昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第II部 日本経済の活力,その特徴と課題

第1章 民間部門の活力とその課題

第3節 省エネルギーの進展

1. 省石油・省エネルギーの意義

石油価格の上昇を経験するたびに,わが国はトリレンマ(石油赤字,石油インフレ,石油デフレの三重苦)的影響を受けざるをえない。

78年末から80年にかけての石油価格上昇による影響は,わが国は先進国の中でも大きい部類に属する。これは,わが国のエネルギー需要が石油に依存する度合,石油の輸入依存度,石油輸入のOPEC依存度のどれをとっても大きいからであるためである。しかもその影響の程度は石油価格の引き上げを経験することに増大してきた。この間の事情を上記の3つ,すなわち,石油赤字,石油インフレ,石油デフレのそれぞれについてみてみよう。まず石油赤字については,石油代金の支払い増加が輸入金額の増加となり国際収支の悪化要因となる。これは「石油輸入金額/輸入総額」という指標でみることができよう。次に石油インフレのインパクトは「石油輸入金額(円建て)/名目総需要」でみることができよう。石油輸入金額(円建て)の名目総需要(=総供給)に占める比率の変動が石油コストの上昇によるコストアップ圧力の動向を反映するからである。また石油代金の増加によってわが国の所得が海外に流出することからデフレ効果が生じる。したがって「所得の流出額(円建ての石油代金増加額)/国内所得(名目GNP)」をデフレ的な影響の指標としてみることができよう(より正確には,実際のデフレ効果は,これからOPECの対日輸入の増加を控除したものである)。以上の3つの指標の推移をみてみよう( 第II-1-11表 )。まず,石油赤字ショック度を左右する「輸入総額に占める石油輸入金額の割合」は,第1次石油危機発生時には約15%であったが,第2次石油危機では約30%に高まっている。したがって,たとえ石油価格の上昇率が同率でも,国際収支に及ぼすインパクトは第2次石油危機の方が2倍も大きくなっているといえる。これと同様に,インフレ効果,デフレ効果についても,第2次石油危機の方が2倍の強さでショックを受けるようになっている。しかもそれぞれの指標の水準は,55年にはさらに53年当時より上昇している。このように石油危機を経るだびに石油ショック度が高まるのは石油相対価格が大幅に上昇し,名目値でみた石油輸入の割合が大きく膨張するからである。

つまり石油価格の上昇は,トリレンマ的影響のそもそもの原因となるばかりでなく,名目値でみた石油輸入の割合を高めることによって,石油価格上昇の影響度を強める傾向をもっているのである。

2. 石油生産性の変動要因

このように石油価格の上昇のたびにその影響が拡大するという悪循環から逃れる途は,代替エネルギーの利用が石油に代ってかなりの地位を占めるに至るまでは経済規模に対する石油消費の縮小,つまり石油生産性(実質GNP/石油消費量)の上昇しかない。

第II-1-12図 石油生産性の推移

石油生産性の変化をみると,第1次石油危機,第2次石油危機ともに,その直後において石油消費の伸びがGNPの伸びをかなり下回り,石油生産性が大幅に上昇している。とくに今回の場合はその上昇率が高い。つまり石油消費の節約は急速に進んでいるといえる( 第II-1-12図 )。

第II-1-13表 石油消費量の変動要因

(石油の相対価格の上昇に対応した省石油の動き)

ここで,GNPと石油消費の関係についてやや詳しくみるため,ひとつの試算として石油消費量は経済活動の水準(実質GNP),石油の相対価格,および稼働率によってきまると考えて,石油消費関数を推計し,分析してみると( 第II-1-13表 ),石油の相対価格の上昇は,約1年半の間石油消費に影響を与え,その節約効果が最も効果を現わすのは1年後であるとみられる。また石油の相対価格の変化がもたらす石油の節約効果は,値上げ後1年半の合計でみると,相対価格が1%上昇した場合に石油消費量は0.3%減少するものとみられる。さらに,経済活動の水準,相対価格,稼働率が今回の場合,石油節約の進行にいかに影響をしたかをみると,経済活動水準の低下によるよりは,ホームメイド・インフレが発生せず,したがって他の物価に比し,石油の相対価格の上昇が大きかったことなどが寄与しているとみられる。

(省石油の動きの要因分解)

