昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

1. 国際収支

(1) 世界経済の動向

(アメリカ経済の順調な景気拡大)

先進工業国の経済は1975年の半ば頃から回復を示し,76年春頃までかなり急速な回復を示したが,77年に入ると,全体として中だるみ状態を示した。こうした中で,アメリカ経済は,主に個人消費の堅調に支えられて順調な景気回復を示し,77年の実質GNPの成長率は4.9%と,同国としてはかなりの高い成長率を記録した。一方西欧諸国をみると,西ドイツは当初期待されたほどの景気拡大を示すに至らず,またイギリス,フランス,イタリアの諸国では,国際収支の赤字,根強い物価上昇圧力の存在などから,拡張的な景気政策を採用することが困難であったため,これらの諸国では,景気はむしろ後退気味となった。この結果,アメリカ,EC,日本の鉱工業生産指数は 第1-1図 のような推移をたどった。以上のようなマクロ経済の動向を反映して,先進工業国の雇用情勢は全体として芳しいものでなく,また各国の間で跛行性がみられる。すなわち,アメリカ,西ドイツでは,失業者数は景気のボトム期に比べ,目立って減少しているが,依然景気後退前の水準を上回っている。また,フランス,イギリスでは,77年には,失業者数が増加しつづけている。

一方,多くの先進工業諸国の物価上昇は,景気回復の力が弱く需給ギャップが依然大きかったこと,また一次産品価格が急落したこと,さらに賃金上昇率が低かったことから,高水準ながらも鎮静化の傾向を示した。しかしながら,アメリカでは,景気の急速な回復を反映してかなり高水準の物価上昇を続けた( 第1-2図 参照)。

第1-1図 鉱工業生産の推移

先進工業国の国際収支動向をみると,イギリス,フランス,イタリアでは,通貨の大幅な下落や,緊縮財政の結果,さらにはアメリカの景気回復に伴う対米輸出の増加から,経常収支の赤字は目立って減少した。西ドイツにおいても,国内景気の回復の程度が弱かったことや,アメリカの急速な景気回復から国際収支はかなりの黒字を示した。アメリカの国際収支は,同国の景気回復が他の先進工業諸国に比べかなり急速であり,物価がかなりの率で上昇し,更に,国内石油製品の価格が低位に据置かれているため原油の輸入が急増したことから,大幅な赤字を記録した( 第1-3図 )。こうしたことから,国際為替市場では,米ドルが急落し,黒字国である日本の円,西ドイツのマルクが急騰した。

第1-2図 各国の卸売物価の推移

ところで,アメリカの国際収支の赤字はアメリカにとっての対外流動性債務の増加を意味する。この流動性債務は外国の中央銀行や政府の公的準備や民間部門の資産の形をとっている。77年中,ドルの対外流動性債務は410億ドル増加し77年末には1,923億ドルとなった( 第1-4図 )。ドル債務の増加分のうち340億ドルが対外中央銀行・政府の債務増加からなり,これは金とドルの交換停止に到った,いわゆるニクソン・ショックのあった1971年の対中央銀行・政府分の増加分270億ドルを凌ぐものである。他方,対民間部門のドル債務も77年中80億ドル増加した。なお,77年におけるOPEC諸国の原油価格上昇は,世界景気の中だるみに伴い原油需要が低調であったことから比較的小幅にとどまった。また,OPEC諸国の経常黒字幅は,原油需要の低調,OPEC諸国による輸入の急増から,石油危機直後に比べるとかなりの減少を示している( 第1-5表 )。

第1-3図 主要国の経常収支の推移

第1-4図 アメリカの対外流動性債務の推移

第1-5表 世界の地域別経常収支

(2) 我が国の国際収支

石油危機後の3年連続の総合収支の赤字から51年度に黒字(33億ドル)に転じた後,52年度の総合収支は121億ドルの大幅黒字を記録した。このような大幅な国際収支の黒字は長期資本収支と短期資本収支の赤字幅が拡大したにもかかわらず,貿易収支の黒字が期を追って拡大したためである。

