昭和51年

年次経済報告

新たな発展への基礎がため

昭和51年8月10日

経済企画庁


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第1章 昭和50年度経済の推移と特色

第4節 景気浮揚のための財政・金融政策の展開

1. 4次にわたる財政面からの景気対策

不況によるまさつ現象やひずみが目立つてくるにつれて政府は,昨年2月以降,財政面からの景気対策を相次いで打出した。一方,金融面からもこれに呼応して漸進的な緩和政策が進められた( 第1-43表 )。とくに昨年9月から10月にかけては,財政面を中心とする第4次景気対策や金融政策面での公定歩合の1%引下げなどこれまでにない集中的な景気浮揚政策が展開された。これらの対策がその後の景気に与えた影響は,輸出の予想外の急増によつて表面的にはやや目立たなくなつた面があることは否定しえないが,それなりに大きな効果を持つものであつた(50年度における国民所得統計ベースの実質政府固定資本形成は前年度比10.4%増)。

(第4次景気対策とその効果)

第1次から第3次までの景気対策では,財政支出面に限つてみると追加計上はなく既定予算の執行を促進することが主たる内容であつた。これに対し第4次対策では,中小企業に対する措置や雇用面での対策など一層広範な対策がとられたが,とりわけ景気刺激効果の大きい公共事業や住宅建設を中心に追加的に事業費を計上して需要拡大を図ろうとする点でそれまでの対策と異つていた。

それにもかかわらず,その効果はなかなか肌で感じるまでには至らないという声が少なからず聞かれた(50年10~12月期の実質政府固定資本形成は前期比0.2%減,なお51年1~3月期は同2.3%増)。

これはひとつには,中央政府分で50年度は上期に集中執行した反動減という面があるほか,補正予算や財政特例法の成立の遅れから第4次対策それ自体の執行スタートが遅れをとつたことによる。これに加えて,とくに今回は地方財政の財源難という新たな問題もあらわれた( 第1-44図 )。すなわち,地方公共団体の行なう公共事業についてみると,特に,年度央には,一部政府補助を受ける補助事業の執行が遅れたり,あるいは地方公共団体が独自に執行する単独事業が一部削減されるという事例もみられた。こうした事態に対して,10月の補正予算決定と同時に国は種々の対策(地方交付税交付金減額分のカバー,減収補てん債の発行許可等)を講じることにより,当初の地方財政計画に計上された額を確保するとともに,追加公共事業についてもその財源措置を講じた。しかしながら地方公共団体では,補助事業の予算化が遅れたうえ,単独事業についても,例年みられる12月補正での追加計上は小幅にとどまつた。このような事情が生じたのは,戦後最大の不況を反映して法人事業税などの歳入が大幅に落込むなど,地方公共団体の財源難という問題があつたためである。また,今回の景気対策は大手,中小を問わず建設会社を中心に相当の効果があつたものの,とくに大手筋では民間分の受注の落込みが相対的に大きかつたため,受注額全体としてみた場合には第4次対策の効果がさほど感じられないという面もあつた。さらに,公共事業等の対策は,投資関連業種を中心とする,企業部門での生産増加を通じて,最終的に企業の在庫投資や設備投資の増大というかたちをとつて需要拡大につながる面が強いが,第4次対策の効果発現が期待された秋から年末にかけては,ちようど在庫過剰感が再びやや強まつてきていたためその調整が行われようとする時期でもあつた(第2節2の(1)を参照)。このため,第4次対策は,実際の生産の増大といういわば直接的な効果としてあらわれたのではなく,さもなくばより大きく落込んだであろう生産の落込みを小幅にくいとめる(在庫過剰感の小幅化)といういわば企業実感ではややとらえにくいかたちで効果があらわれた面が強いと考えられる。以上のような状況にもかかわらず第4次対策は,それが採られなかつた場合に比べると向こう1年間で実質GNPをおよそ1.6%ポイント余り引上げる効果があつたものと試算され,景気回復にとつて大きな役割を果したのである( 第1-45図 )。

