昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第II部 日本経済の活力,その特徴と課題

第3章 世界に生かされ,受け入れられる日本経済の活力を求めて

第2節 発展途上国問題の先進国の役割

1. 発展途上国の多様化

今や発展途上国問題は,富める先進国対貧しい発展途上国という単純な図式で考えてはならなくなった。発展途上国の多様化がその理由である。第1に莫大な富を所有する資本余剰産油国が登場してきた。資本余剰産油国の5か国平均でみると,1978年の一人当たりGNPは3,340ドルとかなりの高水準に達している( 第II-3-13表 )。

第2に,中所得国の成長があげられる。中所得国平均で,1978年の一人当たりGNPは1,250ドルとなお低く,低成長に悩んでいる中所得国も多いが,その1970代年の成長率は3.1%であり,先進国の2.4%を上回っている。なかでも,いわゆるNIC’Sと呼ばれる中進国やそれに準ずる国々では工業化が進展し,産業によっては先進工業国を追い上げつつある。

第3に,他方では依然として低所得国が残存する。低所得国においては,なお約13億人の人々が貧困のため最低限の生活水準すら維持できない状況にある。これらの国の1978年の一人当たりGNPは200ドルであり,日本の3%に満たない。しかも,これらの国の70年代の一人当たりGNPの成長率はわずか1.7%であり,富める国との格差はますます開きつつある。

したがって,わが国も含めて先進国の発展途上国への経済協力にあたってもこうした多様化に対応し,その国の性格に応じて対応していく必要がある。

第1に,政府開発援助(ODA)については,その重要性に鑑み,本年1月23日に新中期目標を設定したところであり,これに沿って今後積極的にODAを拡充していく必要がある。ODAの供与に当たっては,それぞれの国情,発展段階に即した重点的な援助の実施が必要であり,農村・農業開発,エネルギー開発,人造り協力,中小企業の振興等に対する援助が重要である。

第2に,第2次石油危機の影響下で再び経常収支の赤字幅拡大と債務累積に悩んでいる非産油発展途上国に対しては,円滑なオイル・マネーの還流が確保されるように配慮されなければならない。

第3に,工業化が進みつつある発展途上国に対しては,先進国は積極的に市場機会を供与し,これら途上国との貿易を促進することが重要である。

第4に,工業化の進展の度合と国情に応じた海外直接役資とそれを通じる技術移転を推進していく必要がある。

2. 非産油途上国の赤字ファイナンスの問題

(拡大する非産油途上国の赤字)

石油価格の大幅上昇は,世界的な国際収支の不均衡をもたらし,非産油発展途上国は経常収支赤字幅の拡大に悩んでいる。

78年末から80年にかけての石油価格の大幅上昇により,OPECの経常収支の黒字は79年以降再び拡大し,79年は684億ドル,80年は1,122億ドルを記録した( 第II-3-14表 )。これにより,先進工業国も79年に107億ドル,80年に440億ドルの赤字を記録したが,非産油途上国は,これを上回る赤字となった。すなわち,79年は561億ドル,80年には804億ドル(中華人民共和国を除く)に達した。とくに非産油途上国のうちの工業品輸出国(10か国)は,79年には前年に比ベ赤字幅が倍増し,80年もかなりの赤字になった。

このように79~80年の局面で非産油発展途上国の赤字が大幅に拡大した理由としては,石油代金支払いの大幅増や先進国の景気停滞などがある。

もっとも,第1次石油危機後の74~75年に比べれば,80年については先進工業国の石油赤字がより大きかったため,その分は非産油発展途上国の赤字幅拡大が緩和されることとなった。しかしそれにもかかわらず,非産油発展途上国の経常赤字は79年にはGDPの4%に達しており,80年には4.8%に達した。

(民間資金に頼った赤字ファイナンス)

非産油開発途上国はこのような大きな経常赤字をいかにしてファイナンスしてきたであろうか。

第II-3-15表 比産油発展途上国の経常収支ファイナンス:1973~1981年

1980年の非産油発展途上国では,821億ドル(中華人民共和国を含む)の経常赤字のうち,206億ドルは無償援助,SDRの配分,直接投資の受け入れ等,債務にならない資金流入によって賄なわれ,残りの615億ドルの資金については,借入れが必要であった( 第II-3-15表 )。このうち,外国の公的機関からの借入れが210億ドル,民間資金の借入れが272億ドルに達した。民間資金の内訳をみると民間金融機関からの借入れが242億ドルと最も大きい。

