昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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第II部 新しい安定経済への道

第1章 成長条件の変貌

(5) 世界の食糧需給の基調変化

世界の食糧需給は長期的な変化の様相をみせている。一般的にいつて戦後世界の食糧需給は,先進輸出国が過剰,開発途上国が不足というパターンであつた。先進輸出国の過剰は,農工間所得格差を縮小するためにとられた農産物価格支持などの結果でもあつた。先進輸出国は,こうした過剰分を輸出や援助に回し,他方では作付制限を行なつて対処してきた。さらに先進輸出国で生じた余剰は在庫として積増され,これがバッファーとしての役割を果した。ところがこのパターンが1972年にくずれた。それ以前は全穀物生産は年間およそ12億トンで,これが毎年2,500万トンずつ増加して需要増をまかなつてきたが,1972年には異常気象による凶作等の一時的要因で前年より3,300万トンの減産になり,ソ連などの大量買付けも重なつて,これまでの在庫量を一挙に縮小してしまつたからである(小麦の場合につき 第83図 )。こうした需給ひつ迫は,1974年末以降は緩和されつつある。だがそれにもかかわらず,穀物価格が従来のように低位安定しまいとみられている理由が2つある。第1は先進輸出国においては,生産の増加がはかられているものの,かつてのような高い在庫水準に回復するのは困難とみられていることである。これにはさらに穀物過剰国の財政負担という問題が加わつており,先進輸出国ではこのためにかつてのような過剰在庫をもとうとはしていない。第2は穀物需要が増大傾向にあることである。その原因のひとつは畜産物需要の増加である。所得水準の上昇につれて所得弾力性の高い畜産物需要が増加傾向にあるが(例えば共産圏諸国,日本など),それは栄養価でみると飼料の形で直接消費の7~10倍程度の穀物や牧草などを必要としている。2つは開発途上国における爆発的な人口増加である。昨年末の世界食糧会議に事務局が提出した1985年の全穀物需給予想(小麦,米,粗粒穀物)によれば,開発途上国の不足量は1969~71年の1,600万トンから,8,500万トンヘ拡大するとみられている。これは,生産は従来通り年率2.6%で増加するが,需要が,人口増2.7%に加え,1人当たり所得の上昇に伴う増加が0.9%あつて,あわせて3.6%増加するとみているためである。人口爆発が開発途上国の穀物需給をひつ迫させることがわかる。もつとも,1980年までの各機関の予想をみると,開発途上国の不足量についてはかなり大きな差がある。それは特に開発途上国の生産予想に7,200万トンもの相違があるためである( 第84表 )。しかし,いずれにしても長期的にみて開発途上国の不足量が拡大方向にあることは疑えないであろう,そうしたなかで凶作が世界的規模で起これば,世界の穀物需給はひつ迫する可能性がある。

なお,最近における主要生産諸国は,インフレーションに悩まされ,農業投入財等の価格上昇によつて生産コストはかなり上昇している。

世界の穀物需給の安定にとつて先進国の役割はますます大きくなろうとしている。これまでの供給パターンをみよう。1963~73年における世界穀物の生産増加は3.9億トンであつたが,その寄与はアメリカがもつとも大きく,フランス,西ドイツ,カナダ,イギリスなどの先進国もかなり貢献した。これに対して,日本,オランダはむしろ減産している( 第85表 )。いま農産物の世界貿易に占めるわが国の輸入シェアをみると,穀物全体で1973年には11.6%を占めている。

今後,世界的な食糧の需給ひつ迫を避けるためには,食料輸出国等における生産増加への努力や開発途上諸国における食糧増産についての自助努力に待つべき面が大きいと考えられる。わが国としても国内における食糧自給力の維持向上に努めるとともに,安定的な輸入確保をはかることが必要であろう。

こうしたなかで,わが国農業への資源配分の適正化について改めて検討する必要が生じつつある。反面,農業への資源配分をふやすことは国民経済的コストを高めるという形で日本経済の成長軌道に影響を及ぼす可能性があるので,今後の安定成長の下で,わが国農業の生産力拡充をはかるためには,農業の合理的な位置づけについて考えていくことが必要であろう。


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