昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第2章 新しい回復パターンの模索

第4節 持続的回復の条件

1. 公共投資円滑化の条件

これまで検討してきたように,民間需要には回復の芽が出はじめてはいるものの,その力はなお弱く,当面は公共投資を中心とした財政支出によりこれを補なっていく必要がある。このため,政府は引き続き公共事業等の拡大に努めているところであるが,ここでは,それが円滑に執行され,景気拡大へつながっていく際の諸問題を検討することにする。

(公共投資関連資材のボトルネック)

まず,公共投資の急増によって懸念されるボトルネックの問題を検討する。それは主として価格面の動向をみることによって明らかとなろう。

公共工事の円滑化にとって,資材価格の安定はひとつの大きな前提条件である。過去の例をみても,49年度には政府固定資本形成が名目では20.1%も増加したものの,建設資材価格の激しい上昇により,実質ベースでは僅か2.2%増となってしまった。さらに,公共工事の増加により,建設資材の価格高騰をひきおこすようなことがあれば,それは民間住宅投資や設備投資の足をも引っぱり,持続的回復への芽をつむことにもなりかねない。

そこで,最近の建設資材価格の動向をみると( 第2-4-1図 )セメント等窯業製品が昨秋以降やや上昇し,また鋼材も本年に入って上昇テンポを高めている。しかし建設資材の価格は,全体としてみれば,円高の直接的影響をあまり受けないこともあって,卸売物価全体に比べればやや高いものの,前回の同局面に比べれば比較にならないほど落着いた推移を示している。これは,①鋼材,合板等については大幅な過剰在庫の存在が市況の足を引っぱっていたこと,②民間の建設需要,とくに設備関連需要の低迷を反映したものであるが,③建設資林産業には総じてなお供給余力があることも大きな原因であり,従って全体としてみれば,当面は急騰の懸念は少ないように思われる。

しかし,一部の資材に不安がないわけではない。例えば,砕石,砂などの骨材についてみると( 第2-4-2図 ),その性質上再生産はほとんど不可能なうえ,自然界からの採取にも環境保全や災害防止という面から限度があり,かなり厳しい規制が実施されている。一方,その消費量の増加は急テンポであり,そのうち砕石については前回のピークを既に上回っている。ここで,注目されるのは,骨材の場合,消費量の動きと価格の動きの間に,過去においては1年程度のラグがみられる点である。これは①需要の停滞期においては価格よりは仕事量の確保を求める業界が,需要堅調が定着すると価格面での取り戻しを図ること,②また,需要の堅調が続くと,工事現場に近い,条件のよい採取地での採取量が相対的に減ってくることなどの要因によるものである。さらに留意すべきことは,骨材,生コンなどは,供給可能な地域的範囲が限定されているため,工事が一地域一時期に集中すると,全国的にみればなお供給余力が残っていても,その特定の地域では需給の逼迫がおこり,工事の円滑な実施を困難にする可能性があることである。また,鉄筋工をはじめとする建設技能労働力についても52年秋に一部で需給の逼迫がみられるなど,近年その不足が指摘されており,これも今後工事が一時期に集中した場合は円滑な執行の支障要因となる懸念がある。

従って,全体としての需給動向,価格動向に注意を払うとともに,地域別の動向にも留意し,工事の地域的,時期的集中を避けると同時に工事の進捗状況について地域ごとに情報を交換し,必要に応じて融通をはかるなどの配慮が必要であろう。

(ウエイトを増す地方財政)

公共投資(政府固定資本形成)をその主体により分けてみると,51年における地方政府(地方一般政府+地方政府企業)のウエイトは48%であり,さらにこれに中央からの補助金を加えた広義の地方政府では67%(40年は55%)と全体の3分の2を占めている。また公共工事の着工額をみても,地方政府は51年度に8.7%増と中央政府(1.1%増)の伸び悩みをかなり補なったあと,52年度も28.2%増と中央(27.7%増)をわずかながら上回る増加を示しており,公共投資が景気を支える一つの大きな柱として機能した肯景には,地方における公共工事の円滑な進捗があったことが窺える。

このように,地方における公共事業の円滑な実施が重要性を増しているが,こうした観点からも,地方公共団体の財政状況がひとつの大きな問題になってきている。

第2-4-3図 地方財政歳出の推移(前年度増加率・寄与度)

