昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


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第II部 経済発展への新しい課題

第1章 日本経済の発展とその環境変化

第1節 日本経済の国際的位置

(国富と所得)

54年の日本経済は,約5千5百万人の就業者が,約220兆円の国富の上に立って,ほぼ同額の約220兆円(国民1人当たり約190万円)の所得を生み出している。国富のようなストック,所得のようなフローのいずれでみても巨大な経済である。今から20年前の35年当時,高度経済成長の歩みを踏み出そうとしていた頃の日本経済は,約4千5百万人の就業者が約30兆円の国富の上で,約16兆円(国民1人当たり23万円)の所得を生み出していたにすぎなかった。それに比べると,現在の日本経済は,国富で7.3倍,国民総生産で13.8倍となり,この間の世界経済の国民総生産が6.4倍(1960~78年)になったのに比ベかなり巨大化した。国際連合分担金も1978年は73億円(3,482万ドル)で,世界で3番目,8.64%に達する。

また,1978年の国民1人当たり国民所得141万円(6,797ドル)は,スイスの約6割,主要国首脳会議参加国のアメリカ,西ドイツ,カナダの約8~9割であり,イタリア,イギリスを上回る水準に達している( 第II-1-1図① )。さらに,国民1人当たり個人貯蓄(1977年)は年間25.1万円(933ドル)で,これは先進国中最高である( 同図② )。ストックの面でも拡大した。国民1人当たり金融資産残高は,35年末の13.6万円から,53年末には224.7万円に達し,アメリカの4分の3程度にまで達するようになった。

もちろん,経済活動の最終的な目標は,国民生活の充実,向上にあるが,そのためには以上のような所得,貯蓄といったフローや金融資産,財産や住宅・生活関連施設あるいは生産能力といったストックが豊かでなければならない。そこで,まずどんな面でストックが増えたのかを,具体的にみてみよう。

(ストックの増大)

ストックの増大を具体的にみると,次の4点を指摘できる。

第1は,家計面でのストックの充実である。家計の貯蓄残高は,前述のように大きく増えた。所得の年収比では,35年当時は年収の80%であったものが,54年には120%になったにすぎないが,これは,むしろ貯蓄が効率よく民間企業の設備投資に回され,経済成長率が高く所得の伸びが大きかったからだと思われる。また,家計の耐久消費財ストックも何回かの耐久消費財ブームを経て増大した。家庭用電化製品の保有率は先進国中トップレベルにある( 第II-1-2表 )。カラー・テレビ,冷蔵庫,洗たく機はほぼ全世帯に普及した。特にカラー・テレビは2台以上をもつ世帯が3割程度に達している。非耐久消費財の家計内ストックもかなりの水準になった。首都圏に住む男性は45枚,既婚女性は約74枚の衣類を保有しており,(繊維工業構造改善事業協会調べ, 第II-1-3表 )。首都圏・京阪神圏の夫婦と子供2人の家庭では下駄箱の中に50足ものはきものが入っている(54年,K繊維会社調べ)といわれている。国民生活の上で,こうした家計ストックが,ただ保有されているだけとみるべきではない。冷蔵庫や洗たく機の普及は,主婦の家事労働を軽減し,婦人の教育水準の上昇等も加わって家庭の主婦の労働力化を進め,また,テレビの普及は情報伝達の迅速化,大衆化を進めた。また,衣料ストックの増大は,衣生活における豊かさを増大させた。

第2に,住宅ストックの充実があげられる。

世帯数に比べて住宅ストックの増え方は大きかった。33年には1,865万戸の世帯数に対し住宅戸数は,1,793万戸で,住宅数が世帯数を下回っていた。しかし,こうした住宅の絶対的不足の時代は43年にほぼ終わり,以後は住宅数が世帯数を上回る状態となった。地域別にみても,48年にはどの都道府県でも住宅数が世帯数を上回るに至っている。53年の一世帯当たり住宅ストックは1.08戸に達した。

住宅ストック関係の指標を国際比較してみても,まだ満足すべき状態とはいえないが,方向としては居住条件はかなり改善されてきている( 第II-1-4表 )。

第3は,社会資本ストックの充実である。

社会資本ストックは45~53年の間に4.5倍になった(新SNAべース,一般政府純固定資産名目)。こうした中で,道路下水道,公園などの整備水準もかなり上昇した。

この結果,国民生活を取り巻く生活環境はひところに比べてかなり改善してきたといえよう( 第II-1-5表 )。

第4に,企業の設備ストックも充実した。

全企業の粗資本ストックは,35年度末の27.5兆円から,40年度末には46.3兆円となり,54年度末には183.1兆円に達した(45年価格,経済企画庁民間企業資本ストック統計)。具体的に産業別の生産能力や企業規模をみても,国際的に高い比重を占めたり,世界的規模に接近するものがかなり増えている( 第II-1-6表 , 第II-1-7表 )。しかもそうした拡大は単に生産設備が増えただけでなく,高度の生産性水準とともに実現されてきたのである。

(ストック充実のためのフロー配分)

このようなストック面での充実が可能となったのは,フローの中からストック充実のために集中的に資源を配分してきたからである。

国民総支出を,ストックの形成に直接結びつくような投資的支出(民間住宅投資,民間企業設備投資,政府固定資本形成)とそのほかの消費的支出に分けてみると,わが国では投資的支出の割合が一貫して極めて高かった( 第II-1-8表 )。こうしたストック重視型の投資配分がストック充実の基本的要因だったのである。

(改善を必要とする側面)

もちろん,まだ改善しなければならない面も多い。国民生活面では,住宅についての不満は大きい。特に都市のサラリーマンの住宅問題の解決は重要な課題である。また,社会資本についても,公園面積はまだ小さいなど不十分な面が残っている。余暇時間も少ない。有職者の労働時間,週休制の状況を国際的に比較してみると,わが国は主要先進国中最も長時間働いており,週休の数も最も少ない( 第II-1-9表 )。

また,国際的側面では今後とも国際経済秩序の維持,安定のために積極的に貢献すべき必要性がある。