昭和49年

年次経済報告

成長経済を超えて

昭和49年8月9日

経済企画庁


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第1部 昭和48年度の日本経済

2. 物価急騰の要因と影響

(2) 物価急騰の背景

このように,卸売物価の急騰は,国内需給のひつ迫が海外要因によつて増幅された結果もたらされたものであり,また,消費者物価の上昇はそうした卸売物価急騰に強く影響されたことによるものであつた。

ここでは,こうした物価急騰とその基本的な要因である国内需給ひつ迫について,より長期的な視点から検討してみよう。なお,競争政策面からの検討は第II部で行うこととする。

a. 構造変化への適応の遅れ

今回の物価急騰を,日本経済全休としてとらえるとき,最も基本的な原因は,日本経済の成長軌道が変わりつつあることへの適応の遅れである。

40年代前半期と比較したとき,後半期の基本的な変化は,日本経済の供給成長率が鈍化したことである。まず,供給力拡大の基礎となる民間設備投資の実質成長率をみると,40年代前半の16.1%から10.4%へと低下している( 第I-2-7表 )。後半期の民間設備投資には公害防止投資の急増が含まれているのでこれを除くと,その実質成長率は6.6%とさらに低くなる。このような資本の動きに加えて,労働力不足も目立つてきた。有効求人の増大と有効求職者の低下から有効求人倍率が著しい上昇傾向を示し,充足率も低下傾向を明かにしている( 第I-2-8図 )。

このような結果,製造業の生産能力の伸びは40年代前半の12.1%から後半には7・4%へと低下し,実質成長率も同じく11.2%から7.4%と低くなつている。このような供給成長率の鈍化に対して,需要成長率(名目GNEの伸び)は,前半期の16.5%より高い17.4%となつた。後半期において需要成長率と供給成長率が大きく乖離したところに,今回の物価急騰を生ずる中期的な原因があつた。これは,日本経済の成長軌道が変わりつつあることに対する認識と,それへの対応が不十分であつたことを示している。こうした需要成長率の加速化を支えた要因の一つは,マネーサプライの増勢の高まりであつた。すなわち,マネーサプライ(M2)は前半期の16.6%に対し後半期には21.9%と大幅な伸び率を示しており,とくに46~47年の為替調整期にかけてその増勢が強まり,マーシャルのk(現金通貨+預金通貨+定期性預金/名目GNP)は急上昇している(第I-2-9図)。この時期の通貨供給の増大はドル・ショック不況から景気を早期に立直らせるために必要とされた面があり,また,もちろんこのようなマーシャルkの上昇は,ただちに通貨の供給過剰,ないしその他資産への需要超過を形成し,物価急騰の引金になるわけではない。いうまでもなく企業や家計の通貨需要は代替的な資産の予想収益率や将来に対する期待のあり方によつても影響されるはずだからである。ただ,46~47年にかけて,保有現預金の増大がとくに目立つた企業部門についてみると,このような資産選択上の要因を考慮した通貨需要と比較しても,通貨供給の増加が過大であつたとみられ,その結果生じた過剰流動性があとまで尾を引くことになつた。

40年代前半までの成長軌道は,需要と供給力が増勢を高めつつ,動態的に均衡するという性格をもつていた。つまり,供給弾力性が大きかつたから,需要成長率が高くても需給がバランスした。また,需要増に刺激されて投資がふえ供給力が高まれば,生産性も上昇してコストが下がり,輸出競争力が強まつて国際収支の天井も高くなるという関係にあつた。

第I-2-10図 財別卸売物価の動き

しかし,40年代後半には,需要成長率が高すぎると供給弾力性が低下しているため,低給成長率が対応できないという関係が生まれている。需要不足より供給力不足の方が問題になつてきたのである。40年代後半にこうした状況が生まれた背景についての検討は第2部に譲るが,今回の物価急騰は,これからの成長軌道が,可能な供給成長率の実現と,それと適度のバランスを保つ需要成長率の形成にあることを教えているといえよう。

b. 目立つボトル・ネック

こうした構造変化への適応の遅れは,物価の全面的な急騰をひき起こすこととなつたが,他方それは,具体的には基礎物資におけるボトル・ネックの発生としてあらわれた。これらは物価急騰の起点となると同時に,その波及過程を通じて相対価格を変えていつた。

第I-2-11図 公共投資と民間設備投資の部門別設備投資誘発比率

いま,卸売物価を財別にみると,47年10~12月から建設資材,48年1~3月から生産財の急騰が目立ちはじめ,消費財や資本財を抜いて高まつている( 第I-2-10図 )。こうした基礎物資の価格急騰をもたらした原因を考えてみよう。

第1は,需要要因である。いま,公共投資と民間設備投資の部門別設備投資誘発度を「産業連関表」によつてみると,一次金属,窯業・土石,建設業では公私の設備投資のすべてから大きく誘発される関係にある( 第I-2-11図 )。公私両投資の上昇が重なつた47年度下期以降において,これら産業の生産が誘発され,次いでその投資が誘発されたこと,またこれら産業が投資関連財であることから,結局自らの投資が自らの需要増となつて,これら産業の需要増を増幅していつたことになる。こうした直接,間接の効果を含めてみたとき,今回の場合,これらの産業への需要増加が集中的にあらわれ,これに供給が十分に対応できなかつたため,製品価格は大幅に上昇した。

第I-2-12図 供給の弾力性と価格上昇

第2は,供給要因である。いま,供給弾力性と価格上昇の関係を業種別にみると,弾力性が低いほど価格上昇も大きくなるという関係がみられる( 第I-2-12図 )。業種別にみて供給弾力性低下が目立つのは,1つは,鉄鋼,非鉄金属,産業機械といつた投資関連財産業であり,2つは,パルプ,板紙,印刷用紙,ソーダ無機薬品,プラスチック,合成ゴム,合成繊維など生産構造において連鎖的関係をもつ生産財産業である。これらの業種では海外資源輸入の制約に加え,労働力不足や公害問題深刻化に伴う生産能力の制約が大きく影響したとみられる。

第I-2-13図 産出価格の推移値からの乖離

需要増と供給制約が重なつた業種はど価格上昇が大きくなり,全体の物価が異常な上昇を示すなかで,価格上昇期待の強まりから,生産コストや需給関係によつて想定される水準をはるかにこえて価格引上げを容易にした( 第I-2-13図 )。また,このような大幅な価格上昇が基礎物資に集中したことから,1つは,加工部門の生産を制約し,2つには,加工部門のコストを高め,価格の波及運動を広げていつたといえよう。しかし,短期的にみれば素材部門ほどには加工部門の価格は上昇できない。それは,最終需要の減退に直面するからである。前述したように,消費財ほどこの傾向は強かつた。このため,インフレーション的ブームのなかで相対価格の大きな変化が起こつたといえよう。


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