第2-4-4図 府県税調定額の推移

40年代における地方団体の歳入は,税収,歳入総額とも年平均で2割前後の高い伸びを示し,これを背景に歳出面で投資的支出を大幅に増やすことが可能となっていた( 第2-4-3図 )。しかし,50年度には前年度における景気の急後退の影響から法人関係税収を中心に税収はマイナスの伸びとなり,このため,歳出も抑えざるをえなかったが,教育,民生,消防など地域的サービスの供給を重要な役割とする地方公共団体の性格上,人件費その他の義務的経費は相対的に減らすわけにはいかず,投資的経費が大きく抑制されることになった。その後,地方税収は51年度から52年度前半にかけてかなり盛り返したが52年度後半に至り再び伸びは鈍化している( 第2-4-4図 )。また,投資的経費の財源としては地方債の割合が急速に増えている(普通建設事業費の財源に占める地方債の割合,48年度23.9%,51年度34.5%)。なお,人件費に関連し,地方公務員数の推移をみると,40年代後半には年平均3%台の増加をみていたが,50~52年の平均は,1.2%増であり,なかでも民生,教育等を除く一般行政部門は1.0%減少するなど人員の抑制が行われている。

地方における公共事業の円滑化を図るためには,今後とも引続き地方財政の歳入歳出両面にわたる改善に努めることが必要であろう。

(重要性増す地元住民の理解と協力)

公共的工事執行の際における,地元の住民との調整の重要性は一段と増している。これは日本のみならず西ドイツ等外国でもみられることであり,現代における経済政策上のひとつの重要問題になりつつある。

公共的工事は地域の要請に基づいている場合が多いが,直接工事が行われる地元の利害と反することも少なくない。総理府の「公共事業に関する世論調査」(52年2月調査)をみても,「公共事業が実施されると,自分の生活に弊害が出てくると思う」という答が3割強あるが,とくに人口密度が高いうえ,公共施設建設のため用地が少ない十大都市においては,この割合が4割に達している。

また,このため住民の関心も高まっており,例えば東京都では環境問題と並んで,都市計画や施設を対象とした住民団体の数が目立った増加を示している(48年233団体→51年503団体,東京都「都民の声」)。こうした地元住民との調整の遅れから,公共事業の執行が円滑に進まないケースも少なくない。

それでは,住民の間に具体的にどのような不満があるかをみると( 第2-4-5図 ),公害や自然破壊など環境悪化に対する警戒が最も強く,移転先での生活,生業への悪影響など将来の生活に対する不安がこれに次いでいる。

我が国ではなお,社会資本の充実が急がれる分野が多く,公共施設の建設に当たって,施設周辺の地元住民との意見対立が尖鋭化する場合が少なくない。行政サイドとしても,公共事業による地元住民に対するネガティブな影響を最小にすべく全力をあげ,また影響を受ける者と,公共工事による受益者との間の負担バランスに配慮すると同時に,情報の提供,地元住民との意見交換などにより,極力理解と協力が得られるよう努める必要がある。

東京都「都市環境に関する世論調査」(53年4月)によれば,生活環境改善のための住民組織に「参加したい」とする回答が43%あり,これに「参加したいがひまがない」という潜在的な参加意向を含めれば,全体の7割以上が住民組織への参加意向を示しており,行政側がこうした関心に積極的に答えて,住民の理解を求めていく余地は少なくないと思われる。

2. マネーサプライ落ち着きの背景と金融政策の重要性

52年度における金融情勢をみると,第1章で検討したように,金利が低下し,企業金融も一段と緩和の度合を強めていった。こうしたなかで国際収支の大幅黒字や財政規模の拡大,大量の国債発行がみられたにもかかわらず,マネーサプライ(M2)の伸びは極めて落ち着いた推移を辿っていた。

過去の経験から,我々はマネーサプライの急増が物価上昇と結びつく可能性が高いことを学んだ。そこで,最近のマネーサプライがなぜ落ち着いているのか,いわゆる過剰流動性が問題となった46~47年当時の動きと対比しつつ,最近の金融情勢に内在する問題点について検討してみたい。

(国際収支の黒字とマネーサプライ)

52年度中の我が国の総合収支は121億ドルの黒字と過去のピークである46年度の80億ドルを大幅に上回る黒字を計上した。このような総合収支の黒字は,たとえば輸出手形を外国為替銀行に持込んだ輸出業者の預金増加(市中金融部門の外貨資産増加)というかたちで,本来マネーサプライを大きく押し上げる要因となるはずである。しかし,①52年度中の円レート(平均)が257円と,46年度336円に比べ31%も上昇していること,②マネーサプライ残高の水準が,51年度末には約142兆円と,45年度末(52兆円)に比べ,約2.7倍にふくらんでいることなど,ドル表示の総合収支の黒字幅が大幅に拡大しているにもかかわらず,マネーサプライの増加に対する寄与は46年当時に比べはるかに小さいものにとどまっている。このように,総合収支の黒字による直接的なマネーサプライの増加自体,比較的小幅なものにとどまったが,前回とより大きく異なる点は,金融機関の貸出,社債購入等の対民間信用の伸びが低下を続けたことである(前掲 第1-4-7図 )。

