昭和49年

年次経済報告

成長経済を超えて

昭和49年8月9日

経済企画庁


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第2部 調和のとれた成長をめざして

第1章 世界のなかの日本の産業構造

3. 新しい産業構造への転換

戦後,日本経済は,世界の分業体制への適応をめざして輸出伸長を原動力に自らの構造を変えてきたが,いままた第2の適応を迫られつつある。すなわち,以下でみるように資源・エネルギー価格の高騰や労働力不足の進展といつた新たな条件下で,福祉充実を進めていかなければならない段階にある。産業構造もまた,こうした観点から転換を図らなければならず,この点は第2次産業に限らない。農業など第1次産業についても,食料等の安定的確保,環境の保全の観点からその健全な発展を図つていくことが国内経済の安定的発展のためにも役立つこととなる。

(1) エネルギー・資源価格高騰への対応

従来の産業発展は,エネルギーや資源の相対価格低下という条件のもとで進められてきたが,最近における原油価格の引上げを中心とする一次産品価格の高騰は,こうした戦後的条件に大きな変更を迫つている。とくに,資源・エネルギーの多くを海外に依存するわが国としては,当面,物価・国際収支両面で大きな影響を受けることになる。その直接的,短期的な影響については,すでに第1部で検討したので,ここでは産業構造や貿易に与える長期的な影響と対応策を考えてみよう。

エネルギーや資源価格の上昇は,まず国内価格について物価水準全体の上昇と相対価格の変化という2つの影響を与える。前者がとくに影響するのは国際競争力の側面である。

石油価格上昇がどの程度の生産者価格上昇要因になるかを,各国産業連関表を用いて試算してみると,輸入原油価格の上昇による影響は,イギリスと並んで大きなものになる。とくに,製造業における価格上昇は最も大きく,輸出製造業では平均3.3%の上昇となる。したがつて,短期的には国際競争力を弱める可能性があるが,やや長期についてみると次のような要因から違つてくる。

第1に,昨秋以降のOPECの原油価格大幅引上げは,アメリカをはじめ消費国の国産エネルギー価格にも影響し,国産エネルギー価格もそれと均衡するように上昇するものと予想される。したがつて,輸入価格高騰の影響は,消費国の自給率に関係なく均一化するとともに,他面ではそうした価格上昇が刺激になつてエネルギー供給の増加をもたらす可能性が強い。こうした理由から,資源価格の変化が国際競争力に与える影響はかなり減殺されるであろう。たとえば,昨年10月,本年1月の2度にわたるOPECの値上げの影響を,国産エネルギー価格もこれに追随すると考えて,各国産業連関表を用いて試算してみると,輸出製造業の生産者価格上昇率は,アメリカ5.96%,西ドイツ3.31%,イギリス2.47%に対して,日本は3.37%の上昇と必ずしも大きくはない( 第II-1-35表 )。

第2に,コスト面におけるエネルギーや資源価格とその他の要因の関係である。

日本,西ドイツ,アメリカについて生産段階別の卸売物価上昇率をみると,日本は大体において素原材料から最終製品になるほど価格上昇率が低くなつている。これに対し,西ドイツ,アメリカでは耐久消費財価格は安定しているものの,投資財(資本財,建設資材)は素原材料より価格上昇率が高い( 第II-1-36図 )。

このような事実は,エネルギー価格の低下などの好条件はあつたものの,素原材料価格が上昇しても,日本の場合,それ以降の加工段階でのコスト吸収努力が大きく,それが結局輸出の価格競争力強化につながつたことを示唆している。したがつて,最近における資源・エネルギー価格の高騰も,従来と同様生産性向上,技術開発などの企業努力が続けられれば,吸収する余地は決して小さくないといえよう。

(2) 公害防止の推進

福祉充実のための経済発展が国民すべての希望となるに伴い,産業構造にも新たな要請が加わつている。

その最も大きなものは公害防止である。これまでの分析から明らかなように,産業構造と公害の結びつきにはいくつかの問題がある。

まず第1は,需要構造の変化がより公害多発型の方向に向かつていることである。第2は,日本の場合,投入構造が諸外国に比べ公害多発型であり,また輸出入構造にも同様の傾向が著しい。第3は,総量の大きさ,とくに面積当たりの発生量が大きいことである。この3点を経済発展のなかで解決してゆかねばならない。

