昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第4章 福祉充実と資源配分

4. 公共的サービスの現状と課題

(1) 拡大する公共的サービス需要

(公共財と公共的サービス)

高度成長による所得水準の上昇によつて,国民の消費生活は豊富になつてきた。こうしたなかで国民の要求は私的な消費財だけでなく,住宅などストックの増加や公共性が強く,より集合的な財貨・サービスに向かつてきている。このため,道路,公園,上下水道などの公共財への需要のほかに,医療,交通,通信,廃棄物処理,社会福祉事業といつた公共的サービス部門への需要も急速に増加している。こうした公共的サービスは公衆衛生,消防,治安などもともと市場メカニズムではうまくいかないいわゆる公共財とは異なり,市場メカニズムの活用によつて効率化が可能な部分も含んでいる。しかし,公共的サービスは一般にその外部効果が大きいことなどから,私的部門だけでなく,公的部門による供給も行なわれている。これらのサービスは,国民の日常生活と密接な関連をもつているため,種々の公的規制を受けているが,それぞれのサービスはその内容において厳密な意味での公共財に入るものから,私的財の性格の強いものまでに及んでいる。

公的部門の受持つ比率やサービスの内容には,さまざまな差がみられるが,これらのサービスはその一部が公共的性格をもつている点で共通する面を有しており,そのことがこれらサービスの抱える問題を複雑にしている。

そこで以下に,こうした公共的サービスのもつ問題点を医療,交通,廃棄物処理の三つのサービスを中心に検討していこう。あとにみるように医療については社会保険制度が設けられており,医療費の大半は移転所得という形をとつているが,供給は私的部門にまかされる割合が高い。交通については需要は私的性格が強く,供給には公的部門も含まれている。また廃棄物処理は私的な消費活動に結びついている一方,供給はかなりの部分を公的部門が受持つている。

これらのサービスは公共的サービスであるといつても公的部門が需要,供給に全面的に介入し,供給に責任をもつのが望ましいというわけでない。その費用がすべて国民の税金でまかなわれ,消費者の利益と費用の分担とが個別には対応しえないという意味での公共財については,安易にその範囲を拡大することは必ずしも望ましくないと考えられる。そのことは,以下に述べるように,公共的サービスについても資源の投入,供給の増加,配分の適正化などの面で多くの問題が残されていることからも理解されよう。

公共的サービスに共通した特徴の一つは需要拡大のテンポが早いことである。「家計調査」によつて公共的サービスの需要動向をみると,交通・通信,医療・保健などの支出の伸びは消費支出の伸びを上回つており( 第4-24図 ),所得水準の上昇につれて,これら部門への需要は拡大している。

(増大する医療需要)

わが国の医療需要は,国民の生活水準が向上し国民皆保険の実施(36年),制限診療の撒廃(38年),国民健康保険の給付率の引上げ(同)など医療保険制度が整備されるにしたがつて近年急速に増加傾向をたどつている。国民総医療費は,35年の4,400億円から45年の2兆5,500億円へと5.8倍,国民所得に対する同比率は,3.3%から4.3%へと上昇している。また人口10万人当たりの受療率も,35年の4,805人から45年には,6,977人へと45%もふえている。

医療需要を受療率の面からみると,保健思想の向上と予防医学の進歩により伝染病はほとんどふえていないが,人口の老令化とともに高血圧性疾患など循環器系疾患が急増し,それが医療需要全体を引上げている( 第4-25図 )。もつとも実際に医療を受ける受療率と傷病の状況を示す有病率の間には傷病によつてかなりの差がある。たとえば伝染病は受療率と有病率はともに低下しているが循環器系疾患は両者とも上昇し,また,呼吸器系疾患,がん(悪性新生物)では受療率の上昇が目立つている。

(交通需要の増加とその変化)