(小幅にとどまった金融機関ポジションの改善)

まず,金融機関の与信活動のベースとなるハイパワードマネー(現金通貨+銀行の日本銀行預け金)の動きをみると( 第2-4-6図 ),外為資金の大幅な払い超は最近ではハイパワードマネーの伸びを20%以上押し上げる要因として寄与しているが,一方ではこれを相殺するように財政資金(除く外為会計)の発行増を中心にかなりマイナスに寄与しており,さらに日銀信用も年度後半国債に圧縮されているため,全体としては落ち着いた動きを持続している。前回の緩和期においても,46年央以降の大幅な国際収支黒字により,外為資金の払い超が大量にハイパワードマネーの供給要因となったものの,一方で日本銀行がこれを吸収するため,日本銀行信用の大幅な回収を行ったことを主因にハイパワードマネー全体の伸びは47年度の前半までは落ち着いた推移を辿っており,この点については前回と今回の状況には大きな差はない。

それでは,47年前後のいわゆる「過剰流動性」はどのようにして生じたのであろうか。そこで,金融機関をめぐる環境を振り返ってみると,当時はこのような金融調節が日銀貸出の回収や売出手形の発行によって行われていたため,金融機関,なかんずく都市銀行のポジションは大幅に好転していた( 第2-4-7図 )。一方,預金金利等の資金調達コストが資金運用利回りに比べ小幅の低下にとどまり,総資金利鞘が縮小していたところへ,コールレート等の短期市場金利が大幅な低下をみたため,金融機関の限界的な貸出採算は急ピッチで上昇した。こうした状況を,たとえば相互銀行についてみると,46年度の上期から47年度の上期にかけて,貸出利回りが0.33%低下したのに対し,コールローン等余裕資金の運用利回りはこの間に2.05%低下しており,限界採算は急速に好転した( 第2-4-8図 )。こうした金融機関の貸出意欲が非常に高まっていた一方,47年央以降には企業の投資意欲が急速に上昇し始めていた(前掲 第2-2-8図 )ため,金融機関貸出が急増していった。この段階では,こうした貸出増加の一方,外為資金の払い超幅が縮小していたこともあって,金融機関のポジショソは急速に悪化をみたものの,金融緩和政策が続けられるなかで,短期資金市場の金利は47年中は比較的低い水準にとどまった。このため,金融機関の貸出意欲は抑制されず,対民間信用のマネーサプライに対する増加寄与度が一層上昇するにおよび,48年初には預金準備率が,また4月には公定歩合がそれぞれ引き上げられるなど,金融引締め政策が発動されるに至ったのである。

一方,52年度についてみると,年度前半までは大量の国債発行(ことに前倒し)などにより金融機関のポジションは悪化しており,年度後半には外為資金の大幅な散布を吸収するため,日銀貸出の回収,買入手形残高の縮小が行われ,金融機関全体としてのポジションは好転したが(前掲 2-4-7図 ),年度を通してみると,小幅な好転にとどまった。

しかしながら,限界貸出採算の上昇は前回同様尖鋭であり,金融機関の貸出意欲が総じて弾力的である点においては前回と変りはない。それにもかかわらず,対民間信用が伸び悩んでいるのは,第1章第4節でみたような企業需資の低迷によるものである。

(一段と進む金融資産運用の多様化)

これまで検討してきたように,マネーサプライは現在落ち着いた推移を持続しているものの,そこにはいくつかの問題が内在している。

まず,第1に総資金利鞘の縮小,限界貸出採算の上昇といった金融機関をとりまく環境が,いわゆる過剰流動性が発生した46~47年当時と相似しており,金融機関の潜在的な貸出意欲が高まっている点である。こうした意欲は,企業の減量経営進展に伴う資金需要の後退,さらには企業の財務内容悪化に対する金融機関の警戒などから,現実にはかつてみられたような,全面的な「貸出競争」となって表面化してはいない。しかし,企業の投資意欲が上向いた場合に,貸出がかなりのテンポで増加する可能性は強まっているといえよう。