(貿易収支は大幅な黒字)

まず貿易収支は前年度に比べ92億ドル黒字幅が拡大し,203億ドルと大幅な黒字となった。これは輸出が前年度比20.1%と著増した一方,輸入が8.2%増と緩やかな伸びにとどまったことによる。貿易外収支は円レートの上昇もあって海外旅行者の増加(51年度298万人から52年度320万人に増加)したことから旅行収支の赤字幅が拡大したものの,運輸収支の赤字幅が貨物運賃の支払い減から縮小したほか,対外証券投資の増大により投資収益が受取超に転じたことなどから,59.2億ドルの赤字と前年度に比べ1.7億ドル改善した。移転収支はほぼ前年度並みの4.2億ドルの赤字となった。この結果,経常収支は140億ドルの黒字と前年度に比べ93.1億ドル黒字幅が拡大した。

第1-6表 国際収支の概要

(外国資本による証券投資の流入)

長期資本収支は24.4億ドルの流出超過となり,前年度に比べ8.4億ドル流出幅が拡大した。これは,我が国企業による海外での外債発行や海外からの借入が,主として我が国の金利が低下する一方でドル金利が上昇し,加えて日本企業の新規資金需要が停滞していたため,減少したことが大きい。また,証券投資の流入超幅がやや縮小しているが,これは,外国資本の対日投資が大幅に増加したものの,円建外債の発行増加に伴い本邦資本の対外投資が著増したことによる。

まず,本邦資本の証券投資は51年度の1.6億ドルから52年度の26.1億ドルへ急増している。これは,我が国の市場環境の好転により外国政府や企業による円建て外債の発行が,著増(51年度の620億円から52年度の5,290億円へ増加)したことによる。他方,外国資本による証券投資は51年度の15億ドルから52年度38億ドルへ倍増したが,年度前半は処分超過であり,増加は年度後半,特に53年1~3月に集中している。これは,年度後半以降,ドル為替の直先スプレッドが内外金利差を越えてドル・ディスカウントになったことから,金利裁定にもとづく資金流入があったほか,円高をみこんでの投機的な資金の流入もあったと思われる。なお,52年11月には短期国債の公募停止の措置がとられ,この後の資金流入は主に一般公社債への投資という形をとることになった。

短期資本収支は前年度の4億ドルの流入超から貿易信用の供与超を中心に52年度は4.6億ドルの流出超となった。

(外貨準備は急増)

金融勘定をみると,外貨準備高増は為替市場におけるこれまでにないドル余剰から年度中122.1億ドルとなり,年度末の外貨準備高は292億ドルとなった。一方,為銀部門の動きをみると年度前半と後半では逆の動きを示している。年度前半は為銀部門の対外借入の減少(負債減)がみられた。このような動きの原因としては国内金利の低下から,輸入ユーザンスの期間を短縮し,輸入金融をドルから円へシフトする。いわゆる円シフトの動きがあったことも一つの理由として考えられる。しかし,年度後半になると円レートの上昇から円シフトの動きがなくなる一方,金利裁定などの動きから資金流入が増加し(全国銀行勘定の自由円預金・外貨預金は52年9月末の2兆8千億円から53年3月末の4兆円へ増加),為銀部門の負債はこの間に57億ドル増加した。この結果,52年度末の為銀部門の負債超過額は5億ドル増加し,146億ドルとなった。

(外国為替市場で円レートは急上昇)

我が国の国際収支が経常収支の著しい改善から大幅な黒字を示したことを背景として,52年度中,外国為替市場における円の対ドル・レートは急上昇した。すなわち,52年3月末の277.50円(銀行間翌日渡し中心相場)から52年9月末の265.45円へと年度前半は4.5%の上昇にすぎなかったが,年度後半は53年3月末の222.40円へ半年間に19.4%急上昇した(本報告 第1-2-1図 参照)。

