昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済

第2章 景気のかげりとその実態

第1節 軽微ながら跛行性のみられた在庫調整

最終需要が伸び悩みないし,停滞する局面では,意図せざる在庫の増加が生ずるため企業は減産や販売促進などによって在庫調整を始める。今回は,53年後半から緩やかな在庫積み増しに入り,55年1~3月期まで増加を続けた後,調整局面に入った。

1. 形態別在庫投費の推移

在庫調整の一般的パターンは,流通在庫から始まり,原材料在庫,製品在庫へと波及していく。今回の場合もほぼ同様の推移を示した。

まず,流通在庫投資(卸売)は,54年後半から減少に転じ,55年1~3月期には,4月以降の電力料金などの値上げを控えて,前倒的な動きが強まり,かなり増加したが,4~6月期以降は調整局面が続いた。もっとも小売業の在庫投資は,55年1~3月期から増加に転じ,その後かなりのテンポで増加した( 第1-2-4図 )。

次に,原材料在庫投資の振幅は,概して緩やかであったが,生産財産業の原材料在庫投資と最終需要財のそれとでは動きがやや異なった。生産財産業の原材料在庫投資は,53年後半から54年前半にかけて増加した後,54年10~12月期から55年4~6月期まで減少したが,その後は若干増加している。これは,長期契約にもとづく輸入素原料の動向に左右されている面が強いとみられる。これに対し最終需要財産業の原材料在庫投資は,55年4~6月期まで積み増しがみられたが,7~9月期以降調整局面に入った。もっともそのテンポは緩やかであった。他方,製品在庫投資は,55年1~3月期の積み増しの後も,7~9月期にかけて増加を示したが,その後は頭うち傾向となった。

2. 今回在庫調整局面の特徴

以上が形態別在庫投資の推移であるが,今回の場合には,従来とは違った特徴がある。それは,すでにのべた需要面での跛行性が,財別及び段階別の在庫投資変動の差異をもたらしていることである。

まず第1に,最終需要財メーカー(一般機械,輪送機械等の業種)の原材料在庫の調整が緩やかにとどまっているのは,生産活動が比較的活発であったことを反映したものである。第2に,製品在庫については,最終需要財メーカー,生産財メーカー(鉄鋼,化学等の業種)ともに,かなりの増加となっているが,その性格は両者相反するものと考えられる。すなわち,生産財メーカーでは7~9月期以降,圧倒的に意図せざる型での在庫増が大きくなっているのに対し,最終需要財メーカーでは,7~9月期まで前向きの型での在庫増が中心となっており,10~12月期になって,やや状況が変化してきた程度で,その性格はあきらかに違っているとみられる( 第I-2-5図 )。

さらに第3の特徴として55年に入ってから小売業者の在庫投資が増加していることが指摘できる。小売業者の在庫投資は,景気後退の初期に底を打った後,景気後退の末期にピークを迎えるという動きを示すのが普通であった(前掲 第I-2-4図 参照)。今回の場合も従来とパターンは同様とはいえ,やや増加テンポが高いみられる。これには,消費需要の伸び悩みが基本的に影響した上,それに,55年夏の冷夏などが迫い打ちをかけたと考えられる。とくに小売業者の在庫投資を規模別にみると,55年7~9月期以降における増加の中心は,資本金規模の最も小さい段階(資本金10~49百万円)においてみられる。つまり消費需要の伸び悩みは,相対的に経営力が弱く,しかもそうした時期に売上高の増勢も鈍い小規漠小売店により直接的な影響を与えたものとみられる( 第I-2-6図 )。

3. 在庫調整の評価

それでは今回の在庫調整を,どのように評価すればよいか。その前に,まず,在庫調整の生じた背景を整理しておこう。

第1は,すでにみたように,54年末から国内需要を中心に最終需要の伸びが鈍化したことである。第2は,55年春頃まで高騰していた商品市況が,その後需給の緩和,円高などから急速に低下したことである。そして第3として,54年4月以降金融引締め政策が実施され,その効果が実体面に徐々に浸透してきたこと,などがあげられよう。こうした要因に加えて,今回の場合には,さきに述べたような理由から55年1~3月期及び1部品目については4~6月期まで前倒し需要が発生し,それがその後の調整に影響を与えた。しかし,今回の在庫調整そのものを,評価すれば,「全体としてみれば軽微であったが,素材型産業を中心にかなり長期化」といえる。

