昭和51年

年次経済報告

新たな発展への基礎がため

昭和51年8月10日

経済企画庁


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第4章 求められる企業体質の改善

第4節 企業体質改善の方向―効率的企業経営への転換―

10%以上の実質成長に物価の上昇が加わつて,15~6%にも及ぶ(名目)売上高の伸びを期待しえたかつての高度成長期には,企業リスクが顕在化しないで済んだ。そのためテコの効果によつて企業の手元に残る純利益がたとえ僅かでも増加すると期待される限り,借金をして経営を拡大することが有利であつた。

ところが石油危機の突発とその後のゼロ成長は企業リスクの重大性を改めて教えた。わが国経済はいまは幸いにして順調な景気回復の道を歩んでいる。しかし,現在においても将来に対する不確実性は決して解消していない。借金過多の経営は経済変動に対して極めて不安定である。今回の不況は,落ち込み幅といい,回復に要した期間の長さといい過去の不況期とはくらべものにならない程深刻であつた。それにもかかわらず企業の多くが倒産に至らず何とか切り抜けることができたのは,一つには必死でとりくんだ体質改善の努力のたまものであつたが,いま一つには過去の好収益期からの蓄積を取崩して対応することができたからである。

しかし,これからは昭和48年度当時にみられたような異常な好収益を期待することはできないのであり,再びこのような事態が現出すれば多くの企業が生き残れないということにもなりかねないのであつて,経済の大きな変動にも耐えるような財務構成の改善が求められるのである。

また,金融機関の側においても,融資にあたつては貸倒れによる損失発生のリスクが比較的少なかつた高度成長期とは異なり,今後は売上げの成長性などよりも,企業自体の収益性や財務構成の健全性を一層重視することとなる。

その場合,収益性の高いリスクの少ない健全企業というのは,景気変動に伴う売上げ不振にも耐えうる損益分岐点操業度の低い企業でなければならない。自己資本比率の低い企業は,固定費である金融費用の支払い額が多いので,他の条件に等しい限り,それだけ損益分岐点が上昇するということから,リスクが相対的に大きい企業ということになる。したがつて,企業リスクという観点から自己資本比率の改善が望ましいということになるが,次にこの点の可能性について検討してみよう。

自己資本比率を改善させる方法としては,(1)増資や内部留保の蓄積により自己資本そのものを増大させる方法と(2)資本効率を高めることにより総資本の伸びを相対的に低く抑える方法とが考えられる。ここでは,効率性の観点から(2)の方法により簡単な試算を行なつてみた( 第4-28表 )。

まず,主要流動資産項目については,その回転率を従来の実績から達成可能と考えられるレベルまで高めることを前提とし,有形固定資産についてはつぎの2つのケースを想定した。

ケースIは,設備投資が減価償却の範囲内でなされる場合であり,すなわち純投資の伸びはゼロであると想定している。この場合は,外部資金依存が少なくなるために,55年度でみれば,49年度下期に比べ自己資本比率は,7.8%改善される結果となる。経済成長率がスローダウンし,設備投資が内部資金だけで賄われるようになれば自己資本比率は急速に改善するという見方もあるが,このケースIの試算はストック面での改善は極めて遅々とした過程であることを示唆している。つぎにケースIIは,設備稼働率を高めることにより,有形固定資産の回転率が本来達成された最も高い水準にまで高まると想定した場合である。このケースでは,自己資本比率の改善幅は3.9%にとどまる。このようにいずれのケースも,自己資本比率を改善し,外部資金依存体質からの脱却を図ることが長い期間にわたる経営効率化への地道な努力を要求するものであることを物語つている。

そこで,具体的なケースについて効率経営と自己資本比率との関係をみるため,機械メーカー120社をとり上げ,売上高成長率,資本効率性(総資本回転率)の一つの指標を基準に,過去10年間の財務面の変化を調べてみると, 第4-29表 のような特徴がみられた。それは売上高の伸び率が大きく,効率的経営を行なつたもの,つまり売上高の成長倍率が大きく,資本回転率の高い企業ほど,借入金は減少し,自己資本比率の低下は小幅であり,内部蓄積は進んでいる。たとえばAグループ企業でみると,利益剰余金は10年間に7.8%高まり,実質的内部留保とみられる引当金も3.8%上昇している。かりに,引当金を加えて自己資本比率を計算すると,0.4%高まつていることになる。

また,たとえ売上高の成長倍率は小さくとも,資本回転率が高い企業の場合では,自己資本比率の悪化はそれほど著しく進んでいない。このことは企業にとつて財務内容に与える影響は売上高成長率よりも資本回転率がもたらす度合いが大きいことを示しており,今後の企業経営にとつて資本の効率性を高めることが,いかに財務内容をかえ,企業体質の改善にとつて必要であるかを示唆しているといえよう。

企業体質改善のもう一つの側面は,インフレーションの過程で悪化した企業財務の歪みをどう是正するかということである。在庫評価益と債務者利得の問題はインフレーションの収束とともに比較的速やかに正常な状態に戻ることが期待されうるが,耐用年数の長い有形固定資産に係る償却不足については,是正の方策が検討されなければ,実体資本の喰い潰しが引き続き進行するばかりか,償却費のみによつては旧資産と同等の能力をもつ資産を取得できないことから,再び借入金に頼つて設備投資をせざるをえないことになり自己資本比率の改善ができないということになつてしまうおそれがあろう。ただ,実際問題として資産再評価措置をとることが妥当かどうかを決めるに当つては,資産再評価措置をとるとした場合に土地を含めるか否か,債務者利得をどう扱うか,物価への影響をどう考えるか等の種々の問題を社会的公平という観点も含めて適切に処理する方法を探求した上で,判断が下されなければならないであろう。

労働面についていえば,労働者の年齢構成の高令化が進むことや,定年延長の要請から現在の賃金制度を前提とする限り,企業の人件費負担は次第に高まるとみられる。したがつて企業においては賃金制度を仕事の質や労働者の能力にも配慮したものへ変えていこうとする動きがみられよう。また今後の安定成長下においては,高度成長時代の労働力不足基調と異なり,労働需給は緩和気味で推移すると考えられ,特に中高年層にとつては厳しい情勢となる可能性があるので,賃金制度の改善と相まつて定年の延長や能力再開発機会の拡充など中高年層の雇用対策を進めるべきであろう。


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