昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2章 新しい回復パターンの模索

第1節 企業の適応努力の進展

1. 改善遅れる企業収益とその背景

(国際的にも遅れた収益の回復)

いわゆる石油危機以後の我が国企業収益の足どりを振り返ってみると,49年度,50年度と大幅な落ち込みをみたあと,51年度にはかなりの回復を示したが,52年度には改善が足踏みをしている(前掲 第1-3-6図 )。また,53年度については再び回復を辿るものと見込まれているものの,売上高経常利益率(日銀「短観」製造業,53年度上期見込み2.93%)は過去の不況期のボトム(46年度下期,3.63%)をなお下回っている。

石油危機後の企業収益の後退は,ひとり我が国のみならず,アメリカ,西ドイツ等他の先進工業国においてもみられた現象である。しかし,これらの各国ではその落ち込み幅が比較的小さかったばかりでなく,51年には売上高経常利益率でみて既にほぼ石油危機以前の水準にまで回復しているのに比べ,我が国では6割弱の水準にとどまった。また,業種別にみても,我が国の場合,回復度合の跛行性が著しく大きいのが目立っている( 第2-1-1図 )。

(収益回復が遅れた要因)

経済活動の一つの重要な主体である企業の収益がこのように低水準にとどまっていることが,我が国の景気回復の原動力を弱めていることは否定できない。また,業種間の明暗の差も石油危機の我が国産業に与えた影響の大きさを如実に物語っており,従来我が国経済の先導部門であった重化学工業,ことに素材産業等の業況不振が全体としての景気の足どりを弱める一因になっている。

我が国において,企業収益の回復がこのように遅れ,また業種間の跛行性が著しいのは何故だろうか。第1の要因は,生産の落ち込みが他の先進国に比べてことに大きく,かつその後の回復の水準も成長趨勢の鈍化や,それに伴う需要構造の変化などによって低いものにとどまったことである。企業は一定の固定費をかかえてしまっている以上,生産が落ち込めば利益が減らざるをえない。第2は,石油危機等による資源価格の高騰である。つまり,従来の設備投資主導型経済からの転換により,資本財産業の需要は減退した一方,資源価格の高騰は素材産業に大きな打撃を与えた(第4章)。欧米,特にアメリカでは石油危機後も成長趨勢に変化があったとはみられないこと,また資源の輸入依存度が特に日本で高いこと(エネルギー輸入依存率,1976年,日本88%,西ドイツ68%,イギリス51%,アメリカ23%。通産省「総合エネルギー統計」,OECD”Energy Balances”)などが,上記のような現象がことに日本において大きく現われたことの背景にある。第3には,我が国企業の財務体質,行動様式,制度的特徴などの企業側の要因があげられる。

そのひとつは,高度成長期に大量の外部資金を取り入れて活発な設備投資を行った結果,自己資本比率が低く,このため金融コストが高い点である。業種別には,鉄鋼,化学,紙パルプのような素材部門においてその傾向が顕著である( 別表3 )。その2は,このような高い設備投資の結果,日本では償却コストが高まっているとみられることである。その3は,第1章でも述べたように,石油危機後も長く高度成長時代の行動様式を拭いきれなかったことである。例えば,需要増の兆しがあればそれ以上に生産を拡大し,意図せざる在庫が積み上がるといったことであるが,これが市況の足を引っぱり,結局は企業収益にとって重荷となった。さらに雇用面においても,欧米諸国に比して生産の落ち込みに対する雇用の減少が当初極めて遅れたことが目立っているが( 第2-1-2図 ),これと49年における大幅賃上げが相まって企業にとっては大きな人件費負担が生じた。この雇用調整の遅れも,企業が比較的早期に生産が回復することを予想して,従業員を温存していたという面があると思われる。また,一方では終身雇用制に代表される安定的な雇用慣行の存在も,景気後退の初期においては企業の雇用調整意欲を弱いものとしていたとみられる。もっとも,これをもって直ちに我が国の雇用が硬直的であるとはいえない。すなわち,終身雇用制の慣行があるのは,主として雇用者全体からみれば一部である大企業分野であり,しかもこの大企業においても季節工,臨時工といった変動的雇用形態をもっている。さらに,大企業においても後にみるように,高度成長への回帰がありえないことが明らかになるにつれ,製造業雇用の減少と抑制がみられるのである。しかしながら過渡的にはこうした雇用調整テンポの緩やかさが企業収益にとって大きな負担となったことは否めない。

以上のような事情により,日本においてはコストのうち固定費的な部分のウエイトがとくに高いため,売上高の変化が利益の変化に与える影響がことのほか大きかった。 第2-1-3図 は,1973年から76年にかけての業種別の売上高シエアと利益シエアの変化を対照させたものであるが,各国とも利益シエアは売上高シエアの動きを反映して動いているものの,我が国の場合には,この傾向が一層鋭く現われている。

