昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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第I部 インフレと不況の克服

第1章 異常インフレの収束と課題

3. 総需要抑制策の評価と反省

(総需要抑制策の推移)

異常インフレーションを抑えるためにとられた政策手段は,変動相場制の下における総需要抑制策であつた。それは,今回のインフレーションが,国際収支黒字のなかの国内信用供与の増加と国内の需要超過に基づくものであつたからである。48年2月に変動相場制へ移行し,4月に公定歩合を引上げて以来,48,49両年度にわたつて,財政・金融面から本格的な抑制策が展開された。期間,規模ともそれは戦後もつともきびしいものであつた。この間,需要超過基調が続くなかで,48年秋に石油危機が発生し,石油供給削減と大幅な原油価格引上げに直面したため,年末には公定歩合を7%から9%ヘ一挙に引上げるとともに,49年度の公共事業関係支出を前年度水準以下に抑えることとした。その他,金融引締めをより効果的にするための選別融資規制や,直接的に投資を抑えるための大口建築規制,さらには,国民生活に関係の深い物資についての標準価格設定等,さまざまな補完的手段も講じられた。こうしたきびしく,多様な手段による,インフレ抑制策の長期にわたる展開を必要としたのは,巨大な過剰流動性などによつて生じた国内の需要超過が大きく,その解消に時間がかかり,また,社会的にインフレ心理がまんえんしたためであつた。しかし,総需要抑制策の効果は,49年度に入ると次第に表面化し,下期にはそれが物価の落着きからなだらかな賃金決定へと波及していつた。この間,さまざまな補完的手段は,効果の浸透につれて漸次はずされ,また,不況過程の進行に伴つて生ずる社会的摩擦に対しては,「きめ細かい配慮」が講じられたが,総需要抑制策の枠組は,49年度を通じて堅持された。こうした政策展開が実体経済に及ぼした諸影響は,すでに第1,2節でみてきた。本年に入つてその効果が顕著に現れてきた反面,不況もきびしくなつたため,2月以降3次にわたる不況対策を講じて,景気浮揚に力を入れるとともに,4月,6月と公定歩合が0.5%ずつ引下げられて8%となつた。総需要抑制策は,異常インフレーションの収束に伴つて緊急の使命を果し,50年度初にはひとつの転機を迎えることとなつた。しかし,この収束過程が完了するまでにはなお時間がかかるとみられるので,従来と異なり,50年度においても,慎重な総需要管理の下で,物価安定と景気浮揚の同時達成をはかることとしている。

(政策効果の特色)

まず,金融政策をみると,引締めは2年と従来のおよそ2倍の長さであり,公定歩合の引上げ幅も4.75%に及んだ。この結果を金融諸指標についてみると,過去の引締め期に比べて,もつとも緩和した状態からもつともひつ迫した状態に変化している( 第24表 )。こうしたなかで,短期金融市場の動向を示すコール・レートは大幅に上昇し,40年代に入つて例をみない高水準に達した。財政面でも,公共事業費等の契約目標率の抑制措置や財政執行の繰延べ措置がとられた。

しかし,そうした政策の効果の浸透は,従来になく遅れた。通常,景気調整の主因は在庫調整であるが,今回の場合,本格的な在庫調整の開始は,引締めを始めて1年半たつた49年7~9月期だつたからである。30年代は1ないし,2四半期,44年のときでも1年以内で始まつたのと対照的であつた。その理由のひとつは,過剰流動性の解消に時間がかかり,また,46,47年度の公共投資拡大の影響が,その波及効果を通じて尾を引いていたとみられることである。いまひとつは,インフレーションが引締めの影響を打消したためであつた。名目金利の上昇は大幅であつたが,企業のインフレ利得が大きかつたため自己金融力が増大して借人依存度が高まらず,名目的な売上高の増加で資産回転率も上昇を続け,それらの総合効果である金利負担率が46年不況時のピークに達したのは,49年7~9月期になつてからであつた( 第25図 )。インフレーションは,抑制政策の効果を遅らせたといえよう。このようなとき,きびしい総需要抑制策を堅持しないと,インフレーションを抑えることはできなくなつてしまう。