(財政赤字の評価)

財政が総需要に与える効果は,必ずしも上記のような裁量的な支出増減によるものだけとは限らない。財政の収入面のいかんもまた総需要の水準に大きな影響を持つ。そこで,財政の収入および支出をあわせ,それらのもたらす波及効果(乗数効果)をも含めた総需要効果を,裁量的な収支増減によるものと,自動的なもの(いわゆるビルトイン・スタビライザー)に分けて実質GNP増加率への寄与度というかたちでみてみると(付注2),49年度以前は,事後的にみた場合,景気の谷を含む年度においては,財政収支全体としてはそれ以外の年度よりもより大きくGNP引上げの効果を持つたことがわかる。とりわけ50年度については,前年に続ききわめて水準の高い需要効果(実質GNPを6%弱引上げ)をもつていたとみられる。これは,まず支出面で,第4次景気対策などを中心とする裁量的な効果が引続きかなりの水準を続けたことによる。また収入面でも,企業業績の不振を映じた法人税収の減少に加え,物価の落着き傾向に伴い税収が自動的に伸び悩むという事情もあつて,収入の水準自体が前年を下回つたため,これが総需要持上げ効果に転じたためである。いいかえれば,税収の大幅減少は,財政の大幅赤字という大きな問題をもたらしたが,それは総需要の落込み回避という点からみればビルトイン・スタビライザーが機能した結果そのものなのである。しかも50年度においては,その効果がこれまでになく大きなものであつたことがこの試算では示されている。もつとも,財政が赤字化すれば国債の発行などを余儀なくされるが,それには金融面をはじめ別途考慮しなければならぬ問題が多いことはいうまでもない。

第1-46図 部門別投資貯蓄バランス

なお,上記付注2の試算によれば,48年度における財政は景気抑制的に作用したことが示されているが,これは物価の大幅上昇がおこつた結果,名目で固定されている支出額が実質ベースでは減少した一方,税収は物価上昇に伴い自動的に増える部分が大きいためかなりの増加となり,これら両方の要因が相まって需要抑制効果をもたらしたためであることがわかる。(なおこの分析では,物価上昇による実質ベースの減少は,計算上が物価上昇に見合つて名目支出額の追加計上を図らなかつたという意味において計算上は裁量的政策の効果に現われている)。以上のように財政は,民間部門にあらわれる好況不況の波の程度を緩和するという自動的効果を持つと同時に,一般的な物価上昇時にも結果的には自動的に需要抑制機能が作用したのである。

(政府部門の投資超過幅は急拡大)

以上みたような50年度における財政の赤字は,経済全体の部門別貯蓄・投資バランスの観点からみると,政府部門での投資超過幅の拡大として理解することができる。

50年度中の部門別貯蓄と投資の動向をみると( 第1-46図 ),個人部門では,すでにみたように貯蓄,投資とも減少しているため,貯蓄超過幅にはほとんど変化がなく,また海外部門は引続きほぼ中立的要因となつているが,法人企業部門と政府部門では,きわ立つて大きな変化がみられた。すなわち法人部門では,企業収益の不振などから貯蓄は引続き低水準となつた一方,すでにみたように投資行動が著しく慎重であつたため,これまでの投資超過幅が急速に縮小した。一方政府部門では,公共工事の促進などから投資は引続きかなりの水準となつた一方,税収の大幅な落込み(貯蓄の減少)を主因に投資超過幅が急速に拡大し,しかもその幅が年度としてははじめて法人企業部門のそれを大幅に上回るという,これまでの民間企業投資停帯期にもみられなかつた現象が生じた。このように,経済主体別にみても,50年度は貯蓄の流れが従来みられなかつたパターンを示した年として位置づけられる。

第1-47図 銀行貸出と公定歩合,コール・レートの推移

また,以上のようにとくに企業部門と政府部門において投資・貯蓄のバランスが変化したことは,次にみるように金融市場においても,企業部門における資金需要の盛り上がりの欠如や政府部門における大量の国債発行というかたちであらわれているのである。

