昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第I部 昭和51年度の日本経済―推移と特色―

第3章 落ち着き傾向のみられる物価情勢

第2節 落ち着き傾向にあるコスト要因

51年度の卸売物価は,コストの伸びが鈍化したこと及び需給も軟化したことの両方の要因によって,後半顕著な騰勢鈍化を示した。

需給要因の動きについては次節でみることとして,本節では卸売物価指数の83.4%を占める工業製品価格(国産品)について,騰勢鈍化の要因をコスト面について探求することとしよう。(残りの16.6%の内訳は,輸入品が7.5%国産の非工業製品が5.3%,その他品目が3.8%である。国産非工業製品は農林水産物,鉱産物であり,その他品目は金属くず,雑品目である。これらはいずれも工業製品について適用しうるようなコスト分析にはなじまないものである。)

(卸売物価におけるコスト要因)

工業製品価格は,40年代を通じて安定した推移を示してきたが,47年度後半になって,折からのインフレ傾向とともに,高い上昇率を示し始めた。そして石油ショック時の48年度下期は,前期比18.8%の大幅上昇となったが,その後一転して,不況の進行とともに再び落ち着きをとりもどした。しかし今回の景気回復過程では,50年度下期,51年度上期とやや上昇テンポを速めてきたあと,51年度下期には再び上昇率の鈍化が顕著となっている。

第I-3-4表 製品価格変動要因分析(主要企業製造業,従業員1人当たり)

そこで,最近の上昇率の鈍化がどのような要因によってもたらされたかを探ってみると次のような点に要約できよう( 第I-3-4表 )。

まず原材料コストの伸びが目立って低下する一方,要素費用の増加率も,人件費コストの伸びの低下を主因に大きく鈍化した。このため,生産性上昇による製品価格低減効果は,51年度上期よりは相対的に小さくなったものの,それでも要素費用の増加を完全に吸収したうえ,原材料コストも加えた総コストの伸びとバランスしている。この結果,51年度下期の製品価格上昇は,そのまま企業利益の増加にむすびついた。(ただし,在庫評価益が減っているため企業が実際に計上した利益額の伸びは低くなっている。)

このような結果をもたらした要因について,以下やや詳細に検討してみよう。

(原材料等投入コストの上昇率の鈍化)

工業製品における原材料等投入価格の動きをみると,47年度下期から49年度上期までのインフレ高進期には,投入原材料価格の寄与度だけでほぼ製品価格の上昇率を上回るほどであったが,49年度下期以降は際だって落ち着いてきた。特に最近の動きについてみると,昨年夏以降上昇率が目立って鈍化している( 第I-3-5図 )。

このように投入原材料価格の上昇率が鈍化してきたのは,輸入素原材料価格という外生要因が落ち着いてきたこと,及び次節でみるように,需給の軟化を背景に,特に素材製品価格の上昇率鈍化が顕著になったこととによる。

わが国は,原材料の海外依存度が高く,コストにとって外生条件として作用する輸入素原材料の価格変動が,その波及効果をも含めて投入価格の変動に大きな影響を与える。

輸入素原材料価格の変動は主に,海外一次産品市況を中心とする国際需給の動きによって規定されるが,これらの品目ではドル建契約がほとんどであることから,変動相場制下における最近の対ドル為替レートの動きも,円ベースでみた輸入素原材料価格の変動に大きな影響を及ぼすようになりつつある。

まず海外一次産品市況は,50年末以降,先進工業国の需要回復を背景に騰勢を強め,このため非鉄地金類など,海外相場に連動して国内価格も変動する海外関連品も,強調に推移した。しかし秋口以降は,先進工業国の景気回復テンポの鈍化や穀物の需給緩和見通しを背景に軟化に転じ,52年にはいってから一時コーヒー,ココア豆などを中心に騰勢を強めたものの,4月以降は再び大きく下落している。このように海外一次産品市況の腰が弱いことに加えて,このところ外国為替市場における円の対ドルレートが上昇していることから,円ベースでみた輸入素原材料価格は,かなり押し下げられている。

ちなみに,卸売物価全体に与える為替レート変動の影響について,その直接効果分をみると,52年に入ってから急速に円高傾向が強まったこともあって,卸売物価引下げ効果はかなり大きいものとなっている( 第I-3-6図 )。対前期比で為替レートが変化しない場合の想定卸売物価前期比騰落率と現実のそれとの差を為替レート変動による効果と考えると,51年4~6月期は0.2%ポイント,7~9月期は0.4%ポイントほど引下げの効果があった。その後10~12月期は一時円安に転じたことから,逆に0.1%ポイントほど卸売物価を押し上げたものの,52年に入って,1~3月期は再び0.4%ポイント,4~6月期も0.6%ポイントほどそれぞれ引下げ効果として作用している。

このように,国際商品市況の落着き基調に円高の効果が加わって,輸入素原材料価格の上昇率が鈍化し,これが投入価格の上昇率鈍化をもたらしたのである。

(要素コストも伸びが鈍化)

要素コストの変動に大きな影響を与えているのは賃金コストの動向である。賃金コストの製品価格上昇への寄与度は,このところきわめて小さくなっているが,これは,すでに第2章でみたように,企業の減量経営の一環としての従業員数の抑制のほか,1人当たり賃金上昇率が49年に比べて50年,51年と鈍化してきているためである。

