昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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第2部 活力ある安定した発展をめざして

第3章 雇用安定への課題

第3節 第三次産業での雇用増加

1. 産業別雇用動向

(製造業の雇用動向)

さて,それでは長期的に考えて製造業の雇用は再び増加し始めることが期待できるであろうか。

生産能力の変化率と毎月勤労統計の常用雇用30人以上の変化率の間にはかなり高い相関がある( 第II-3-29図 )。生産能力の増加率は,景気のピークとピークの間で,生産がどれぐらい増えるかを示すものといってもよく,また,長期的な生産の動きを代表するものといってもよいが,これが雇用の動きを規定していることになる。いま,両者を回帰すれば生産能力が年率7%で拡大する時に雇用増加率がゼロになるという結果になる。

以上は,30人以上規模に関するものであるが,全体についてみても,製造業の雇用は生産の拡大に伴って次第に回復に向かうとみられるとしても,製造業就業者の全就業者に占める割合を増加させるまでには至らないと考えられる。

(第三次産業での雇用増)

他方,第一次産業ではむしろ生産性向上が求められているとすれば,およそ雇用吸収力という視点から期待するわけにはいかない。他方,今後産業構造の知識集約に,サービス経済化の方向に対応した雇用機会の拡大から第三次産業の雇用増加が期待される。

この,第一次産業で雇用がへり,第二次産業での雇用増がゆるやかで第三次産業を中心に増えるという姿は高度成長期までの日本にはなかったパターンである。しかし,実はこれは欧米諸国においては通常のパターンなのである。1963年以降のこれら三つの産業別の雇用動向を国別にみてみると( 第II-3-30図 ),EC諸国は全くそのような姿になっている。アメリカは1969年まで第二次産業が増えてその後横ばいになったような形になっているが,これは,1963年が下方にバイアスのかかった年だったためで,長期的にみると1955年前後から横ばい基調に入っている。これらに対して,日本は全く異なり,1973年まで第二次産業と第三次産業が平行して増加しており,その後第二次産業が横ばいに転じている。

アメリカの例にみられるように,経済の発展過程において,ある段階までは第二次産業の雇用も増えるが,その後は第三次産業を中心に増えるパターンに変わるようにみえる。日本は後発国だったので,最近まで第二次産業が増えていたが,石油危機ごろから日本も欧米的なパターンに変わってきたということであろう。

このようなパターン変化に対しては,景気循環の影響もあろうが,長期的な要因としては,ある段階までは第二次産業が経済発展をリードし,第三次産業はそれに直接間接に誘発されて伸びるが,その段階をこえると第二次産業はリードするよりも,むしろ経済発展を支える方に回り,第三次産業が相対的に伸びていくということが考えられる。それには,最終消費の内容が財貨よりは医療・保健,交通・通信,教育,「その他」といったサービスが相対的に増える( 第II-3-31表 )という需要構造変化による部分もあろう。しかし,アメリカの場合をみると,第三次産業の所得構成比の増加テンポよりは就業者の方が高い( 第II-3-32表 )。これは,第三次産業の生産性の伸びが高くないこと,逆にいうと一定の生産をあげるのにより多い雇用を必要とすることにも由来しているものと考えられる。日本においても,45年頃までは各産業とも雇用係数の低下,すなわち生産性の上昇が続いていたが,その後その傾向は鈍化している( 第II-3-33図 )。そして,卸・小売業やサービス業の雇用係数は製造業より高い。そのことの価値判断は別として,これらの第三次産業に対する需要が拡大すれば雇用面でのウエイトは増大する。

2. 第三次産業雇用増加の内吝

それでは,我が国における第三次産業雇用増加の内容はどのような特徴があるであろうか。

第三次産業の内容はきわめて複雑であるが,ここでは次の5つにグルーピングして変化の特徴をみてみよう。

    ①物財に関する企業関連サービス

    (卸売業,貨物運送業,倉庫など)

    ②非物財に関する企業関連サービス

    (金融,保険,修理,事業所サービスなど)

    ③生活関連サービス

    (各種の小売業,個人サービス業など)