2. 漸次緩和傾向を強めた金融政策

金融政策面でも,上にみたような財政政策と歩調をあわせるかたちで漸進的に緩和が進められた。とくに緩和に先立つ引締めがそれまでに例をみない厳しいものであつたこともあつて,今回は,公定歩合が50年4月以降通算4回にわたつて2.5%引下げられたのをはじめ,12月には預金準備率が10年ぶりに引下げられ,さらに日本銀行による金融機関貸出面での窓口指導も昨年春以降次第に弾力化がはかられるなど多面的な緩和措置がとられることとなつた。

(漸進的な緩和)

このような緩和推進の中で,短期金融市場も漸次需給緩和の方針に沿つて運営された。このため金融機関では,限界的な資金調達コストの低下をみたこともあつて貸出を次第に増加させた( 第1-47図 )。こうしたことから,通貨供給量は着実に増加傾向をたどるとともに,貸出金利も従来の緩和局面に比べれば急ピッチで低下していつた( 第1-48図 )。このような相次ぐ公定歩合の引下げを通じる貸出金利の急低下により企業の金利負担は次第に軽減したが,一方,金融機関の貸出しや通貨供給量(マネー・サプライ)などの量的側面に着目すれば今回は,従来と全く異なつた物価上昇圧力を経済内部に抱えていたことから,終始物価動向を注目しつつあくまで漸進的に緩和が進められた点が大きな特色であつた。このため,従来の緩和期のように金融機関が大企業に貸進むとか,中堅企業筋への新規貸出を活発化するといつた貸出競争的な動きはほとんどみられないかたちで今回は金融緩和が次第に浸透していつた。これは,第1には,従来と異なり緩和政策に転じてからも日本銀行の窓口指導が廃止されることがなかつたことが直接的な原因である。これに加えて第2には,今回の不況の深さを反映して企業の体質悪化が目立つたため,企業では金利負担軽減意欲を強め借入額圧縮に努めた一方,金融機関では債権保全の見地からして従来ほど積極的な融資態度をとれなかつたためである。そして第3には,企業において滞貨在庫をフアイナンスする資金や赤字補てん等の資金需要が全体として今年に入り急速に減少した一方,在庫の積み増しに対しては慎重な態度をとり続けたことなどから前向きの資金需要が51年前半にかけても盛り上がりをみなかつたため,全体としての資金需要の伸びが従来に比べて弱かつたことがあげられる。このほか,50年6月以降は,あとで述べるようにこれまでにない多額の国債が発行されはじめたことにより,金融機関が資金ポジション悪化などを懸念してとくに秋ごろには融資態度をやや慎重化する動きがあつたことも見逃せない要因であつた(企業からみた金融機関の貸出態度の判断においては,10~12月期におけるこのような動きが明瞭にうかがわれる。 第1-49図(3) )。以上からわかるように,今回の緩和進展において通貨供給量などの伸びがさほど急増していないのは,日本銀行の政策運営方針のほかに,企業の体質悪化,企業投資の盛り上がりの欠如など今次不況の深さや回復の鈍さなどが投影された面もかなりあることが特色である。

(企業金融の着実な緩和)

以上のような政策運営を反映して,企業金融は50年初め以降総じて着実に緩和してきた。企業の手元流動性水準をみると,50年初以降着実に上昇しているほか,資金繰りの苦しさも次第に後退し,今年5月ごろにはほぼ3年ぶりに全体としては窮屈感がおおむね解消している。このような過程において企業は手元現預金の効率的運用を図る動きを強めており,このため自動車,弱電など比較的早くから余裕資金の発生がみられた業種を中心に,現預金よりもむしろ短期所有有価証券を増やす傾向がみられた(以上 第1-49図 )。このように企業金融の緩和をもたらしたのは,ひとつには,企業が在庫調整を進めるなど実物投資の圧縮がはかられてきたという資金需要面の事情が響いている( 第1-50図 )。もうひとつは,公共投資の促進などを反映して財政資金が流入したことに加え,とくに50年10~12月以降は急増した輸出代金の流入が企業の手元流動性水準を押し上げたことである。現に,4次にわたる景気対策がおこなわれた期間における企業の手元現預金比率の上昇幅をみると,公共投資依存度の高い業種ほど概して大幅の上昇となつており,また輸出との関係をみても,その伸びが高い業種は概して資金繰りきゆうくつ感が大きく後退するかたちとなつていることなどがうかがわれ,これらはいずれも企業にとつてキャッシュ・フローをふやすというかたちで企業金融の緩和をうながす要因であつたことがわかる( 第1-51図(1) および (2) )。このように,企業金融の緩和は,企業の金利負担を軽減する一方,企業の活動を円滑にすることを通じて景気回復の素地を作つたという点で大きな役割を演じたことはいうまでもない。

