昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1部 内外均衡に向かった昭和53年度経済

第3章 流動化する物価情勢

第1節 上昇に転じた卸売物価

53年度の卸売物価は52年度の0.4%の上昇のあと2.3%の下落と一層の落着きを示した。しかし,53年秋を境として,卸売物価をめぐる局面は全く異なるものとなった。すなわち,52年夏以降の卸売物価は一貫して下落を続け,53年度に入ってからも10月まで下落基調で推移した。しかし,11月以降は一転して上昇基調となり,54年春以降は大幅な上昇を続けている。以下ではこうした卸売物価の変化をもたらした諸要因を考察してみよう。

1. 卸売物価変動の内訳

52年来の卸売物価の変動は,海外要因によるところが極めて大きい。

卸売物価を国内品と輸出品輸入品に分けてみると,輸出品は52年度5.3%,53年度4.5%のそれぞれ下落,輸入品も7.3%,15.4%の大幅下落となっており,52,53年度の卸売物価落着きのかなりの部分は輸出入品の下落によるものだったということがわかる(第I-3-1表)。

さらに,国内品の価格変動にも輸入価格のコスト面を通じた波及があるはずである。国内品の価格変化を輸入価格要因,賃金コスト要因需給要因に分けてみると,52,53年度はいずれも輸入価格要因が国内品価格の安定に大きく寄与してたことがわかる。

53年度中の四半期ごとの変化についてみても,54年1~3月以降卸売物価が上昇に転じたのは広い意味での海外要因が,それまでのマイナスからプラスへと方向を転じたことが大きく影響している。

他方,国内要因としては,賃金コストは雇用減と生産増から労働生産性が賃金を上回って上昇し,53年度は物価引下げ要因として働いた。一方,国内需給要因は,内需の好調から物価引上げ要因となっていた。

2. 変動の主役となった海外要因

(円レートの変動と卸売物価)

このような53年度の卸売物価の落着きと変動の主役となった海外要因のうち,第1に大きな要素となったのは円レートである。それまで上昇を続けていた円レートは53年11月から円安に転じたが,それと期を一にして卸売物価が上昇に転じたことからもそのことがうかがわれる。

円高は,輸出物価に対しては,外貨建価格に転嫁しきれなかった分だけ円建価格を引下げることになる。しかし,輸入物価に対しては,外貨建価格が他の要因で上がっていない限り,ほとんど100%円建価格を引下げる。前述のように,卸売物価のなかで輸出品の価格の下落率よりも輸入品の下落率の方が大きいのはそのためである。逆に,円安になると,輸出品価格は外貨建契約の場合,外貨建価格が下がらなければ円建価格が上がることになる。さらに,輸入品価格は輸人契約が大部分外貨建で行われているため円安分だけはとんど100%上昇することになる。

このような,円レートの変動に伴う輸出入品の価格変動が卸売物価に及ぼす直接的な影響をみたものが 第I-3-2図 である。これによれば,円レートの変化は,52年以降各期ともかなり大きな卸売物価安定化要因として作用してきており,もし円高がなければ,52年以降の卸売物価は,前期比0~1%前後の上昇傾向を続けていたものと推定される。また,54年に入ってからは,円安はかなり大きな卸売物価の上昇要因となっていることがわかる。

さらに,円高は輸入品の価格を下げるだけではなく,それが生産コストの低下となって国内の各生産段階に波及していく(間接効果)。53年度中の円高(21.5%,欧州方式)による波及効果がどの程度の卸売物価下落要因になったかを50年産業連関表によって試算してみると,卸売物価を3~4%ポイント引下げるだけの潜在的な力を持っていたことがわがる。(但し,この試算は,瞬時にすべての波及が完全に行われると仮定しており需給関係等を考慮していないという限界があるので,現実にはこれ程の影響は現われないと考えられる。)

現実には,卸売物価の変動を規定するのは輸入物価だけではないから,他の需給,コスト,あるいは制度的要因の介在によって円高の効果が現実の価格低下としては観察されない場合がある。円高により,原材料価格が下がったことが企業収益の好転の一因となったということもそのことを示している。

しかし,いずれにせよ,円高が直接間接の経路を経て現実の卸売物価の下落に相当寄与したことは間違いない。

さらに,以上のようなコストを通じての影響以外に,円レートの変化による競合品の輸入価格の変動が輸入量を変動させ,需給要因を通じるなどして(卸売物価に影響するという経路もある。

