昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第II部 均衡回復への道

第1章 盛り上がりを欠く民間設備投資

第3節 企業利潤率と設備投資

企業の投資意欲の減退をもたらしているいま一つの要因は,企業利潤率の低さである。もちろん,企業が投資決定を行う場合考慮される利益率は現在の利益率ではなく将来の期待利益率である。将来の利益率に関する期待は世界経済の動き,わが国経済の成長率,物価の動向等マクロの経済情勢から所属業界の現有設備能力,需要動向,投入・産出価格の動き等々きわめて多くの要因を予測,検討の上形成されるのであるが,その際現在の利益率水準が最も重要視される要因となることが多い。むしろ積極的反証がない場合には将来の利益率に対する期待は現在の利益率水準を基準に形成されることが多いと考えられる。事実,利益率と設備投資のこれまでの推移をみても( 第II-1-9図 ),両者はほぼ同時的な変動を示しており,現在(あるいは極めて近い過去)の利益率が設備投資の重要な決定要因の一つとなっていることをうかがわせている。

以下にみるように,近年企業の利益率低下が著しく,借入利子率とは逆ザヤの関係にあり,しかも新規投資は主として建設コストの高騰から既存設備との競争力の上で劣位に立つという状況であり,利益率の面でも設備投資意欲を減殺している点が少なくない。そこで以下企業利潤率と設備投資の関係をみることとしよう。

1. 成長率の鈍化と企業利潤率の低下

(利益率の推移)

企業データから得られる資産額は取得年次の異なる資産から構成されており,各資産はそれぞれの取得時価格を基礎とした簿価で表示されている。このため同一の生産能力をもつ資産であっても取得時期が異なれば異なった価額となり不統一であるばかりか,とくに異常インフレを経た後では再取得価額(当期価格)と比べ著しく低評価となっている。そこでこの点を補正して,それぞれの時点の当期価格で再評価した資産額をもとに計算した企業の利益率(実質利益率)の推移をみれば( 第II-1-10図B ),製造業,非製造業とも成長率が鈍化するのに対応して利益率の低下がみられている。(非製造業では電力業を除いてある。この理由は電力業は地域独占を認められた公益事業であって価格形成が公共料金として政府関与のかたちで行われるものであり,市場の原理に基づいて価格が決定されるものではないからである。)ただし,47年度下期から48年度下期にかけては利益率が急回復を示しているが,これは異常インフレに伴い巨額の在庫評価益が発生したためであり,これを除けばこの間利益率はきわめて低水準となっている。

(利益率低下の理由)

昭和40年代後半以降利益率の低下が成長率の鈍化と軌を一にして起こっているのは循環的理由のほか次の理由による。

第1に,成長率鈍化が需要の伸びの鈍化をもたらし,これが一方で稼働率の低下に通じ,固定費コスト負担の増加を結果するとともに少ない需要増加分をめぐって価格競争が激化したからである。ただし,この点がはっきり出てきたのは49年度下期以降である。

第2に,成長率鈍化に伴う生産性上昇率の鈍化のためコスト上昇分を生産性の増加で吸収しえなくなっていることである。上記のとおり異常インフレ時の高収益は当期の生産活動の結果生み出されたものではなく当期以前に生産された製品や仕入れられた原材料の在庫評価益であり当期のコストと生産性との関係ではコストの増加が生産性の伸びを上回っているのである。コスト増加は,昭和47年ごろから顕著になり原油価格値上げで頂点に達した一次産品価格の高騰により原材料コストが上昇したことに加え,昭和50年以前では年々前年を上回った賃上げによる人件費の増嵩,過大な借入れ(土地投機等のための)による金利負担の増加などにより要素費用が増加したことによって生じた。

2. 金利と利益率

企業が設備投資決定を行う場合,将来の期待利益率が利子率を上回ることが追加的な投資が行われるための必須の前提である。そこで次に利子率と実質利益率(総資本利払前利益率)との関係でみると,製造業については42年度上期,43年度上期,44年度,48年度上期を除きまた非製造業では全期を通じていずれも逆ザヤ関係になっている。しかしこのようなことになったのは企業会計上の総資本(割引手形受取残高を含む)中に通常無利子負債である買掛金が相当額(とくに卸小売業で大きな比重を占めている)含まれており,それだけ総資本が大きくなって利益率を引下げているのに対して,利子率は当然のことながら支払利息,割引料と有利子負債との比として算定されているからである。

そこで利子率と利益率の関係が果たして順ザヤであるか逆ザヤであるかをみるには,総資本利益率(利子支払前)と自己資本純益率(利子支払後)とを比較し前者が後者を下回っていれば利益率と利子率の関係は順ザヤ,前者が後者を上回っていれば逆ザヤとなる。(この点については昭和51年度年次経済報告156~8頁を参照のこと。)いま,この両者の関係をみると製造業は49年度下期以降,非製造業では49年度下期~50年度下期及び51年度下期には総資本利益率が自己資本純益率を上回り,また,製造業規模別には,大企業は49年度下期以降,中小企業は49年度下期及び50年度下期に前者が後者を上回っており( 第II-1-10図B及びC )利子率と実質利益率との関係は逆ザヤ関係にあったことを推測させている。金利と利益率が逆ザヤであるような時期には投資意欲や借入意欲が生ずるはずはないのであって,この点は近時企業の資金需要がきわめて停滞的である事実がこれを裏づけている。