その基本的な方向としては,まず公害防止設備投資を積極的に進め,発生可能性が現実の汚染となつて被害を与えないようにすることである。もちろん,公害防止設備投資とその運営費用はコストとして価格上昇要因となる可能性があるが,価格が上昇して需要を抑制すれば,公害発生総量を抑える効果をもつことになる。こうした側面においては価格メカニズムの働きに期待すべきである。

輸出入構造については,除去率が高くなるほど,公害防止コストは逓増するという技術的条件もあり,地域的な発生総量の抑制という観点からも,可能なものは海外諸国の生産にゆだねるのが望ましい。また,従来の重化学工業に主導された産業構造の転換を図るとともに,環境保全的機能をもつ農林業等の健全な発展が必要であり,こうした観点から土地,水等資源の適正な配分を図ることも重要である。さらに,公害防止コストによる価格上昇が需要構造を変えるとしても,消費活動に伴う汚染因子,廃棄物の発生をも考慮すれば,現在の消費パターンについての反省が必要とされている。すでに述べたように,海外先進国では日本に比べ需要構造が公害多発型になつているが,これは,戦後の先進国社会において大量消費時代が展開されたことと密接な関係がある。公害問題の深刻化は,こうした先進国社会の消費のあり方に大きな疑問を投げかけつつあり,さらに資源・エネルギー価格の高騰によつて現在の消費パターンを続けようとすると,インフレーションの危険が強まるという問題もでてきた。土地が狭く,資源・エネルギーのほとんどを海外に依存するわが国としては,こうした消費パターンについての反省はとくに必要とされている。

(3) 労働の量から質への転換

国内におけるいま1つの問題は,今後の労働力不足にいかに対処するかである。その方法の1つは労働力の量的不足を質的向上で補うことであるが,最終需要単位当たりの必要労働者の平均教育年数は,35年の9.7年から45年には10.4年へと上昇している( 第II-1-37図 )。これは,平均教育年数の増大という形で,労働力の量的不足を質的に補い,生産性向上を図つていることのひとつのあらわれであろう。

高等教育機関卒業者の全就業者に占める割合を知識労働の投入度として,製造業を業種別に区分すると,化学,出版・印刷,機械類などが製造業平均よりかなり高くなつている。労働投入の面からこれらを知識労働集約型産業とよんでもよかろう。知識労働の投入度で産業を3段階に分けると,知識労働集約型産業の占めるウエイトは35年から45年へかけて急速に高まり,アメリカとほぼ同水準に達している(第II-1-38図)

もつとも,これは日本の基準で産業を分類したものであり,各国のその業種の知識労働投入量が日本と同じとは限らない。したがつて,知識労働集約型のウエイトは同じでも全体の平均教育年数でみれば,日本の10.4年に対しアメリカは11.6年とかなり高い。

さらに,ここであげた知識労働集約型産業は,他の業種に比べて付加価値率が高く,同時に化学を除けばエネルギーなどの他の投入要素の単位当たり必要量も小さい,という傾向がある点にも注目しなけれぼならない。したがつて,これらの産業の拡大が続くことは,相対的にエネルギーや資源の節約を促進することになる。

このように労働力下足に伴う高賃金化傾向を,労働の質的向上による生産性の上昇で補い,あわせて資源・エネルギー価格高騰の影響を吸収していくことが必要であろう。したがつて,勤労者の自己啓発を促進する有給教育訓練休暇など勤労者がその職業生涯にわたつて,その資質を高めるための教育訓練体制を作ることが必要である。なお,ここでの知識集約度は投入面からみたものであるが,これは需要面における消費の多様化,設備投資に占める研究開発投資の比重増大,輸出,商品援助から対外投資,プロジェクト援助への移行,生活環境の整備・充実に必要なシステム開発などの新しい,動向と照応する関係にあるといえよう。

(4) 対外投資の誘因と課題

1-(2)「日本の貿易と対外投資」でみたように,日本の輸出は各地域の貿易のなかで非常に大きなウエイトを占めるようになつている。今後についても世界経済の発展のなかで日本製品に対する期待は依然強いものと考えられる。

一方,日本国内における供給力の拡大にはいくつかの制約が加わつてきた最も早く表面化したのは労働力不足であるが,最近では,新規立地難なども供給能力拡大を制約する要因となつている。