しかも,民間金融機関からの借人れは77年以降毎年多額なものになっている。

非産油途上国のうちでも中進工業国と低所得国の間ではファイナンスの方法にかなりの差がある。

中進工業国では従未から直接投資の受け入れがかなり多かったが,このところ経常収支の赤字幅が急速に拡大したため,経常赤字のうち直接投資でファイナンスされる部分の割合が低下した。そして,他の民間長期資金の取入れ,なかでも外国の民間金融機関からの借入れが増えている。しかしこうした中での大きな問題は,第2次石油危機下で中進工業国の経常赤字が急速に拡大して,いわゆるカントリー・リスクの問題が生じ,カントリー・リスクの高いこれらの国には民間金融機関が貸付けに慎重な態度をとり始めており,貸付スプレッドの拡大等融資条件の面でこれに対応していることである。

他方,低所得国の場合は,従来から無償援助などの公的移転や公的機関からの借入れに依存する割合が高かったが,援助の伸び悩みからIMFや世銀等からの融資等に依存する割合が高まっている。

(増大する累積債務)

非産油発展途上国の累積債務額は,すでに第1次石油危機以降その増加テンポを高めていた。OPECを除く発展途上国全体では,1973年の980億ドルから1978年には2,720億ドルに達している( 第II-3-16表 )。累積債務の対GNP比率も1970年には途上国全体で12.4%であったものが1978年には21.5%に達した。

発展途上国全体の累積債務の国別構成比をみると,中所得国のうちより所得の高い(1人当たりGNPが1,000~2,500ドル)国々に集中するという傾向がみられる。79年末でみるとブラジルが13.2%,メキシコが8.6%,韓国が4,0%とそのシェアが高い。なお,額は少額ながら,低中所得の非産油発展途上国の累積債務問題も見過すことのできない状況にある。

このような状況下で第2次石油危機が生じたため累積債務問題はさらに深刻化した。OPECを除く途上国計では,79年には3,140億ドル,80年には3,600億ドル(推計)に達したとみられる。

以上のような累積債務の増加により,非産油途上国のデット・サービス・レーシオ(〔元金返済額+利子支払額〕÷商品サービス輸出額)は上昇している。現在,債務返済に困難を生じた国については国別に債権国会議を開催して返済の繰延べ等を実施しているほか,UNCTADにおいても,こうした国が発生した場合の取扱いについてのガイドラインが合意されている。

(重要なオイル・マネーの還流促進)

このような状況下で非産油発展途上国へのオイル・マネーの円滑なリサイクリングのためには次の諸点が重要である。

まず途上国自体が場合によっては開発計画を一部繰り延べるなど節度ある経済運営を行い,調整努力を怠らないようにすることが前提となる。一部の国では財政金融政策の運営が国際収支問題を一層困難にしている面がないとは言えない( 第II-3-17図 )。

次に,ファイナンスについては,引き続き国際金融市場が健全性を保持しつつ,中心的な役割を果たすことが期待されており,同時にIMF等がその融資を通じて借入国の信任を高めるという補完的役割を一層強化する必要がある。

更に資金力の豊かな産油国が非産油発展途上国に対する資金援助の着実な増大を図る必要がある。

なお,以上のほか,先進国が信用力の低い低中所得国に対して政府開発援助の着実な増加を図ることや,非産油発展途上国の輸出品に対して市場機会を供与し,輸入を増加させることも必要であろう。

3. 発展途上国の工業化と先進国の対応

(発展途上国の工業化)

1970年代においては,先進国では成長のスロー・ダウンが目立ったが,発展途上国ではほとんどスロー・ダウンがみられなかった。低所得国を除けば1人当たりGNPの成長率は1970~80年間で年平均3.1%であり,先進国の2,4%を上回った( 第II-3-13表 )。こうしたなかで,発展途上諸国では中所得国を中心に工業化がかなり進んだ。

とくに中進国の工業化のテンポは目覚ましかった。アジアの新興工業国(NIC’S),4か国(韓国,台湾,香港,シンガポール)とブラジル,メキシコの6か国の合計では,1970~79年の平均成長率は8.7%であり,同じ期間の先進国平均成長率3.6%を大きく上回った。これら中進6か国の世界工業品貿易に占めるシェアは1970年の2.76%から1977年の5.12%に上昇した。とくに韓国,シンガポール,台湾,ブラジルのシニアの高まりが目覚ましい( 第II-3-18図 )。

これら中進国における工業品輸出の内訳けをみると,韓国,香港,台湾の極東3か国では労働集約的軽工業のウエイトが高く,約6割を占めている。これに対して,ブラジル,メキシコ,シンガポールでは資本集約中間財,重機械等のウエイトが高く,両者の合計で5割を超えている( 第II-3-19表 )。もっとも,極東3か国においても,軽機械,重機械等のほうが労働集約的軽工業品よりも伸びが高い。たとえば,極東中進国では最近では,電気,電子機器部門,造船,鉄鋼等の重化学工業部門などの生産が増えており,これがアメリカ,EC等の先進国へ輸出されるという形が強まっている。つまり,中進国産業でもより加工度の高い分野が広がりつつある。

