昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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第II部 新しい安定経済への道

第2章 新しい安定経済への道

(5) 経済構造の新しい展開

個人の高貯蓄を福祉充実の基礎とする新しい方向は,財政金融のあり方を変える。それは,市場経済を活用しつつ,その成果を福祉充実に反映させるための政府の役割を大きいものにする。また,変貌する成長条件のなかで,福祉充実の経済的基礎を安定的に確保するためには,経済安全保障の視点が必要になる。こうしたなかで,わが国の経済構造は,減速経済の諸困難を解決し,内外の新しい要請にこたえられる方向ヘ転換していくことができるだろうか,その可能性と筋道を以下で検討しよう。

a. 国際分業の高度化

わが国の国際分業は,いま,一層の高度化を迫られている。まず,輸出からみよう。輸出構造は,戦後成長を支えた高投資によつて,アメリカ,西ドイツと遜色ない資本集約型への特化を完了している( 第125図 )。輸出額に占める重化学工業品の割合も,昭和49年には82%となつている。しかしその内容をみると,鉄鋼,自動車,造船,民生用電気機器が主力で,プラント指向型機械産業やファイン・ケミカルの比重は低い。前者は資源消費的,あるいは,資本集約的だが知識集約度は低いものであり,後者はより知識集約的である。アメリカ,西ドイツは近年資源節約・知識集約型への特化傾向を強めている(なお,1973年の先進6か国のプラント輸出額に占めるシェアは,アメリカ30.9%,西ドイツ28.9%に対し日本は10%であつた)。わが国も今後はこうした方向へ進まねばならない。それは資源環境面の制約が大きくなつてきたからである。つまり,資源消費型素材産業の生産の相当部分を輸出する代わりそれを内需の増加に充て,輸出は素材加工部門が担当することである。鉄鋼とプラントの関係がこれに相当する。49年度の輸出依存度(輸出/生産)は鉄鋼(粗鋼換算)の38.7%に対し一般機械は13%と低い。西ドイツの一般機械はこれに対し40~45%にも達している。鉄鋼の加工輸出化は,鉄鋼生産の拡大を環境保全と調和できる程度に抑えることができ,輸出伸長は付加価値率の高いプラントで支えることになる。それでは,こうした関係は現実にどの程度進行しているだろうか。いま,知識,資本,資源,労働の生産諸要素の集約度が異なる4つのタイプに輸出産業を分類して,西ドイツと比較すると,わが国の輸出構造は1959~74年間にかなり変化している( 第126図 )。まず,労働集約型が縮小して西ドイツ並みになつた。そして,資本集約的,知識集約的になつたが,西ドイツと比べると,資源消費的である反面,知識集約度は劣る。これは先進国向けの割合が小さいことにみられるように( 第127図 )わが国の工業枝術がこの分野ではまだ遅れていることもあるが高投資経済下で国内需要が大きく,プラントなどの産業機械輸出が不況期の限界需要とみられてきたことも影響している。日本経済としては,今後,安定成長経済の下で技術水準を高めるための研究開発の強化や開発途上国の経済開発に貢献する対外投資の着実な増加を背景に輸出構造を西ドイツ型ヘ移行させることが急務である。次に輸入をみよう。輸入構造(工業製品)を輸出と同じように分類してみると,1959~74年の間に,知識集約型が縮小して労働集約型が増大している( 第128図 )。国内技術水準の上昇につれて分業化が進みつつあるといえよう。しかし,労働集約型の比率は,まだ1959年の西ドイツにも達していない。これを内需に対する輸入の比率でみると,1973年において,西ドイツは49.2%(1964年17.1%)とほぼ半分に及んでいるが,日本ではわずか6.1%(1964年1.1%)に過ぎない。この理由は二重構造の底辺部門で,このような商品を生産していることが多いからである。東南アジアなどの開発途上国の工業化が進むなかでわが国の労働集約型商品の国際分業化も次第に強まつてゆくであろうが,それを種々の条件整備により一層進めることが輸出構造における知識集約型への特化とあわせて,わが国の急務となつている。

b. 食糧自給力の維持向上

世界の食糧需給基調が変わりつつあるなかで,わが国農業の自給力をどのように高めるかは,きわめて重要な課題である。

まず,戦後高度成長下で,わが国の農業がどのように変化したかをみよう。農林省の「農林業センサス」等によつて農家構成の変化をみると,専業農家戸数は昭和35年の34.3%から49年には12.5%へ激減した。これに代わつて,第二種兼業農家戸数は,32.1%から63.2%へ激増している。耕地規模が小さくなるほど第二種兼業農家の比重が大きくなり,0.5ヘクタール未満では9割がこの階層で占められている( 第129表 )。また,全農家所得に占める農業所得の割合は48年度において27.6%にとどまり,0.5ヘクタール未満層ではわずか7.5%に過ぎない。わが国農業の兼業化が急速に進行したことになる。この理由はいろいろあるが,もつとも基本的なのは高度成長に伴う非農業部門への就業機会の増大により農業就業人口の流出が大きかつたことである。49年の基幹的農業従事者をみると,女子と60才以上の老人が7割強を占めるまで,農業就業構造が弱体化した。その原因をつくつた所得格差をみよう。