このような国内,国外における需要と供給とのアンバランスの解決策としては制約要因を排除する投資や技術開発に努力し,国内における供給能力を拡大することと並んで,企業の海外進出が考えられる。これには相手国の経済開発を促進するという効果も期待しうる。

しかし,実際の投資主体は民間企業であるから,上記のようなマクロ的な要因のみで海外進出が行われるとは限らない。アンケート調査(輸銀調べ)によれば,海外投資に対する国内からの誘因としては,「労働力不足」「輸出の伸び悩み」「利益率の低下」が大きなウエイトを占め,「原材料確保難」「公害問題」のウエイトはまだ小さい。他方,海外からの誘因としては,「豊富な労働力」「現地市場の有望性が大きなウエイトを占め,「国内産業育成策」「輸出の有利性」がこれについでいる。もつとも,業種によつてその要因には違いがあると考えられる。

そこで,経済企画庁アンケート調査により,国内の設備投資の阻害要因と海外進出意欲を結びつけてみると,「公害発生」との相関が高い紙・パルプ,化学,非鉄金属,鉄鋼などの業種と,「労働力確保難」との相関が高い精密機械,繊維,電気機械などの業種に分けられる( 第II-1-39図 )。

前述の輸銀調査では,輸出動向が大きな要因としてあげられているが,海外投資比率と輸出比率を比べてみると,輸出比率の停滞ないしは低下が海外投資比率の上昇と結びついていることがわかる( 第II-1-40図 )。

すでにみたように,日本の海外投資は,東南アジアを中心に各国経済の発展に貢献していると考えられるが,今後は日本経済の生産諸条件の変化から,さらにそのテンポが高まると予想されるだけに,海外投資のもつ問題点をここで改めて考えておく必要があろう。

海外投資は一方において個々の企業の採算に基づいて行われる。いいかえれば利潤原理に基づく行動が基礎となつている。他方,それは国境をこえて民族,習慣,政治,文化など国情の異なる外国を対象として行われる。したがつて,そこで市場機構の前提となるものは,日本とは異質の社会秩序であることが多い。こうした海外投資の二面性が,短期的には種々の摩擦の原因となつている。

したがつて,長期的には進出した日本の個々の企業がその社会の一員として積極的に参加するという意識をもつ必要がある。いわば,相手国のコミュニティの一員として参加するのでなければ,海外投資は結局長い眼でみて成功しないし,相手国の経済発展に貢献することもできないといえよう。また,環境問題は世界共通の課題であり,相手国における公害の発生の防止に努めなければならない。この意味において,たんに市場機構にゆだねるというのではなく,国際的視野に立つたルールをつくり,また政府はそれぞれの相手国の事情についての情報を進出企業に提供する必要がある。そうしたなかで調和のとれた企業活動が行われることが望まれる。

(5) 資源・食料からみた柔構造の建設

(柔構造の必要性)

昨年の石油危機にみられたように,資源・食料の海外依存度が大きく,また上昇しているわが国では,海外で何かの紛争をきつかけにその供給が制約されたときの衝撃は大きいといえよう。したがつて,経済機構のなかにこうした外的なショックを吸収するメカニズムを作つておくことが望ましい。

こうした観点から,外的なショックを吸収する柔構造の建設が必要とされよう。そのための手段としては,たとえば,資源の備蓄・節約とリサイクル,新しいエネルギー源の開発,食料の自給度の向上,輸入の安定的確保,備蓄などが考えられる。

(資源の備蓄とその効果)

外的ショックを吸収する1つの方法として,資源に備蓄を持ち,量的不足や価格高騰の際にそれを放出して極端な変動を防ぐことが考えられる。石油危機に際して明らかになつたように,わが国の原油の備蓄量は欧米諸国より少なく,備蓄を食いつぶして対応することには制約があつた。

もつとも,備蓄をもつことは当然一方でコストを負担しなければならないことを意味する。当面,成果を生み出さない用途のために,資源の一部を留保するのであるから,それだけ経済の成長を抑えるというような代償を支払わなければならないことになる。必要な備蓄量は成長率が大きいほど大きくなり,その負担は国際収支,生産コストなどにあらわれることになる。