すなわち,51年度の春季賃上げ率は8.8%と50年度の13.1%を下回るモデレートな伸びとなったあと,52年度も51年度と同率で決着したことから,賃金要因の価格押上げ効果はおだやかなものになりつつある。

52年春季賃上げ率が51年と同率となったのは,春季賃上げ率に大きく影響を及ぼすと考えられる52年1~3月期の労働需給(有効求人倍率),消費者物価,企業奴益という要因が,前年とそれほど違いがなかったことが大きく影響しているものとみられる。すなわち有効求人倍率は0.61倍と前年同期と同水準であり,消費者物価上昇率も9.3%の上昇と前年同期(8.9%)とほぼ同水準であった。また,経営利益率は,2.97%と前年同期のそれ(1.96%)をやや上回る状況がみられたが,水準としては依然低いものにとどまっていた。

第I-3-7図 主要大手企業における春季賃上率および要因別寄与度

52年の動向は以上のようであったが,ここ3,4年来と高度成長期と比べると賃上げ率決定要因としての各要因の寄与度は変化してきている。高度成長期においては,企業業績の好調を背景として,労働力不足から若年層の賃金を中心に賃金引上げが図られ,いわば労働需給要因が賃上げに大きな影響力をもった。また,49年以降では労働需給要因は,依然かなりの寄与度をもっているもののやや後退し,その一方,高い上昇率を続けた消費者物価の賃上げ率への影響が強まった( 第I-3-7図 )。

賃金コスト以外の要素コスト(減価償却コスト,金融費用)による製品価格上昇への寄与度も,50年度以降はほとんど無視してよいほどに小さくなっている。減価償却コストの伸びが低くなっているのは,設備投資の低迷による新規投資の減少に加え,業績不振企業における定率法から定額法への減価償却方法の切替え等が影響している。また,金融費用も借入金利が低下するなかで借入抑制の動きがみられたことなどから相対的に減少する傾向にある(詳細は第2章)。

以上のように原材料コスト,各要素コストの上昇による製品価格へのコスト・プッシュとしての作用は,51年度上期に原材料コストがやや大きな上昇を示したものの,総じてこのところ小さくなりつつある。したがって,生産性が上昇すれば,コスト(要素コスト)増を吸収しうる余地はそれだけ大きくなっているといえる。

(生産性向上によるコスト圧力の吸収)

労働生産性の向上は,稼働率上昇によるほか,従業員数の相対的減少によっても生じ,また,省力化・合理化設備の導入も,労働生産性向上に寄与する。最近における労働生産性の伸びは,稼働率の改善によるよりも省力化・合理化や従業員数の縮小によるところが大きく,稼働率の低水準にもかかわらず実質生産性は40年代のトレンドを上回っている。

このような生産性の上昇は,これまで価格上昇圧力を和らげるのに役立ってきた。しかしながら第2章の減量経営の中でみたように,企業の人員縮小にも限度があり,しかもその兆しがみえつつある現在,稼働率の改善がすすまないとすれば,先行き生産性効果を弱いものとし,コスト圧力が強まる結果となろう。

(低利益水準と価格志向の強まり)

48年から49年にかけてのインフレ高進期には,投入コスト増が急激であったために,生産性で吸収しきれずに製品価格は急騰した。しかし50年度下期以降は,製品単位当たりの原材料等投入コストの増加が製品価格の上昇による売上増加を下回り,また要素費用の増加を生産性の増加で吸収したうえ,製品価格が上昇したので企業の利益は増加した。

しかし,付加価値総額に占める要素費用の比重,特に人件費比率(分配率)が高まっていることから,利益が圧縮された状態が続いており,この結果企業の利益率は依然低水準にある(後出 第II-1-9図 )。このため,企業は減量経営の徹底に努める一方過去の蓄積資産を処分して利益ねん出を図ってきたが,いまやその余地が少なくなっている。(前出の経済企画庁「企業行動調査」によれば,東証,大証,名証第1部,第2部上場会社,962社〔調査対象1,558中有効回答数〕において売上高に対する資産売却益の比率は48年度0.6%,49年度0.7%,50年度0.8%,51年度(実績見込み)0.4%,52年度(見込み)0.2%となっている。)

さらに前述したように,稼働率改善を伴わない状態が長引くと,生産性効果は減少する可能性が大きくなっている。いま,大企業と中小企業とで,従業員1人当たり営業利益の増減に対する価格効果(製品価格上昇寄与度と投入原材料価格上昇寄与度との差,ただし,投入価格には原材料消費率を折り込んである。)の変遷をみると,中小企業では,過去製品価格上昇によって利益を生みだしてきた面が強いのに対し,大企業では,価格効果は利益に対してむしろマイナスの寄与を示し(これは生産性上昇の成果が価格面に配分されていたことを意味する。),生産性効果が利益創出の源泉であったと言える。この大企業における製品価格の安定性が,過去の卸売物価を安定させる大きな要因であった。しかし今回の不況期以降,大企業でも利益の大半を価格効果の寄与によっている(後出 第II-1-13表 )。


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