昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第1章 昭和52年度の日本経済―その推移と特微―

第3節 物価及び企業収益,雇用の状況

これまでは,マクロ経済の立場から,需要,国際収支等の動きを見てきたが,その他の主要諸指標に目を転ずると,52年度は多くの点で明るい側面と暗い側面が混在していることが特徴だった。

すなわち,物価については,卸売物価,消費者物価ともに次第に安定化傾向を強め,新たな成長のための基盤を着実に固めている。しかし,生産,収益,雇用といった面をみると,生産活動は実質GNPを下回る伸びにとどまり,企業収益は52年度は総じて低調だった。雇用面にも改善の兆しはなかなかみられない。

さらに,生産,収益の実態をみると,業種別に明暗の差が目立っている。雇用の動きも年齢別などに厳しさに差がみられる。

このように,52年度の経済はさまざまの面で明暗のコントラストが目立つ。こうした現象は,緩やかな回復過程での短期的スローダウンという景気局面の複雑さを反映しているとともに,成長率が屈折する中で経済構造が変容しつつあることによってもたらされている。

1. 安定化傾向を強めた物価

52年度中,物価は期を追って鎮静化の度合を強めてきた。卸売物価は,52年度間1.8%の下落となり(年度平均では0.4%上昇),消費者物価は,52年度間4.5%の上昇(同じく6.7%上昇)にとどまった。石油危機後最優先の課題であったインフレの抑制はほぼ達成されたといってよい。

こうした物価の安定は,石油危機後のマイナス成長,それに続く緩慢な景気回復という厳しい局面の中で達成されてきた。インフレマインドの再燃を避けながら慎重な経済運営を続けてきたことが現在の物価安定化傾向の基礎となっている。

ただ,52年度については,さらにいくつかの要因が物価の安定に寄与しており,また,卸売物価と消費者物物では安定化の要因はやや異なっている。物価の安定がどの程度確実なものかを判断するためには,こうした点を注意深くみておく必要があろう。

(1) 海外要因主因に低下した卸売物価

(卸売物価鎮静化の要因)

52年度中,卸売物価の上昇率は急速に鈍化していった。すなわち52年に入ってからの推移を前期比上昇率でみると,52年1~3月期0.3%,4~6月期0.1%とわずかながら上昇していたが,7~9月期0.5%の下落,10~12月期0.7%下落,53年1~3月期0.6%下落と期を追って鎮静化してきた。

これは,主として円レートの上昇と海外一次産品価格の落ち着きによる輸入原材料価格の低下によってもたらされたものとみられる。

そこで,最近の国内品卸売物価の動きを輸入物価,単位当たり賃金コスト,需給関係の三つの要因に分解してみたのが 第1-3-1表 である。これによれば,特に52年度以降輸入物価の低下が卸売物価の鎮静化に大きく寄与しており,円高等による輸入価格の低下の直接,間接の効果が大きかったことを示している。一方,52年度の賃金上昇率は比較的落ち着いた動きであったが,鉱工業生産が伸び悩んだため生産性の伸びが低く,賃金コストは若干の上昇要因となった。他方,需給関係は,在庫調整局面にあったことなどから好転せず,総じてみれば上昇要因として作用しなかった。しかし,本年1~3月期に入ると,生産の拡大を映じて賃金コストは引下げ要因になり,需要の増大から需給要因は上昇に転じている。

なお,輸入価格の低下については,円レートの上昇がその大きな要因であったことは間違いないが(本章第2節参照),海外における価格自体がかなり落ち着き気味に推移したことも寄与している。すなわち,海外の商品市況は農産物,非鉄金属ともに軟化基調で推移し,商品市況全体の動きを示す代表的な指標であるロイター指数(ポンド調整後)は52年度間約10%下落している。こうした点を考えると,円レートの上昇がなかったとしても,輸入物価は落ち着いた動きを示したはずであり,これに円高が加わって大幅な輸入価格の低下が実現されたものと考えられる。

(品目別にみた特徴)

52年度に入ってからの卸売物価の動きを財別にみると,①輸入品の割合が高いため,円高による輸入価格の低下の影響を直接受ける原材料の低下が著しいこと,②消費財については円高の効果が波及するまでにタイムラグがあり,52年中次第に上昇率は鈍化していったものの,ならしてみればプラスに寄与していたこと,③公共事業の進捗の影響等もあって建設材料は上昇気味に推移していることといった特徴がある( 第1-3-2図 )。