1日当たりの製造業賃金(=100)に対する農業所得の割合は,35年度の62.0から48年度には58.9へと低下している。一方,勤労者世帯1人当たり生計費を100とすると,農家平均のそれは35年度75.9から48年度105.8へ上昇したが,その内訳をみると,2ヘクタール以上層96.6に対して0.5ヘクタール未満層は116.2と逆に高い。この間,米をはじめ多くの農産物に対して各種の価格政策がとられ,一方では農業投資の効果もあつて農業の労働生産性も向上したが工業部門における高生産性・高賃金には追いつかず,結局,農業を主とする農家より農外所得に依存する第2種兼業農家の方が所得が高いという結果を生じたのである。

この過程で見逃しえないのは,農地の転用と地価の高騰である。39年当時604万ヘクタールあつた耕地は,39~49年の間には約86万ヘクタール,39年耕地面積の14%が宅地や工場用地,道路,植林などに転用された。また,農地価格(全国農業会議所の調査による。以下同じ)もこの間に約8倍になつている。もつとも,48年における市街化調整区域の転用地価格と自作地価格を比較すると,10アール当たりで前者734万円(住宅用)に対し後者は361万円と半分程度である。大都市近郊の乱開発による宅地造成で転用地価が高くなると,周辺農家の生産意欲が低下し,土地の資産価値に関心をもつようになる。また,大都市経済圏の拡大や工場立地の拡がりは,農業振興地域にもいろいろな影響を及ぼした。例えば農業振興地域の自作地価格(農業振興地域に農用地区域をもつ昭和25年当時の旧市町村の平均自作地価格)は,45年63万円(中田)から48年112万円へ上昇している。高度成長下の農業は,農業技術の進歩,過剰人口の流出等,近代化を促す面も大きかつたが,一方では,その正常な発展を妨げる面も同時につくり出してきたのである。

日本経済の成長軌道の修正は,今後,このような戦後農業にいかなる影響を及ぼすだろうか。工業賃金の上昇テンポが減速し,またこの部門の人手不足が緩和すれば,所得格差拡大の動きが鈍つて,農業就業人口の過度の流出が緩和され農地の人為的かい廃や農地価格の上昇が鈍化することも期待できよう。

第130図 稲作経営の規模別収益性

こうしたなかで,農家が,所得を高める道をより確実に農業内に求める方向は何であろうか。それには,農業の収益力を生産性向上で高めなければならない。これまでの高度成長経済にあつても,農業機械化など農業技術は急速な進展をみせ,稲作経営の土地生産性や資本生産性のもつとも高い階層は40年の2.0ヘクタトール前後から48年には4~5ヘクタールに倍増した( 第130図 )。もつとも,その年間就労は年々減少したので,稲作経営などでは出稼ぎ労働や人夫・日雇がふえ,他方,時間当たり労働報酬が劣つても年間就労で総労働報酬では稲作を上回る施設利用型経営(養豚,養鶏,施設園芸など)が飛躍的に発展した( 第131図 )。しかし,世界的な穀物需給の変化で飼料原料を輸入に依存する施設利用型畜産経営のコストが上昇し,また成長軌道の修正で農外労働の機会が鈍化してくるという条件のもとでわが国農業としては,土地利用型農業をも含めたその健全な発展が重要になつてきている。この際次の2点が注目される。

ひとつは複合経営に新たな角度から着目することである。複合経営にはさまざまな形態があるが,これは,稲作や畜産等を中心としつつ,裏作の振興をはかることなどによつて,年間就労機会を高めるとともに,麦や粗飼料の自給力を高めることである。作目の組合せは地域の特性に応じて異なるであろうが,いま,日本農業賞を受けた鹿児島県の農家の事例をみよう( 第132表 )。ここでは借地で飼料畑を作り水田の借地を拡大して水稲の稲わらを確保するとともに,水田裏作で粗飼料を生産して飼料自給化した。さらに,畜産公害といわれる肉用牛の糞尿を土地に還元させて耕地の地力低下を防ぐ努力をしている。一般に海外相場が高騰した48年には配合飼料価格に比べて,自給飼料がその有利性を著しく高めたことを考えると,耕地利用による飼料生産を基盤とした畜産を稲作と組合せた複合経営は今後注目すべきであろう。

