昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第I部 昭和51年度の日本経済―推移と特色―

第2章 経済活動様式の基調的変化

第1節 企業の行動様式の変化:「減量経営」

第1章第1節でみたような51年度の経済の動きを特徴づけた要因としては,第3に,企業の行動様式が次第に変化してきているといったやや中期的な側面があげられる。すなわち,企業においては,量的拡大が優先するといった高度成長期を特徴づけた行動様式は,石油危機後の今回の景気変動を通じて次第に影をひそめてきており,景気回復期にありながらも経営規模の拡大よりむしろ経営基盤の強化の方が緊要な課題としてとりあげられるという従来と異なった対応を示してきている。つまり企業の姿勢は,高度成長期を通じてみられた量的拡大志向の強いいわば「攻めの経営」から,経営内外における質的側面の向上に重点を移した「守りの経営」に変化してきているといえる。このような行動様式の変化は,もとよりきわめて多くの要因に基づいている。後でみるように,原油価格の高騰をはじめとする企業経営環境の変化があることはいうまでもないが(次節を参照),それとも関連して,企業においては今後の日本経済の成長減速をいよいよ現実のものとしてとらえる見方を定着させてきたことによるところも大きい。以下では,こうした各側面の変化が集約的にあらわれているともいえる企業の収益とその構造の変化にまず着目しよう。そして,そうしたことが企業の生産態度やいわゆる減量経営といったビヘイビアにどのように関連づけられるかを明らかにし,次いでそれがマクロ経済面ではどういう結果をもたらし,また51年度経済の特色とどう結びつくこととなったかについて考えてみよう。

1. 企業の行動様式変化の背景にある収益構造の変化

(大幅に遅れた企業収益の回復)

まず,経済主体としての企業の活動結果を集約的にあらわす企業収益の推移をたどってみよう。

第I-2-1図 実質売上高と利益の動向(48年度上期=100)

主要企業(製造業)の経常利益額の推移をみると( 第I-2-1図 ),景気後退期に入った48年度下期には,売上げ数量は減少しはじめたものの,製品価格面では,47年ごろから根強い上昇基調にあったところへ原油が値上げされ一段と大幅な価格上昇がみられたため,それまでで最高の利益を記録した。そのあと,景気後退が本格化するに及んで減益に転じ,逐期減益幅を拡大するといった鋭角的な落ち込みをみせた結果,50年度上期には,その利益額がピーク期に比べて16.1%にしか満たないという著しく低い水準にまで低下した。そして景気の谷からおよそ半年を経た50年度下期において企業収益はようやく回復に転じ,その後51年度上期にも比較的順調な改善を示したが,下期には回復一服のかたちとなった。このように,企業の収益は,回復の足どり自体が必ずしも順調なものでないうえ,その水準についても,51年度下期においても経常利益額はピーク時(48年度下期)の90.0%であり,また売上高経常利益率でみても4.0%とピーク時の水準(48年度上期の6.5%)を大きく下回るのみならず,前回不況時における最低レベル(46年度下期の3.6%)とほぼ同じという低水準にとどまっている点が大きな特色である。なお,業種別にみた場合には,輸送用機械(とくに自動車)や電気機械など最終需要財関連業種はこれまでのピークに近いものもみられる一方,鉄鋼,紙・パルプといった素材ないし中間製品関連業種ではなお著しく回復が遅れるという状況にあり,業種間での回復度の格差はきわめて大きい(こうした点が示唆する諸問題は次節及び第II部第4章で扱う)。

(変動費比率の大幅上昇と企業行動の変化)

ところで,このように企業収益が大幅に落ち込み,その改善がはかばかしくない状況にある中で,収益の生みだされる構造自体がここ3,4年大きく変化してきている点を見逃すことは出来ない。すなわち,石油危機を契機に原油をはじめとする原材料価格が全般に急上昇した結果,企業の総コストに占める変動費の割合(変動費比率)が目立って上昇してきている点である。そこで次にこの点に関し,主要企業の場合を製造業全般と主要業種について検討してみよう。

変動費比率を企業統計において時系列比較する場合に注意する必要があるのは,変動費比率が設備の稼働率いかんで影響を受けるという点である。というのは,変動費は,もともと生産数量にほぼ比例して増減する費用であるから総コスト(変動費及び固定費)中の変動費の割合,すなわち変動費比率は低稼働時には下降し,高稼働時には上昇する。ここでは企業の費用構造の変化を考察することが目的なので,このような景気循環に伴う稼働率高低の要因を除去して変動費比率を試算してみると, 第I-2-2図 のようになっている。すなわち,原油の大幅値上がりがあった48年度下期に一転急上昇したあと49年度下期にかけて急テンポで引続き上昇した。その後50年度上期には,国際資源価格の騰勢一服などから変動費比率は若干低下をみたが,水準としては引続き高いところにとどまっている。

