昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第5章 インフレなき福祉をめざして

2. 総需要抑制策の効果

(1)48年に入ると,政府は変動相場制移行を契機に,本格的な総需要抑制に転じた。過去に比べると,変動相場制下の総需要抑制であり,数次にわたる公定歩合や預金準備率の引上げ,金融機関貸出に対する窓口指導の強化などの引締め措置に加え,財政面でも公共投資の施行時期の調整を実施するなど,政策としてはより強度になつている。

しかしその効果についてみると,過剰流動性の下での引締めであるため企業金融に余裕があり,資本ストック調整が終わつて民間投資が盛上がりかけたところであるため,引締め効果が浸透しにくい。こうした事情から,国内景気に影響がでてくるまでには時間がかかるであろう。また物価騰貴については,前述したような様々な要因が複合しているので,卸売物価はともかく,消費者物価については上昇テンポの落着きが顕著になるにはさらに時間がかかる可能性が強い。

(2)インフレーションの脅威を取り除くことが福祉社会建設の前提である以上,景気の先行きを懸念して,物価安定をおろそかにすることがあつてはならない。なによりも物価の安定に全力を傾けるべきときである。

しかし,ここで3つの疑問が提起されている。

第1は,実体経済の拡大基調が根強く,企業金融もなかなか締まらず,インフレ期待惑も高まつているから,総需要抑制策の効果があがらないのではないか,という点である。だが,総需要抑制策を堅持してゆけば,過去の例が示すように,景気は下方へ転換していくであろう。42~43年はその例外であつたが,これは世界景気が上昇へ転じ,また固定相場制の下で国内需要の鈍化を輸出によつて補うことができたためである。しかし今後については,世界景気の拡大テンポは次第に鈍化しようという予想がふえており,また国内に輸出圧力が高まつても変動相場制が継続していれば為替相場の上昇によつてかなり吸収されてしまうであろう。すぐに効果があらわれないからといつて需要抑制効果がないと即断すべきではない。

(3)第2は,供給力が不足しているのに,民間設備投資を抑えれば,需要超過が解消しないのではないか,という点である。中期的には供給力確保のために設備投資が必要なことはいうまでもなく,また当面の問題としても福祉充実のために緊要な投資については,個別的な配慮も必要となろう。しかし設備投資の需要効果は伸び率に,供給力効果は水準に依存しており,短期的には設備投資の伸び率が大きく変化しても供給力の伸び率はあまり変化しないことを考慮すれば,設備投資についてもその増勢を鈍化させることが需給のバラソスを回復するうえで必要である。逆に高い設備投資の伸びを維持しつつ需給のバランスをはかろうとすれば,その他の需要の伸びを大幅に抑えなければならない。現状では,公共投資に関する施行時期の年度内調整措置などにより,その他の需要の伸びを抑制することも必要であるが,短期的には民間設備投資の増勢を鈍化させることが当面の需給パランスを回復させるうえで必要である。

(4)第3は,景気は政策効果の浸透によつて変化しても,消費者物価安定は短期的には実現しにくいのではないかという点である。しかし,現在の物価騰貴の基本的背景が超過需要にある以上,総需要抑制策は物価安定にとつて有効であり,予想をこえた需要超過経済の出現によつて生まれたインフレ心理を取り除くことも可能である。また海外要因も,世界景気の鎮静や主要農産国の増産傾向からみて,ある程度小さくなることが予想される。

もつとも,景気の転換が賃金や消費者物価に影響するまでにはタイムラグがあり,完全雇用経済の下で各種の下方硬直性要因が強まりつつあることも事実なので,物価安定のための多面的な努力を強める必要があろう。


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