昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第I部 鈍い景気の動きとその背景

第1章 景気回復パターンの変化

第1節 今回の景気循環過程の推移

第2次石油危機のデフレ効果,54年春以降の金融引締め等の影響により,日本経済は55年春頃から調整過程に入った。55年度には民間消費支出が交易条件の悪化による実質購買力の低下もあって,実質で僅か0.3%の伸びとなり,また民間住宅投質は地価,建築費の上昇等もあって,マイナス10.1%と大幅な減少を示した。さらに公的固定資本形成もマイナス0.5%と減少した。これらのため,民間設備投資の引き続く堅調さにもかかわらず,国内需要の伸びは0.4%と低いものとなった。他方,輸出等は,世界貿易が55年4~6月期から56年1~3月期にかけて減少傾向にあったという状況であったにもかかわらず増加を続け,年度の伸び率は16.6%と高い伸びを示した。しかし,国内需要の伸びの弱さから,55年度の経済成長率は3.7%にとどまった。

一方55年度の鉱工業生産の動きをみると,54年末から55年1~3月期にかけて,エネルギー価格上昇による製品コストの上昇を見込んだ仮需要とかけ込み生産が生じたため,生産が増加し,製品及び製品原材料在庫が積み上がった。この時期に累増した在庫の調整は,55年度中にはほとんど顕著な進展がみられず,結局56年第3四半期まで一年半を要した。このため,55年度中は鉱工業の生産・出荷も弱含みの横ばい状況で推移した。

56年度に入っても,上半期の国内需要の動きは依然鈍く,前期比の伸びは4~6月期が0.2%,7~9月期はマイナス0.1%となった。4~6月期は,民間消費支出が前期比0.3%増とやや伸びを高めまた民間住宅投資は建築基準法施行令の改正に伴うかけ込み着工もあって,前期比6.2%と大幅に増加したが,他方民間設備投資は中小企業の投資意欲減退により高水準ながら横ばいに推移し,民間在庫投資も減少を続けた。7~9月期には,民間消費支出の仲びは再び0.1%に低まり,民間住宅投質もマイナス4.3%と減少した。さらに民間設備投資,民間在庫投資とも減少したため,国内民間需要は0.3%の減少となり政府固定資本形成が公共投資の前倒し効果で増加したものの国内需要全体でも減少したのである。

56年度上半期には,このように国内需要が停滞気味に推移したが,他方輸出は大幅な伸びを続けた。これはわが国産業の強い国際競争力に支えられたものではあるが,同時に56年に入ってから世界貿易が一時やや回復したこと,及び米国金利上昇の影響で円の対ドルレートが低下したことも影響している。こうした内外需の動きの結果,56年度上半期の対前期成長率は1.9%となったが,これに対する内需の寄与度は0.4%,外需の寄与度は1.5%であった。

鉱工業生産・出荷は56年度に入っても,4~6月期はなお在庫調整のため弱含みで推移したが,7~9月期にはようやく生産・出荷とも増加に転じ,かつ在庫水準,在庫率ともかなり低下し,構造問題を抱える一部の品目を除けば,55年度初頭以来一年半にわたって続いた在庫調整の過程も一応は終了した。

この間の雇用動向をみると,56年度の新規学卒者の就職状況は好調であったが,一般労働力市場における新規求人は55年度後半から減少傾向にあり,56年度に入ってようやく減少がとまり増加に転じた。しかし,有効求人倍率,完全失業率等の労働力需給指標は4~6月期にさらに弱まり,7~9月期にやや好転の動きをみせた。

一方物価は全般に顕著な鎮静化傾向を辿った。第2次石油危機に際しては,輸入物価が高騰したが,各般にわたる物価対策の実施などのインフレ防止努力が奏功し,国内要因によるインフレを誘発することなく終った。なお,最近では卸売物価,消費者物価とも落着いた動きを続けている。もっとも円の対ドルレートの低下から,年度上半期の卸売物価はやや上昇圧力を受けた。この間の円レートの動きをみると56年度に入り米国金利が急騰したこと等によるドルの全面高を反映して,下落を統け,8月初には約1年3カ月振りの安値を記録した。その後,一時,底入れをみせたものの米国金利の再上昇により再び下落に転じ,円安傾向のまま,年度を越えた。