いままで裏作を放棄して出稼ぎ等に行くため,耕地利用率は年々低下した。例えば全国水田の冬作利用率をみると,40年度22.7%から49年度にはわずか8.7%に激減している。出稼ぎ機会の鈍化による収入減を補てんし,飼料輸入価格高騰の影響をある程度緩和し,国内の畜産収益力を高めうるとしたら,これもひとつの新しい対策となりえよう。また,裏作としての麦作についても規模の利益を活かすべきであり,さらに表・裏作の一貫した技術体系や,農産物相互間の均衡のとれた価格体系の確立をはかることも,新しい複合経営の重要な要素であろう。

2つには惜地・受委託等による実質的な規模拡大への道である。上記事例の成功もこれを条件としている。従来も,共同作業による集団栽培,兼業農家化と他方で機械装備による技術信託方式,あるいは農業機械銀行というさまざまな形で,農作業の受委託が行なわれてきた。しかし,これは経営権が委託農家にあり規模も小さかつた。こうした欠点を改めるため,近年まだ少数ではあるが借地経営により規模拡大をはかる事例が増加しつつある。第2種兼業農家の農地の資産保有性向は強いが,仮に,1.5ヘクタール層の農家が第2種兼業農家から耕地を借入れた場合の種々の試算を行なつてみると,いずれの場合でも稲作の生産性が向上し,かつ第2種兼業農家に一定の借地料を支払いつつ,借入れ農家の所得が増大する可能性が高いという結果を得た( 付表11 参照)。

しかし,このような借地経営が円滑に行なわれるためには土地の所有権と利用権の分離が円滑に行なわれることが条件であり,そのためには農振法(農業振興地域の整備に関する法律)改正による農用地利用増進事業等の適切な運用や集団的生産組織の育成等の措置を講ずるとともに,他方では規模の有利性を発揮できるよう土地基盤の整備が必要である。

わが国農業の自給率は,欧米主要国に比べると,穀物ではもつとも低い国のひとつであり,また各国の上昇傾向に対して,わが国では低下傾向にある。これは,いままで安くかつ安定した輸入が続けられたこと,食生活の急速な多様化に対して国内農業が必ずしも対応できなかつたこと,高度成長による農工間賃金格差の拡大が農業基幹労働力の流出や出稼ぎ等の農外労働の拡大を招いたことなどによる。しかしわが国農業をとりまく内外環境が変貌するなかで自給力向上が望まれている。もつともただ単に自給率の向上をとなえても成功するものではなく,それは土地・水資源の確保整備や中核的担い手の育成確保などをはかりつつ,農業の生産性を高める必要条件の整備を通じて進め,また,国際協調と国内経済構造の多様化のなかで現実的に考えるべきである。

c. 産業構造の多様化

産業構造は,需要と供給の双方から影響をうけて変化する。福祉・安定経済(福祉・経済安定保障型の投資配分に基づく)は,これまでの産業構造をどのように変えていくかであろうか。

(需要構造の変化)

まず需要構造の変化についてみよう。高投資・高輸出型の高度成長は物財生産をより多く誘発するパターンであつた。しかし投資配分において,住宅や生活環境改善の公共投資の比重が高まり,また,相対的に個人消費や社会保障の比重が高まつていくと,サービスをより多く誘発するようになる( 第133図 )。

また,所得水準が上昇してくると,消費支出の内容も物財に比べより所得弾力性が高いサービスヘ移つていく。すでにこうした変化は,昭和40年代央から就業構造における第二次産業のシェア頭打ちと第三次産業のシェア上昇という形で現れつつあつた( 第134図 )。今後,わが国が福祉型ヘ,あるいは知識集約型への投資配分を高めていくことによつて,このような変化はさらに強まるものと思われる。また,そうしたなかで,労働者の所得選好から余暇選好へのシフトも起こつてくるとみられる。咋年9月に総理府が行なつた「勤労意識に関する世論調査」でみても,余暇選好型が40%で所得選好型の30%を上回つている( 第135表 )。特に女子や若年層でこの傾向が強いが,中・高令層でも余暇選好優先のパターンが維持されているのは注目されよう。