また,業種別にみると,需給の軟調,円高の影響などにより石油・石炭・同製品や化学製品が下がっている一方,官公需の増大による窯業製品(セメント製品など)の上昇が続いている他,今年になって鉄鋼や繊維製品の上昇がみられるようになったことが注目される( 第1-3-3図 )。これは市況対策としての減産の効果が出てきたものとみられる。

なお,不況カルテル実施品目の価格の推移をみると,小棒,セメントなどについては,52年の秋口以降は公共工事の施行が進んだほか,不況カルテルの効果の浸透もあって価格は上昇を示しており,また,繊維製品も在庫調整の進展に伴い,昨年末頃から上向きに転じているものもあるが,化学品,紙など一部なお価格に弱含みのものも残している( 第1-3-4図 )。

(卸売物価安定の条件)

52年度後半以降に現実の卸売物価は下落したが,以上のようにその内容を検討すると最近は底固さが現われてきていることがわかる。すなわち,円高等による輸入品の物価下落の要因を除くと,卸売物価は緩やかながら上昇していることになる。その要因としては官公需等の需要の増大,企業の減産努力,市況対策などがあげられる。

このような最近の卸売物価の動向をめぐる諸要因からみて,現在の卸売物価安定は定着するであろうか。

まず,これまでの卸売物価の鎮静化に寄与してきた輸入物価の低下は,円レートの急騰,海外一次産品市況の落ち着きといったことによってもたらされたものであり,今後も安定化要因として働くことを期待するのはむずかしい。

また,長期にわたり景気に盛り上がりが欠けていたため,収益がなお低水準にあることもあって,企業の値上げ意欲はかなり強い。例えば,当庁の「企業行動調査」では,製造業の企業の3割が現在(52年12月)「コスト割れ」としており,さらにそのうちの4社に3社が「稼働率が上がってもコス卜割れは解消せず,値上げが必要」と回答している。その後,円高や金利低下などによってこのような判断の条件が変わっているので,最近はそれほどでもないと考えられるが,やはり企業のビヘイビアが高度成長期の供給力先行型から利潤,価格を重視して供給をコントロールするようになってきているとみられる点は留意する必要がある。

他方,根強い物価安定化要因もある。企業の減量経営への努力(第2章第1節参照)とともに,金利も大幅に低下している。需給緩和の下では,金利負担の軽減はコスト面から物価安定に資することとなる。また,賃上げ率が昨年を下回ったことに加えて,生産の拡大テンポの高まりが持続すれば生産性が上昇し,単位当たり賃金コストも下がるであろう。

物価の安定は持続的な景気拡大の基本的な条件である。その基礎にある最近の卸売物価の安定基調を持続することは重要な意味をもっている。上記のように今後の物価変動要因には楽観を許さないものもあるが,物価安定を持続させるためには,引続き競争条件の整備,技術開発等による生産性向上などが図られる必要があろう。

(2) 落ち着きを示した消費者物価

消費者物価も52年度中次第に安定化の度合を強めていった。52年に入ってからの推移を前年同期(月)比上昇率でみると,1~3月期9.3%,4~6月期8.7%,7~9月期7.9%と徐々に落ち着きをみせてきたが,この傾向は10月以降さらに強まり,10~12月期6.2%,53年1~3月期には4.3%にまで低下し,53年4月は3.9%,5月は3.5%となった。前年同月比が3%台となったのは47年10月以来,5年6ヶ月ぶりのことである。

(消費者物価安定の要因)

52年度中の消費者物価指数の動きを品目別にみると以下のような特徴がみられる。第1は,工業製品(52年度上昇寄与度2.1%,以下同じ),特に大企業性製品(0.5%)の上昇寄与度が低かったことが大きな安定化要因になっていることである。第2は,農水畜産物の上昇寄与度(0.7%)が前年度(1.9%)を下回ったことである。これは,52年初に寒波の影響で高騰したこととは様変りに,年度後半は天候に恵まれて野菜,果物が豊作で価格が下落したからである。第3はサービス価格の中では,公共料金改訂による消費者物価への影響がかなり緩和されたものになったことである。