このような変動費比率の上昇と高水準持続は,企業の操業度引上げメリットを相対的に減少させるという意味をもっている。というのは,一般的に人件費,減価償却費,金融費用など固定費の水準が操業度のいかんで変化を受けないとすれば,操業度が上昇すればするほど固定費負担は減少し,従って製品一単位当たりのコスト(固定費及び変動費)は低下するわけであるが,その場合,もしコスト中の変動費の比率が高ければ,そのような固定費負担軽減の割合も当然小さくなるからである。そこで次に,操業度上昇による製品1単位当たりのコスト低減効果がどの程度変化したかを,一定の前提のもとに試算してみると( 第I-2-3図 ),同一稼働率の場合,45年度のコスト低減効果を1とすれば,石油危機直前の48年度上期は1.05とわずかながらも上昇したが,49年度下期にかけては0.85にまで急減し,その後51年度には若干の上昇がみられたものの,操業度引上げのメリットは石油危機以前に比べおよそ15%小さくなっていることがわかる。

今回の景気回復過程においては,その初期の段階では稼働率が極めて低い状態から出発せざるをえなかったため固定費の割合が相対的に高い水準にあり,従って操業度上昇によるコスト面のメリットは大きかった。このため,企業では,売上げが少し動意をみせると生産の拡大に走る傾向がみられた。しかしながら,変動費比率が上方へシフトした状況下では,不安定な足どりながらも生産水準の回復が続き,稼働率がある程度高まってくるにつれ,操業度上昇によるメリットが過去に比べかなり小さくなっていることに企業は気付き始めたとみられる。

このように供給コスト面において,操業度上昇によるメリットが相対的に減少している状況下,需要が弱いため生産増加は需給バランスを崩し,製品価格の低下を招くことになるので,企業としては,収益回復のため,生産面で抑制気味となる一方,製品価格の面で維持,引上げをはかろうとする行動様式をとるようになる。

このように,最近みられている企業の生産や製品販売価格に対しての対応の変化には,その背景として企業のコストないし収益の構造的変化に根ざした面が強いのである。

(収益増減要因の変化といわゆる減量経営)

次に,すでにみたように企業収益の回復がきわめて緩やかなものにとどまらざるをえなかった理由を企業経営のレベルで明らかにするため,企業収益増減に寄与した要因についてやや立入って検討し,それが企業の行動とどう関連しているかを考えてみよう。 第I-2-4図 は,製造業主要企業における従業員1人当たり経常利益の前期比増減を,価格要因(製品価格と原材料等投入価格の変化),生産性要因(従業員1人当たり実質付加価値の変化),要素コスト要因(人件費,金融費用,減価償却等固定費の変化)の3つの要因の変化に分解して表わしたものである。これによると,50年度上期においては,景気全体が回復に向かいはじめたにもかかわらず,製品価格がかえって弱含みとなったため価格要因が引続き減益要因(在庫評価益の減少)にとどまったうえ,生産性が低下したため,企業収益は減少を余儀なくされたことがわがる。また,収益の回復がはじまった50年度下期や51年度上期においては,一方で生産量の増加や原単位の改善を背景として,生産性要因が人件費を中心とする要素コスト要因を吸収したほか,価格要因も上記のような企業行動もあってかなりの増益要因となった。もっとも,その収益水準は依然低水準であったため,企業では,根強い増勢を示す要素コストについて抜本的な見直しを迫られることとなり,これが後で詳しくその実情をみるような減量経営という企業の行動に結びついたのである。現にそうした努力の結果,51年度下期においては,減益要因としての要素コスト要因は小幅化した。もっともこの期には,景気全体の回復テンポが著しく鈍化し需給が軟化したことから,生産性要因が小さくなったほか,価格要因も減益要因(ただし,在庫評価益の減少)に転じており,この結果収益改善傾向が頭打ちとなったのである。ここで減益にはならず,小幅ながらも辛うじて増益となりえたのは,要素コスト切下げ努力が実を結んだ結果といえよう。

次に,今次回復局面における以上のような各要因の動きをより明確にとらえるために,上記の分析を景気の上昇及び下降局面ごとに適用し,従来と比較するながで,最近の回復における構造的変化を明らかにしよう( 第I-2-5表 参照)。

まず,高度成長期における景気上昇過程である40年代前半をみると,企業収益面では増益が続き長期にわたる好況を満喫したが,そうしたことを可能としたのは,一方で要素コストがかなり上昇したにもかかわらず,他方,設備の大型化,新鋭化等によって生産性が顕著に上昇し,これが要素コストの上昇を十分に吸収しえたからである。この間の価格要因をみると,原材料価格が安定する一方,製品価格の上昇もわずかにとどまったため,全体としては若干の増益要因となっているにすぎない。このように,この時期においては,景気が急ピッチで拡大するなかで企業の生産性が上昇し,こうしたことから全体として物価安定を続けることができた一方,企業経営面でも収益が大幅に増え続けるという繁栄を同時に達成しえたのである(ちなみに1人当たり経常利益額をみると,40年度上期に約12万円であったものが,44年度下期には約35万円と5年間で3倍弱にも達する急増となっている)。