2. 進みつつある企業の適応

52年度は,収益の改善が全体として足踏みをした年であった。しかしながら,そうしたなかでも,上記のような石油危機後の収益力後退に対する対応-いわゆる「減量経営」-が着実に進められた年であり,また,企業経営を取りまく環境についても企業の内部努力を実らせるような状況が生じつつあることから,その成果も徐々にではあるが顕現化した年であったことを見逃してはならない。すなわち,石油危機後の環境の激変に対して長期間を要した企業収益構造面での適応努力がようやく実を結び,新しい減速経済に企業が適応できるようになりつつあるという点が注目されるのである。

(1) 進む金融費用の節減

我が国企業の収益を大きく圧迫していた金融費用の節減は着実に進んでいる。これを製造業についてみると,売上高金融費用比率(法人企業統計季報)は企業収益のボトムである50年度上期には4.37%であったが,52年度下期には3.09%と,この間に1.28ポイントも低下しており,52年度中だけでも0.63ポイントの低下をみている。

第2-1-4図 金融費用の動向

このような金融費用の圧縮が,どのようにして可能となったのかをみるために,金融費用の売上高に対する比率を分解したのが, 第2-1-4図 である。すなわち,企業が金融費用を節約するためには,①遊休資産の処分や生産性の向上により,売上高に対する総資産の比率を引き下げる(資産効率要因)か,②資金調達面において,総資産に対する有利子負債の比率を引き下げる(資金構成要因)ことにより借入等の有利子外部負債を減らさなければならない。また,当然のことながら,こうした企業努力のほか,③金利水準の低下も金融コストの軽減につながる(金利要因)。52年度における金融コスト低下の主因は,このうち最後の金利要因が,相次ぐ公定歩合の引下げにスライドして急速に好転したことに支えられたものである。しかし,やや長い目でみると,他の要因も着実に改善をみている。まず,総資産に対する有利子負債の比率は,収益が低迷するなかでも企業が配当性向の引下げなどにより,利益の社外流出抑制に努めたこともあって,非常に緩やかではあるが,低下を続けている。また資産の効率も傾向的には設備投資の抑制や遊休資産の処分,さらには手元流動性の圧縮などの企業努力を反映して,改善を続けている。

(2) 雇用調整の進行と賃上げ率の低下

(雇用調整の進行)

企業にとって,人件費負担の軽減もひとつの課題であった。

まず雇用面における我が国企業の対応を製造業についてみると,前掲 第2-1-2図 に示されているように,アメリカでは生産が回復に転じた1四半期後には雇用の増加が始まっているし,西ドイツでも雇用は下げ止っているが,日本では50年前半に急減したあと,現在までも緩やかながら雇用量の低下が続いている。

こうした生産増加に対する企業の労働面での対応は,海外企業と比べてかなりの差異があるのみならず,過去の回復局面における対応とも様相を異にしている( 第2-1-5図① )。例えば,40年不況からの回復過程では,生産の回復に対し,労働生産性の向上とともに,まずは所定外労働時間の増加で対応し,景気の谷から半年後には雇用者数もかなりのピッチで増加しており,また一方では所定内労働時間の短縮という労働条件の改善が進められた。

これに対し,今回の回復過程では,生産性上昇と所定外労働時間の増加に強く依存している点では40年不況時と同じであるが,所定内労働時間も増加させた一方(これは一時帰休のとりやめなどの現われとみられる),雇用者数については一貫して圧縮を続けている。これには,生産がなお,過去のピークをようやく上回った水準にあるということも影響しているが,雇用調整に対する企業の姿勢を表わすものといえよう。業種別にみても,非鉄など需要の落ち込み幅が著しかった産業が雇用の削減に努めたのは当然であるとしても,需要が比較的順調に回復した産業でも,雇用態度は極めて慎重である。例えば電気機械では,生産の水準が過去のピークを越えてもほとんど雇用を増やさなかっただけでなく,51年末以降,輸出の頭打ちなどから生産が伸び悩みをみせると,直ちに再び雇用の圧縮に取組んでおり( 同図③ ),人件費コストによる収益圧迫に対する企業の警戒姿勢を物語っている。

その背景には,景気の回復が遅れたことから,企業経営者が経済の先行きに対する不安感を高めていたことに加え,高い経済成長を期待しなくなったため,安定成長に適応できるように,生産性の向上をめざした合理化努力を進めていることもあり,雇用増に対しかなり慎重になっていることがあると思われる。当庁「企業行動調査」によれば,企業の今後3年間の経済成長率の見通しは,近年その分布が相対的に低いところに集中するようになっている。このため企業にとっては,設備投資と同様に雇用面にも調整の必要性が生じており,これが企業に雇用過剰感をもたらしているとみられる。ちなみに,同調査によれば,今後5~6年にわたって雇用調整を予定している企業の割合は製造業では全体の66%(49年以降現在まで実施したのは80%),非製造業では65%(同65%)と,従来よりは減り,調整の内容も後述するように変ってきているものの,なお過半数を上回っている。

