昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第I部 昭和51年度の日本経済―推移と特色―

第1章 景気の推移と需要の動き

第2節 波状的にみられた在庫調整の動き

(ジグザグ型回復の一要因としての在庫の動き)

すでにみたように,51年後半は全体としての景気の動きにはさほどの変化がみられないにもかかわらず,企業の景況感のうえでは年末にかけてはそれまでの改善傾向がむしろ逆転して暗さを増し,しかも52年に入っては,総需要のかなりの拡大にもかかわらず企業の景気に対する見方は一層冷え込んだ状態を続けている。このように,景気全体の動きと企業の景況感にはなぜかい離が生じてくるのだろうか,これにはすでにみたようにいくつかの原因があるが,需要の動きとの関連でみた場合には在庫の変動(在庫投資の増減)に起因するところが大きい。 第I-1-4図 にあるように51年7~9月期,10~12月期と在庫投資額は増加しているが,これは企業が意図して積み増しを図ったというよりも最終需要の鈍化により意図に反して積み上がったものである。このため,需要との対比でみた在庫ストックの大きさを示す在庫率は,7~9月期には上昇に転じ10~12月期にも引続き上昇した。このような意図せざる在庫の増加が続くということは,製商品の需給が短期的に緩んでいることを意味しており,価格の軟化をもたらすことになる(現に卸売物価は51年7~9月期には前期比1.9%上昇のあと,10~12月期は同0.8%,52年1~3月期には同0.4%と騰勢は大きく鈍化)。こうした状況下,企業では生産拡大のテンポを鈍らせることにより在庫の圧縮(在庫調整)に努めざるをえない(この結果,操業度は上昇頭打ちないし低下を余儀なくされる)。このようにして51年末から52年前半にかけては生産増加テンポの見直しを余儀なくされた(この結果52年1~3月期の在庫投資額は前期に比べてかなり減少)。さらに操業度の低下や製品価格の低迷といった状況から,企業収益の改善も予想外に不振を余儀なくされ。こうしたことから企業の景況感は,マクロ的な景気の動きと異なった動きを示すこととなったのである。51年度の景気がジグザグ型の回復過程をたどらざるをえなかった大きな原因は,後で詳しくみるように最終需要の動きがそうしたパターンを示したことによるところが大きく,このことによって景況感の回復が遅れたが,これを増幅したのが在庫投資の変動であった。

なお,在庫投資の変動は先進諸国においては短期的な景気変動の大きな要因とされている。ちなみに主要国における最近の在庫投資の推移を比較してみると(上掲 第I-1-4図 ),アメリカ,イギリス,西ドイツではいずれも49年第4四半期から50年にかけてマイナスの在庫投資(在庫ストックの取崩し)によって在庫調整の進捗をみたのち,時期は若干異なるものの景気全体が反転上昇に向かった点で共通した動きがみられた。一方,わが国の場合には,在庫投資幅が急テンポで逐期小幅化したあと景気が底入れし,その後わずかながらも投資幅が拡大するかたちで景気が上方反転している点ではこれら各国とほぼ共通しているが,そうした過程においてマイナスの在庫投資がみられなかった点が特徴的である。わが国のこれまでの景気調整期をふりかえると,経済全体としてマイナスの在庫投資がおこったケース(37年10~12月期は在庫投資がマイナスとなって景気全体が底入れした)はむしろ例外であり,在庫投資がマイナスにならなくとも景気が順調に回復を続けた場合の方が多い。またマイナスの在庫投資がおこるというかたちで在庫調整が進むことが景気の順調な回復にとっての必要条件であるか否かは,その時の在庫率の高さや在庫の過剰感,在庫形態別の保有状況,さらに先行きの需要拡大予想などに依存しており一概にはいえない。さらに,各国の景気変動パターンはそれぞれの経済構造を大きく反映しているので一律に論ずるわけにもいかない。しかし,わが国の成長率がすう勢的に鈍化し,これら主要国のそれに近づいてきているという状況では,かなり大幅な在庫調整が続かない限り,過剰在庫という重圧が景気回復テンポを下押しする要因になる面があることをこれは示唆するものといえよう。