このように,52年度の消費者物価の安定化傾向を強めた主要な要因の一つは,工業製品価格を中心とする商品価格の安定であった。そこで,消費者物価関数によって商品価格鎮静化の要因を分解してみたものが 第1-3-5表 である。これによれば,前述した卸売物価の鎮静化,賃金コストの安定,需給バランスの緩和と,それぞれが鎮静化要因として作用し,これらが総合されて52年度の消費者物価の安定化に大きく寄与したことがわかる。

このような消費者物価の安定は,実質所得の増加につながるとともに,心理的な安定感をもたらすことによって,石油危機以後萎縮した消費マインドを明るくする役割を果たす。従ってこうした物価の安定化傾向を一層定着化させることが景気回復の基礎を固めることになる。

2. 跛行性をもちながらも底入れ気配の企業業績

マクロ面での景気回復の足取りが不確かだったため,ミクロの企業業績は総じていえば不振であった。51年度に急速な増益を示した企業の収益は,52年度には再び2期連続の減益となった。企業の業況判断も52年中は悪化していた。こうしたなかで,依然として好不調業種の差が大きく,業種間の跛行性が目につくが,52年度はさらに円高という要因が加わって跛行性に複雑な影響を与えた。しかし,52年度下期には,予想された割には企業収益は悪化せず,企業の業況判断も好転しており,業種間の跛行性もやや弱まるなど,方向としては企業業積は底入れしたようにみえる。以下では,このような企業活動の動きを振り返り,その要因をみると共に,その中に現われている業種間の跛行性の意味を考えることとする。

(1) 回復が遅れた企業収益

(52年度の企業環境と業績)

52年度を通してみれば,企業の環境が芳しくなかったのは以下の点から明らかである。

企業の収益状況を規定する重要な指標である売上高を日銀「短観」でみると,製造業(主要企業)について,51年度は13.4%増であったのに対し,52年度は4.0%増にとどまった。これは,鉱工業生産の増加率が10.8%から3.2%に下がったこと,卸売物価の上昇率が5.5%から0.4%に落ちたことからいっても当然といえよう。かくして,経常利益も52年度上期は5.2%減,下期は4.6%減となり,企業収益の悪化傾向が続いた。

52年度下期の水準を48年度上期の水準と比べると経常利益で約7割,経常利益率では約5割にすぎない。このように,企業の収益は,まだ,石油危機前のレベルとはほど遠い段階で再び足踏みしたことになる。

こうした状況を反映して,52年中の企業の景況感も好転しなかった。その推移をみると,52年前半の景気回復期待が腰くだけに終り,円高に伴う先行き見通し難も加わって,年後半は悪化する方向に動いた。

しかしその後,公共投資の促進,在庫調整の進展と市況の反発に加え,企業の円高への対応も進んだことから53年初以降企業経営にも明るい面が広がってきた。

一方,中小企業(製造業)の収益状況をみると,51年度は大企業の減量経営の影響を受けたことなどから回復が遅れたが,52年度後半になって徐々に改善の方向に向かってきた。大蔵省「法人企業統計季報」により中小企業(製造業,資本金1千万円以上1億円未満の法人)の売上高経常利益率をみると,51年度上期3.43%のあと下期には2.59%へ低下したが,52年度には上期3.17%,下期3.76%と上昇を示している。

企業倒産(銀行取引停止処分者件数)についても,52年夏頃までは増勢を続けていたが,このような中小企業の収益の改善などを反映して10月以降前年比で減少傾向となり,53年5月まで8か月連続前年水準を下回る状態が続いている(以上 第1-3-6図 )。

(企業利潤の変動要因)

52年度中の利益変動が何によってもたらされたかをみるため,「法人企業統計季報」によって経常利益の変動を要因分解したのが 第1-3-7表 である(減量経営による従業員減少により,一人当たり経常利益の変動は利益全体の変動より過大に現われている点に注意)。これによって52年度の各要因の動きをみると,①円高による輸入価格の低下などにより,特に52年度下期に原材料価格が大きな増益要因となったこと,②賃金上昇率の落ち着きから人件費が収益を圧迫する度合が小さくなってきたこと,③金利の低下を反映して金融費用も増益要因として作用したことが収益にプラスに作用した面もあるものの,基本的には,需給のアンバランスから製品価格の上昇が抑えられ,また,生産の伸びが低かったため生産性要因が大きな減益要因となったことなどが収益を悪化させたことがわかる。