(賃上げ率の低下)

企業の人件費圧縮努力は,雇用量の面だけでなく,賃金面にも及んでいる。「企業行動調査」の結果をみても( 第2-1-6図 ),企業は今後の雇用調整策として新規採用の抑制を最重点にあげている点は従来と同様であるが,その他の調整策についてみると,人員整理というドラスティックな手段は減っている一方で,これに代って出向,移籍,転職促進といった企業ないしは企業グループ内の労働移動と並んで,賃上抑制や賃金体系の変更といった回答のウエイト増大が目立っている。

高度成長期においては,労働力不足化傾向が続いていたため,企業の収益が一時的に悪化したような場合でも,雇用確保のため,ベア率についてはいわゆる世間相場に合わせ,ボーナスの支給率で調整するというパターンがみられた。今回も,ボーナスは大きく圧縮され,例えば52年冬のボーナスは前年比6.5%増とベア率を下回っており,支給率でみても,1.87か月と48年冬の2.06か月を大きく下回っている(労働省「毎月勤労統計調査」)。

しかし,企業収益の低水準が長らく続き,労働需給が緩んでいる現状では,賃上げ率の低下と企業業績の差によるベア率の差が発生せざるをえなかった。すなわち53年の春季賃上げにおけるベースアップ状況をみると,全産業平均で定昇込み5.9%と,51年,52年の8.8%を下回り,3年連続で1ケタ台で妥結した(労働省調べ)。これには,労働需給の緩和と物価の落ち着きが大きく寄与しているが,利益回復の足踏みを反映した面も少なくない。しかし,53年ベアのより大きな特徴は,利益率の岐行性を反映して,業種別のベア率に大きなバラツキがみられた点である。すなわち,53年における各業種のベア率の分散係数は0.20と,35年以降0.10前後で推移していた状況から一段と大きくなっており(労働省調ベ),また,業種別の賃上げ状況は52年度下期の各業種の利益率と高い相関関係を示している( 第2-1-7図 )。このような賃上げ率の伸縮性は欧米諸国における硬直性と対照的な現象であり,日本経済の適応性の高さを示す一例といえよう。これがまた,企業の雇用調整が強いなかでそれをある程度緩和し,雇用の安定性にもつながっていくものと期待される。

(人件費増加率の鈍化)

以上のような雇用,賃金両面における調整の進展の結果,人件費全体(製造業)の伸びは52年度中は僅かに5%強だったものと推計される(労働省,毎月勤労統計ベース)。これは40年代平均の18%に比して様変りの状況といえよう。こうした企業の人件費圧縮努力は,52年度においては一方で売上高が伸び悩んだこともあって,人件費比率の上昇を小幅にとどめるだけで(後出 第2-1-8図 ),直接には収益の好転にはつながらなかった。しかし,ここで示された人件費面での伸縮性は,今後の企業活動の活発さを可能にする条件のひとつが形成されたものとして評価されよう。

(3) 主要費用の動向

以上の結果を総合してみたのが 第2-1-8図 である。石油危機直後の売上高利益率の急落に対応しているのは,原材料費,人件費,金融費用の相対的上昇である。しかし,その後金融費用比率は傾向的に下がり,減価償却費比率ものちにみるような償却不足等をめぐる問題を考慮する必要はあるものの,表面的には緩やかに下がっている。人件費比率も51年度まで低下したあと,52年度は微増しているが,これには先にみたような理由がある。また,以上のような固定費の動きに加え,産業部門全体としてはもう一つの究極的なコストである輸入物価も,円レートの上昇により大きく低下している。かつて日本経済を悩ませた資源価格の高騰の一部が,まさに円高等によりここにきて軽減されているのである。

第1章でみたように,企業収益の回復は52年度において足踏みを余儀なくされたが,そうしたなかでも「減量経営」努力の効果は着実に拡がっているのであり,かつそれを支援する環境も生じていると認められる。