インフレーションの下でこのように効果ラグは長期化しても,強度の総需要抑制策の持続はやがて効果を現す。そして,いつたんインフレーションの勢いが衰えだすと,政策効果は加速度的に大きくなつてくる。上記のメカニズムを支えていた価格効果が消滅して,金利負担率の上昇が速まるからである。7~9月期を境に,卸売物価が鎮静化するのと平行して金融ひつ迫効果が強まり,在庫調整が本格化したのは,参院選挙後の早期金融緩和期待の挫折による他,こうしたインフレーション減速の段階に至つたからであつた。こうして,それまでのインフレの最終需要抑制効果に加えて,在庫調整に基づく不況要因が強まつた。もつとも,その後は,引締め効果が加速度的に大きくなり,それが卸売物価の下落にまで発展したが,他面でその効果を中和して,不況を底入れに導く要素もあつた。財政支出の動きがそれである。49年度財政は,当初,インフレーションに吸収されて,実質的には低下し,上期における需要抑制効果をさらに大きくした。だが,下期には,移転支出,公共事業費の物価スライド,公務員給与の追加払いなどがあり,さらに物価の落着きで実質的に大きくなる効果も加わつた(後出 第28図 )。たまたまこれらが,金融引締め効果の加速度的拡大の時期と重なつていたため,今度は結果的に景気を下支える役割を演じたのである。

(きめ細かい配慮)

すでに第1節(3)でのべたように,不況過程の進行に伴つて,失業や倒産の増大を防ぐための「きめ細かい配慮」が,今回は特に強化された。例えば,中小企業向け貸出の推移をみると,総貸出残高中の中小企業向けシェアは,今回の引締め期間を通じて高水準に保たれ,業態別にみると,政府系金融機関の伸びは引締め期の後半でむしろ高まつている( 第26図 )。一方,企業倒産の推移をみると,前年比増加率がもつとも高かつたのは,インフレーションがピークに達した48年度下期であり,インフレのとがめが尾を引いて大型倒産による負債額が増加したのも,49年度上期までであつた。本格的な在庫調整に伴う景気後退が進んだ下期には,件数,負債額ともかえつて頭打ちしている( 第27図 )。

今回の企業倒産は,従来に比べ,コスト高・採算悪化などインフレによる倒産の方が多かつたのが特色である。倒産発生比率では,40年代に入つてもつとも低い不況期の姿であつた。

前述した財政支出の景気下支え効果と,このようなきめ細かい摩擦防止策によつて,今回の総需要抑制策は,中途半端に終わることなく,インフレーション収束の目途をつけるまで堅持することができた。

(評価と反省)

48年度から始まつた今回の総需要抑制策は,結果的には成功であつた。

終戦直後のインフレーションにも匹敵する異常な物価上昇を,社会的摩擦の拡大を防ぎつつ,一応とり鎮めることができたからである。しかし,反省すべき点も多い。いつたんインフレーションが起こると,それがもたらすさまざまなひずみや不公正は容易に消えないからであり,日本経済を正常な状態ヘ戻すためにも今後なお多くの時間と困難を伴うからである。

最善の策は,インフレーションを起こさないことであり,また,外からの不可抗力でそれが避けられない場合も,西ドイツ経済にみるように,インフレ率をできるだけ小幅にくい止めることが必要である。こうした見地から今回の異常インフレーションに先立つ時期をも含めた46~49年度へかけてのわが国の総需要管理政策の推移を振り返り,今後の前進のための糧としたい。

第1に,経済変動の振幅をできるだけ小さくする工夫をしなければならないことである。今回は,外からの不可抗力があつたとはいえ,あまりにも経済の振幅が大き過ぎた。47年度9.8%だつた実質成長率は,49年度にはマイナス0.6%(速報)へ転落した。その原因をつくつたのはインフレーションであつたが,それは,公共投資の急増や過剰流動性によつて増幅された面も強かつたといえる。公共投資についてみると,45~47年度にGNPの伸びを大きく上回つたのち,48~49年度上期へかけて大幅に下回つた。この振幅は,実質値でみると,40~41年度よりかなり大きい( 第28図 )。もともと,需要管理の手段として公共投資を考えるにあたつては,それを直接担う建設部門等の供給弾力性が大きくないこと,需要効果の時間的な遅れ,などの事情に配慮する必要があつた。総需要のうちに占める公共投資のウェイトが増大していることに加え,その内容をみても,大型プロジェクトや生活基盤関連投資が増加しているため,機動的な計画変更が困難になつてきていることもあつて,こうした点への配慮が一層重要性を増しており,資源配分の効率性と計画性からみても,その必要は大きい。