次に,46年不況からの回復過程をとおしてみると,とくに47年度下期及び48年度上期の大幅増益を反映して収益増加のテンポは40年代前半の好況期よりもむしろ速いものとなった。しかしその要因をみると,価格要因(ただし,在庫評価益部分)によるところがきわめて大きく,それが生産性上昇による増益寄与を上回るというそれまでみられなかったかたちでの利益の増加となっている(とくに48年度下期には,景気後退の始まりにより増益率は大きく鈍化したが,価格要因(同上)のプラスの寄与はむしろ前期より大きい。前掲 第I-2-4図 )。これは,製品価格は原材料投入価格の上昇にほぼ見合って上昇しており,その限りでは利益を増やす要因とはなっていない(むしろ若干の減益要因である)が,当期の価格上昇が,以前の価格の低い時期に仕入れまたは製造した在庫について,巨額の在庫評価益を発生させたことによるものである。製品価格の上昇(とくに素材産業におけるそれ)は,別の業種にとって投入価格の上昇を意味しており,このため物価上昇はスパイラル的に加速化されていった。また,こうしたことから人件費を中心とする要素コストが大幅に増加し,すでに鈍化傾向にあった生産性の上昇によっては十分に吸収しえなくなってきていた点が注目される。さらに,こうした異常なインフレーションは,景気後退が本格化しはじめた49年度上期においてさえなお多額の在庫評価益という帳簿上の見せかけの利益を生み出しており( 第I-2-6図 ),そうした要因がはげ落ちた場合の企業収益の落ち込みの深さを示唆するものであった。

以上のような前2回の回復局面と比較して,今回の回復における特色は何か。

まず回復に先立つ景気下降の局面をみると,49年度に入って景気が急ピッチで下降し,インフレーションが収束するのに伴ってそれまでの価格上昇に支えられた企業収益の膨張は一気に崩れ,企業収益は50年度上期にかけてこれまで例をみないほど悪化した。まず,価格要因をみると,一方で原材料等投入価格は50年度上期にはやや下落したものの全体としてはなおじり高を続けていたが,他方では,強力な引締め政策やこれに伴う大掛りな在庫調整により需給が急速に緩和し製品確格の上昇が大きく鈍化することとなった。また,インフレーションの収束に伴い在庫評価益という見せかけ上の利益捻出もこれまでほどには期待することができなくなった。しかも,人件費を中心とする要素コストの大幅な上昇はなお続いたことから,生産性によって要素コストを吸収しえず,利益減少に拍車をかけるところとなった。こうした状況下,企業では,人員の調整を進めるなど生産性の向上に努めた。一方,50年度下期以降の収益回復には,このような生産性の向上努力に加え,生産の増加をみたことから,生産性の上昇による部分がかなり寄与した。また価格要因も,50年度下期から51年度上期にかけての価格上昇によって,これまでになく大きな収益増加要因となった(前掲 第I-2-4図 )。しかし,企業の収益水準は依然低かったため,要素コスト要因を中心に企業は抜本的な収益構造の見直しに迫られたのである。こうしたことから,いわゆる減量経営の姿勢が大きくあらわれることとなった。

2. 減量経営への取組み姿勢

今次景気変動を通じて減量経営が強力に推進されることになったのは,未會有の収益悪化という状況にある中で,そうした事情をもたらした収益構造上の要因が表面化したうえ,中期的にみて日本経済が減速過程に入りつつあるという認識が次第に定着してきたからである。それだからこそ,低い需要の伸びにも適応できる企業体質作りという苦しい努力が現実の動きとしてあらわれてきたのである。

では,減量経営とは,具体的にはどういう面での企業の努力としてあらわれる性格のものであろうか。上記の利益変動要因分析に則していえば,それは,市場の競争状態が変らないとした場合,固定的経費としての要素コストの圧縮につながるか,または所与の設備で生産性を引き上げる結果をもたらす対応を意味することになる。要素コストの圧縮手段としては,人件費の削減,金融費用の削減,減価償却費の削減があり,また生産性の引上げは投入原単位の向上(生産工程の効率化)や雇用人員の圧縮によって達成されるものである。経済主体としての企業は,こうした対策に具体的にはどのような取組み姿勢を示し,またどの程度成果をあげつつあるだうろか。この点をまずみてみよう。

(3つの側面にあらわれた減量努力)

上記のような観点からみた場合,経済主体としての企業の減量経営の努力は,第1には中期的な雇用の圧縮を通じての人件費削減(労働面でのコスト削減),第2には借入金圧縮による金融費用の削減(資本面でのコスト削減),そして第3には投入原材料の原単位向上(資本と労働を所与とした場合の生産の一層の効率化)という3つの測面にとくに強くあらわれている。これらに対する取組み方とその成果をいま少し具体的にながめてみよう。

