設備投資が停滞したためである。公的需要は,政府最終消費支出も公的固定資本形成も民間需要に比べれば伸びがやや高かったが,過去に比べれば伸びが落ちている。