第II-3-20表 アジア,中南米諸国の繊維製品輸出の工業品全体に占める割合

工業化が進みつつあるのは中進国のみではない。他の発展途上国でも繊維等の労働集約的軽工業を中心に工業化が進みつつある。たとえば,東南アジアにおいても,フィリピン,タイ,マレーシア等では繊維製品の輸出が拡大し,中進国をそのあとから追い上げつつある( 第II-3-20表 )。これは,アジア中進国に進出していだ外国民間企業が,中進国での賃金上昇の影響により,徐々により賃金水準の低い国に投資先を移転させつつあることも影響している。

製造業の雇用に占める繊維産業の比重の推移を見てみると( 第II-3-21図 ),まず先進主要国では,すべての国で低下してきている。中進国では1970年代前半までは比重が高まる傾向にあったが,70年代後半以降低下傾向にある。この動きを典型的に現わしているのが香港である。以上の動きとは逆に,その他の発展途上国では,地域により差はあるものの,概して繊維産業の比重が高まる傾向が見られる。

これは,先進国,中進国とその他の発展途上国間の賃金コストの差により,先進国,中進国では繊維産業の比較優位が失われつつある姿を反映している。繊維産業における1977年の時間当たり賃金で国際比較してみると,先進国では2.5~4ドル位,中進国では0.5~1.5ドル位であるが,その他の途上国ではほぼ0.7ドルであり,これによる賃金コスト差が以上の状況に影響したと考えれる。

(重要な先進国への発展途上国の輸出機会の拡大)

このような発展途上国の工業化に対して先進国の対応の状況はどうだろうか。

発展途上国からの輸入を促進するための制度として,関税面では特恵関税制度があり,発展途上国産品に対する関税を無税又は減税して先進国への輸入促進に貢献している。しかしながら,先進国の特恵制度の運用があまりに厳格だという見方や,また非関税障壁(NTB)が発展途上国からの輸入の拡大を妨げているという見方もある。

これらの中には,発展途上国側の理解不足の面もあるが,先進国が発展途上国の健全な発展を真に望むならば,発展途上国に対して引き続き輸出機会の拡大をはかっていくことが重要である。

(日本と中進国の水平分業化)

日木と中進国との貿易関係をみると,ブラジル,メキシコとの貿易額は74年以降増加テンポは緩かなのに対して,極東4か国との関係では,輸出入ともかなり高いテンポで増加している。とくに日本からの輸出の伸びが大きい( 第II-3-22図 )。

より最近の動きを見るために,日本と韓国の貿易の動きを見てみよう。74~75年と79~80年との変化をみると,全体としては輸出超過の状態ではあるが,輸入の伸びが輸出の伸びを上回っている。とくにその内容を商品別にみると,鉄鋼,化学では日本の輸出超過が減少しており,繊維は輸入超過の方向に変化している。他方,一般機械や電気機器は輸出超過の傾向を強めている。これらを全体としてみるならば,先にみた水平分業への動きを示しているといえよう。

戦後の世界の自由貿易体制に大きく依存して工業化を達成してきたわが国としては,国内産業の健全な発展に留意しつつ工業化の過程にある発展途上国に対して輸入促進をはかることにより,一層の水平分業化を推進し,自由貿易体制を守り,それを通じた経済の発展を目指すことが必要である。

4. 途上国向け直接投資と技術移転

わが国の対外直接投資は昭和41年頃から目立って増加し始め,55年度には47億ドルに達した。

第II-3-23表 日本の海外直接投資残高(許可累計額,昭和55年度末)

対外直接投資が増えている背景としては,円高による工場進出コストの低下,低賃金,良質労働を求めた工場進出,対外貿易摩擦の回避,資源確保のための進出,国内の立地難の解決などの理由がある。

対外直接投資累計額は,55年度末で365億ドルに達しており,その内訳けを見ると,全体の半分以上が発展途上国向けとなっている( 第II-3-23表 )。

地域別にみると,アジア地域が全体の約27%,中南米が18%,中近東が6%アフリカが4%となっている。

業種別にみると,発展途上地域向けでは,鉱業等の資源開発とともに,製造業のウエイトが高い。

製造業の中では繊維,化学,鉄,非鉄などのウエイトが高い。

このような海外直接投資の増加は,経営資源の移動としてとらえられる。直接投資は労務管理,マーケッティング等の経営上のノウ・ハウの移転となるだけでなく,進出地域の雇用を創出し,資本・技術移転を推進する上でも大きな役割を果している。したがって,今後とも対外直接投資が着実に増加していくような環境整備が重要である。