(かなり明確なかたちの在庫調整)

上にみたような51年秋口から52年前半にかけての在庫調整は,景気に対してどの程度インパクトを与えるものであったといえるだろうか,石油危機以降を振り返ってみると,49年春先から50年初めにかけて景気のドラスチックな落ち込みをもたらした在庫調整があり,また50年末にかけても一時在庫調整の動きとみられる局面があった。そうしたことから考えると,今回の在庫調整は石油危機以降では3度目のものということもできよう。そこで,今回の動きを前2回のそうした動きに伴う影響と対比するため,ここでは,生産面や企業心理に与えるインパクトが特に重要な製品在庫の動きをとりあげて検討してみよう( 第I-1-5図A )。

まず,48年秋の石油危機発生後の在庫の動きをみると,48年10~12月期には原油の値上がりに伴い全面的な先高感が強まったため,メーカーの売上げが急伸し在庫は予想に反して減少した。その後49年1~3月期にはメーカーではそうした在庫を補てんしようとする構えにあったが,一方では,金融・財政面からの強力な引締め措置がとられたこともあって,流通段階を中心に先高感がやや後退したため,それまでみられた仮需が大きく減少した。このため,結果としてはこの期には,企業の意図した水準を上回って在庫が積み上がった。そして4~6月期には,前期における最終需要の急減をながめて流通段階を中心に仕入れ手控えの動きが一段と強まったことからメーカーの在庫は一層大幅に積み上がる結果となり,在庫に対する見方も一転して過剰感が強まるなど在庫調整の条件が整った。このようにして企業は生産を減少させてゆき在庫調整に伴う景気後退が本格化したのである。こうした意味での在庫調整の規模ないし調整深度をみると,まず,意図に反していわば後向きに積み上がった積み上がり幅(図中の斜線部分)はきわめて大きく,またそうした状況が続いた期間も1年以上の長期(5四半期)にわたっている。また,在庫率も予想を大きく上回って上昇し,在庫の過剰感も同様に強まり続けたことから,生産面でも5四半期にわたって次第に減産幅を強化してゆかざるをえない状況となった(第I-1-5図)。こうした状況を続けるうちに,在庫の増勢が鈍化する一方,すでに調整を終えていた流通段階への出荷が増えはじめたため,50年春先には,ようやく在庫が減少しはじめ,やがて減産体制も解除されるというかたちで景気が反転上昇する契機となったのである。

このように生産が増加しはじめたあと,50年7~9月期には再び意図に反して積み上がりをみるかたちとなった。これは,輸出が減少するなど最終需要が全体として鈍い伸びにとどまったためである。このため,企業では年末にかけて減産体制の解除について見直しをするなど,生産回復のテンポを遅らせざるをえなかった。こうしたことから,確かに景気回復は一時足踏み状態を呈することとなった。しかし,メーカー段階における意図に反した在庫の積み上がりはわずか1四半期にすぎず,またその幅自体も格段に小さなものであったことから,生産についても水準が低下するのではなく増勢が鈍化するというかたちでの調整にとどまった。現に在庫過剰感の動きをみても,その後退テンポが一時(7~9月期に)鈍ったにすぎず引続き解消の方向をたどっており,また在庫率も低下傾向を続ける中でのそのような動きであった。そうした状況にあって,50年末以降輸出が急増するなど需要の伸びがみられたため,51年初からとくに4~6月期にかけては在庫が減少する一方,在庫率も低下した。このため,一時慎重化しようとした企業の生産態度も,それが現実には大きな問題とならないまま51年1~3月期,4~6月期には生産は大幅な伸びを示した。49年度の在庫投資行動との比較で50年度における在庫の変動をみると,予測と実績とのかい離が極めて小さなものとなっており,企業が次第に自らに対するコントロールを回復してきたことを示している。

