昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第4章 福祉充実と資源配分

2. 公害防除の推進

国民福祉の充実をめざす政策転換という立場から,この一年間において注目すべき事件は四大公害裁判の終結である( 第4-5表 )。

これらの判決により,企業の損害賠償責任については一応の決着がついた。これらの判決は企業の過失責任を明確にしたが,同時にそれは,公害の人命や健康あるいは地域社会に及ぼす影響の大きさを考慮すれば,すべての企業が公害防除に対して万全の注意を払わなければならないことを示唆するものであつた。

第4-6図 公害防止投資の推移

ところで公害は,生産活動からの汚染因子の排出ばかりでなく,つくりだされた製品の使用や,その廃棄の過程でも発生し,近年複雑かつ深刻化の様相を示しており,公害防除に対する万全の配慮のもとに経済活動の新しい行動基準を早急に確立することがもとめられている。

自然環境の破壊や環境汚染の問題に対処するためには,外部不経済の内部化を確実に進めると同時に,産業や技術の再評価を通じて,福祉経済にふさわしい新しい産業構造を一刻も早く創造することが必要である。

以下では,こうした環境汚染を防除するための投資が経済にどのような影響を及ぼすか,また新しい福祉経済における産業や技術のあり方はどのようなものでなければならないかといつたことについて検討してみよう。

(1) 公害防除の経済的影響

(公害防止投資の増加)

環境汚染の深刻化に伴い公害規制は一段と強化されつつあり,こうしたなかで公害防止投資は急激に増加してきている。

公害防止投資は,環境汚染因子多発産業を中心に42年以降年々急増しており,通産省の主要企業に関する調査によれば42年から47年の5年間の年平均増加率は約50%にも達している。この増加率は同期間の設備投資の増加率約16.2%の約3倍の大きさになつており,設備投資に占める公害防止投資の比率は年々上昇して47年度には10%を上回るまでになつている( 第4-6図 )。とくに電力(火力発電),鉱業,パルプ・紙,窯業,石油精製といつた産業での公害防止投資比率は著しく高まつてきており,20%をこえる産業もあらわれてきている( 第4-7図 )。

しかし防止投資の増大にもかかわらず環境汚染因子の処理率はまだ低い水準にある。水質汚濁の指標の一つであるBOD(生物化学的酸素要求量)について主要産業の処理率を試算してみると,しだいに向上してはきているものの20%にも満たない状態となつている( 第4-8表 )。

また,重油に含まれるいおう分の回収については,現在,重油脱硫,排煙脱硫あわせて50%程度行なわれているが,今後の環境問題の深刻化を考えると,よりいつそう脱硫技術の開発を推進し脱硫率を高めていく必要がある。

したがつて,公害防止投資は今後本格化すると期待されるのであり,その場合の投資額は相当巨額に達すると考えられる。

(公害防除と経済成長)

公害防止投資の増加は,経済成長や経済構造,産業構造などに深い影響を与える。それはまず第1に公害防止費用分だけコストを上昇させる要因となるであろう。第2に,それは企業経営の立場からみて投資の効率を低下させ,資本係数の上昇をもたらすであろう。第3に,こうしたコスト増や投資は市場での需給関係を通じて,需要構造を変化させることになるであろう。また,第4に,これは業種ごとに投入構造をも変化させる要因となるであろう。

そこで,このような公害防止投資の増加が経済に対して及ぼす影響を当庁「中期マクロモデル」を用いて分析してみた。今仮に35年度以降水質汚濁(BOD),いおう酸化物に関して全ての設備に対し公害防除をほどこしていたとすると,現実とどれだけの相違が生じたであろうか。まず,公害防止投資の増大が経済成長に及ぼす影響について,汚染因子除去率を80%から90%に上昇させるという想定のもとに,ふたつの場合を想定した。すなわち第1は,従来の経済循環のなかで設備投資の一部から公害防止投資が行なわれたとする場合,第2は従来の経済循環の枠外として設備投資が公害防止投資分だけ増加したとする場合とに分けてみると,35年度から45年度の年平均経済成長率は,前者の場合で実績より0.3%低下し,後者の場合で0.1%低下したものとみられる。また公害防止投資を含む民間設備投資は,前者の場合で0.3%低下し,後者の場合で0.6%高まつたものと試算される。このようにマクロベースでみるかぎり,たとえすべての設備に対して,汚染因子除去率80~90%の公害防止設備を付加したとしても,公害防除のコストは決して大きいものではないであろう。