交通需要について,交通機関別旅客輸送量の推移をみると,全体としての輸送量が増加するなかで鉄道の伸びは鈍化し,それとは対照的に自動車はその増勢を高め,47年には自動車輸送量(人キロベース)は鉄道輸送量をついに上回つた。とくに乗用車の増加がめざましい( 第4-26図 )。47年3月末の乗用車保有台数は,1,092万台に達し,この10年間に普及率は約135人に1台から9.7人に1台に高まつた。アメリカの2.5人,欧州諸国の4~5人比べて,まだかなりの差があるが,普及率の上昇速度はわが国がはるかに高い。これに対して,国鉄,私鉄,バスなどの輸送量の伸び率(年率)は35~40年の8.0%から40~45年には3.1%へとその増勢は鈍化している。また航空旅客はその輸送量全体に占める比重は小さいが,最近5年間では乗用車に次いで他の輸送機関旅客をはるかに上回る伸びを示している。

(増大する廃棄物)

大都市とその周辺地域における廃棄物の発生量は年々著しくなつている。東京都の場合,37年度から46年度にかけて一般廃棄物の排出量は約2倍にふえ,1日当たり1万3,000トン,年間では420万トンという膨大な量が収集され,処理されている。また産業廃棄物は47年度に286万トン,し尿収集量は190万トンに達している( 第4-27図 )。こうした廃棄物の増大は,大阪,横浜などの大都市のほか,人口急増都市においても同様にみられ都市にとつて共通の問題となつて,地域住民や自治体のうえに大きくのしかかつている。全国の年間発生量(推定)は45年度には,一般廃棄物3,400万トン,産業廃棄物は4億トン,収集し尿は5,400万キロリットルにのぼつている。家庭より排出されるゴミは,通常の故紙,厨芥などに加えてプラスチックや家電製品等耐久消費財などの粗大ゴミの大量発生へと,内容的に大きく変化を示している。これらのゴミは,市町村によつて約90%が定期的に収集されているが,プラスチック混入率の上昇は焼却炉の損粍度を高め,その発生ガスが焼却施設周辺の住民に与える影響が大きくなつてきた。また粗大ゴミは運搬,破砕,圧縮施設の整備とあいまつて収集,処理に多大の労力と費用の増加を招いている。

(2) 供給主体の多様性

つぎにこれらの公共的サービスの供給側の動向をみてみよう。供給主体別にみた事業所および就業者数をみると公共的サービスとよばれる部門のなかで公営事業の占める比率が低いことがわかる( 第4-28表 )。

つぎに,公共的サービスの供給主体がどのように変化してきたかをみると,医療,運輸(とくに道路運送)など需要の増加しているサービスでは,民営の事業所比率,就業者比率が高まつてきており,潜在的な需要増加は大きくても有効需要としてはあらわれにくい社会福祉,廃棄物処理サービス業などでは公営の比率が高まつている。このことは需要増加に対応した供給増加という意味で私的部門の適応力は大きいが,私的経営の行ないにくいものでは潜在的需要が増加してきても私的部門の参入は少なく,供給の不足が生じやすいことを示している(前掲 第4-28表 )。

これを医療サービスについてみると医療施設別診療割合は,入院,入院外(外来)分を合わせた診療点数(47年)でみると,公的病院,私的病院はそれぞれ23%,26%となつており,これに対して私的診療所(開業医)は51%を占めている。

公共的サービスの供給主体が多様であることは,一面において,福祉事業など公共財の供給が立ちおくれていたという歴史的事情もあるが,他面国民の公共的サービスに対する需要は単純なものではないことを示している。ナショナル・ミニマムの確保という要求がある一方,個人の要望の多様化を反映する部分もある。もつとも公共財としての性格の強い廃棄物処理サービスをとつても廃棄物の回収,再生という問題を考えると,今後民間部門の比重を高める必要があるであろうし,老人福祉施設についても,ナショナル・ミニマムとしての施設のほか,民間経営による高級な老人ホームも増加しよう。その意味では,今後の福祉充実という展望の下で公私両部門の機能を再検討し,民間部門の水準の向上を図るとともに適正な機能分担を通して,それぞれの部門がより効率的に運営され,福祉向上に役立ちうるよう,供給部門のあり方を検討しその再編成のときをむかえている。