まず最初に,企業の雇用人員圧縮に対する構え方をみると( 第I-2-7図 ),製造業の場合には,51年度までの3年間にいおて従業員数を減少させる対策がとられており,その圧縮幅も48年度までの3年間に比べてはるかに大幅であった。これを業務内容別にみると,直接生産部門(いわゆる現場作業)の従業員は,現実の生産の落ち込みと先行き需要のすう勢的鈍化の影響が直接及ぶことから,とくに厳しく削減されており,また,48年までは増加傾向にあった間接部門(非現場)従業員数もほぼ横ばいに抑えられている。わが国の雇用慣行はもともと終身雇用の調整の影響が直接あらわれる度合は比較的少なく,むしろそれ以外の限界的な側面における動きに注目する必要があるが,そのひとつの例が子会社等関連企業への出向である。確かに,48年度以前にも出向者は増加しているが,それは,高度成長に伴う事業多角化が新規事業会社設立というかたちでなされ,そこに従業員を派遣するといった内容のいわば積極的な出向であった場合が多いとみられる。ところがその後51年にかけても出向者は一段と急増を示した。しかし,この背景をみると,親会社の人員整理,不採算部門の分離,子会社を通じる販売促進などに関連した出向であり,親会社の広範な収益対策の一環としての性格の強い受身的な出向であった点で,それまでとは大きく異なっている。また,このような比較的マイルドな対策に加え,退職,転職等の勧奨といったかなり直接的な人員削減措置が,ピークは越えたとはいえなおかなり尾を引いている点も,今次景気回復局面での大きな特色である。ちなみに主要企業の場合をみると( 第I-2-8図 ),既存雇用者に対してこうしたかたちの雇用調整策を採ったとする企業は製造業では全体のおよそ3分の1に達しており,今後ともそうした構えにある企業は全体の4分の1を占めている。なお,非製造業では,このような雇用調整の実施は比較的小規模なものにとどまっており( 同図 ),こうした結果,51年度にかけての従業員数をみても,45年から48年までの増勢のあとほぼ横ばいに推移しており,大幅削減のみられた製造業に比べればその影響は緩やかなものとなっている(前掲 第I-2-7図 )。このように,労働面において,製造業従業者は減少傾向を示す一方,非製造業従業者については,上記のような大企業の動きのほか比較的ウエイトの高い中小企業を含めて考えると,むしろ増加傾向にあることは,産業部門間における生産要素配分の傾向的変化,ひいては産業構造の変化を示唆するものである(これらを含め産業構造変化の観点からの分析は第II部第4章を参照)。

雇用面における以上のような企業の対応は,そのもともとの狙いである企業収益構造の改善という点でどういう結果をもたらしてきているだうろか。これを,人件費総額の増加率でみると( 第I-2-9図 ),製造業主要企業の場合には,49年度下期以降2年以上にわたって従来にない低い伸び率に抑制しえていることがわかる。しかもその伸び率の背後にある要因をみると,特別給与(賞与)を中心に1人当たり賃金の伸びが低下したことによるところが大きいことのほか,従業者数の調整という従来ほとんどみられなかった要因が今回は3年にわたってかなりの寄与となってあらわれている点が特に注目される。従未の景気回復期では,生産の増加に対処するためにはまず所定外労働時間(残業)を増加させ,それからやや遅れて雇用者も増加するのが常であった。ところが今回は,生産の回復過程にありながらも,長期的な人件費負担増につながる雇用者数の面ではむしろ削減し,一方,短期的な人件費増加にとどまりうる既存雇用者の所定外労働時間の増加をはかるというかたちで当面の生産水準の引上げを図っている点が大きな特徴である。もっとも,51年度にいおては,そうした面を通じる人件費縮小対策はさすがに一巡しつつあり,雇用調整も一応峠を越えたかたちとなっている。こうした人員削減の結果,雇用者1人当たりの実質生産性との対比でみた賃金の水準は,50年度上期にピークを記録したあと低下傾向をみせている。もっとも,その比率の水準自体は,すう勢的な動きからみてもなおかなり高く,稼働率が上昇しない限り人件費が企業収益面,ひいては物価面にも潜在的な上昇圧力の要因として残ることを示している。

次に第2の側面である金融費用についてみると,企業ではその削減をはかるため,手元流動性の圧縮に努めることなどにより,外部資金の取入れを極力抑制する方針で臨むことになる(詳細は第4章第2節の企業金融の動向を参照)。ちなみに,そのようなフロー面での対処の結果をいわばストックの形であらわす指標ともいえる自己資本比率をみても,主要企業の場合,現実の水準が約2割であるのに対して望ましいとみる水準は3割強とされており,自己資本比率の引上げを図ろうとする姿勢が示されている(経済企画庁「新たな対応をめざす企業行動に関する調査」(昭和52年1月実施),以下「企業行動調査」と略す。なおこうした企業財務構造面の分析の詳細は51年度年次経済報告第4章を参照)。

