昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


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昭和50年度年次経済報告(経済白書)公表に当たつて

本年度の白書には,「新しい安定軌道をめざして」という副題がつけられています。狂乱ともいえるインフレ状態が収束しはじめました過去1年を回顧するとともに,戦後の高度成長に訣別して,“静かで控え目な成長”ヘ転換していく過程にある日本経済の今後の課題を取り上げております。

過去1年を顧みますと,総需要抑制策の堅持と国民各位の御努力によつて,物価,賃金が落着き,国際収支も改善されて参りました。しかし,景気は,この春ごろ底入れしたものの,その後の回復への動きがあまり顕著ではありません。幸い,物価,賃金もひところより安定して景気対策を強化する条件が整つて参りましたので,政府は,物価安定と景気回復の同時達成をはかることとしております。

しかし,全治3年の重傷を負つた日本経済を直すには時間をかけなければなりませんし,何よりも重要なことは物価の安定を定着させることであります。今回の不況はインフレが招いたものであり,したがつて物価安定がなければ回復することができない点に留意しなければなりません。現在,不景気のもとでコスト圧力が強まつているため企業の値上げ意欲にはなお根強いものがありますが,ここで安易な値上げに走つては不況からの回復はかえつて遅れることになります。生産性向上を通じて地道に収益改善をはかることが,結局,景気回復を確実にし,ひいては企業のためにもなることを銘記すべきであります。

現在,景気回復が待望されておりますがそれは,政府の景気対策が経済の自律回復力を補い物価の安定と雇用不安の解消につれて個人消費が上向き,また米国経済の上昇を中心に世界景気が回復するという諸要因を通じて,やがて実現されるものと思われます。

しかし,今後の景気回復は,日本経済の元きた道への復帰ではないことを忘れてはなりません。1970年代の世界は,政治的には緊張緩和の時代を迎えましたが,私がかねてから懸念していたように,経済的にはかえつて波瀾万丈の様相を呈して参りました。とくにその背景には,資源有限時代への展望という認識があります。

こうしたなかでわが国の経済的安全保障をはかつていくためには,世界経済の新しい秩序づくりに配慮するとともに,日本経済を作り直し新しい安定軌道に乗せることが必要であります。それは来たるべき経済計画で具体的に設計されることになりますが,この白書においても,日本経済の転換についての分析や示唆を行つております。

日本経済の転換には種々の困難が生ずるでしよう。その解決のためには,高貯蓄の活用,能力に応じた適正な負担,産業構造の省資源化,省エネルギー化,高学歴化社会に対応した雇用の確保など新しい方向にそつた努力を必要といたします。

このような新しい質的発展の基礎には,自己への誠実さと他人への思いやりに裏づけられた民族の心がなければならないと思います。質的な視野から経済成長の目的を見直し,国際的にも調和のとれた「新しい安定軌道をめざして」後代の人々のためにも努力しようではありませんか。

白書が国民各位の建設的批判を通じて,今後の日本経済の進路を正しく定めていくうえに貢献することができれば,まことに幸いであります。

昭和50年8月8日

福田 赳夫

経済企画庁長官


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