昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第3章 経常収支黒字の背景と円高の国際収支調整効果

第4節 日本経済の経常収支黒字基調

以上のように,円高,貿易摩擦,政府の輸入拡大策などによって,日本の経常収支の方向は変わるであろうか。経常収支が赤字になるかどうか,あるいは赤字になるべきかどうかというのは経済理論の問題ではなくて,その時々の国際経済事情で決ってくる政策問題といえよう。現在我が国はボンでの先進国首脳会議の共同宣言にも示されているように,経常黒字減少のための努力を大いに払っているところである。しかしここでは,やや観点をかえて中長期的視点で日本の経常収支黒字問題について考えてみたい。

その論議の手掛かりとして輸出入と所得の間の弾性値をはじめにみてみよう。まず輸出であるが,我が国の輸出の変化がすべて世界貿易の変化によってもたらされたという仮定にたった単純な弾性値でみると,これは低下してきている( 第3-4-1表 ),また,成長率の高い国ほどこれが高いといった事実もみうけられる。ところで,我が国の輸出弾性値がこのように期を追って低下しているのは,円レートの切上げやフロートアップなどがこの間にあいついだことと無関係ではない。そこで価格面も入れて計測をしてみると,40年から52年までの四半期データで推計した場合,日本の輸出等(国民所得統計ベース,実質)の世界貿易に対する弾性値は1.736である(前出 第3-1-6表 参照)。以上に対して輸入等の日本の経済成長率に対する弾性値は1.361であった。ということは,世界貿易の成長率と日本の経済成長率が同一であれば,輸出等の伸びが輸入等の伸びを上回り,経常収支は黒字幅を拡大するという平均的な関係があったことを意味する。

ところで,推定期間を最近にとり,石油危機後の49年から52年(四半期データ)をとると,輸出弾性値は1.403となり,かなりの低下を示しているばかりか輸入等の弾性値とほぼ等しくなる。やはり,世界貿易に占める日本のシェアが高まると,相対的に輸出の伸びが鈍化して,輸出弾性値の変化となってくるものとみられる。

ところで,ここのところ輸出弾性値と輸入弾性値はほぼ同じであったとしてさらにもう一点考慮すべき点がある。それは,世界貿易は世界の経済成長率より高い伸びを示すのが通常であることである。35年から50年までの年平均の世界の経済成長率(国連統計年報,共産圏は除く)は4.45%であり,これに対し,世界貿易(同)は7.16%伸びた。これを考慮して今度は我が国の経済成長率と世界の経済成長率との関係でみると,日本は世界の成長率よりもかなり高い経済成長をしないと経常収支の黒字は拡大傾向を示す傾向があったということになる(輸出入物価の影響はないものと仮定)。

一方円高によって,競争力の弱い商品は輸出から転換していくであろうが,強い商品は第4章で述べるような産業体質を前提にするとさらに円高に適応して輸出を伸ばしていく可能性もある。こうした適応の結果が輸出全体の緩やかな伸びをもたらすのにとどまるのであれば問題はない。しかし適応がそれ以上に進むと,場合によってはそれは貿易摩擦を惹起する惧れがある。円高によって賃金コストが米独並みになってきたり,貿易摩擦による障壁が高まってくるにつれ,輸出より現地生産化という方向も生まれつつあることは前述したとおりである。他方,製品輸入の増大,政府の輸入拡大措置の効果,旅行収支の赤字幅拡大といった動きもある。これらの効果を計量化することは困難であるが,いずれをとってみても輸出等の弾性値を下げ,輸入等の弾性値を上げることには違いがない。たとえば,円高による製品輸入の増大は所得弾力性の高いもののウェイトを押し上げることによって輸入全体の弾性値を高めよう。以上から,世界の成長率よりやや高い経済成長率とはいえ,これまでほどの開きを要せずとも経常収支黒字が減ってゆくような体質への変化が芽ばえてきているといえよう。さらに国内における資源配分についても,社会資本への投資や住宅投資,そして第4章でみるような第三次産業への投資など,貿易不可能財の生産への傾斜が進む可能性は十分にあり,これによっても輸出の弾性値が長期的に低下することが考えられる。

それでは長い目でみて,我が国の現在の経常収支黒字を減少に導く際に効果があるプロセスとしてはどのようなものがあるであろうか。①内需中心に世界平均よりやや高めの経済成長率が実現されること,②円高の効果が浸透するよう条件を整備するとともに東京ラウンドにも積極的に取り組むなど貿易の拡大均衡の道をめざすこと,③円高等の国内産業に与える影響は少なからぬものもあるとみられるが,市場メカニズムを基本としつつもそれに適切な配慮を払いつつ,より水平分業型の国際分業に沿った産業構造の発展を進めること,などが考えられよう。そして,現実に52年以降に生じつつある我が国輸出のシェアの動きや製品輸入の動向など貿易面をめぐる新しい動きは,従来の経常収支黒字基調を変える芽ともなりつつある。

さらに,中期的には基礎的収支で均衡することが必要なことと考えられる。今後,我が国の資本輸出が増大する可能性があることは前述したとおりであり,また,第3節で述べたような現在とられている各種の国際収支対策が中期的にも,経常収支を通じて基礎的収支の均衡に資することとなろう。そして,こうした基礎的収支の均衡化への貢献としては,フロートによる調整効果も期待することができるのである。


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