卸売物価の中から,互いに競合関係にあると思われる品目を取り出して合成してみると,輸入品と競合関係にある国内品の価格は,52年以降,円高で競合輸人品の価格が下がるにつれて下落しており,このため平均的な国内品よりも下落幅が大きかったことがわかる( 第I-3-3図 )。

競合品輸入価格が国内価格に対して持つ強い影響は,銅地金のように国内建値が海外相場にほぼスライドして動くものに典型的に現われるが,その他,例えば製紙グラフトパルプなどの国内価格もほぼ連動して動いており,輸入価格が下がるにつれて輸入量も増えている( 第I-3-4図 )。

(海外一次産品価格の上昇)

ところで,円高が円建て輸入価格を下げるとしても,外貨建輸入価格がそれ以上上っていれば結局円建て価格は上がってしまうはずである。我が国の場合輸入に占める原材料のウエイトが高いので海外原材料価格の変動が,我が国の輸入価格を大きく左右する。そこで,海外一次産品価格の代表的指標である。ロイター指数の動きをみると( 第I-3-5図 ),52年央から緩やかな上昇に転じている。しかし,円高がそれ以上のテンポであったため,53年度全体としては,輸入品卸売物価は下がることになったわけである。

その後ロイター指数は54年に入ってからむしろ騰勢を強めており,さらにレートが円安に転じたため,輸入品卸売物価は急騰に転ずることになった。

なお,ロイター指数の動きを類型別にみると,47~49年の際は非鉄金属も食料品も共に上昇していたが,今回の場合は54年前半までは食料品が落着いていたことが目立っている。

さらに,今回の場合,53年中はドル建の原油価格(ロイター指数には含まれない)は横ばいであり,円高により円建の輸入価格は下がっていたのに対し,54年に入るとドル建の原油価格が上昇に転じた上,円安も加わってこの面からの卸売物価上昇要因が大きくなってきている( 第I-3-6図 )。原油価格はOPECによって決められるカルテル的な価格であり,市場条件が大きく影響する国際商品市況と異なり,下がるということはほとんど期待できない。

しかも,原粗油の我が国の輸入総額に占めるウエイトは3割ときわめて大きい。従って原油価格上昇の卸売物価に与える影響は他の一次産品価格以上に重要な意味をもっているといよう。

原油価格(円建,以下同じ)の上昇は,それ自体が卸売物価の一構成要素であるということから卸売物価引上げ要因(直接効果)になるとともに,それが生産コストの上昇となって他産業に波及していく(間接効果)。こうした直接,間接の効果を産業連関表によって試算してみると,原油価格が10%上昇した場合,54年度についての効果は約0.7%であるのに対して,48年度はこれの約半分弱になる。これは,石油危機時の石油価格の大幅上昇により,生産コストに占める石油価格分のウエイトが高まっているためである。

ただし相対価格の変化は,高いものよりはより少なく使用するという産業構造の変化や技術の省エネルギー化を促すはずである。そこで,石油危機前(45年)の産業連関表を用いて54年度の場合を試算し上記の54年度の場合と比較してみると,上記の場合の卸売物価への効果の方が1割程度小さくなる。この分は経済全体の省エネルギー化の進展によるとみられる。

以上のように,今後の卸売物価動向については,石油価格を含む海外一次産品価格の動きと円レートの状況に注目する必要がある。

3. 堅調だった需給地合

前掲 第I-3-1表 にみたように,国内需給要因は企業の需給判断でみる限り,53年度中は総じて卸売物価の上昇要因として作用していた。すなわち,円高等の要因による大幅な卸売物価安定化作用がなければ,卸売物価はかなり前から上昇局面に入っていたものと思われる。

こうした動きを市況性商品を中心にみてみると( 第I-3-7図 ),在庫の変動によって端的に示されているような需給状況に応じて価格が変動していることがわかる。すなわち,53年度中は,当初公共事業が拡大し,年度後半には民需も盛り上がり始めるなど内需が堅調に推移するなかで,不況カルテルや企業の慎重な生産態度により在庫が減り,こうしたなかで需給が堅調に推移し,さらに海外高の要因も加わって,主役が交代しながらも,ことに年度後半には全体として市況の上昇が目立つようになった。

もう一つの重要な国内要因である賃金コストは,54年春季賃上げ率が穏やかなものにとどまり,また引続き着実な生産の拡大が見込まれるので,大きな物価上昇要因にはなりそうもない。従って,今後の卸売物価動向を考える際には需給要因が海外要因と共に重要な要素になってくるだろう。