「全体としてみれば軽微」であったのは,①在庫調整開始時点の在庫水準や在庫率が,前回に比べて低かったこと( 第I-2-7図 ),②加工型産業では在庫調整の問題はほとんどなく,在庫調整の主役は,もっぱら素材型産業を中心としたものであったこと,などがあげられる。

一方,「かなり長期化した」のは,在庫調整の主役である素材型産業において,在庫過剰感が前回同様の高まりをみせ,それがなかなか解消しなかったことを反映している( 第I-2-8図 )。したがって次に,素材型産業を中心に在庫過剰感が高まった背景に関し,やや詳しく検討してみよう。

第1は,名目の在庫ストックが,今回も前回同様の高まりを示したことである。実質ストックの増加は今回小幅であったものの,名目ストックの増加が大きかった。このことは,企業経営,とくに財務面に注目すると,それだけ資金負担感を増すことになり,在庫過剰感の発生する要因となり易い。それは企業経営が名目在庫ストックを前提に行動している面が強いからである。名目在庫ストックの総資産に対する比率は,今回の方が高く,支払い準備としての手元流動性あるいは現預金残高に対する比率も,今回は前回をかなり上回っている( 第I-2-9図 )。

第2は,第1次石油危機以降,在庫投資に対する考え方が慎重化し,適正在庫率が下方シフトしたことがあげられる。いま,在庫過剰感が在庫率と商品市況によって大きな影響を受けるが,前回の在庫調整局面では,在庫率の上昇及び商品市況の下落がかなり影響しているのに対し,今回は,商品市況の影響は同じような程度であるものの,在庫率の影響はかなり小さい。このことはオフィスコンピューターの普及といった面もあるが在庫率水準に対する企業の判断が慎重化し在庫圧縮に努めてきたことを推察させる(前掲 第I-2-8図②,③ )。

第3は,輸入品の在庫が増加したこである。原材料在庫及び在庫率について,国産品と輸入品を比較してみると,国産品の在庫はほとんど増加せず,在庫率もやや上昇している程度なのに対し輸入品の在庫は,55年4~6月期以降大幅に増加し,その後も高水準を維持し,在庫率は急上昇を示した( 第I-2-10図 )。以上のような要因が重なり合って,素材型産業を中心に,在庫調整は予想外に.長びいたという認識をもたらしたといえる。

4. 在庫調整の進展状況

それでは在庫調整の進展状況はどうであったが。まず,構造不況的品目についてみると,依然高い水準にあることがわかる( 第I-2-11表 )。すなわち,鉄鋼における小型棒鋼,非鉄金属におけるアルミ地金,化学の中の塩化ビニール樹指,繊維の中の綿糸などがそれである。これらの品目は,塩化ビニール樹脂を除いては,いずれも前回石油危機後に構造不況業種に指定された。今回もこれらの品目の一部においては不況カルテルが実施されている。

いま,塩化ビニール樹脂とアルミ地金の生産,輸入状況をみると,年度後半の円高の過程で,いずれも輸入が急増しており,生産の抑制にもかかわらず,在庫は高水準を続けている( 第I-2-12図 )。いずれも原油価格高騰に伴って価格競争力が低下していることが大きな要因である。ただし主要な素材型産業の製品在庫の推移を全体としてみると,比較的在庫水準が低く,景気上昇の初期に当たる53年末を基準にして,56年5月末の水準をみると,中分類業種では紙・パルプを除いて,それほど高い水準にはない。

こうした状況を全体として考慮しつつ,今回の在庫調整をみると過剰設備をもち生産調整に入るのが遅れた紙・パルプや構造不況的品目を除けば,本年に入って在庫,在庫率とも横ばい傾向になっている。在庫の動きに敏感な主要商品市況も,3月後半から下げ止り,その後底固い動きを続けてきたことにも,こうした状況が反映しているものと思われる。