(対外ポジションの改善)

以上のような国際収支の大幅黒字の状況はまた我が国のストックとしての対外ポジションを改善させることになった。石油危機直後の経常収支の赤字が為銀の対外借入によって主にファイナンスされたことから,民間部門の負債超過額は大幅に増加した。その後,我が国利子率は諸外国に較べ高水準に推移したことから,50年,51年と外国資本による証券投資が増加し,民間部門の負債超過額は増加を続けた。52年に入ると,先にも触れたように,本邦資本による証券投資が急増したほか直接投資の残高や輸出延払残高が増加する一方,為銀の短期負債が減少に転じたことから石油危機後,はじめて民間部門の負債超過額は減少し47年末の水準に戻った。以上の民間部門に政府部門の純資産を加えると52年末のわが国の純資産合計は220億ドルとなり,ストックとしての対外ポジションも大幅に改善された。

(3) 52年度の輸出動向と特徴

52年度の輸出(通関額)は総額846.4億ドルで前年度比19.9%増となったが,伸び率は51年度(23.8%)より低下した。増加要因を,数量・価格に分解してみると,数量は7.7%増加(数量指数(50年=100)の算術平均による),価格では11.3%上昇(金額の伸び率÷数量の伸び率)と51年度(数量21.5%増,価格2.0%増)とは対称的に数量の伸びが価格の伸びを下回った。こうした数量・価格の関係は,また世界貿易の動向を反映したものであった。すなわち,52年度の世界輸入は,前年度に比べて金額ベースで10.5%増と伸び率はやや低下したが,価格の伸びは前年度の4.5%増から8.1%増へ倍増した一方,数量の伸びは12.1%増から3.1%増ヘ急減している。

第1-7表 我が国の対外資産・負債残高

我が国の輸出の動向をまず地域別にみると,東南アジア向け(26.0%増)が韓国,台湾,香港などの高い経済成長率から,また共産圏向け(4.0%増)が中国の経済政策の変更から増加し,これら二地域向だけが前年度の伸び率を上回った。その他の地域向けはいづれも前年度の伸びを下回ったが,アメリカ向け(30.4%増)は順調な景気拡大から依然高い伸びを示したほか,中近東向け(22.5%増)も引続き増加している。他方,西欧向け(13.7%増)は景気回復の緩慢化などから,伸び率を大きく低下させた。

(自動車輸出は著増)

次に商品別に52年度の特徴をみると,自動車,一般機械が大部分の地域向けで著増する一方,鉄鋼,船舶,テレビの数量が減少するなど輸出主要品目の中での変化がおきている。これらの主要輸出品目の動向をみると以下の通りである。

第1-8表 商品別・地域別輸出動向

自動車(金額で38.2%増,数量で18.5%増)の輸出増の要因をアメリカ向けの乗用車(51年度の105万台から52年度の145万台ヘ増加)を中心にみよう。円レートの上昇から日本車の現地価格は52年後半から上昇したが,アメリカ車の新車価格も10月の新型車発売時の価格改定にくわえ,好調な売行きやインフレの進行から上昇しつづけた。この価格引上げは日本車の現地価格上昇を利用した面もあったとみられる( 第1-9図 ),しかし,年度末には日本車の価格は急騰しており,次第に価格競争力を失ないつつあるとみられる。また,輸出台数と販売台数の差から現地の在庫変動を推定すると( 第1-10図 ),52年前半の在庫減を補てんする必要から輸出が増加した点が指摘できる。さらに,年度末には6月からの海上運賃の引上げ,港湾ストの懸念などから積み急いだ特殊要因もあった。