次に過剰流動性についてみよう。問題は不況期における通貨量と物価の関係にある。それは,通貨供給の増加が,実物投資の刺激を通じ,実質べースでみた景気回復を早める効果と,物価上昇をひきおこす効果との両面をもつていることにある。実際に通貨供給が増加するとき,この2つの効果のいずれが大きくなるかは,通貨供給の大きさの他,需要増加に対する供給の弾力性や実物投資の期待収益率の動向いかんによる。46~48年度についてみると,実物投資の期待収益率が低い状況の下で,通貨供給の増大は,まず,土地(地価は下がらないという神話),株式,供給制約の大きい物資などの需要を高め,その価格上昇を激しくした。やがて実物投資の期待収益率が下止まると,相対的に貸出金利が低くなり,実物投資が刺激されることとなつたが,あまりにも通貨供給が大き過ぎ,また局部的に供給弾力性の小さい部門があつて,ボトルネック・インフレから全体の需要超過へと発展し,結局,通貨供給の増大は実物投資の拡大と結びついた物価の急騰によつて吸収されていつた。通貨量の変動が物価に影響を及ぼす過程は,こうした企業や家計の資産選択行動が経済の実勢とからみ合つた形で現れる。いま,上記の事情を法人部門の通貨需給バランスでみると,実質取引量や実物投資の期待収益率との見合いで考えた通貨需要に比べ,46年度後半から48年度後半へかけて,通貨の供給超過,いわゆる過剰流動性が起こつていた( 第29図 )。今回の経験は,不況期で大きいデフレギャップが存在していても,通貨供給があまりにも大きいと,物価が上昇し,デフレギャップ自体も急速に解消してしまう場合が起こりうることを物語つている。インフレーションを起こさないためには,通貨の適正な供給に心掛けなければならないといえよう。

第30図 通貨供給量の変化とその変動要因の推移

マネー・サプライの経路には,金融機関からの信用供与だけでなく,財政収支や国際収支によるものがある( 第30図 )。前述したような46,47年度におけるマネー・サプライの急増は,内外均衡達成のためのポリシイ・ミックスの重要性を示唆したものといえよう。こうしたなかで,金融政策としても,金融機関の貸出を有効に調節する手段を考えていかねばならないであろう。金融機関の貸出行動は,短期市場金利と実効貸出金利の差である貸出採算と資金ポジションによつて左右される面が強いが,特に影響力が大きいのは貸出採算である。貸出残高の伸びと貸出採算の関係を業態別にみると,両者間には時間的なずれをもつてかなり強い相関がみられる( 第31図 )。実効貸出金利については,預貸金金利の伸縮性が不十分な現状において,政策的影響を及ぼす余地に乏しいとすれば,マネー・サプライの適正化をはかるうえで,短期市場金利の役割を重視していくことが必要である。

第2に,金融政策の有効性を保つために,金融構造の長期的変化の影響を考慮しなければならないことである。金融構造の変化は,金融市場や貸出市場の変化など,いくつかの側面から考えることができるが,ここでは,企業の投資行動の変化に着目しよう。

主要企業の資産構成をみると,40年代後半に入つて,通貨以外の金融資産保有が増大しつつある( 第32図 )。わが国の金融政策がこれまで高い有効性を示すことができた理由のひとつは,企業の金融資産構成の中心が現預金であり,また,大幅な投資超過傾向が持続していたからであつた。こうしたなかで,通貨供給が抑えられると,企業は実物投資の抑制を通じて資産構成のバランス回復をはからなければならなくなり,こうして投資が減少すると,大きい波及効果を伴つて総需要も縮小した。いわば,企業部門の流動性が低いなかで,量的規制による金融政策の有効性が保証されていたといえる。しかし40年代後半に入ると,企業の資産保有パターンが次第に変化し,実物投資と現預金の間に緩衝帯として介在する有価証券等の金融資産の比重が増大するようになつたため,通貨供給を抑えても,従来に比べその影響が実物投資の抑制に結びつくまでのタイム・ラグが拡大しがちになつた。金融政策の有効性が低下し始めたのである。前回の緩和期以来,企業間の資金過不足が調整される場である条件付債券売買市場が急速に拡大したのは,そのひとつの現れであつた。この背景には,公共部門の資金不足拡大に基づく公社債市場の規模拡大と,企業の資本蓄積の充実があつた。そうしたときにインフレーションに見舞われたことが,前述のように,金融政策の有効性を弱めたのである。したがつて,経済全体のマネー・フローの変化や企業の資産構成の変容をふまえて,今後は,金利の需給調節機能を一層活用することが金融政策の有効性を高めるうえで,ますます必要になつている。

したがつて,景気変動の振幅を小さくし,また政策効果波及のタイム・ラグ短縮をはかるためには,公共投資の適切な支出をはかるとともに,マネー・サプライの適正化に努めなければならず,一方,金利については,マネー・サプライ適正化のための手段としての役割を重視すると同時に,より広く企業の資産選択に影響するものとして,その機能の活用をはかる必要がある。今回の引締め期においても,こうした配慮がなされているが,さらにその方向を強めていくべきであろう。