第3の側面である投入原材料の原単位向上努力,すなわち製品1単位当たりの投入原材料数量の引下げに取り組む努力も,企業段階では精力的に進められてきた。例えば,やや長期的にみて価格上昇懸念の強いエネルギーに着目し,その原単位の動きとそこにおけるエネルギー別内訳の推移を主要業種についてみると( 第I-2-10図 ),エネルギー消費量の大きい鉄鋼(銑鉄),アルミニウム精錬などでは操業技術の向上などによりとくに49年度以降,製品1単位当たりの重油消費量を減少させてきている。またセメントにおいては,価格が急騰した重油に対しては熱効率の良い新鋭装置(SPキルン)の導入によりその消費量の減少を図る一方,価格上昇率が相対的に小さかった石炭の消費はむしろ増加させるといったエネルギー面での代替を進めており,そうしたなかで全体としての生産の効率化が図られていることがわかる。こうした省エネルギーの努力は,石油,石炭をはじめとするエネルギー関連業種に対する需要水準の基調的な変化としてあらわれてくることはいうまでもないが,そうしたことを通してそこに省エネルギー的産業構造へ変化してゆかざるをえないひとつの力として作用しているとみることができよう。なお,こうした原単位向上努力がどの程度成果をあげてきたかを業種別あるいは製造業全体として評価するのは必ずしも容易ではないが,若干の前提を置いて試算してみても,全体としては,原油高騰後の49年以降そうした成果が次第にあらわれてきていることを確認することができる。

以上では,経済主体としての企業がどのように減量経営に取り組んでいるかについての実情を主として追跡した。そこで明らかにされたように,個別企業ないし企業部門の人員調整努力は,経済全体としてみた場合には直接的には労働需要の減少にほかならず,また借入圧縮の動きは同様に資金需要の減退を意味している。さらに,各企業の原単位向上努力に伴い,需要減少に見舞われる業種(例えば石油精製)がみられる反面,それによって需要が増加する場合(例えば省エネルギー関連設備メーカー)もありうる。このように,減量経営という企業段階にあらわれた行動様式の変化がもたらす影響を考えた場合,マクロ経済面では,労働や資本といった生産要素の需給面ににまず縮小均衡的なインパクトが加わるほか,より一般的には各種財の需給状況のあり方にも少なからぬ影響を及ぼすことになる。そこで次に,こうしたマクロ経済面へのはね返りのうち,その帰すうが経済政策の最終的目標とも深いかかわり合いを持つ労働市場の動向をとりあげ,企業レベルでの減量経営がどのような影響を与えたかという問題を念頭に置きつつ雇用情勢の推移を追ってみることとしよう。

3. 減量経営の影響があらわれた雇用情勢の推移

(改善が遅れる雇用情勢)

すでにみたように,今回の景気回復過程では,雇用情勢の改善が遅々として進まず,従来の回復局面に比べた場合はもとより,ほかの経済諸活動の改善に比べても大幅に遅れることとなった。

まず,こうした推移を雇用関連指標によりやや詳細に跡づけてみると( 第I-2-11図 ),これら諸指標のなかでも,鉱工業生産との関連が深く景気動向との関連で先行性のある製造業の所定外労働時間は,企業が生産の増加に際しては残業時間の延長をはかったことから景気の反転とほぼ時期を同じくして増加に転じ,51年度に入ってもおおむね着実な増加を続けた。しかし,労働市場の需給状況を示す有効求人倍率は,マクロ経済面での景気回復が進むなかにあってもじりじりと低下を続け,景気の谷から4四半期後の50年10~12月期には0.55倍にまで低下した。その後,製造業,とくに輸出関連業種からの求人の増加を背景に上昇に転じ,51年7,8月には0.67倍にまで回復したが秋口以降は景気回復テンポの著しい鈍化もあって,再び低下し,ならしてみれば,51年度には目立った改善をみせるには至らなかった。こうした状況下,雇用者数の動きをみても,「毎月勤労統計」の常用雇用指数(雇用者総数の約半分を代表し相対的に規模の大きい企業の雇用の動きを示す)は,景気回復が進むなかにあっても,産業別には,製造業,規模別には大規模企業を中心に51年10~12月期まで2年半にわたって減少を続けた。もっとも,49年度から50年度にかけて急増した希望退職者の募集,解雇や臨時労働者の再契約の停止,解雇といった厳しいかたちでの雇用調整はおおむね50年度で終了し,51年度に入ってからの雇用調整は,自然減や欠員不補充を主体とするおだやかなものとなった。こうしたことから,上記常用雇用の減少幅は年央以降縮小し,52年に入ってようやく下げどまる気配をみせている。こうした状況下,失業率は51年度を通して高水準で推移し失業者数も100万人台で推移した。

(雇用情勢改善の遅れの背景)

以上のように雇用関連指標の動きをみると,景気が回復過程2年目に入ってから,一段と悪化を示すものはほとんどみられなくなったとはいえ,引続き明るさがみられるまでには至らなかった。これは,基本的には,今回の不況がもたらした雇用調整にいおては,景気の大きな落ち込みに対応して景気循環的な雇用調整が従来になく大きくあらわれざるをえなかったことに加え,日本経済の成長減速を現実のものとして受け止めはじめた企業が中・長期的観点に立って雇用調整を進めたことから,長期,短期2つの面が重なり合うという事情が労働需給の底流にあったからである。しかし,そうした中にあってより直接的には,生産回復には雇用の増加を伴わずに生産性の上昇や労働時間の延長で対処することがかなりの程度可能であったことが労働需給改善の遅れの要因となった。