第1-9図 アメリカ市場での乗用車価格

他方,鉄鋼の輸出数量は51年度に16.0%増加し史上最高を記録したが,海外市場での競争激化のなかで数量の急増をはかったことは価格の低落をもたらし,むしろ収益の圧追要因となった。52年度は国内の生産抑制に並行して輸出数量も6.2%減となったが,輸出単価が52年末の国内市況の上昇とともに引上げられたほか,年度末にはアメリカのトリガー・プライスの導入の影響も出始めたことから上昇し,輸出金額では2.0%減にとどまった。

第1-10図 アメリカ市場での日本製乗用車の在庫変動

船舶は52年度は輸出数量で前年度比13.4%減で,地域別にはドル・ベースで中近東や東南アジア向けは若干増ないし微減であったものの,西欧向けがEC地域を中心に前年度比32.4%増となった。

また一般機械は輸出数量で13.2%増となった。これは1~2年前に成約済みのプラント関連とみられる原動機,加熱・冷却用機器,ポンプ遠心分離器などが好調であることが影響している。また金属加工機械が韓国やアメリカを中心に前年度比で大幅に増加したことも寄与している。

しかし,テレビやラジオは輸出数量で,前年度比それぞれ19.7%減,3.8%減と減少している。テレビはアメリカ向けへの自主規制が大きく原因しており,またラジオは中近東向けへの減少などによる面が強い。

(4) 52年度の輸入動向と特徴

52年度の輸入(通関額)は総額716.7億ドルで前年度比6.5%増となり,51年度(15.1%増)の伸びを下回った。輸入の伸びを数量・価格に分解してみると,数量で0.7%増加(数量指数(50年=100)の算術平均),価格では5.8%増(金額の伸び率÷数量の伸び率による)と輸入数量の伸びが低水準であったことがわかる。

第1-11表 商品別地域別輸入動向

(製品輸入は増加)

輸入の動きを商品別に前年度比でみると,輸入の大宗(52年度のシェアは63.4%)を占める原燃料の伸びは4.8%増と51年度の15.2%増を大きく下回ったほか,全体の輸入の伸びをも下回った。他方,製品輸入(軽工業品と重化学工業品の合計で52年度のシェアは21.4%)は9.9%増加し,51年度の20.5%増を下回ったものの,輸入全体の伸びを上回った。食料品(9.1%増)は200カイリ問題などから魚介類(31.9%増)が,また輸入枠の緩和から肉類(16.7%増)が増加したことから,輸入全体の伸びを上回った。原燃料の輸入の伸びが低かったのは,輸入原燃料を使用する産業の生産の伸びが一低水準に推移したほか,輸入原燃料の在庫が依然高水準であったことによる。輸入素原材料の消費と在庫水準の推移をみると 第1-12図 のようになっている。51年度には輸入素原材料消費は緩やかに増加したが,輸入素原材料の増加,特に52年1~3月には原油輸入が急増したことから輸入素原材料の在庫水準は著しく高まった。52年度に入ると,粗鋼生産が期を追って減少したことなどから,輸入素原料消費は低下を続けたものの,輸入の伸びが低下したことから,原材料在庫水準は年度前半には低下した。しかし,年度末には再び上昇している。

第1-12図 輸入素原材料費と在庫

輸入素原材料の主要品目をみると,原・粗油は金額では6.4%増となったものの輸入数量(klベース)では1.3%減少したほか,金属原料(3.8%減),石炭(3.9%減)なども減少した。また,繊維原料(2.8%減)が繊維の減産から減少し,木材(2.2%減)も木造住宅建設の伸び悩みから減少した。原燃料類の価格弾力性は低く,今回の円レートの上昇による円建て価格の低下があっても輸入量を増加させる度合は少さかった。

これに対して製品輸入は円レートの上昇による輸入価格の低下が明確となった年度後半に増加した。これを品目別にみると,資本財の一般機械(16.5%増),電気機器(6.9%増)や消費財の繊維製品(11.4%増),乗用車(37.0%増)が増加した。これらの製品類は西欧製のものが多いことから西欧からの輸入が相対的に増加することとなった。


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