第2は国債を中心に大量の有価証券が市中金融機関に累積している点である。今後,資金需要が上向いた場合には,貸出資金を調達するために,金融機関はいわば第二線準備であるこれらの有価証券売却を活発化させ,従って資本市場においては金利上昇圧力が加わることが予想される。ここで新規発行債券の応募者利回りの改訂が弾力的に実施されないと,その消化は困難となろうし,反面消化を容易にするため,市場金利が実勢より低位に抑えられるようなことがあれば,金融機関の貸出意欲を充分にコントロールできず結局は対民間信用の増加を通じ,マネーサプライの拡大につながる危険性をはらんでいる。第3には,家計や企業等の非金融部門において,マネーサプライ(M2)に含まれない金融資産が増加している点である。まず個人部門では,家計の金融資産保有は,年間収入に対する比率でみれば,49年における所得の急増から低下し,その後は以前の水準まで回復していないが,高貯蓄率を反映してかなり高い伸びを示している( 第2-4-9図 )。さらに,その構成をみると,郵便貯金のシエアが拡大してきており,これを反映して,M2に郵便貯金等を加えたいわゆるM3の伸びは,53年4月末には前年同月比14.6%とM2の伸び(同12.7%)を上回っている。また,有価証券のウエイトも,債券を中心に,51年,52年と高まっている。

一方,法人企業についてみると,手元流動性比率は比較的落ち着いている(前掲 第1-4-9図 )が,こうしたなかで,短期有価証券/売上高比率は緩やかな上昇傾向を辿っているのが目立っている。これは,減量経営を進めるなかで,手元資金をより有利に運用しようという企業行動を反映したものであるが,借入の返済が企業の意図どおりに進まなかったことも,このような現預金から有価証券へのシフトに拍車をかけているといえよう。

いずれにせよ,非金融部門において金融資産運用の多様化が進んでいることは,とりもなおさずM2の上昇テンポを上回って金融資産が増加していることを意味しており,金融情勢の把握に当たっては,より広義の流動性の動向に対する配慮の必要性とともに,こうした資産の流動化をコントロールすることの重要性が増している点を示唆している。

(重要性増す金利の弾力化)

以上のような,金融機関の貸出意欲の強まり,有価証券保有の増大,非金融部門における資産運用の多様化は,いずれも金利の弾力性を確保していくことの重要性を示している。すなわち,景気の回復に伴い,企業の資金需要が急テンポの拡大を示せば,ハイパワードマネーが適正に供給されているかぎり,短期市場金利は上昇し,貸出の限界採算が悪化するため,とくに下位業態の貸出意欲はかなり緩和される。また,都市銀行等の上位業態でも,貸出に応ずるには有価証券の売却に資金調達を依存することになるが,資本市場における流通金利が充分に弾力的であれば,こうした有価証券の売却集中により債券価格は下落し,金融機関はキャピタルロスの発生を余儀なくされるわけであり,急激な貸出の増加を抑制する効果をもっている。また,このような流通市場金利に追随して発行条件が決定されることにより,企業の資本市場からの資金調達のみならず,国債の増発にも歯どめがかかることもある程度は期待しえよう。

金利機能の活用によるマネーサプライの管理を円滑にするという観点から,日本銀行は債券オペレーションに際しての入札制の導入,さらにはコールレート変動の弾力化(52年度中のコールレート変動は24回,51年度中は9回)など,金利弾力化促進のための努力を着実に進めている。また,入札制による3年もの利付国債発行や,金融機関保有国債の市中売却の円滑化なども,金利の弾力化のために貢献しているが,今後ともこうした傾向をより一層推し進めていく必要がある。

もっとも,マネーサプライのコントロールを全て金利機能に委ねるわけにはいかない面もある。金利は民間資金の配分を調整する力は持っているが,財政部門の資金調達規模は必ずしも金利水準の変動に応じて決定されるとは限らず,このため,民間部門との間の調整は充分には行われない面があるからである。したがって,民間資金需要が台頭してきた場合の財政資金需要との調整には,より広い次元に立った適切なポリシーミックスの運用が必要となるであろう。すなわち,財政の弾力的な運営もマネーサプライの管理上,重要な位置を占めていることになる。

3. 財政構造の変化とその問題点

財政支出は52年度において,景気の牽引力として重要な役割を果たしたが,53年度も第1章で述べたように,大型予算のもとに積極的な財政運営が行われており,引続き景気のリード役として働くものと期待される。

しかし,一方では財政バランスという観点からみると,50年度に税収の大幅な落ち込みから国債発行額が急増したあと,その規模は増大を続け,53年度予算も一般会計歳入の32%を公債収入に依存することを余儀なくされている( 第2-4-10図 )。

