昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第II部 均衡回復への道

第4章 変容する産業構造

第3節 期待される第三次産業

(産業構造の変化と雇用問題)

産業構造の変化,改編に伴う大きな問題は,新しい労働力と衰退産業からの離職者の雇用をいかに他産業で確保するかということである。昭和30年代以降の高度成長のなかでわが国は急激な産業構造の変化を経験した。高度成長による雇用機会の拡大は第一次産業から第二次産業への労働力移動にみるように,低生産性部門から高生産性部門への活発な労働力移動をもたらした。また,エネルギー革命のもとでの石炭産業の場合のように構造変化に伴う離職者が発生したが,高度成長下の旺盛な労働力需要に支えられ離職者の吸収は比較的円滑に行われた。

しかし当面,労働力需給は,緩和基調にあるとみられ,産業構造の変化に伴う離職者が,これまでのようにスムースに他産業で吸収し得るかは必ずしも予断を許さない。

第I部でみたようにわが国の労働市場は年功賃金制のもとで,賃金が安く,かつ適応力のある若年労働力への指向が強い。年々100万人にも及ぶ新規学卒の供給が続くことからすると,中・高年層が多いと考えられる衰退産業からの離職者は今後とも厳しい情勢におかれる可能性もあるといえよう。こうした事情のうえに立って,近年の産業別雇用吸収力をみると,農業を主体とする第一次産業では,機械化による労働力の節約もあって就業者が,すう勢的に減少傾向にある。また製造業,建設業の第二次産業も,近年その吸収力は,弱まっている。とすると,これまで着実に,拡大してきた第三次産業を今後も雇用吸収力の面で期待せざるを得ない。

(就業構造の変化)

産業構造の変化とともに就業構造も大きく変化してきた。第一次産業は,昭和30年には,全就業者の41%を占めていたが,年々その比率は下がり50年には,14%へと大幅に低下した。

これに対応して,第二次産業では,45年まで急速な拡大がみられたが,その後においては,あまり変化はなく,全就業者に占める割合は50年で34%となっている。これに対して,第三次産業部門では,すう勢的に増加を続け,50年には,全就業者に占める割合は,51.7%と過半数を占めるに至った( 第II-4-15図 )。

とくに45年から50年までの最近5か年間の動きをみると,それまでの労働力需要増加の主体であった製造業では,はじめて就業者数の減少がみられたが,これに対して第三次産業の就業者数は着実に増加し,石油危機以降の不況下でも他産業が不振を続けるなかで増加している。第三次産業での増加の内訳をみると,卸売・小売業,サービス業の増加寄与度が大きく,次いで金融・保険業,公務となっている( 第II-4-16図 )。

これをサービスの機能別にみると,余暇関連の個人サービスの伸びが高く,次いで対事業所関連サービスの伸びが高い。

こうしたなかで,就業者に占める自営業主や家族従業者の割合が低下し,雇用者の割合が高まっている。

(第三次産業拡大の背景)

それでは最近年における以上のような第三次産業の就業者数の増大は,どのような要因によってもたらされているのであろうか。

第1には,所得水準の上昇に伴い個人消費が多様化し,レジャー,公共サービス等,サービス部門への需要を強める傾向にあることである。家計の消費支出のなかで教養・娯楽,教育,交通など,サービス支出を主体とする雑費は消費支出弾力性が大きく消費支出全体の伸びを上回って増加する性格を有している。その結果,雑費のウエイトは年を追うほどに増大している( 第II-4-17図 )。

このように所得水準の上昇により第三次産業の就業者構成が次第に高まる方向にあるのは,各国共通にみられる現象である。

第2には,経済成長による生産拡大が,第三次産業部門からの中間投入量の増大をもたらしたことである。各産業へのサービス投入量は,比較的安定しているが,サービス投入の比較的高い建設,製造業等の物的生産活動や,商業,金融保険等のサービス生産活動の拡大によるサービス投入量の増大が,第三次産業部門の拡大を導いた要因といえる。このことは例えば製造業に付随した販売,修理,運搬などのサービス部門が増加していることからも明らかである。

