昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第II部 均衡回復への道

第2章 減速経済下の高貯蓄

第1節 家計貯蓄率の変動とその決定要因

過去10数年間の家計の消費性向(家計調査,全国勤労者世帯)をみると 第II-2-1図 の実線のとおりで49年までほぼ一貫して低下傾向にあったが,50,51年には反転上昇した。しかし,49年の大幅な落ち込みを戻したのにとどまり,依然高貯蓄率が続いている。

一般に消費には習慣性があるために所得の増加テンポが速いときには消費増加は所得増加に遅れ,その結果消費性向が低下すると考えられている。わが国の家計の所得(勤労者世帯の実質可処分所得)は48年までは年率約6%の伸びを続けて来たが,石油危機とその後の戦後最大の不況への落ち込み,それからの緩慢な回復という過程で,49年0.1%減,50年2.6%増,51年0.9%減と伸びの著しい鈍化をみた。この間消費性向は49年の1.8%ポイントの低下に対し50年,51年の上昇幅はそれぞれ1.3%ポイント,0.4%ポイントにとどまったため,51年の消費性向は48年のそれをわずかに下回る水準にある。

このように実質所得の伸びが顕著に鈍化したのにかかわらず消費性向に大きな変化がみられなかったのはなぜであろうか。

(消費性向の変動要因)

この点の手掛りをつかむため48~51年の4年間について月別の消費性向の動きをみてみると 第II-2-2図の実線 のとおりであって,6月,7月,12月の3か月の消費性向が低くその他の月はおおよそ90%前後という月別パターンにはほとんど変化がない。ところでこの6月,7月,12月という月はボーナスの支給月であり,臨時的所得の多い月である。その他の月の収入は定期収入が多く臨時的な所得は少ない。このように考えると,月々の消費性向はその月の所得に占める定期性所得の割合によって影響されるところが大であるとみることができる。このような見方は常識的にも首肯できるところである。すなわち,一般に,家計は安定的な収入を基に消費計画を立てる傾向にあり,そのため月々の定期的収入(恒常性所得)のうちから貯蓄に回す余裕は少ない。一方,ボーナス,ベア差額といった相対的にゆとりのある臨時的性格の所得(変動性所得)からはかなりの額が貯蓄に回るのである。

このように恒常的性格の強い所得の割合が高いほど消費性向が高く,変動性所得の割合が高いほど貯蓄率が高いというのが基本的な関係であるが,消費性向したがって貯蓄率に影響を与える要因には,このほか,消費者をめぐる環境条件である雇用情勢,物価の動きや支出の段階では選択の自由度がない住宅ローン返済等の非任意的な控除の増加といったものがあると考えられる。

雇用情勢が悪化し失業率が上昇したり,消費者物価が上昇してインフレ心理が燃えさかったりすると消費者の防衛意識が高揚し消費意欲が冷却する。また,ローン返済額等が増大するとなると,消費態度を引き締めざるをえないという点は経験的にもいえるところである。

いま,この消費性向に影響すると考えられる第2の要因を計量化するため完全失業率,消費者物価前年比上昇率,非任意控除率(いずれも45年=100として指数比)の幾何平均値をとり,これを「消費者不快指数」と名付けよう(OECDマクラッケングループ報告「完全雇用と物価安定への道」では失業率と消費者物価上昇率の和をもって「不快指数」と呼んでいる)。この消費者不快指数と実収入に占める恒常性の強い所得の比率である恒常性所得比率を用いて消費性向の動きを推計してみると実際の値に対して,極めて良好な説明力をもっていることがわかる( 第II-2-1図の破線 )。すなわち,消費性向は,賃金支払形態や,雇用情勢,物価動向等の家計をめぐる環境条件等の変化に従って変動している。これによれば,40年代以前から一貫してみられる消費性向の傾向的な低下は主として恒常性所得比率の動きによっており,また,50,51年の消費性向の上昇の内それぞれの61%,42%が恒常性所得比率の上昇によってもたらされたものであることがわかる。他方,50年,51年には,49年と比較して消費者をめぐる環境条件は好転しており,50年,51年の消費性向上昇のそれぞれ39%,58%が不快指数の低下の結果である(なお,48,49年の消費性向の低下は,第1の要因がそれぞれ36%,23%寄与しており,第2の要因の寄与はそれぞれ64%,77%となっている)。

(恒常性所得比率低下の背景)

それでは,高度成長期を通じて消費性向のすう勢的低下をもたらし,また最近においてもなお消費性向を低水準に維持している基本的な要因である恒常性所得比率の低下という現象はなぜ発生したのであろうか。

わが国の雇用慣行は終身雇用制及び年功賃金制を基本としているため人件費面での弾力性が乏しく,そのことが企業の損益分岐点を高める要因となり,景気変動に対する脆弱性を強める結果となっている。このような雇用慣行下ではボーナス制度が景気変動に対応して人件費負担を伸縮させるクッションとなる(昭和51年度年次経済報告148頁参照)。このため企業は,人件費決定に当たって将来のコストの硬直化に結びつく賃金ベースの改定よりも,企業業績に応じて伸縮可能なボーナスの比重を増大させようとする傾向をもつ。こうした結果,賃金総額に占めるボーナス額の割合は傾向的に上昇することとなった。

第II-2-3図 階層別消費性向の動き(季節調整値)

50,51年は戦後最大の不況からの緩慢な回復という状況の下で企業業績は依然低水準にあったことから,ボーナスの伸びの鈍化がみられた。しかし,50,51年の平均で年間3.30か月分と例えば昭和40年の2.54か月分(昭和35年2.19か月分)を大きく上回る水準であり,収入全体に占める変動性所得の割合はごくわずかしか低下していない。このことは人件費面での伸縮性を高め損益分岐点操業度を引き下げるという減量経営の方針にもかなった動きであると考ええられる。

(所得階層別の消費性向)

なお,所得階層別の消費性向の動きは 第II-2-3図 のとおりで48~51年の4か年を通じていずれの階層の消費性向も時系列的な動きにおいても,また階層相互間の関係についてもそのパターンには大きな変動は認められない。


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