    ④余暇関連サービス業

    (飲食店,旅館,娯楽,航空運輸など)

    ⑤文化的・公共的サービス

    (教育,医療・保健,社会福祉,鉄道,通信業など)

第II-3-34図 は,このような分類で25年以降の就業者の動きをみたものであるが,50年までは国勢調査で50年以降は規模30人以上の事業所統計調査によっており,連続性がないことに留意する必要がある。それを念頭におきつつ特徴をみると,第1は,企業関連サービスのうち物財部門は増加寄与度が下がってきて47年以降にはマイナスにすらなったが,非物財部門の寄与度は高まっている。これは,第二次産業内部で行われていたサービスの外生化とも考えられる。第2は,文化的・公共的サービスの寄与度は終始かなり高水準で安定しており,かつ最近は相対的に高まってきている。以上は,その類型の意味する需要動向との関連から今後の第三次産業就業者の動向をも示唆するものとして注目される。その他としては,いったん下がった生活関連サービスの寄与度が50年以降高まっていること,かつて高かった余暇関連サービスが下がっていることも目立っている。

3. 期待される雇用分野

(第三次産業雇用の特徴)

ところで,第三次産業の雇用はどのような特性をもっているのであろうか。

この点をみるために,我が国同様億を超える人口を擁しており,従って市場規模が大きくバランスのとれた産業構造をもっており,かつ第三次産業のウエイトが高いアメリ力についてみてみよう。アメリカの第三次産業就業者の第二次産業に比較した特性をみると( 第II-3-35表 )

①女子が多い,②高年齢者が多い,③パートタイマーが多い,④自営業主,ひいては中小企業が多い,⑤中程度の学歴の者が少なく高学歴者と低学歴者の両極が多い,といった点があげられる(いずれも表中の「全就業者に占める割合」からの判断)。

この①から④までの特性は石油危機後日本の雇用面において増加した層,または雇用の安定性に関して第2節で検討した層にほぼ一致している点は注目される。

アメリカにおいては,第三次産業はサービス労働が中心であるが,こうした労働は体力を,必要としないため女子や高年齢層でも就業でき,また必ずしも長時間労働を必要としないでパートタイマーも多い。そして,技術進歩や規模の経済も鉱工業より必要性が小さいので自営業や中小企業でもできる。要するに労働の質が低いから生産性の伸びも低く,低学歴者でもすむ,といった説明の例がある。しかし,高学歴者も多いのであるから,質の高い労働を求められる分野もあり,一律的な性格づけは無理といえよう。

ところで,同表で「各産業就業者に占める構成比」の欄で第三次産業の日米比較をすると,日本が少ないことで目立つのは高学歴者であり,また女子とパートタイマーの割合も低い。従って,今後日本がアメリカ型の第三次産業に近づくと仮定すれば,高学歴者,すなわち高質労働力に関連した第三次産業の発展という姿が浮かんでくる。また,パートタイマーの形での就業は女子との関連が大きいと考えられる。

(産業,職業構造の日米比較)

そこで,さらに産業別に日米の就業構造を比較し,日本の特徴を知るとともに,今後の雇用拡大分野をさぐることとしよう。

第II-3-36図 は,人口千人当たりの業種別就業者数をを日米比較し,アメリカの方が多いものから順に並べたものである。これによれば,アメリカの方が就業者が相対的に多いのは,医療・保健,学校教育,宗教などの文化的・公共的サービスや法務,公認会計士,広告,調査,情報サービスなどの非物財企業関連サービスが目立ち,それらはいずれも高度の教育や職業能力を要するものであることが注目される。他方,日本の方が多いのは,各種卸売業(物財企業関連サービス)や各種小売業(生活関連サービス)などであって,これらの合理化の必要性が示唆されているとともに,これらの多くは平均的には比較的高度の教育や職業訓練を要しないものと思われる。