こうしたことが可能であったのは,第1には,今回の不況過程で設備稼働率が大幅に低下しそれに伴い労働生産性が大幅に低下したこともあって,景気回復に伴う生産増加に際しては,生産性の大幅上昇が結果として可能であったこと,第2にはとくに49年初から50年初にかけての不況過程で,一時休業や残業規制がかなり広範に実施されたため,過去の回復期と比べ労働時間の増加で対応できる余地が大きくなっていたこと,といった循環的要因が大きく影響している。これに加え,企業においては減量経営の一環として生産工程の見直し等による生産の効率化努力を推進していたこともまた見逃せない要因ででろう。

こうした状況を製造業についてみると生産水準が底を記録した50年1~3月期から2年後の52年1~3月期までの間に,生産は22.3%増加しており,この間労働時間は5.8%増加する一方雇用は5.1%減であったから,労働投入量(雇用×労働時間)としては0.5%の増加,従って,時間当たりの労働生産性は21.7%の上昇をみている。このように生産の回復はもっぱら労働生産性の上昇によって対応されたと言えよう。これを業種別にみても,製造業の全業種にわたって生産の増加は労働生産性の上昇と労働時間の増加(そのうち約半分は残業の増加)で吸収できたことが示されており,生産の増加に際して雇用者の増加は食料品以外では必要とされなかったことがわかる。特に輸出の急増を背景にこれまでのピークを大幅に上回る生産水標に達している家庭電器(ラジオ,テレビ,音響機器)及び自動車といった好調業種についてみても( 第I-2-12図 ),労働生産性の上昇による対応がきわ立っているのに対し,労働投入量は横ばいないし減少気味で推移しており,こうした好調業種においてすら雇用の増加が抑制された状況がうかがえる。

(雇用需要の内容面での変化)

以上のように雇用情勢が展開するなかで,とくに今回の景気変動を契機として雇用需要の内容面で徐々に変化があらわれており,その点が,やや中期的な雇用問題のみならず,広く産業構造の問題とも関連して注目を要しよう。

その第1は,企業内で相対的に基幹的な労働力であり,また短期において雇用調整が比較的困難な男子や常用労働者に関しては企業の雇用態度慎重化が目立つ一方,パートタイム労働者,臨時労働者など縁辺的性格の濃い労働者への選好を強めつつあることである。労働者数の増減状況を雇用形態別にみると( 第I-2-13図 )今回不況初期の49年初には,パートタイム労働者や臨時労働者の雇用が常用労働者に先がけて削減され,また景気回復2年目の51年に入ってからは,これらパートタイム労働者や臨時労働者がいち早く増加に向かうといった動きについては,その落ち込み度合いの差はあるとはいえ,46年不況期にみられた動きと共通している。これに対して常用労働者は,景気下降期においては通常,パートタイムないし臨時労働者に関しての雇用調整がかなり進んだ段階で減少がみられ,また,景気上昇局面においても同様に,比較的遅れてその増加があらわれるのが従来のパターン(例えば46年不況時)であった。49年初の景気の急激な落ち込みに際しても,常用労働者は確かに比較的遅れた段階ではじめて減少に転じている。しかし,51年度においては,パートタイム及び臨時労働者は上記のようにすでに増加に転じているにもかかわらず,常用労働者は,従来のパターンから推察されるような減少傾向の頭打ちといった状況にはならず,むしろ,かなり大幅の減少を続けているのが大きな特色である。このように企業が常用労働者よりも臨時的な労働者の選好を強めているのは,すでにみたように長期的な人件費負担増につながる常用労働者を削減する一方,そうした懸念の少ない臨時的労働者への依存度を高めてゆくというかたちで人件費の圧縮を図ろうとする減量経営を反映した動きに他ならない。このことは,パートタイム労働者について言えば,それは,もともと高度成長期に労働力不足が進展する過程において,基幹的な労働者の補完として登場してきたものであり,限界的な労働力という性格が強いものであったが,以上のような動きが今後なお続くとすれば一部業種についてはそれが基幹的な労働者にとって代る可能性があることを示しているといえよう。

特徴的な動きの第2は,労働条件が相対的に良い大規模企業での雇用が減少する一方,それが相対的に劣る中小企業で雇用が増加するといった,大企業から中小企業への雇用のシフト現象がみられることである( 第I-2-14図 )。このような動きが生まれてきたのは,大規模企業では製造業とくに設備投資関連ないし基礎資材関連産業のウェイトが高いが,今回の不況ではこうした産業がもっとも大きな影響を受け,その回復が遅れているうえ,中期的にみても需要見通しの下方屈折を背景に雇用の過剰感が強いこともあって,こうした産業での雇用減少がとくに目立ったことによるところが大きい。