たとえば,10年前から1ヵ月分余分の原油備蓄を保有するよう輸入を増加させてきたとしたら,国際収支の制約から経済成長率は初年度で0.04%,10年間平均0.01%低下していたことになる( 付注13 参照)したがつて,長期的にみるとそれほど影響は大きくないが,むしろ過渡的に大きな影響を与えること及びその場合の費用の負担が問題となろう。

このような問題が生ずるだけに,備蓄をふやすためには,ある程度の経済的苦痛を忍ばなければならないことになる。それに,備蓄が効果を示すのは異常事態であり,コストがかかるのは平常時であることを考えると,その便益と費用を比較して負担についてのコンセンサスを得ることは必ずしも容易なことではない。しかし,経済と国民生活の安定性を重視すれば,備蓄の便益は充分に評価することができよう。

(資源の節約とリサイクル)

わが国の投入構造は相対的に資源・エネルギー多消費型であることはすでに述べたが,最近の情勢を考えると,今後積極的に資源の節約を進めていかなければならない。

その一環として,資源のリサイクルが考えられる。たとえば故紙については,潜在故紙量のうち,35.9%が回収されており,これは欧米諸国の15~30%に比べ,かなり高い方であるが,なお再生化可能な故紙のうち,回収されてないものが36.6%もあるので,まだ回収率を高める余地は残されている。

資源の回収を進め,それを再利用すれば資源の節約になる。産業連関表におけるリサイクル比率(自部門投入中に占めるくずの比率)は45年においてパルプ紙5.4%,鉄23.2%,非鉄金属34.2%となつている。この3つについてリサイクル比率をかりに1.2倍にしたときの節約効果をみると 第II-1-41図 のようになる。45年の生産額に対する節約額の比率は,非鉄金属鉱石で23%,鉄鉱石で17%の節約となり,産業全体では生産を0.45%,輸入を2.86%減少させる効果がある。

リサイクルを進める場合,問題となるのは回収のコスト及び回収物を原材料として用いる場合の効率である。前者については,紙の場合,故紙価格が10ポイント上がると故紙回収率がおよそ0.8%上昇するという結果がえられる。この故紙価格上昇が回収コストに対応していると考えられるが,資源価格上昇下で資源のリサイクルを進めようとするのであれば,故紙価格の上昇で回収率を高めても,コスト的に引合わないという事態は生じないであろう。

後者については,効率の低下になるとは必ずしもいえず,逆に生産過程での汚染物質の発生量やエネルギー消費量を少なくすることもありうる。したがつて,回収コストがかかつても資源のリサイクルを進めることが,汚染物質の発生量の抑制に役立ち,また経済全体の効率化の観点からも望ましい。

(食料の安定的供給)

食料については,昨年の穀物等の国際価格の高騰やアメリカの大豆の輸出規制といつた事態の下で,わが国は,長期的な視点に立つた食料の総合的な安定供給体制の確立を迫られている。国内経済社会の安定性の確保のためにも,最も基礎的な財である食料の安定的供給が重要である。このため,国内で生産が可能なものは,極力国内生産で賄うことを基本として,優良農地の確保等総合的見地に立つた土地政策を進めるとともに,耕地利用率を高めるなど資源の有効利用を図り,あわせて生産の担い手の確保育成,経営規模の拡大を推進し,生産性の向上に努め,国内の供給力を高めることが重要である。しかし,国土・資源の制約等もあつて小麦,大豆,飼料穀物,熱帯産品等海外からの供給に主として依存せざるをえない農産物も多い。とくに,牛肉,豚肉,牛乳などは所得弾性値も高く( 第II-1-42表 )今後の需要増加が見込まれるが,これらに要する飼料は主として輸入に依存している(飼料を含めた食料自給度はオリジナルカロリー換算で約53%,47年度農林省試算)という現状にある。このため自給度の維持向上に努めるとともに安定的な輸入の確保が是非とも必要である。

穀物等については,従来,アメリカ政府の在庫が備蓄の役割を果たしてきたと考えられるが,現在,アメリカの在庫量は減っており,今後についてもできるだけ公的在庫を増大させない方針のようである。また,農業生産は本来気象条件の影響を受けやすく,一方需要面では生活必需品であるだけに,安定供給をめざした国内生産体制の整備,輸入の安定的確保,備蓄等が必要であろう。