第1-52図 通貨供給量の変動とその要因(対前年同期比)

(国債の増発と金融面へのインパクト)

すでにみたように,50年度の後半以降は,これまでになく多額の国債が発行されてきている。このような状況が避けられないとの見通しが強まるにつれ,昨秋以降,一方で,国債の多額の市中消化は一般事業債の消化難や金融機関の企業向け貸出削減といつたかたちで企業金融を圧迫するのではないか(国債増発による民間資金需要の締め出し)といつた懸念が表明された。そして他方では,戦前の赤字国債増発がインフレーションを招いた経緯にかんがみて,今回の国債増発もまた過大な通貨供給量をもたらし再びインフレーションの原因になるのではないか,といつた見方もみられた。しかし現実の推移をみると,事業債発行に際して,50年11,12月の発行条件改訂後,過渡的に若干募集残が生じたことや,すでにみたように金融機関の貸出態度の面で50年10~12月期にはそれまでの弾力化テンポがやや鈍化するといつた局部的ないし一時的な現象を別とすれば,国債増発による企業金融の圧迫はみられなかつた。また,通貨供給量についても,金融緩和を引続き進めていく方針の下に確かに昨年後半以降次第に増勢を強めてきてはいるが,法人部門の手元流動性は過去と比べその水準はまだ余り高いとはいえず,企業でも全体としては手元水準を過剰とみるまでには至つていない(前出 第1-49図 )。そして物価面についても,ひところ懸念されたような影響はあらわれていない。これはなぜだろうか。

まず通貨供給量の推移とその供給ルートをみると( 第1-52図 ),昨年以降の増勢には,金融機関貸出の増加を反映した民間向け信用の増大のほか,政府向け信用供与の増大,すなわち銀行部門が国債や政府短期証券を引受けて政府に信用を供与しそれを政府が民間に支払うというルートによるマネー・サプライの増大が確かにかなりの寄与をしている。このような政府向け信用供与の増大は,先にみたように,景気の停滞により税収が低迷し,それによつて生じた財政赤字をフアイナンスするために多量の国債が市中金融機関引受けを中心とするかたちで発行されたことを反映したものである。一方民間の資金需要は,50年度中においては,景気回復のテンポがきわめてゆるやかであつたことなどから総じて鎮静化傾向をたどつたのに対して,金融緩和政策もこれに見合つたかたちで漸進的に進められたため,民間向け信用は比較的緩やかな伸びを示した。こうしたことから,マネー・サプライ全体としての増加のテンポも比較的モデレートなものとなつた。もともと通貨の供給量は,その時々の経済状態に照らして過不足ないとみられる水準に政策当局が調整してゆくべきものであるが,現にそのような対処が50年度を通じてなされてきたといえる。このように,国債の大量発行という状況下で金融緩和は経済の状況に見合つて着実に推進された結果,一部で懸念された民間資金需要の締め出しも総じてみれば回避される一方,通貨の過大供給によるインフレ再燃といつた事態も避けえたのが50年度の姿であつた。なお,国債を含めた各種債券の利回りが,全般に一層市場実勢に見合つて弾力的に決定されるよう引続き配慮していくことが必要であることはいうまでもない。