第3には,第三次産業の労働生産性の伸びが低かったことが,あげられる。第三次産業のなかには,電気・ガス・水道業や運輸・通信業のように資本装備率も高く,生産性が高い産業もあるが,こうした産業を除くと,相対的に規模の小さな企業が多く,また資本装備率も低いため,生産性水準が低い。

これは,サービス需要が個別的,対人的,臨時的な性格を持つことから資本による労働の代替に限界があるためである。

各産業が生産拡大に伴う必要労働力の増加を労働生産性の上昇によって,どの程度節約してきたかを35年から45年にかけての10年間についてみると,第二次産業部門では,労働生産性が約3倍へと上昇し,それだけの就業者数の増加が節約できた。

これに対し,第三次産業部門では,この間における労働生産性は2.5倍の上昇と,第二次産業と比べやや低くそれだけ需要の増加を生産性の向上によって吸収する余地が小さかったことがわかる。また,45年から50年にかけての生産性上昇率をみると,第二次産業,第三次産業とも約13~15%の上昇とそれほど大差はない。これは,50年が深い景気の谷からの回復1年目の年でもあり,第三次産業に比べ第二次産業の生産性水準が相対的に落ち込んでいたためと考えられる。

(わが国の第三次産業の特徴と今後の方向)

次に第三次産業の日本的特徴と今後の方向についてみてみよう。

日本的特徴の第1は第三次産業の就業者数比率が,欧米並みにかなり高まってきたなかで,その構成内容が,主要国と比較して,かなり異なっていることである。各国とも,就業者総数に占める「運輸,通信,倉庫」及び「金融,保険,不動産,対事業所サービス」の比率は,それぞれ,5,6%,両者合わせて11,12%とほぼ一定している( 第II-4-18図 )。

先進国型経済の第三次産業の比重の高低はこの両部門を除く,「卸売・小売業,飲食店,宿泊業」と「対地域社会,公共,個人サービス」の構成比によって左右される。わが国の場合,流通機構の複雑性などを反映して卸売業や小売業のウエイトが高くこのため,前者の「卸売・小売業,飲食店,宿泊業」の比率はかなり高くなっている。これに対して,後者の「対地域社会,公共,個人サービス」などの比率が低いが,これには,医療,保健,清掃,教育などを中心とした公共的サービス部門が相対的に小さいためとみられる。

第2の特徴は,国際的にみて生産性の水準が低いということである。アメリカとの対比でみると,すべての分野でかなり低くなっている。

特に小売業においては約3分の1の水準にあり,その背景にはわが国の小売業が諸外国と比べ零細であることによるものと考えられる。

このような日本的特徴を抱えつつ,わが国の第三次産業はこれからも拡大を続け就業者の増加が見込まれる。それは,先にみたようにサービス需要に対する所得弾力性が高いことから,所得の上昇に伴い,種々のサービス需要が拡大していくからである。特にわが国では第II部第2章でみたように私的消費に比べ社会的消費が相対的に立ち遅れていることから,この面の充実が図られる方向にあり,公共サービスに対する需要は増大していくことが予想される。

こうした需要の高まりのなかで要請されることは第1には,第三次産業の資本装備率を高め,生産性の向上を図っていくことであろう。サービスは無形とはいえ,設備や施設が供給の媒介的手段となり,分野によっては資本集約的産業の形態をとる。ところが,わが国の第三次産業の資本装備率はアメリカの2分の1~4分の1とかなり低くそれが生産性の低さにつながっていると思われる。生産性拡大の余地のある分野では資本装備率を高め,生産性の向上を図ることは物価問題や経済の効率性の見地から望まれることであるが,このことは,設備投資需要の面でも,第三次産業に期待する余地が大きいことを示している。そのためにはサービス産業の設備資金の円滑な供給とその確保を図るなど,第三次産業を発展される環境整備が望まれよう。

第2には,第三次産業には交通,教育,医療など国民生活に直結する分野を多く抱えており公共部門が介入し得る分野が多いが,供給体制の効率性の維持からも,市場機能を活用し得る分野においてはできる限り民間部門に任せ,その活力を生かすような体制作りが要請される。


[前節] [目次] [年次リスト]