(3) 産業としてのパフォーマンス

公共的サービスの分析は種々の観点から行なうことができるが,ここでは,これらのサービスを一つの産業とみてそのパフォーマンスの評価を試みたい。

本来福祉と結びつきの深い公共的サービスについて,通常の私的財に関連して発展してきた産業組織論をそのまま適用することには問題があろう。しかし,公共財や公共的サービスについて,その成果を評価する基準はまだ確立しておらず,PPBSの手法もまだ実用に移されていない。とくに公共的サービスについては,国民の種々の要求に的確にこたえるという意味での広義の効率のよさを高める必要が大きい。産業組織論自体にも未完成の部分が多いが,問題点整理のための一つの視点として,ここでは効率性,技術進歩,価格と利潤の水準等産業組織論の概念を用いて,公共的サービスの現状を検討することによつて,公共的サービスと私的財の本質的な相違点と公共的サービス自体がこうしたパフォーマンスからみて今後改善を要する問題点をさぐつてみよう。

a. 効率性

産業組織論はこれまで主として製造業を対象としてきたが,そこでは技術的効率性として,生産の費用を最低にするような仕方で生産が行われているかどうかが問題にされた。しかし,多分に公共的性格をもつサービスについては,費用最低のみを追求することはできない。効率性という概念をもつと広く解釈して,需要者の欲求に資源配分が十分に対応しているかどうかを同時に問題にしなければならない。

(需要の緊急度と供給の対応)

この点に関連して検討される必要があるのは,第1に需要の緊要度に供給が対応しているかどうかである。すなわち,同じ公共的サービスへの需要のなかでも,需要の多様化によつて,公共財的性格の強いものとそうでないものが混在してきている。たとえば,医療サービスについても公害病,スモン病などの難病と単なる腹痛,風邪とが混在しており,交通サービスについても通勤通学のための需要とレジャー交通が同時に存在する。廃棄物処理における伝統的な日常のゴミ,厨芥と包装用プラスチックなど処理の困難なものの併存もそれである。これらの需要を区別してサービスを供給することは容易でないため,従来は一律に供給される傾向が強かつた。最近,この点に関して難病の公費診療制度,通勤通学時間におけるバス優先車線の設置などの措置がとられているが,同じ公共的サービスに対する需要であつても,その性格に応じて供給体制のあり方を考慮する必要があろう。

さらに,交通事故と緊急医療施設,都市と農村との医療施設までの時間距離の差異,無医村の存在や避地医療問題なども現在の医療サービスにおいて需要の緊要度に供給が十分対応していないことをめらわす例といえよう。

このうち,後2者については,地域別の需給のアンバランスの問題でもあり,この点を次にとりあげてみよう。

(医療サービスの地域別需給アンバランス)

医療サービスの供給にとつて,医師および医療施設が偏在していることも一つの問題である。全国には約2,500にのぼる無医地区が存在し,また,歩いて30分以内に医師のいない地区は,大都市地域では比較的少ないが,東北,四国,北陸などではその割合は高く,医療施設の環境は地域によつてかなりの差がある。

人口10万人当たりの医師数(医療施設の従事者)をみると都道府県別にはかなりの差がある。これを医師1人当たりの診療件数(受診件数)と比べてみると,人口当たり医師数の少ない県では,1人の医師がより多くの患者を診察しており,医療サービスの低下がもたらされている( 第4-29図 )。こうした医師の地域的偏在は,無医地区の問題だけでなく,人口集中が医師の地域的な増加に比してアンバランスに進行したことにもよつている。また,医師の診察と医師養成機関である大学医学部や医学研究機関の分布とはかなり関係があり,医師にとつて医学的情報の入手の円滑,不円滑も医師の地域的な分布に影響を与えているものとみられる。このように医療サービスは地域的にみると供給は需要に必ずしも適合しておらず,供給が需要に弾力的には適合しにくい性格をもつているといえよう。