(4) 企業体力の悪化は一巡

景気回復の担い手としての企業についてみる場合,収益力というフローの側面と同時に,「企業体力」,すなわち資産内容の回復度合が問題になる。今回の景気循環において,企業の資産内容の悪化は主として次の3つのルートにより進んだ。第1のルートは引当金や積立金等の内部留保の取り崩しであり,第2のルートはいわゆる「含み資産」の吐き出しである。この2つは,前者が企業のバランスシートに直接現われ,後者は現われないという企業会計上の差異はあるものの,現実には同時に進行している。すなわち, 第2-1-9図 にみるように,企業は50年度以降,かなりの額の土地や有価証券などの売却を実施し,大量の売却益を計上している。こうした資産売却のうち,簿価部分が第1のルート,売却益部分が第2のルートということになる。もちろん,このような資産の売却が直ちに企業体質め悪化を意味するわけではなく,遊休不動産の売却などにより得た資金を外部資金の返済に充当すれば,これは金融費用の圧縮につながり,むしろ企業の収益力を高めるという面もある。しかし,この時期における資産の売却は,こうした側面よりも利益の急減を補うために行われた傾向が強かったのであり,48年には40%であった上場会社の配当性向(配当/当期利益,東証1部上場会社,821社)が,50年には66%と急上昇し,こうして捻出した利益の多くが社外流出したことも,これを裏付けている。その後51年度には,さきにみたように収益がかなりの回復を示したこともあって,資産売却の動きは落ち着き,配当性尚も50%にまで低下した。さらに,52年度には,全体としての収益がむしろわずかながら減少するなかで,将来の経済成長の鈍化に備えるため,これ以上無理に利益を捻出して,企業体力の消耗を招くのは得策でない,という企業の判断を反映して,資産売却の動きは引続き後退し,配当性向も47%と低下を続けている。もっとも業種別にみると,最終財関連の製造業では,51年度にはわずかながら内部留保の積み増しに転じたあと,52年度にはかなりの積増しが実施され,50年度における吐き出し分をすでに取り戻したのに対し,生産財関連の製造業では51,52年度もかなりの取崩しを実施している。

また,第3のルートは,現在企業が保有している設備の再取得価格が,インフレにより簿価を上回り,企業が再投資に当たって必要な内部留保が行われていない,といういわゆる償却不足の問題によるものである。なお,インフレが企業会計に与える影響はなにかという,より総合的な視点もあるが,ここでは企業の資産内容の悪化との関連に限ってみてみよう。 第2-1-10図 をみると,製造業大企業の償却不足率は48年度から急速に拡大し,49年度には30%を上回り,その後投資財価格が落ち着きを取り戻したこともあって,緩やかに低下し,現在では2割程度の水準にある。

さらに,簿価上の設備ストックに対する償却額の比率(減価償却率)の動きについてもみてみよう(同図)。簿価上の設備ストックのうち,どの程度を当期中に償却するかは,主として設備の耐用期間によって決定されるものの,企業としても償却方法の変更や特別償却の実施などによりある程度左右できる。事実,東証上場企業についてみると,50~52年の間に45社が償却方法を定率法から定額法に変更したのに対し,この間に定額法から定率法への切替えを行ったのはわずか10社にすぎない( 別表4 参照)。こうしたことから減価償却率は低下を続け,インフレによる償却不足と相まって,内部留保に振り向けることができる利益が社外に流出することにより,企業の体力を弱めているのである。

以上のように,フローとしての企業収益には好転の環境が生まれつつある。また,ストックの面では,業種別にみた格差はむしろ拡大しているが,企業部門全体としてみれば,財務体質は石油危機直前の48年度とはかなりの乖離があるとしても,40年代の平均的な水準には近づいている( 第2-1-11図 )。

(5) 企業意識の変化

ところで企業は,石油危機後の事態の変化に決して受動的に対応していただけではない。確かに一時は対応にとまどっていたこともあるが,最近は自発的に経営戦略を立て,計画的,積極的に経営を展開していこうとしている。

その間の事情を当庁「企業行動調査」によってみると,「45年頃に中長期の経営計画を持っていた」と回答した企業は全体の約68%を占めているが,それらの企業のうち,45~50年の間に「計画を保有するのをやめた」企業,あるいは「一時持つのをやめた」企業,「持ってはいたものの事実上機能していなかった」企業が合せて実に57%もあった。また,これらの企業の大半が経営環境の激変に伴う不確実性をその理由としてあげている。しかしながら,「現在保有している」企業は全体の約66%と,ほぼ45年頃の水準にまで回復している。さらにその計画の内容についても,過半の企業が従来の「量的成長重視」から「経営効率向上重視」へと変化した,と指摘しており,また,5割近くが「過去の実績を延長した形の計画」から「選択的戦略重視の計画」へ変えるとするなど企業が腰を据えて減速経済の下での新環境への適応に取組もうとしている姿を浮きぼりにしている。このため,今後重点を置く経営方針としては,「新製品,新技術の開発」,「経営効率の向上」などに高いウエイトを置いているのが注目される( 第2-1-12図 )。

以上を要するに,企業は石油危機後の諸問題をかなりの程度解決し,新しい状況に適応する姿勢を整えつつあるようにみえる。新しい状況とは,高度成長への回帰ではなく,安定的な成長である。