以上,相対価格への対応という観点から省石油の動きをみてきたが,実際には,石油節約の動きは,①石油多消費型の産業と石油寡消費型産業の生産の構成比の変化(産業構造要因),②各々の産業における生産額当たりのエネルギー投入量の変化による効果(エネルギー原単位の低下要因),③エネルギーの石油依存度の変化(石油代替要因)によって支配される。このうち産業構造要因には産業間の生産能力のウエイトの変化及び稼働率の変化が含まれるが,ここでは一応両者を合わせて考えてみると( 第II-1-14図 ),鉱工業部門の実質生産額一単位当たりの石油消費量(石油原単位)は,50年度以降低下しており,とくに54年度については著しい低下となっている。その主要な理由は化学,鉄鋼等の素材型産業での生産量一単位当たりのエネルギー投入量(エネルギー原単位)の低下であったが,これに加えて,鉄鋼,窯業・土石等の業種を中心に石油から他のエネルギー源への代替が進んだことも全体としての石油原単位の低下に寄与した。

3. 省エネルギーへの具体的な動き

石油の相対価格の上昇の中で,企業や家計の省エネルギー,省石油の動きがいろいろな面で進行している。

(省エネルギー投資の意味)

企業の省エネルギー・省石油投資としては,素材型産業等のエネルギー多消費部門での省エネ投資が著しいとともに,その投資の内容が操業方法の変更や運転管理等の改善,設備の改善等資本設備の大幅な変更を伴わないものから転じて,生産設備の更新・新設を伴う大型なものへと変化して来た点に特徴がある(第1部第2章第4節参照)。これは生産過程におけるエネルギーから資本への代替の動きといえる。

第II-1-15図 エネルギーと資本の代替の推移

近年におけるエネルギーと資本の代替の動きを検討してみると,30年代後半から40年代前半にかけてはエネルギー価格の低位安定を背景に,資本からエネルギーへの代替が進んだが,第1次石油危機以降はエネルギー投入を節約し資本への代替が強まる傾向があることがわかる( 第II-1-15図 )。つまり省エネルギー投資は,生産における投入構造において相対的に価格が高くなったエネルギーに代って資本投入を増やすという投入構造変化を推進する役割を果たしているのである。

(省エネルギーの具体的な動き)

産業別にみると,省エネルギー投資を最も活発に行っているのは,エネルギー,石油価格の上昇によって大きな影響を受ける素材産業部門である。なかでも鉄鋼業の省エネルギー投資は55年度は対前年度比105.0%の増加で,その投資額は日本開発銀行調査によれば鉄鋼業の設備投資額の約17%を占めている。

55年度の設備投資では,連続鋳造や圧延部門の省エネルギー投資(直送圧延,熱片装入)による省エネルギー化が進んだ。たとえば,連鋳比(連続鋳造鋼片/圧延用鋼塊計)は54年の53.0%から55年には60.7%へと上昇してきており,欧米諸国のそれが15~45%であるのに対してかなり高い比率となっている。また,脱石油対策として高炉のオイルレス化が進み,そのうちオールコークス操業は55年末には稼働炉44基中30基となっている。さらに,高炉炉頂圧発電やコークス乾式消化等の排熱回収も進展している。この結果,わが国の粗鋼1トン当たりのエネルギー消費及び石油の消費は大幅に減少してきた。国際比較をしてみても,わが国の粗鋼1トン当たりエネルギー原単位は,先進国中最小となり( 第II-1-16図 ),使用重油量も最も低い水準になりつつある。

この外,紙・パルプ,化学,窯業・土石などの産業においても生産量1単位当たりの重油消費量を減少させるため,抄紙機の熱効率の改善,加熱炉の廃熱回収設備の設置,NSPキルンの設置等の省エネ投資及び石油から石炭へのエネルギー源代替等の動きが活発である。

企業のみならず,家計における省エネルギーの動きも活発である。家計の実質エネルギー消費支出は,第1次危機の場合も第2次でもエネルギーの相対価格の上昇に対してきわめて鋭敏に反応し,減少している( 第II-1-17図 )。とりわけ今回は相対価格が極めて明瞭に上昇したため,消費者も価格に対応しつつ比較的長期にわたって省エネルギーに努めたことがわかる。とはいえ55年年央以降になるとエネルギー価格が落ち着いた推移をたどった上に55年~56年の厳冬も加わってエネルギー消費は反転している。このことは家計における省エネルギー化を今後とも安定的に進めるためには,節約だけではなく企業の省エネルギー投資のように,エネルギー消費の効率を上昇させる手段が必要なことを示している。この面では住宅の断熱化や家庭用電気機器等における省エネ製品の開発が果たす役割が大きい。メーカー側でも最近省エネタイプの開発の動きが強まっており,その結果家庭用電気機器のエネルギー消費効率も逐年向上してきている( 第II-1-18図 )。