また,医師の年齢別構成をみると,最近では若年層(とくに34歳以下)の比率が低下しており,この年齢層の就業状況は,病院や診療所の勤務者の割合がほぼ50%となつているのに対し,病院や診療所の開設者となつている者の割合は最近では急速に低下しており,反面,大学病院の勤務者や研究者の割合が急増している( 第4-30図 )。このことは,大学医学部を卒業して医師となつた者は,医療技術の高度化に伴い,必要な研修期間が長くなつているため,その多くが大学に残りさらに研修を続け,直ちには医療供給の第一線に現われてこないことを意味している。

(交通サービスの地域別需給)

交通サービスの内容は自動車の急増という形で変化しているばかりでなくその地域別構成変化も進んでいる。大都市圏での輸送量のウエイトは当然高いが,最近の伸び率は大都市圏よりもそれ以外の地域での方が高い。運輸省調べ「旅客地域流動調査」(45年)によると,全国15ブロック別の旅客流動量は南関東,阪神,東海の三大都市圏地域では,同地域内および他地域との輸送量の伸び率は,全国平均をほぼ下回り,これに対して北海道,東北,北関東などでははるかに高い伸びを示している( 第4-31図 )。

地域間の流動量変化をみても,大都市圏対地方,いくつかの地方対地方間での増加は著しく,地方における交通需要の伸びの大きいことが最近の傾向の一つである。

このように地域間交通量が変化するなかで,個々の地域の需給関係をみるといぜん解決されないままのこされている問題も多い。すなわち,一方において日常生活のための基本的な交通施設が不足する地域があり,他方,大都市におけるラッシュ時の混雑度はあまり緩和されていない。

東京付近の通勤通学区間のラッシュ時における鉄道輸送量の増加率(年率)は,30~35年の9.4%増,35~40年の7.7%増から40~45年には1.7%増と急速に下がり,その混雑度も35~37年のピークに比べてしだいに低下してきている。これは東京の都市機能の膨張するスピードが低下してきたこと,国鉄,営団・都営地下鉄,私鉄の輸送力の増強投資が次第に効果をあらわしてきたことなどのためであるが,ラッシュ時混雑度は240%といぜん苦しい( 第4-32図 )。

一方,道路交通面の混雑現象は自動車普及率の急激な上昇によりますます激しさをましており,とくに大都市における混雑はいつそう強まつている。

このように全国的にみると交通需要は増大の一途をたどつているが,人口流出により年々需要の減少している過疎地域では,交通需要の減少から公共交通機関の休廃業がふえ,交通サービスの享受が著しく困難になつた地域も発生してきている。

(廃棄物処理をめぐる問題)

廃棄物処理についての問題は,その発生量が生活水準の向上に伴い年々急増傾向をたどつているなかで,その処理体制が立遅れていることであるが,これには発生場所と処理施設および埋立てなどの処理地点との地域的な食い違いが大きく影響している( 第4-33図 )。発生量が少なかつた時代には発生と処理の地域的なアンバランスはそれほど目立たなかつたが,大幅な廃棄物の発生によりこれまでの処理体制のあり方について再検討が迫られてきた。とくにゴミ焼却施設の建設をめぐり,環境保全の立場から地域住民の反対運動が起こり,地域内処理問題は大きな壁にほう着した。

地域住民の廃棄物処理に対する理解と協力がなければ,問題解決は前進しないが,これには公共的サービスの供給者が焼却炉を含めた処理施設に対する公害防除に万全な措置をとることにより地域住民の不安を解消し,また焼却炉より副生する温水の活用,隣接地の緑化など環境保全について地域住民への配慮が必要であろう。また廃棄物の大量発生について,大量消費・大量破棄的風潮を抑制すると同時に,資源の有効的活用の見地から回収・再生など多面的な対策の展開が合わせ実施されなければならないであろう。

b. 技術進歩

サービス部門は元来技術革新の行なわれにくい分野であり,生産性の測定自体もむずかしい。とくに公共的サービスについては技術進歩を生産性だけでみることはサービスの性格上適当とはいえず,先端的分野,基礎的分野での技術進歩,およびその普及についてもみる必要があろう。