第3は,上記のような大企業から中小企業への雇用のシフトとも関連するが,不況下においても第三次産業の雇用は比較的小規模企業において卸売・小売業やサービス業を中心としてほぼ一貫して着実に増加を示していることである(前掲 第I-2-14図 )。これは,個人消費の増加テンポは不況下で鈍ったとは言え水準としては着実に上昇を示すなど,こうした産業の活動の背景をなす需要面が比較的堅調な動きを示したことに加え,これらの産業はもともと労働依存度が高いうえ,製造業と比べ生産性の上昇,向上の余地が小さいためその活動水準の上昇は雇用の増加につながる度合いが大きいためである。

(中・高年層の雇用問題の深刻化)

以上述べてきた雇用情勢の改善の遅れは,年齢階層別にみて各層平均的にではなく中・高年労働者に集中的に厳しさがあらわれているのが大きな特色であり,またその点に大きな問題がひそんでいる。

いま,労働省「雇用動向調査」によって,離職者のうち,雇用企業の「経営上の都合」によって離職した者の占める割合をみると,年齢が高くなるほどその割合が急速に高まる傾向がみられる。また,そうしたかたちで離職した者を年齢別に分けてみると,55歳以上の層が全体の約3割を占め,また45歳以上でみると全体の過半数にも達しており,今回の不況がもたらした雇用調整は中・高年層ほど厳しかったという状況がうかがわれる。このため有効求職者に占める中・高年層の割合,あるいは完全失業者に占める45歳以上の失業者の割合は,51年度にかけてはいずれも高まった。

第I-2-15図 年齢別にみた労働需給状況

このように中・高年層では離職を余儀なくされる場合が比較的多かったのみならず,いったん離職したあと求職活動をするにしても厳しい現実に直面せざるをえない。というのは,わが国の年功賃金制度の下では,労働需要面では,賃金が安く適応力もある若年労働力に偏った需要構造となっているからである。このため,求人倍率(51年10月)をみても( 第I-2-15図 )。平均では0.72倍となっているが,年齢別にみるとかなり差があり,30歳以上40歳未満といった壮年層では1.0倍を越えているのに対し,40歳以上では,年齢が高くなるにつれて急速に低下し,50~54歳といった定年に近い層では0.4倍にとどまっている。このため求職活動を続けつつ労働市場に滞留する期間は,中・高年層ほど長くなっている。

第I-2-16図 再就職に伴う勤務条件の変化等

さらに,中・高年層労働者がたとえ再就職しえた場合にも,賃金をはじめとする労働条件が大企業に比べ相対的に劣っている中小企業へ就職することが多い。また雇用形態上も,常用労働者となるよりも,臨時,日雇労働者といった不安定な雇用に甘んじる場合の方が若年層と比べて多いのが実情である( 第I-2-16図 )。

一方,若年齢層については,こうした中・高年層の状況とは対照的に,49年以降の不況下にいおても不足基調が持続している。とくに中学卒及び高校卒の新規学卒労働力についてはその傾向が強く,52年3月卒の求人倍率(見込み)は,それぞれ5.06倍及び1.94倍と,高水準にあった。また52年3月大学卒についてみても,採用停止が相次いだ51年3月卒と比べかなり好転したとみられる。こうしてみると,最近の雇用問題は中・高年労働者にもっとも深刻にあらわれている。しかも,これら中・高年層は,一般的にいって家計維持責任者である場合が多いことから,その階層の雇用情勢の展開には特に注意を払ってゆく必要があるといえる。

4. 減量経営のミクロ経済面での帰結

減量経営の進展に伴い,マクロ経済面には以上のような影響があらわれたが,果たしてミクロ経済主体のレベルでは,減量経営の結果としてどういう現象が出てきているだろうか。

(経営基盤の企業間格差拡大)

まず,減量経営の推進に際しては,業種毎にかなり事情を異にする点はあるが,同一業種内でみた場合,企業ごとにその取組み姿勢がかなり異なっていることもあって,同一業種内における個別企業間の業績格差,ひいては経営基盤の格差が拡大する傾向をもたらしてきている点が指摘できる。いま,代表的な3つの業種(繊維,鉄鋼,電気機械)をとり,それぞれの業種ごとに売上高経常利益率(全社平均)の推移と各年度における個別企業の利益率のバラツキ度合(標準偏差)を図示すると 第I-2-17図 のようになっている。これをみると,電気機械は49年度以降も比較的安定した収益をあげているのに対し,繊維は49年度から,また鉄鋼は50年度以降それぞれ欠損の状態に陥るなど,今回の景気変動を通じての業種間格差は,従来の好況局面,不況局面のいずれにおけるよりもはるかに顕著であることがまず明らかである。そして,どの業種についてみても,当該業種内における個別企業の利益率のバラツキ度合いは,49年度に拡大したあと50年度にも目立って増大し,51年度にはやや縮小したにすぎないことがわかる。このように,49,50年度と業種平均の売上高利益率が大きく落ち込むなかで企業間のバラツキが拡大したということは,業績がさほど落ち込まない企業が一部に存在する一方で,欠損企業数が相対的に増加することを意味している。こうした,企業間格差拡大の背景には,それまでの高度成長期においてはさして表面化しなかった経営体質の差異が成長率が下方にシフトする段階において露呈してきたという面も確かに無視しえないが,これに加え,そうした状況に立ち至った時の減量努力の差も大きく現われており,それを通じて企業間の優勝劣敗という傾向が強まる結果をもたらしているといえよう。