その後,51年夏場以降の最終需要の鈍い伸びを反映して秋口以降年末にかけて三たび意図しない在庫積み上がりがみられるに至った。ここでみられた在庫の予想外の積み上がりは,7~9月期,10~12月期と2期にわたっており,その幅は大掛りな調整を呼び起した49年中のそれに比べれば問題なく小さいが,景気足踏みをもたらした前年のそれとの比較ではやや大きい。また,これまで低下傾向にあった在庫率も51年7~9月期には低下一服に陥り,10~12月期にはわずかながらも上昇するといった前年にはみられなかった動きとなっているほか,在庫の過剰も10~12月期には一転強まりをみせるなど,ある程度,在庫調整が起こらざるをえない状況に立ち至った。事実,生産面では,秋口以降抑制的な動きが出はじめており,7~9月期,10~12月期と増勢を鈍化させたあと51年1~3月期には前期比でほとんど横ばいにとどまった。こうした対応がなされる一方,輸出財政支出などの増加から1~3月期には売上げがかなり増加したため,在庫はほぼ企業の予想通りの減少となり,在庫率もかなり低下した。しかし,このことは,在庫調整の圧力が解消したことを意味するものではなく(ちなみに在庫過剰感は52年1~3月期にはわずかながらも引続き強まりをみせ,4~6月期も目立った変化はない),むしろ4~6月期にかけても在庫調整を進める業種が少なくないことから生産は鈍い伸びにとどまった。このように51年後半から今年にかけてはかなり明確なかたちの在庫調整の局面にあり,これが企業の景況感を暗くしているといえよう。ところで1~3月期には製品在庫率がかなり低下し,その水準自体も,前年の足踏みを脱出した時期におけるそれより低いにもかかわらず,全体としては4~6月期にかけても引続き在庫調整の動きがみられているのはなぜだろうか。こうしたことを明らかにするために,次にやや詳細に形態別にみた在庫の動きを検討してみよう。

(かなり尾を引いた素材関連在庫の調整)

在庫調整とは,一般的には,企業の保有する在庫が「過大」と判断されるようになったとき,これを「適正」とみる水準に引きもどそうとする企業の対応を指す。ここで,「適正」水準の決定には,その時々の需要や価格の動向,金融情勢など主として景気の好・不況局面で大きく変動する短期的な要因が大きな影響をもつことはいうまでもないが,また,在庫管理技術の進歩や,需要の構造変化への対応といった長期的な要因も重要な役割を演じている。そこでまず,在庫調整の動きをとらえるうえで重要な指標である在庫率(需要水準との対比でみた在庫ストックの大きさ)が長期的,及び短期的にどう変化しているかを在庫形態別に明らかにし,それを足がかりにして今回の景気回復局面での在庫の動きをとらえてみることとしよう。