医療サービスについて,医療施設における医療設備の普及の程度など技術進歩に関連する指標をみると, 第4-34表 のようになつている。心電計,脳波計等は一般的診断方法として広く利用され,また,先端的な分野では尿毒症について人工腎臓,心疾恵についてぺースメーカーといつた新しい治療方法が開発されるなど医療技術は進歩している。しかし,これらの技術進歩の評価は,人間の健康増進や疾病の治療というアウトプットとの対比において行なうべきものであり,この意味において他の産業と同質的に比較することはできない。

第4-35図 労働生産の推移(35年度=100)

交通サービスにおいても,新幹線やジャンボ・ジェット機,自動化された大型タンカーなどにみられるように高速化,大型化が進んでいる。しかし,労働生産性の向上という指標でみると,単純には比較できないとしても,製造業に比べて交通産業の生産性上昇率は低くなつている( 第4-35図 )。これは交通サービスが即時財であつてストックがきかず,需要の変動に応じるためにピーク時の供給能力を確保しておく必要があり平均稼働率が低く抑えられること,さらに安全性の見地などから自動化,省力化に限界があることなどが大きく影響している。また,国鉄の労働生産性の伸びは私鉄などと比べてもとくに低くなつているが,これにはその公共性から,地方ローカル線の輸送や少量,不特定の貨物・小荷物輸送など,より効率性が低い部門を維持する必要があることも一因となつている。

廃棄物処理については,最近公害問題に対する世論の高まりにつれて,無公害技術に対する関心が強まつている。大都市などの急激な廃棄物増大に対する処理技術はまだ不十分な面があり,収集,焼却方法などの技術開発が鋭意進められている。しかし現状では,社会的経済的条件の制約等もあつていぜんとして埋立てに依存する度合は大きい。

c. 価格と利潤の水準

公共的サービス部門のパフォーマンスを価格,利潤の動向からみると,いくつかの特徴が見出される。

その第1は価格上昇が他のサービス部門の価格上昇より低いことである( 第4-36表 )。

これには,その公共的サービスの性格から価格決定に制約が加えられていることも影響している。第2に公的部門と私的部門とが競合する場合,公的部門の経営悪化が目立つている。これは,公共的サービスの供給においても公的部門のウエイトが必ずしも増大しない原因の一つとなつている。

(病院の経営状況)

公的病院は,へき地,救急医療,がん診療等の高度・不採算医療のように一般の私的医療機関の進出が難しい分野を担当することが期待されており,そのため種々の助成措置が講じられている。たとえば地方公共団体病院の場合,収益的収入に対する一般会計からの繰入金の比率は44年度には8.8%,45年度10.3%,46年度には12.2%へと高まつている。

全国公私立病院連盟の調査によれば,公的病院が赤字となつているのに対して,私立病院は黒字経営となつている( 第4-37図 )。

公的病院の100床当たり収支をみると,収入,支出とも増加傾向をたどつているが,44年度以降その収支は赤字に転落している( 第4-38図 )。公的病院の支出のうち給与費,薬剤購入費の比重は45年度においてそれぞれ39%,31%を占めている。給与費は医療従事者の不足と一般給与水準の上昇を背景に著しく増加している( 第4-39図 )。医師の給与の伸び率は高いが,同じく不足状態を示す看護婦ではその伸び率は低い( 第4-40図 )。

病院について診療報酬支払いにおける薬剤点数をみると,医療の高度化等により,薬価基準が引下げられてきているなかで,総点数のなかに占めるその割合は上昇傾向にある。

なお,公的病院のなかでも差額ベッドの比率を高めているものがみられる。病床比率でみる差額ベッド比率は43年の18.8%から47年には20.0%へと上昇しており,室料差額収入は診療収入の約4%,入院収入に対しては約6%となつている。

私的病院についてみると,公的病院よりは室料差額収入の割合が比較的高く,支出面では給与比率が相対的に低くなつている。

私的病院の100床当たり医師数は公的病院に比べてやや多いが,これには私的病院では常勤医師より非常勤医師への依存度が大きいことが影響している。また,病床に対する看護婦は公的病院に比較してかなり低く,しかも正看護婦より准看護婦の割合が高く,その不足部分は資格のない看護業務補助者にたよつている( 第4-41図 )。私的病院においては医療従事者の不足から必要なサービスの水準を維持することが困難になつてきている。

