昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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第1部 内外均衡に向かった昭和53年度経済

第2章 黒字から赤字に転じた国際収支

第1節 減少した輸出数量

1. 輸出動向の概要

53年度の貿易収支は205億ドルの黒字と前年度(203億ドル)と大差はなかったが,四半期別にみると,4~6月期の68億ドルから54年1~3月期には26億ドルと黒字幅は大きく縮小している(いずれも季節調整値)。これは,輸出が10~12月期まで漸増した後,減少に転じたことと,輸入が年度当初から増加を続けたためである(いずれもドルベース)。本節ではこのような輸出の動向をとりあげることとする。

通関ベースの輸出(ドルベース)についてみると,53年度は前年度比17.0%と相当の増加を示している。しかし,それはドル建価格が円高もあって,24.2%も上昇したためであり,数量は5.6%の減少となっている。戦後の日本経済の成長は輸出に依存したものといわれ,輸出数量が増えるのが通常の姿であったのであり,このようにかなりの減少がみられたことは特筆すべき事態である。

四半期別には,年度当初から数量は減少傾向にあったが(季節調整値,前期比ベース),価格上昇の方が大きかったため,金額では10~12月期まで増加が続いた。しかし,54年に入って,数量減の方が価格上昇を上回るようになり,金額でも減ることになった。52年初に始まった円高が外貨建輸出金額を減少させるに至るまでに実に満2年を要したことになる。

第I-2-1表 商品別輸出動向(円建て)

輸出の動向を価格変化の影響が比較的少ない円ベースで品目別にみると( 第I-2-1表 ),①世界的に供給過剰の船舶や貿易摩擦対象品目であるテレビの大幅減が目立つほか,②競争力の弱い繊維・同製品も2割の減少をみており,③その他船舶とともにかって「輸出御三家」といわれた鉄鋼,自動車を始めとして軒並み減少している。④そうしたなかで,テープレコーダー(主としてVTR)がかなり増加しており,一般機械,科学・光学機器,重電機器も若干の増加を示している。円高と貿易摩擦により,全体として輸出環境が厳しいなかで,日本の輸出構造は,比較優位の変化を反映するようになり,重化学工業品のウエイトは53年度には一段と高まっている。

2. 円高主因に輸出数量減

(輸出変動の要因)

上記のように,53年度には輸出数量の減少という特徴がみられたが,それはいかなる要因によってもたらされたのであろうか。

輸出数量の変動要因は複雑であるが,大別して需要を示す世界貿易,国際競争力を示す日本と世界の輸出価格の相対比,輸出供給余力を示す国内需給の三つに分解して考えることができる。しかし,日本の場合,これまでは後二者に比べ,第1の世界貿易の拡大が輸出拡大の主因であった。ところが,53年度の場合は, 第I-2-2図 で示すように,世界貿易の拡大による所得要因は52年度の場合よりむしろプラスの方向に大きかったのに,価格要因が大きくマイナスに作用し,国内需給要因も内需堅調を反映して輸出に対して若干のマイナスに作用したため,全体としても輸出数量は減少することになったのである。価格要因が主因で輸出減がもたらされた点に特徴があるといえるが,それは円高による外貨建価格の急上昇が日本の国際競争力を相対的に弱くしたことを意味する。

いずれにせよ,世界貿易が伸びているのに日本の輸出は減ったわけで,通常は日本は世界貿易の伸び(日本の輸出先市場の拡大率)以上のテンポで輸出数量を増やしてきていたのであるが,それと全く逆の現象が生じたのである( 第I-2-3表 )。円高の影響がいかに大きかったがわかる。

(輸出価格への転嫁と国際競争力)

そこで,円レートの上昇と輸出価格の変化についてやや詳しくみてみよう。①ある時期に円レートが上昇しても,その時期の輸出価格は既に契約されており,レートの変化が直ちに輸出価格に反映するわけではない。②現在の円レートを輸出業者が一時的と判断すれば外貨建輸出価格は動かない。あまりに急激な円高で先行き円安に転ずると考える場合である。しかし円安傾向が現われず,円高感が定着すれば輸出価格を引き上げる。③当該商品の価格及び非価格競争力にかかわる面がある。競争力があれば円高に伴って輸出価格を引上げることができる。しかし競争力がなければ,価格の引上げは市場を失うことになるので,もし採算より輸出量を重視するとすれば転嫁率は低くせざるを得ない。しかし,円高傾向が長く続けばそのようなことは企業にとって耐えられなくなり,転嫁率を高めざるをえなくなるであろう。いずれにせよ,長期間の円高過程のなかでは後になるほど転嫁率が高くなりそうである。そして,国際競争力の弱くなった商品の輸出量が減り,輸出構造の比較優位化が進むことになろう。

第I-2-4表 輸出物価(契約ベース)の円レート変化の転嫁率(前年同期比)

いま契約ベースの輸出物価(円建て)の動きを円レート上昇率と比べて,外貨建価格が,どの程度円レート上昇分を転嫁してきたか(円建価格を引下げないですませたか)をみたのが 第I-2-4表 である。まず輸出物価総平均では,52年中の転嫁率は5割程度であったが,その後徐々に高まり,53年10~12月期には8割に達している。これは,円レートの一貫した上昇により輸出業者の間で円高感が定着したため,価格への転嫁を高めたことを示している。

こうした転嫁の様子も品目によって異なっている。競争力の強い自動車,一般・精密機械は円高がはじまった当初から転嫁率は高く,化学製品,繊維品,などでは著しく低かったがその後高まっている。

なお,円安に転じた54年になってさらに転嫁率が高まっているが,これは円レートが下落した一方,外貨建価格は引下げず据置くという動きが多かったためであり外貨建輸出価格がさらに騰勢を強めていることを意味しない。

ところで,円高を輸出価格に転嫁して日本の外貨建輸出価格が上昇したとしても,外国がインフレでやはり輸出価格を上げていれば日本の輸出競争力が落ちることにはならない。そこで両者を対比(日本の場合は変動の大きい船舶を除いてある)したのが 第I-2-5図 である。これによると,51年は日本の輸出価格上昇率が世界より低かったが,52年はほぼ等しくなり,53年には顕著に日本の方が高くなったことがわかる。円高によって53年には日本の競争力が悪化した事実が明らかにみられる。

(今後の輸出動向)

そのように輸出の減少に大きく影響した円高は53年秋以来円安に転じている。それでも54年に入ってからも輸出数量減が続いているのは,価格変化が数量変化をもたらす際のタイムラグによる。まだ53年秋までの円高の影響が続いているのである。

タイムラグが終ればその後の円安の効果もあり,価格面からは輸出数量増加の方向が出てくるはずである。世界貿易も減少ということがなければ,輸出にとってプラス要因になる。ただ,①日本の卸売物価が上昇し始めていること,②世界貿易も,アメリカの景気がスローダウンしたり,石油情勢が悪影響を及ぼすとすればそう力強い伸びは予想されないこと,③国内の需給堅調が続く可能性があること,などを考えれば,輸出数量の減少傾向は止まるとしても,その後の増勢はそう強いものではないとみられる。


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