なお,同図で女子比率をみると,アメリカの方が人口当たり就業者数が多い産業において総じて日本の女子比率は低く(例えば,人口当たり就業者が日本の2倍以上の文化的・公共的サービス(医療・保健業,学校教育,宗教)でアメリカの女子比率68.6%に対し日本は55%),日本の方が多い産業で女子比率に目立った差がないことが注目される。ということは,第三次産業には日本でも既にかなり女子は就業しているが,高度の職業能力を要する分野に女子の進出が不十分であることを意味する。従って,今後発展すべき第三次産業への女子の就業は必ずしも単純な形態のものではないことがわかる。

職業別に人口千人当たりの就業者数を日米比較してみてもほぼ同様の傾向がうかがえる( 第II-3-37図 )。すなわち,相対的にアメリカの方が多いのは,各種研究者,技術者,大学教員,芸術家,社会福祉事業専門職員といった専門的・技術的職業が目立ち,それらにおける日本の女子比率は低い。他方,日本の方が多いのは,事務員,各種販売店主及び店員,理容師,娯楽場の接客員などであり,女子比率が高いものが多い。

以上の観察からうかがわれることは,日本で今後第三次産業就業者が増えそるといっても,すべての分野でそうなるのではなく,比較的高度の職業能力を要する文化的・公共的サービスとか非物財企業関連サービスといった分野であり,比較的人的資本の蓄積が少ない商業等の生活関連サービスや物財企業関連サービスなどは相対的に縮小していくものと考えられる。

4. 資源配分の多様化

(日本の経済社会の特質)

ところで,日本の職業別就業構造を外国と比較してみると( 第II-3-38表 )。農林漁業,生産,運輸作業従事者という財貨の生産にかかわる職業と,その流通に関連する販売従事者が多く,専門的・技術的職業やサービス職業が少ない。

このように職業構造の特徴は日本の経済社会の特質を端的に示しているように考えられる。すなわち,物財の生産中心に経済社会が成り立っているのである。

それは,日本が遅れて近代化を開始し,急速に国民の生活水準を向上するためにはやむをえない道であったといえよう。しかし,その成果は上がり,国民の物的生活水準は住環境を除き先進国並になり,我が国の重化学工業は強い国際競争力をもつようになった。こうした状況下,相手国の産業調整の遅れや国際収支状況,我が国の国内需要動向などによっては,特定商品の特定市場への大量供給が貿易摩擦を起こした場合もみられたのである。

そして,そのような過程において人間も資本も物財の生産,あるいは当面の経済的価値を高める方向に集中するメカニズムや意識が一般化してきたように考えられる。例をあげるとすれば,技術導入がそうである。より手っとり早く安全に収益を高めるためには開発に長期間を要しリスクの多い自主技術によるよりは導入技術によることになる。資本の面については,最近はそのような状況はなくなっているが,戦後長らく重化学工業を中心とした経済発展のための政策として低金利政策,租税特別措置,輸入制限等がとられてきた。要するに,政府の政策や民間の経済主体における努力が経済(あるいは営利部門)に集中するようになっていた。

その成果は上がったわけであるが,他面では問題も生じてきている。貿易摩擦もその一例であるが,人間についていえば,そのニーズは多様であるのに実利に結びつく労働により多くの時間がとられ,他のニーズの充足が抑えられるというアンバランスが生じるようになってきている。また,経済的弱者に対する施策も立ち遅れていた。技術においては,外国の先端技術はこなしてきたが,自ら独創的な新技術を生み出すことはこれまであまりなされてこなかった。

(資源配分の多様化)

従って,よりバランスのとれた供給構造へ移行し,経済的弱者に対する措置も充実し,長期的な経済社会の発展力をつけるためには,資源配分の多様化を図る必要がある。そのような新しい方向は経済の自然の流れのなかで,あるいは政府の政策として,すでに現実化しつつある。例えば,所得水準が低ければ物的なニーズが優先するが,所得水準が高まれば,余暇あるいは文化活動へのニーズが高まり,それに対応する供給も増えている。政府の資源配分政策も,国民生活の質的向上を重点とするものに変わってきており,日本の社会保障制度もかなりの前進をみた。企業においても技術導入への依存は下がってきている。もちろん,生活や経済活動は物的生産を抜きにしては成り立たないのであるから,その分野の強化の努力は今後とも続ける必要があるが,すでに物的充実は,かなり進んでおり,公害,物質中心の考え方などの問題すら生ずるに至ったのであるから,すでに始まっている資源配分の多様化は今後とも一層進めていく必要があろう。そして,物的生産部門あるいは営利部門以外の分野の相対的拡大は,要するにサービス部門の拡大のことであり,今後の雇用吸収の場につながることになる。