このように公的病院,私的病院ともに費用面では給与費,とくに勤務医給与費は開業医の所得水準の影響もあつて大きな負担となつている。

(公共交通機関の経営悪化)

交通サービスについてみると,鉄道,バスなど公共交通機関の比重は低下し自家用車など私的交通手段への需要シフトが進んでいる。こうしたなかで公共交通機関の経営状態の悪化が目立つようになつてきた( 第4-42表 )。公共交通機関では自家用車への需要シフトにより需要が伸び悩み,また価格抑制策により運賃収入の増加が低いことに加えて,費用の増加が著しい。交通事業はもともと,需要の波動が大きく,その生産するサービスの性格上ソトックがきかないため,ピーク時需要に対応する供給余力が必要であり,設備の稼働率は低く抑えられる。とくに都市交通市場における鉄道では輸送力増強がはかられたにもかかわらず,最近はオフ・ピークを含めた終日の乗車効率が低下するという問題に直面している。もともと,公共交通機関は,労働集約的な性格が強く,安全輸送上からも機械化,自動化にも自ら限界がある。このため前掲 第4-35図 にみたように,労働生産性向上のテンポは,他産業に比較して低く,人件費の上昇を労働生産性の向上で吸収することはなかなが難かしい。しかも他方では輸送力増強のため設備投資を行なう必要があり,借入金の増加による負担や減価償却費の増大など資本関係経費が増加し,経営の圧迫要因となつている。そのうえ国鉄,地方公営交通では過疎化に伴い,ローカル線における需要の減少が大きく,費用の増加とあいまつて,経営悪化の一因にもなつている。

(4) 需給改善の方向

これまでみてきたように,サービスの価格によつてそれぞれ固有の問題があり,その解決の方法も私的財の場合とは当然異つたものにならざるを得ない。しかしそれにしても公共的サービスについてその市場本来の性質に即して効率的に機能しているとはいい難い現状にあることも事実である。そこで,このような公共的サービスにとつて,今後拡大し,多様化する需要に供給が対応するために必要な条件をいくつか指摘したい。

第4-42表 公共交通の経営状態

a. 外部性の内部化

公共的サービスの需給について地域的アンバランスがあることは先にみたが,これを生み出したもつとも大きな要因は大都市への過度の人口集中である。この傾向をそのまま放置しておいたのでは公共的サービスの地域別需給アンバランスは解消しない。このため人口,産業の分散を目的とする諸政策が重要になつてくるが,経済メカニズムという観点からみると,昨年度の本報告において指摘したように,大都市における集積の利益を求めて都市に入つてくる新規参入者の社会的コストがカバーされるような料金体制になつていない点に問題がある。したがつて,都市の集積の利益を享受している者に対しそれに見合う費用負担を求める方策を検討する必要があろう。

こうした,外部性の処理の問題はそれぞれの公共的サービスについても重要な意味をもつている。交通については,自動車などの環境汚染に対する費用負担,都市の混雑に対する規制強化を行う一方,外部経済効果の大きい交通機関に対しては,開発利益の還元をはかるなど,外部経済,不経済の内部化をはかることによつて,各種交通機関の間の機能分担を推進することが可能になろう。

また,廃棄物についても,企業が廃棄物処理の責任を果たすなどの方法によつて,外部不経済の内部化を検討することが必要であろう。

b. 市場の効率化

公共財,公共的サービスとよばれる分野においては利潤動機にもとづく活動が,かえつて弊害をもたらす例が多い。経済学でいう「市場の失敗」とよばれるものがそれである。しかし,その反面,各企業間の有効な競争が資源配分の効率化を促進する側面も否定できない。