(2) 複雑さを増す業種間の跛行性

(依然残る業種間の跛行牲)

今回の景気回復過程の一つの特徴である業種間の跛行性は,52年度においても依然として解消しなかった。

第1-3-8図 は,企業の業況判断と生産水準とが今回の落ち込みの底から53年初の時点でどの程度回復しているかをそれぞれ業種別にみたものである。これをみると,1年前と同様,自動車,精密機械,食料品,電気機械といった最終需要関連業種は業況が明るい一方,鉄鋼,繊維,非鉄,化学といった生産財関連業種ではまだ業況が悪いと感じている企業が多い。この間,公共事業関係で需要の伸びた窯業の業況判断が好転している。また,生産水準をみても,前者はほとんど過去のピークを上回る生産規模に達している反面,後者はいずれも過去のピークを下回るレベルの生産を続けており,両者の跛行性が明瞭に現われている。

業種別の跛行性は収益の回復状況をみても明らかである。 第1-3-9図 は,48年度上期との対比で52年度下期の経常利益の回復状況をみたものであるが,製造業が非製造業に比べて相対的に回復の程度が低い中で,業況判断についてと同様,最終財関連の回復が進む一方,生産財関連の回復が大幅に遅れていることがわかる。

こうしたなかで,52年中の円レートの上昇や,在庫調整の進展による市況の上昇などは上記のような跛行性に新たな要素を加えることになった。

(業種間跛行性の新たな動き)

円高は輸出産業の競争条件を厳しいものとし,輸入原材料に多く依存する産業にメリットを与える。そして,従来業績が好調であったのは輸出の好調に支えられた最終財関連製造業であり,不振であったのは原材料を輸入に依存する比率の高い生産財関連製造業であったと考えられる。とすれば,円高は業種間の格差を縮める方向に作用した面が大きいものと思われる。

また,在庫調整の進展に伴う年初来の鉄鋼,繊維などの商品市況の上昇もこれまで低迷を続けていたこれらの業種の収益向上に寄与したものと思われる。

事実,日銀「短観」によると,例えば,52年度上期の製造業の売上高利益率は3.0%であり,下期には2.8%に落ちているが,輸出に依存する度合の大きいとみられる自動車(5.6%→4.7%),電気機機(4.6%→4.5%),一般機械(4.2%→3.9%)などでは,利益率の水準自体は製造業平均より高いが,円高が登場した下期には利益率が上期より下がっている。他方,非鉄(△0.4%→0.2%),化学(2.4%→2.9%),は原材料コストの低下から,また,鉄鋼(0.4%→0.5%),繊維(△2.7%→△1.5%)では,原材料コストの低下に市況の上昇も加わって下期には低水準ながらも利益率の改善をみている。

(業種間跛行性のもつ意味)

今回の景気回復過程において生じている業種間の跛行性は,現在の景気局面の持つ困難な諸問題を象徴的に表わしているように思われる。

まず,短期的な景気循環の観点からは,在庫調整の影響がある。52年度のように,厳しい減産による在庫の圧縮が行われる過程では,生産財は,各段階における減産の累積的な影響を受けるため,需給バランスの失調は特に大きくなる。これまでみた跛行性には,こうした影響が体現されている。しかし,この意味での跛行性は,景気循環の一局面における現象であり,景気の回復が進めばいずれは解消していくものである。

また,中期的な観点からみると,成長率の屈折の影響がある。我が国は,石油危機によって,急速な成長からのスローダウンを余儀なくされた。こうした中で,設備投資が停滞し,輸出,政府投資のウエイトが高まるなど需要構造の変化が生じた。自動車,精密機械等が輸出を中心に生産を伸ばし,公共投資の効果が窯業などに及ぶ一方,設備投資によって生産が誘発される度合の高い一般機械,基礎資材産業が不振なのは,こうした成長率の屈折に伴う需要構成の変化によるものである。こうした意味での跛行性は,我が国の経済が高度成長から安定成長径路へのシフトを終えた時初めて解消していくものだろう。

さらに,長期的な観点からは,産業構造の変化の影響がある。石油価格の高騰による価格体系,エネルギー・コスト体系の変化,開発途上諸国からの追い上げ等は我が国の産業構造全体を揺り動かしており,後戻りのできない変化を生じさせている。現在みられる業種間の跛行性は,一面ではこのような産業構造の変化がまさに進行していることを示している。そうした意味での跛行性の存在は,この種の問題への対応が苦悩に満ちたものであることを意味している。