56年度下期に入った10~12月期には,在庫調整の終了に伴い在庫投資が増加し,また消費者物価の落ち着きから民間消費支出が実質で前期比0.7%増となったため,民間大企業部門の設備投資の堅調さもあって,国内民間需要は前期比1.2%の増加となり,国内需要全体としても,公的需要の低下にもかかわらず前期比0.7%と弱いながらも増加した。また鉱工業生産活動も前期に続いて2.0%上昇した。

しかしながら,10~12月期には,こうした国内需要の回復に対して,輸出の減少と輸入の増加から海外経常余剰は大きく減少し,四半期の成長率も前期比マイナス0.7%となった。

その後,輸出は1~3月期にやや持ち直したものの,57年度の夏にかけて減少基調を示してきた。輸出の減少は,56年度前半に一時増加した世界貿易が,米国の大幅な景気後退,欧州経済の回復力の弱さ,及び発展途上国の購買力の低下等から年末には横ばいとなり,また1~3月期には再び減退したとみられることが最も大きく影響している。

以上のような状況から,56年度の経済成長率は,名目で5.2%実質で2.7%と低い伸びにとどまったが,56年度10~12月期以降のわが国経済は,国内需要の緩かな増加と,海外需要の減少傾向とが交錯する局面となった。また海外需要減少の影響を受けて,鉱工業生産活動も低下気味となり,在庫水準の上昇から再び在庫調整を要する状況となっており,労働力需給も本年に入ってから再び弱含みの動きが目立っている。

この間,財政・金融政策は,財政赤字,米国金利高といった制約下において可能な限り機動的に運営されてきた。まず,財政面では,56年度当初予算は財政の公債依存体質から早期に脱却してその対応力を回復するという考え方の下に歳出面での合理化を進めるため,その規模を極力抑制する方向で編成された。さらに,財政再建2年目を迎えた57年度予算は,一層厳しい抑制方針のもとに編成された。しかしながら56年度中の財政運営としては景気動向への配慮から,公共事業の上期目標契約率を70%以上とする前倒し発注が行なわれた。さらに,57年度上期については,目標契約率77.3%と前年度をさらに上回る前倒し発注が予定されている。こうした中で,56年度については,税収の伸び悩みが顕現し,財政運営は,厳しさを増した。

第I-1-1表 主要経済指標の動向

他方,金融政策については,55年8月以降4次にわたる公定歩合の引下げや窓口指導の漸進的緩和等金融緩和の方向がとられた。しかし,海外高金利の影響で円安傾向が続いたため,国内金利の低下には限界があり,従来の循環局面に比して,金利水準は高目に推移する結果となった。この間引き続き通貨供給量重視の政策運営が行なわれたことも特徴の一つであった。

このように,今回の景気循環期を通してみると,財政・金融政策とも従来の循環期に比して,より慎重に運営されたといえよう。

以上のような,55年初頭から57年度の夏期にかけての景気循環の動きを,過去の循環の局面と比べてみると,幾つかの特徴点を挙げることができる。ここではまず,現象的な特色を三点指摘しておきたい。

その第一は,今回の景気循環が在庫循環に典型的にみられるように,変動の幅は従来より小さいが,調整期間はむしろ長く,しかも当初の予想以上に長引いたことである。

第二は,国内需要の伸びが名目,実質とも従来の循環局面に比して低いことである。

また第三は,景気循環の中における業種間,企業規模間,あるいは地域間の跛行性が大きかったことであるが,一方マクロの経済バランスとしては,物価,雇用,企業収益,等は比較的安定した状態が維持された。

第I部では,こうした特色が生じた要因を,政府要因,構造要因,循環要因,及び海外要因について検討する。


[次節] [目次] [年次リスト]