まず,製品在庫についてみると,その在庫率の長期的なトレンド( 第I-1-6図の点線 及び 第I-1-7図の構成比 を参照。適正在庫率のひとつの目安)は,ほぼ横ばいないしわずかな下方トレンドがあるといえよう。これは,一方において高度成長期を通じて製品の多様化(多品種少量生産)が進み,またとくに素材産業を中心に設備の大型化に伴い見込み生産が増加するといった適正在庫率引上げ要因がみられたが他方,在庫管理技術が急速に進歩してきたためとみられる。一方,後述するように,企業ではこのところいわゆる減量経営に努めており,その一環として製品在庫の圧縮に努めていることや,短期的に適正在庫率が上下するとする企業がかなりあること(約4割)を考えると,現実の在庫率がわずかながらも上昇した51年後半には,それと適正在庫率とのかい離がかなり拡大し,在庫過剰感を強めさせたとみられる。次に原材料在庫の適正在庫率水準をみると,在庫管理技術の向上により47年頃までは傾向的に低下を示したが,48年初以降においては,海外一次産品の価格上昇懸念や原料の安定供給確保といった上昇要因が大きく表面化したため,適正在庫率水準は,48年頃を境に上方にシフトしたものとみられる。このため現実の在庫率が上昇し,その後も製品在庫ほどの低下をみることがなくなお高い水準にあるものの,在庫過剰感は,製品在庫に比べ少ないものにとどまっている。一方,流通在庫は,長期的には適正在庫率はかなり明確に上昇している。これは,需要の多様化に対応した製品の多様な品揃えの必要,スーパー・ストアにおける衣料品など商品回転率の低い商品の増加( 第I-1-8図 ),さらに小売業界の競争激化を反映した大都市圏を中心とする店舗新設競争の発生(いわゆるオーバー・ストア, 第I-1-9図 )などの要因によるものとみられる。なお,流通在庫に関して特徴的なのは,景気の好・不況局面における適正在庫率の変化が製造業(製品在庫,原材料在庫)に比べてきわめて大きいことである(前掲 I-1-7図B )。これは,流通段階ではもともと最終需要に直結した製品の取扱いのウエイトが大きいことからその動向が敏感に反映されるうえ,それに介在する商社などの金融機関依存度が高いことから金融情勢の影響も受けるところが大きいためである。こうしたことから流通在庫の動きには先行性が認められる(50年1~3月期の景気反転は,在庫率上昇がすでに頭打ちとなっていた流通在庫の積み増し開始が契機となった)。

さて,51年に入ってからの在庫の動きを在庫形態別にみると,既にみたように1~3月期には輸出の急増などにより流通段階の在庫が急速に減少し,これに伴いメーカーにおいても予想以上に出荷が伸びたことから製品在庫は予想以上の減少となり,これを補充すべく生産ピッチを上げるなかで仕掛品,原材料在庫も減少することとなった。その後4~6月期にかけて最終需要は引続きかなり伸びる形勢にあったことから,流通在庫について積極的な積み増しが行われ,また原材料在庫でも,かなりの品目で値上げ方針(鉄鋼,紙・パルプ,合成樹脂等)が表明されたため値上げ前のかけこみ需要がみられたこともあって増加した(ちなみに4~6月期には原材料在庫率は上昇しているが在庫過剰感はむしろ減少)。一方製品在庫は,このような素材関連製品の予想以上の出荷の伸びから引続き減少となった。しかしながらその後7~9月期には,輸出が鈍化しはじめたため,それまで急増を示していた自動車や家電製品など耐久消費財では製商品在庫が流通及びメーカーの段階で積み上がった。また素材関連でみられた仮需も次第に規模が小さくなったこともあって,流通段階の在庫が全体としては引続き増加したうえ,メーカーの製品在庫もここにきて積み上がった。10~12月期にも最終需要は引続き低い伸びにとどまったため,最終需要関連のこれらの業種では引続き製品在庫率は上昇した。また素材関連業種でも,最終需要関連業種の前期における生産抑制の結果これら業種からの原材料需要が秋口以降10~12月期にかけて減少していたうえ,鉄鋼,化学などでみられた仮需要も全く影をひそめたため,10~12月期には流通在庫率,生産者製品在庫率とも引続き上昇した。こうしたことから52年に入ってからも,とりわけ素材関連業種では在庫調整を一段と迫られる状況となったのである。こうした事情は,在庫が過剰となった要因についての企業の判断をみてもうかがえる( 第I-1-10図 )。すなわち,在庫は,その性格上,その形態いかんにかかわらず,経営組織上しわ寄せされる傾向が認められるが,とりわけ需要量(原材料在庫の場合にはその消費量)の見込みちがいにより過剰となって積み上がった部分が大きい。また,納入先ないし購入先との取引関係維持といった要因も,意図に反した積み上がりの一因となっている。このほか,とくに原材料在庫については,価格上昇を見込んで積み増したため,結局過剰を余儀なくされている部分がかなりある(52年年初の時点)。こうしたことが原材料ユーザーの在庫率を高い水準にとどめおくこととなり,ひいては原材料メーカーに対する需要の低迷に拍車をかけているとみられる。