第136表 賃金と労働時間の関係の国際比較

こうした余暇選好へのシフトは,所得がある水準以上になると強まつてくるようである。いま,1973年の時間当たり賃金水準と週当たり労働時間を国際比較してみると,イギリス,イタリアのように,わが国より賃金水準が低くても労働時間が短い国もあるが,その他の諸国は日本に比べ賃金水準が高くて労働時間が短い( 第136表 )。わが国の賃金水準はその後さらに相対的に上昇してきているので,上記のような意識調査の結果が生ずるのは自然の勢いともみられる。労働者の余暇選好が強まれば,サービス支出の比重は,さらに高まつてくることになろう。物価が安定し,日本経済が安定成長ヘ向かうにつれて,今後はその傾向が一層明瞭に現れてくるであろう。

以上の変化は労働需要を高める。いま,3部門別の雇用弾性値をみると,第三次産業が高く,それだけ他部門に比べて雇用吸収力が大きいことを示している( 第137表 )。

(供給構造の変化)

次に,供給構造の変化についてみよう。

ひとつは,戦後わが国の進学率が上昇して労働力の高学歴化が進みつつあることである。これは,個人が社会的地位や所得の向上を求める意識の現れであるが,そうした労働力の高学歴化に見合つた労働需要が形成されないと,需給のアンバランスが生じよう。いま,昭和30年代以降の新規学卒者の就職先をみると,高校卒に比べ大学卒は第三次産業への指向性が強い( 第138表 )。さらに40年代に入ると,高校卒でもこの傾向が強まつている。もつとも,多くの人がサービス経済を選択してしまうと,直接生産に結びつく工場労働者が不足するという事態も起こるし,また高学歴化が直ちに高知識化を意味するとは限らないが,進学率が上昇基調にあるわが国としては,前述した労働需要の変化に対応する可能性が大きいといえよう。また,輸出構造の知識集約化と輸入構造の労働集約化は,単純労働需要の減少と知識労働需要の増大を意味しており,労働力の高学歴化は,長期的にみてそうした労働需要の変化に見合うことになる。2つは所得水準の上昇が産業構造の付加価値率を高める方向に作用することである。付加価値率は,生産額から原材料費を差引いたもの,つまり付加価値を生産額に対比させた割合である。付加価値の大宗を占める人件費の増加は,加工度の高い,つまり付加価値率の高い産業へ転換するインセンティブを強める。工業統計表で付加価値率の推移をみると,昭和36~41年33.0%であつたものが,44~48年には35.2%ヘ上昇している。これは,わが国の賃金水準が先進主要国との格差を急速に縮小するようになつたことと関係があるとみられる。最近における石油価格の急騰は,これまで安定していた原材料費を急増させ,こうしたなかでまた人件費が増加すると製品価格ヘ転嫁しようとする傾向をもたらした。物価安定政策の下では,こうしたコスト圧力は,加工度の高い産業へのシフトを促進し,高付加価値産業化への傾向を強めることになる。付加価値率とサービス投入比率の関係をみると,前者が高い産業ほど後者も大きいという傾向がみられる( 第139図 )。これは,加工度の高い産業ほど生産のう回化が進んでおり,その間に投入されるサービスが大きいことを示している。例えばプラント産業をみると,研究開発,設計,生産面では多数の部品工業,流通面では据付,運転,アフターサービス,相手が開発途上国の場合は国の開発計画へのアドバイス,などがシステム化されてはじめて,商品価値が生まれる。3つは,福祉・安定経済の展開に伴つて,高令層の労働力が低下することである。1970年についてみると,65才以上人口の労働力率は,わが国では男子54.5%,女子19.7%に対し,アメリカではそれぞれ24.8%と10.0%,西ドイツ(ただし60才以上)でもそれぞれ35.6%と0.1%ときわめて低かつた。こうした違いは,社会保障等や自営業種の相違を反映している。「住宅」や「老後」に対する福祉の充実は,こうした高令人口におけるわが国の高い労働力率を低めていくことになろう。

なお,以上のような労働の需要と供給の双方における変化が実現すれば,比較的低い経済成長でも労働需給はバランスすることができるものと思われる( 付図12 参照)。

以上のように,わが国の産業構造は,福祉・安定経済の展開を通じて,需給両面から今後そのパターンを変えていくことが可能であろう。新しいパターンは,従来のような物財中心の粗放生産型からサービスの増大を伴うう回生産型ヘ向かうことによつて資源,環境の制約を避け,労働力の需要と供給の変化を通じて雇用問題を解決するとともに,国際分業の高度化による開発途上国への協力も可能にすることができよう。このような状況の下で形成される今後の産業構造は,従来と違つて主役なきパターンとなり,多様化の様相を呈することになるだろう。