イメージをもう少し具体化するために,アメリカとの比較(前掲 第II-3-37図 )にも着目しつつ日本が相対的に少ない専門的・技術的職業の内容をみてみよう。これは,いわゆる産業界における電気技術者等の技術者以外に,科学研究者,教員,医師や薬剤師等の医療,保健技術者,宗教家,文芸家,美術家,音楽家,職業スポーツ家など多様なものを含む。まさに,文化面を中心にした高所得水準の人間の多様なニーズに対応するものであり,医療需要に対応するものであり,基礎技術の開発ひいは我が国経済の長期的な発展力に対応するものでもある。産業分類的にいえば,文化的・公共的サービスにかなり近いものといえよう。

ところで,今後これらの分野において一層の独創的な成果も望めよう。例えば1901年から1978年までに医学,生物学,物理学,化学関係のノーベル賞受賞者はアメリカ109人,イギリス57人,西ドイツ46人に対して日本は3人にしかすぎなかったが,こうした面でも増加が期待される。

このような,非営利的分野あるいは文化的・公共的サービスの拡大には克服すべき問題が二つある。第1は,供給主体が企業,民間非営利団体,政府にまたがる点である。ナショナルミニマムにかかわる分野で市場メカニズムによっては最低限の供給が難かしいものや,公共財の供給については政府が担当するにしても,その他の分野については効率性の見地からも政府は間接的な誘導に止め,なるべく民間の創意と資金を活用していくべきであろう。第2は,そこでの職業に就くためには高度の能力を要する点である。そのような潜在的能力の発掘に留意するとともに,教育訓練の充実が必要である。

(医痛,福祉面でのサービス需要)

これらの分野のなかで,たとえば医療,社会福祉関係の従事者の動向をみてみよう。

これら従業者数は比較的速いテンポで増加を続けてきており47年から50年の間にも,他産業のようにはテンポの鈍化がみられなかった。( 第II-3-39表 )。それだけ社会的なニーズが高まっているということであろう。

医療については,社会保障制度の充実や国民の健康意識の高まり,老齢化の進行などによって医療需要(例えば患者数)は増加傾向にある( 付表5 )。

国際的にみても,病床数は先進国並になっているが,人口当たり医療従事者数の水準はかならずしも高くない( 第II-3-40図 )。地域別にもいわゆる無医村など医療供給体制にはアンバランスがある。このようなことに加えて,最近の医療サービスが多くの専門職種をする形が多くなっていることからみても医療関係徒事者の適切な供給が期待される。

第II-3-41図 社会福祉設備の従事者1人当たり定員数の変化

他方,社会福祉サービスについてみると,その内容は多岐にわたるが,ここでは児童,老人福祉サービスについてみよう。児童保育需要は,核家族化の下での既婚婦人の職場進出などにより増加してきた。最近は出生数の減少により増勢は鈍化しているものの婦人の社会参加志向の高まりから需要増加は根強く続くものとみられる。老人福祉需要については,老齢人口の増加により従来も増大してきたし,その傾向は今後も続くであろう。

これらに対し,社会福祉施設の充実も進み,そこでの従事者数も増加したため,1従事者当たりの定員数は総じてかなり下がってきてこおり,( 第II-3-41図 )この間の福祉サービス水準の向上を物語っている。

上記の各種需要の動向からみて,今後老人福祉を中心とする社会福祉需要は拡大し,また多様化するものと思われる。こうして全体としてこの福祉サービス従事者数は今後とも増加するなかで,在宅福祉サービスなど従来からの施設福祉サービスとは異なったタイプの福祉サービスの従事者に対するニーズも高まろう。