3. 新旧設備の競争力格差

石油危機前後の異常インフレが設備投資に与えた影響のもう一つの側面は,新規投資の建設コストが急騰した結果,新規投資が既存設備に対して競争力の面で劣位に立つという状況になった点である。

いま新規投資の建設コスト高騰の状況を前出経済企画庁「企業行動調査」でみると,石油危機以前の時期である昭和47年度に対し,同一の生産能力をもつ設備を51年度において再建設する場合の建設コストは全業種の平均で1.7倍に達している。この上昇率は産業別にかなりのバラツキがあり,石油精製(2.3倍),電力(2.3倍),化学(2.0倍),鉄鋼(1.9倍)と装置産業において高い。これは装置自体の価格上昇に加え,据え付け等のコスト上昇が著しかったことのほか公害規制の強化等の影響もあったからである。これに対して機械工業や商業,サービス(いずれも1.5倍)などでは上昇率が低い。新規投資の建設コストの上昇は,それだけ減価償却費,金融費用の負担の増加をもたらし,新規設備による製造コストを押し上げ,利益率を圧縮する結果となっている。

いま建設コストの高騰による新規設備の既存設備に対する収益性の格差について一応の目安をうるため,40年度上期以降の各期について簿価ベースでの利益率とそれぞれの期の当期価格によって再評価した場合の利益率(いずれも総資本利払前利益率)とを比較してみると( 第II-1-10図C ),最近両者のかい離が著しく拡大している。

4. 規模別の利益率の動向―中小企業の設備投資との関連において

規模別の利益率(ただし,実質利益率も表面利益率も傾向は変わらない。)は,総資本利益率でみても,また自己資本純益率でみても,いずれも小規模企業の方が利益率が高いという状況が一般的である( 第II-1-11図 )。

(利益率格差はなぜ発生したか)

それでは,このような規模別利益率格差はどうして発生したのであろうか。すでに昭和51年度年次経済報告(156頁)で詳述したように,わが国の企業は従来利子支払後にその手元に残る利益である経常利益を最大にするように行動していたとみられ,設備投資決定に当たっては,当該投資の期待利益率が,たとえわずかでも支払金利水準を上回るなら設備投資を行う(限界利益率が限界金利に等しくなるまで投資を行う)という行動を取っていたとみられるのである。このような投資行動が取られれば使用総資本に対する平均的な利益率は低下するが,企業の獲得する利益額はそれによって最大になる(自己資本純益率は上昇する)。

ところが戦後のわが国経済においては,恒常的に資金需要の超過がみられ,資金の割当が行われた。この際大企業は比較的潤沢な資金供給を受けることが出来たが中小企業の場合はリスクとの関係もあり,そうではなかった。こうして大企業の場合は比較的限界利益率の低い投資機会までが実現されたのに対し,中小企業の場合は資金面の制約からも比較的限界利益率の高い投資機会しか実現されなかった。先に金融緩和期に中小企業の設備投資がまず回復に向かったという点の指摘を行ったが,これは比較的高収益率の期待できる投資機会をもった中小企業が金融の制約が緩められたとき,これを実現しようとした動きを示している。またこうした投資機会が減少したことが最近の金融緩和にもかかわらず中小企業の設備投資意欲の弱いことを説明している。ではなぜ,中小企業の分野での高い期待利益率が大企業の参入を招来しなかったのであろうか。それは中小企業製品の市場規模,労働集約的な生産方式等というものが,スケール・メリットの追求を目指して大規模化の方向へ向かっていた大企業の行き方にそぐわなかったこともあるが,何よりもまず高度成長期であって需要の成長が速く,大企業にとって実現を目指すべき投資機会が潤沢に存在したからである。

こうして結果としてみると中小企業の利益率が大企業のそれを上回ることになっていたのである。高度成長へのスパートの始まる前の段階にあった昭和30年ごろにおいては明らかに大企業の方が利益率が高かったのが( 第II-1-12表 ),高度成長の過程で利益率の規模格差が逆転したのはこのようなメカニズムによるものである。

(利潤発生メカニズムの相違)

大企業と中小企業とでは,また利潤発生のメカニズムにも違いがあった。大企業における投資の集中は大企業での生産性の上昇率をきわめて大きいものとした。生産性の上昇は,投入価格上昇に伴う原材料費の増加を吸収して製品価格の安定を実現しつつ利潤を増やすとともに賃金引上げを可能にした。労働需給ひっ迫化の下での大企業における賃金上昇は中小企業へただちに波及した。春季賃上げ方式という全国一斉の同一時期という賃金交渉は,賃上げ率の平準化をもたらした。中小企業では,この人件費を中心とするコスト上昇を生産性上昇で吸収しきれないため,価格上昇という方向をとることによって利益低下を防いだのである。 第II-1-13表 の利潤増減要因分析はこの点を鮮やかに示している。

ところが最近の動きには高度成長期とは異なる動きがみられる。すなわち49年度下期から51年度下期にかけての期間においては,大企業において減量経営による生産性の向上が続いているにもかかわらず,生産性の上昇によっては,やっとこの間における要素費用の増加を吸収しえているにすぎず,石油ショック後大幅に高まった分配率を目立って引き下げるところまでには至っていない。この結果,利益増加は価格上昇(製品単位当たりの原材料等投入費用増加を上回る価格上昇)を通じて行われている。