景気調整が財政政策のひとつの重要な役割であるところから,現在の経済情勢の下においてはこのような赤字財政になっているが,こうした財政バランスの悪化は,今後民間資金需要が拡大した場合,財政と民間部門との間で資金調達における競合を引きおこす可能性があるとともに,それが所得の再分配,社会資本の整備等による資源配分の調整など,その他の財政の重要な機能を発揮する上で将来障害となるならば問題である。そこでまず財政バランスが悪化した背景について,税収面及び歳出面から検討してみよう。

(直接税の伸び悩んだ背景)

まず税収面について,財政バランス悪化の端緒となった50年度前後の税収落ち込みの原因をみてみよう。第1の原因は,法人税については49年度以降の企業収益の悪化を反映して50年度に3割近い減少(決算ベース,以下52年度は補正後,53年度は当初,その他は決算ベース)を示したことである。もう1つの要因は,個人所得税の伸び悩みである。すなわち,所得税は48年度に43.1%増と大幅な増加をみたあと,49,50年度にはほぼ横這いにとどまった。これは50年において個人所得の伸びが鈍化したこともあるが,所得控除額の引上げ,税率の引下げなど税制面における変更の影響も大きく寄与している。その後51年度には税制の変更が行われなかったこともあって,所得税は増加に転じた。この間,間接税は,一部の税において税率の引上げが実施されたこともあって,比較的堅調な増加を続け,直接税の不振をある程度補っており,税収全体に占めるシェアも49年度頃までは低下傾向にあったのが,最近ではかなり上昇している。

以上のように,企業収益の後退による法人税の落ち込みに加え,所得税も個人所得の鈍化と税制改正の影響から伸び悩んだことが,税収の低調を招いたのである。

(財政支出構造の変化)

一方,歳出面に目を転ずると,48年度以降の租税印紙収入の伸びが年平均9.9%増(53年度/48年度)と,40年度から48年度までの20.3%に比べ大幅に鈍化したのに対し,歳出は18.3%増とほぼ過去の平均的な伸び(40~48年度平均18.8%増)を続けている。

こうした歳出のうち目立っているもののひとつは,社会保障関係費のウエイト上昇であり,なかでも社会福祉費,社会保険費の増大が著しい( 第2-4-11表 )。これには,40年代を通じて社会保障の制度的な充実が進んでいたところに,こうした社会保障の主たる対象層である老齢人口の増加に加え,年金額の物価スライド制導入などにより年金給付水準が上昇したことが基本的な要因である。

いまひとつ目立つのは,国債費用の増大であり,48年度には歳出の4.6%にすぎなかったのが,53年度には9.4%と5年間にシエアが倍増している。社会保障費や国債費はこれまで増加してきただけでなく,人口の老齢化や大量の国債発行が続く以上,今後も確実に増大してゆくものである。これらのように新たな制度の創設なしに増大する支出のウエイトが高まっているという点で,財政支出構造の柔軟性はかなり失われてきているといえよう。

第2-4-12図 52年度予算における主な公共事業関係費,総事業費と長期計画対象分

また,公共事業についても一方では社会資本の整備という役割を担っており,こうした観点からは長期的なビジョンに従って,計画的に執行されるべき性格をもっており,事実,その大部分は長期計画に基づいて行われている( 第2-4-12図 )。もっとも,公共事業関係費は,先にみたような制度的ないしは経済外的要因に左右される費目と異なり,景気情勢に応じて,そのような計画の前倒し,あるいは繰延べ執行という形である程度の弾力性は保持している。

(財政構造の問題点)

最近数年間における積極的な財政運営は,民間部門の経済活動の停滞を補い,景気を安定的な成長軌道に導くうえで重要な役割を果している。しかし,やや長期的にみれば,経済成長率が鈍化していく以上,財政規模はいつまでも高度成長期のような高い伸びを続けていくわけにはいかない。こうしたなかで,公共サービスに対する国民のニーズは高まりつつあるが,これをいかなる主体及び財源で供給するかということは,長期的には重要な検討課題である。

また,歳入面についても,公債依存度が増大し続けることは,財政について,誰が負担し,誰が受益しているかという関係が不明確になり,財政の節度に対する歯止めが充分に働かなくなる可能性も少なくない。

従って,現局面においては財政支出を景気対策の手段として活用しつつも,財政支出の内容,効率にも充分な配慮を払っていくとともに,歳入構造についても検討してゆく必要があろう。