医療サービスについいては,開業医中心に供給されてきており,そのウエイトは大きい。開業医のほとんどは医師会に組織され医療サービスの供給に重要な役割を果たしている。一方,公的病院はとくに外来診療について開業医と競合している。こうした供給体制のもとでは,公私の別を含め各種医療機関の分担を明確にするとともに,医療を受ける者の保護のため情報提供,苦情処理など適切な措置をはかる必要がある。

交通サービスについては,私的な交通手段の発達により,かつての地域的独占が薄れてきているものの,国民の多様な欲求にこたえるためには,競争のもつ利点を生かしつつ,できるだけいくつかの代替的機関を併存させることによつてサービス向上,経営改善のための努力がつづけられる条件を整備しなければならない。

c. 価格体系の再検討

適切な資源配分を実現するという意味で現在の価格体系には問題が多い。

まず医療関係についてみよう。

医療サービスの対価は,その大部分が医療保険制度における診療報酬点数に基づき支払われている。最近の診療報酬支払いの動向をみると,1件当たり点数の増加が件数の増加を上回る伸びを示している。

病院における点数収入の内容をみると,47年は42年に対し入院分が2.0倍,入院外分が2.5倍にふえているが,この間点数収入の増加寄与率では入院分,入院外分とも1件当たり点数の増加によるところが大きいが,入院外分では入院分に比して,件数の増加による面が相対的に大きい( 第4-43表 )。

こうした動向は,給付改善等に伴う医療需要の高まり,疾病構造の変化,新薬の登場,医療技術の進歩といつたことなど多くの要因によつている。現在の診療報酬制度では,出来高払い方式,技術料の適正な評価,薬価決定方式など種々問題が包含されており,これを医療制度全体のなかでどのように改善するかは医療サービスの質的向上にとつての課題となろう。

つぎに交通サービスの価格についてみると,鉄道,バス,タクシー,航空,旅客船などの運賃は公共料金として法律や政府の認可などにより規制が行なわれている。そして消費者物価安定の要請から運賃改定には,しばしば抑制策がとられてきた。交通市場における供給が公共交通機関によりほぼ独占されていた時代には,利用者保護の立場からその価格に制限を加えることは当然であるが,物価安定のために運賃改定を過度に抑制し,個々の交通企業に対して事後的に赤字を処理するという方法だけでは交通市場における価格体系をゆがめ資源配分の効率化を阻害するおそれが少なくない。費用が増大しているのに,収入面で必要以上の抑制を行なうならば,本来価格の持つている需給調整効果が失われ,交通サービスの円滑な供給と質的な向上は困難になりかねない。

しかし,公共交通機関については交通市場における独占性が薄れ,単独の運賃の引上げは需要の減少を招き,単価と利用量の相乗積である総収入が総経費に見合うほど増加しない場合もある。

こうした悪循環を是正するためには,上記のように各種交通機関別に,外部経済,不経済の内部化を進めるとともに,公共交通機関に課せられた過度の公共的役割の是正,ナショナル・ミニマムとしての建設費補助などの助成措置が必要である。

こうした措置をとつたうえで,交通市場において価格機能を働かせるためにはさらに個別原価にもとづく競争が確保されることが必要であるが,現実にはこのような個別原価主義を貫くことが困難な場合もあり,ある程度の総合原価主義をとることもやむをえない。しかし,総合原価主義による内部補助をどの程度認めるかについては,たえず交通機関の効率性を促進する配慮が必要である。交通サービスと医療サービスの場合では性格を異にするものであるが,価格の決定が公的規制をうけること,一般財源,社会保険料など公的支出(補助金)が併行して行われる点は共通している。

医療や交通について,公共財の幅をゆるく解釈し,一般会計からの支出を増加させるべきだという意見もある。しかし,設備をふやさないで価格や料金を引下げることは,かえつて混雑を増大させる結果になりかねない。老人医療の無料化など,これらのサービスに対する公的負担(税による負担)が増大するのは時代の流れというべきであろうが,その場合どのようなサービスに対して補助し,またはしないかについて基準を明確にし,厳密な意味での公共財およびそれに近い部分について財政補助を行なうことなどを検討する必要があろう。