昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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第II部 新しい安定経済への道

第1章 成長条件の変貌

(3) 環境保全

昨年12月18日の水島(岡山県)の重油流出(4万3,000Kl)事故は,その被害総額が,漁業,工場被害,対策費などを含めて,直接,間接の影響により約430億円にのぼつた( 第79表 )。沿岸漁民等に対して約150億円の補償費を支払うことで本年5月末に当事者間でほぼ協定が成立したが,この事故は石油化学コンビナートでひとたび事故が発生した場合,その被害が地域住民にいかに大きな影響を及ぼすか,また事故の防止,そのための施設整備と管理体制がいかに重要であるかという教訓を与えた。このような大規模な海洋汚染問題の発生は,最近における環境問題の複雑化,その影響の大きさを示す一例に過ぎないが,環境保全と工業発展のあり方がまさに問われているといえよう。もつとも環境問題は工業開発と地域住民との間ばかりではない。自動車排ガス,家庭から生ずる廃棄物,新幹線や空港の騒音問題,市街地のビル建築と日照権問題など,環境保全をめぐる問題は近年ますます複雑化の様相を呈している。

それでは,資源制約下でこれに対処し環境保全を進めていかなければならないが,それが日本経済にいかなる影響を及ぼすかを試算してみよう。例えば,原油輸入の伸びに制約があるとの仮定(ここでは通産省「50年度石油供給計画」による原油消費量を用い,55年度以後原油輸入の伸びを年5%と想定)公害防除投資比率(能力拡張投資に対する比率)を変化させたことによる影響を,産業連関表―マクロ・リンクモデルを使つて試算してみると,次のようになる。

まず,能力拡張投資に対する公害防除投資の比率が現状の10%の場合に比べて,20%としたとき,実質GNPは最初の年は公害防除投資の需要効果が効いてむしろ高くなるが,次の年から逆転して低くなる。

これは,需要がふえても資源の供給制約があれば,公害防除投資が優先するため能力拡張投資の増加が抑えられ,潜在成長力が低下していくからである。( 第80図 )。ここで,前提とした資源制約は,環境優先の住民選択という制約条件に置きかえることができる。それは,いかなる公害防除投資を行なつても,工場立地や増設そのものを認めないという問題が基礎部門においてみられ,それによる潜在成長力の低下が予想されるからである。

一方,物価への影響をGNPデフレーターでみると,これは,需要の価格弾力性や総需要管理のいかんで左右されることになるが,環境保全と開発のトレード・オフはまた環境保全と物価のトレード・オフにもなりうることを示している。

日本経済の成長条件は,環境保全の重要性が高まりつつあるなかで,大きく変わり始めている。そのなかから,高度成長への反省が生まれたが,同時に,環境保全の下で物価安定と福祉充実をはかつていくことのむずかしさを改めて経験しつつあるのが現状といえよう。


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