(3) 最近における業況の変化

52年度を通して総じてみれば,企業の業況は前述のように厳しいものであったが,本年に入ってからかなり模様が変っている。

まず,収益状況を示す経常利益であるが,日銀「短観」によれば,52年度下期は本年2月調査においては上期に対し9.2%の減益(製造業)が見込まれていたが,5月調査の実績では4.6%の減益へと上方修正された。このように,当初予想されていたほどの減益にならなかったことは,円高への適応の進展,金利の低下,景気回復の進展などが影響しているものと思われる。さらに,53年度上期については4.1%の増益が見込まれている。こうした企業収益の現状の評価は第2章の検討も併せ考慮する必要があるが,景気のジグザグ過程の中での減益傾向が底を打ったことを示していると思われる。

こうした中で特に目立つのは金融費用の低下である。48年度以降,51年度まで,金融費用は増加し続けていたが,52年度は上期3.7%減,下期7.2%減と連続して減少している。これは金利の低下とともに,高い資本費負担を減らすべく減量経営に努めた企業努力の現われであって,身軽になった企業が新しい環境に弾力的に適応できる体制が整えられつつあることが窺われる。人件費も上期7.0%増,下期1.8%減であり(51年度はそれぞれ7.4%増,1.8%増),51年度より若干増加率は低く,売上高の伸びの落ち込みなかりせば,かなりのゆとりを企業に与えたはずのものであった。

さらに,我が国経済に重くのしかかっている業種間の跛行性も前述のとおり若干縮小してきている。

このようなことを背景に,企業の業況判断は,なお「良い」とするものより「悪い」とするものが多いものの,その程度は本年に入って急速に減り,全体として明るさが増してきている(前掲 第1-3-6図② )。

3. 厳しさ続く雇用情勢

(1) 厳しさ続く雇用惰勢

石油危機後厳しい情勢が続いている雇用面については,52年度中も目立った改善は見られなかった。52年度平均の完全失業者数は113万人に達している。職を求める人は働き手を求める側に比べて2倍も多い(52年度の有効求人倍率は0.54倍)。

さらに,その内容をみると,厳しい中にも明暗の差があり,またしわ寄せを受けやすい面,景気の回復を反映しつつある面などが見受けられる。

(石油危機後の雇用情勢)

一般に,景気変動と雇用状況の推移をみると,企業は景況が悪化し始めると,まず労働時間の調整(残業時間の減少)で対処し,次いで臨時職員等の削減に進み,最後に基幹部分の雇用者の整理を行うようになる。景気が好転し始めた時もこれと同様の順序で波及が進むはずである。こうした点から石油危機後の労働情勢の推移をみると,概ね以下の三つの時期に区分することができる。この点を,生産年齢人口構成の増減状況( 第1-3-10表 )と雇用,失業関係指標の推移( 第1-3-11図 )によって整理してみよう。

第1は,企業が労働時間及び縁辺労働力(パートタイマー,臨時雇用等)の整理によって対応を進めていた時期であり,石油危機後の約1年間がこの時期に相当する。所定外労働時間は,48年央をピークに急速に下がり始め,企業がまず労働時間の減少によって対応を始めたことを示している。やや遅れて企業の求人活動も消極化したため,有効求人倍率も低下を示し始めた。また,女子労働力も調整の対象となった。49年度には,女子就業者数が大幅に減少しており,ほぼそれに見合って女子労働力人口の減少が生じている。これは,家事などのかたわら仕事をしていた主婦等が雇用調整の最初の波を受けたものの,退職後は求職活動をあきらめて家庭に戻った(非労働力化した)ため,この間完全失業者数はそれほど増えなかったと考えられる。こうした側面を併せ考えると,この頃の労働情勢は,失業率で示される以上に厳しかったということができる。

第2は,雇用調整の波が基幹労働力にも及び,雇用情勢が最悪の状態だった時で,49年後半から50年がこの時期に相当する。常用雇用は49年後半からマイナスに転じ,完全失業率が急激に上昇し姶めたことは,企業の雇用調整が基幹労働力に及んでいったことを示している。生産年齢人口の内訳をみても,50年度は女子就業者の減少はほとんどなくなり,男子の完全失業者が大幅に増加している。雇用調整を実施している事業所の比率も50年1~3月にピークに達している。