(減量経営に伴う中小企業への影響)

もともと減量経営は,高度成長期を通じて積極的拡大を図ってきた大企業を中心に推進されてきた面が強く,この結果,これら大企業と取引関係にある中小企業では当然そうした動きの波及を受ける立場に位置している。

大企業による減量経営は,すでに詳しくみたように原材料面でも徹底した合理化努力となってあらわれたが,それには技術面における原単位の向上のほか,中小企業からの部品購入費の圧縮という動きにもつながった。いま,下請関係が典型的にみられる民生用電気機械及び自動車部品関連の中小企業につき,その売上高,販売価格の動向を示したのが 第I-2-18図 である(中小企業庁「下請企業実態調査」によれば民生用電器及び自動車部品業界は70%が大企業の下請企業である)。これら中小企業の売上高は,大企業での生産増加を背景に50年後半から大幅な増加を示しているのに対し,販売価格(受注単価)はそれほど高まっていない。これは,大企業における部品購入単価抑制方針が下請企業に影響を及ぼしているとも考えられよう。ちなみにこの間の状況をコスト面からみると( 第I-2-19表 ),大企業では,48年度から50年度の間に原材料費の切りつめがかなり進められているのに対し,中小企業では,逆に原材料費のみならず外注工賃比率も上昇していることがわかる。このように中小企業において原材料関係コストの上昇が目立ってきたのは,中小企業では一般的に原単位向上も技術的制約から大企業の場合ほど期待できない状況にあるほか,購入原材料費について根強い上昇がみられ,また人件費の上昇を背景とした外注工賃の上昇などに直面したからである。こうしたなかで,中小企業では,販売価格(大企業への製品納入価格)はさほど上がらないため,大企業における減量経営の動きの波及を受けることとなった。

(取引関係見直しの動きと高水準の企業倒産)

減量経営という方針の下に企業では,組織内部に関連したことがらのみならず,従来の取引関係のあり方といった対外的側面についても見直す動きを強めた。とくに,高度成長期を通じて経営多角化政策推進の手段として拡充が図られた関連会社については,今次不況過程で親会社の収益悪化がしわ寄せされるなど業積が著しく不振に陥るものが少なくなかったが,これら関連会社との取引関係について抜本的に見直す空気が強まった。関連会社の規模は一般的にいって小さいことから,親会社の収益状況を大きく左右するまでに至らないが,連結決算制度に移行するとなれば全体としての収益は悪化する傾向にあることは否定しえない。このため,親会社では,連結決算制度の導入という契機もあって従来の取引関係を全面的に洗い直すともに,成長率鈍化という状況に適合した取引関係に改める動きを強めたのである。

こうした動きを含め,すでにみたような減量経営に伴う諸現象は,最近の企業倒産の動きに集約されたかたちであらわれている面が少なくない。そこで,いま少し企業倒産の推移をみると,まず,景気回復局面にありながらもこのところ企業倒産は根強い増加傾向にあることが指摘できる。そうした背景としては,売上げ不振(需要不足)といった今次景気回復の特色を反映した景気循環的性格のものが増えてきていることをむろん見逃すわけにはいかない。しかしとりわけ注目すべきは,そうしたなかにあって,かつての土地投機のとがめが表面化したもの(業種としてはとくに建設業,サービス業など)が引続きかなりみられるのをはじめ,「売上げ不振」以外の要因による倒産の方が顕著に増加してきている点である(50年初には「売上げ不振」によるものがおよそ2分の1弱,それ以外によるものが2分の1であっが,最近では,前者が3分の1強に低下する一方,後者は3分の2弱にまでウエイトが高まっている)。こうしたことは,減量経営が進められるなかで表面化した動きのうち,企業間の経営基盤格差が拡大する過程において脱落する企業が増えたことと関連しているとみられる。さらに,取引関係見直しの動きが強まったことを反映している面も少なくないと思われる(多面的な取引関係をもつ卸売業の倒産が,金融緩和基調のなかにあってもかなり目立った増加傾向にあることはこうした要因を示唆している)。また,このところ,いわゆる構造不況業種での倒産が目立ってきており,とくに大口倒産の中にはそうしたものがかなり多いことも注目される( 第I-2-20図 )。なおこうした業種については次節及び第II部第4章を参照。このように,企業倒産が高水準を続けている背景には,景気循環的要因によるものもむろん少なくないが,それに加え減量経営志向という企業行動様式の変化をはじめ,需給両面での構造変化など経済全般にわたる構造変化の進展に伴ってあらわれている面もあり,その意味で移行期特有の動きがここに強く映し出されている面があることを見逃してはならない。