第3は,激しい雇用調整の波が底を打つとともに,緩やかな景気の上昇を反映して雇用面にもやや明るい指標が現われ始めた段階であり,51年以降がこれに当たる。失業率,有効求人倍率は悪化が止まって横這い状態となり,雇用調整実施事業所比率もピークの70%から30~40%のレベルまで下がってきている。また,所定外労働時間は50年央を底に増加してきており,景気回復が雇用面に波及する第一の段階が始まっていることを窺わせる。

以上のような流れの中で,改めて52年度の雇用情勢を振り返ってみよう。

(52年度の雇用情勢)

雇用情勢の悪化傾向が一応底を打ってからかなり経過したにもかかわらず,52年度中の雇用情勢は改善しなかった。52年度(平均)の完全失業者は51年度より7万人増加した。有効求人倍率にも改善がみられなかった。

しかし,こうした中にもいくつかの変化の波がみられる。そのひとつは,女子の就業者が顕著に増加していることである。これは,企業が雇用調整の最初の段階でまず臨時的な性格の強い女子就業者を整理の対象としたことの逆の現象が生じているとも解される。すなわち,労働時間の増加では対応し切れなくなった企業が,常用雇用の増加に入る前に,臨時的な就業者を増加させているものと考えられる。

もちろん,このような現象については景気循環的な側面だけではなく構造的な背景も考えられる。すなわち,新しい労働需要はなるべく相対的に低賃金の臨時雇用によって満たし,常用労働力の雇用はなるべく抑えようとする企業のビヘイビアが生まれつつあるようにみられること及び,第三次産業のように女子就業者比率の高い産業で雇用需要が大きかったことであり,雇用問題という視点からは注目を要することと思われる。

52年度の生産年齢人口の内訳をみると,失業者が7万人増加したのは,労働力人口の増加が就業者数の増加を上回ったからであり,その労働力人口の増加は大部分女子の非労働力人口からの流入によってもたらされたものである。これは,パートタイム就労機会の増加に伴って,これまで家庭内に戻っていた主婦等が家計の所得防衛のため求職活動を行い始めたことなどにより,女子の労働力人口が増加したことによるものと思われる。その意味では,52年度における失業者数の増加は,むしろ景気回復の一局面における労働力構成の変化を反映したものということができる。しかし,このような雇用情勢の局面展開が,常用雇用の増加,失業の減少という本格的な雇用の改善につながらないのは,景気の回復テンポが緩やかであり,鉱工業生産の拡大が盛り上がりを欠いでいるということのほかに,企業が安定成長時代に適応すべく常用雇用の増加を努めて避けるといった慎重な態度が雇用面にも現われているものと考えられる(第2章第1節参照)。

(厳しい中高年層の状況)

次に,労働力の供給側である労働者の側をみると,現在のような安定成長への過渡期においては,企業の雇用需要パターンの変化のしわ寄せを最も強く受けているのは中高年齢層であるように思われる。

すなわち,企業が雇用調整を行う場合,基幹的労働者については新規採用と中途採用の抑制に向かうであろう。

適応性に富む若年労働力は,他に雇用機会があるので,とにかく雇用の場をみつけることは可能であろうが,中途採用されない中高年齢層は就職口を見つけ難いことになる。さらに,企業が自らの従業員を希望退職などにより整理することになれば,その対象は主として中高年齢層になってしまうことになろう。近年の年齢別の失業者数の状況を見ると( 第1-3-12表 ),石油危機前に比べて全般的に悪化している中で,特に中高年齢層の悪化が著しいことがわかる。こうした点は,中期的な成長率の屈折といった側面が影響しているので,単に景気循環の観点からのみでは解決がつかない問題と考えられる。

(2) 安定した賃金の推移

52年度の賃金は,落着いた推移を示した。主要企業の春季賃上げ率は8.8%と前年と同率であったが,企業収益の悪化,所定外労働時間の伸びの鈍化などにより,全産業の現金給与総額は9.0%の増加と,前年度の12.1%増を下回る伸びとなった。53年の春季賃上げ率は,5.9%と前年をさらに下回った。これは,消費者物価の落ち着きとともに,51年度末に比して52年度末の企業収益,労働需給の状況が悪化しているのを反映したものと考えられる。