第4-9表 公害防除と経済成長,物価上昇

公害防止投資の増大に伴う成長率の低下を需要項目別にみると,もつとも大きな影響を受けるのは輸出で,0.7~0.8%の伸び率の低下がみられ,輸入増とあいまつて,国際収支の黒字幅縮小にかなりの効果が生じることが示されている。

一万,物価に与える影響をみると,個人消費支出デフレーターは0.6~0.8%上昇率を高めることになる( 第4-9表 )。

以上は,伸び率という面からみたものであるが,45年度の実額に対する増減率でみると,いずれの場合でも国民総生産,輸出などは減少し,輸入が増加し,物価も高まるという結果になつているが,その影響は,現在の環境汚染問題の重大さからみれば,それほど大きなものとはいえないであろう。

(公害防除と産業構造の変化)

公害防止投資のコストに及ぼす影響は経済全体の物価水準にかなり影響を与えるが,一方では産業別の相対価格にも大きな変化をもたらす。

環境汚染因子の発生量は産業によつて大きな差があり,このため公害防止投資の量も産業によつて著しく相違しており,この差が相対価格の大幅な変化となつてあらわれるのである。

水質汚濁(BOD)およびいおう酸化物の防除による業種別コスト上昇率を,産業間の波及効果まで含めて計算してみると, 第4-10表 のようになる。環境汚染因子の排出の多い業種ではコスト上昇率が大きく,電気・ガスの9.38%をはじめとして,パルプ・紙7.40%,一次金属5.00%,化学4.49%などでとくに著しい。これに対して金融保険,不動産,商業および運輸・通信などの第3次産業や農林水産業などではコスト上昇は微々たるものという結果になつている。これらの上昇率は公害防除のための全投資額の影響を示すものであり,現実には数ヵ年にわたつて漸次コスト増の影響が価格面に反映されるということになろう。

しかしながら,コスト増を理由として,公害防除が遅れることがあつてはならない。また経営合理化や技術革新によつて充分吸収することも可能と考えられ,公害防除によるコスト増を安易に価格に転嫁するという姿勢を企業は厳に慎まなければならない。

公害防除によるコスト上昇率が,以上みてきたとおり,産業間で相違することは,公害防止投資の増大とならんで産業構造に変化をもたらすことになる。

産業構造の変化には需要構造,投入構造の変化などが作用するが,後者についてはその変化をとらえるのがかなり困難なため,ここでは前者に限つて分析を行なつた。

公害防止投資が産業構造に及ぼす効果はコスト上昇による価格効果と公害防止投資による需要効果の2つに分けて考えられ,これが35年以降,全ての設備に対して公害防除をほどこしていたものとすると,45年度で現実とどれだけの相違を生じることになるのかという観点で産業構造に与える変化を試算してみた。

相対価格の変化は消費構造と貿易構造に影響を及ぼす。消費構造に対する影響は 第4-11表 に示すように,光熱費,被服費といつたものがとくに価格の上昇の影響で減少することになると見込まれる。また貿易構造に対する影響は 第4-12表 に示すように,金属品が大幅に減少すると見込まれる。貿易面では国際的価格競争力の変化を通じて,消費構造に比べてより大きな変化があらわれている。

こうした消費構造,貿易構造の変化に加えて,その需要量そのものが変化し,さらに公害防止投資による需要が付加され,最終的には,生産額の変化が業種別に引起されるわけである。 第4-13表 はその結果の一例で電気・ガス・水道,繊維といつたものが消費構造の変化により,また一次金属,金属製品といつたものが貿易構造の変化により,とくに影響をうけて減少し,他方,機械,建設,不動産,サービスは増加するという状況になつている。

しかしながら,産業構造の変化という観点からみれば, 第4-13表 に示すとおり,構成比の変化でみても,最大0.5%程度であり,その影響はそれほど大きなものとはいえないであろう。

以上みてきたように,マクロ的試算にはいろいろな仮定があつて一概に論じることはできないにしても,35年度から公害防除のため規制を強化し,公害防止投資を増大させてきたとしたなら,その影響は経済全体にとつても,また個別産業にとつてもそれほど大きなものにはならなかつたし,また公害防止投資による防除効果も大きかつたであろう。公害防除は早期予防が大切であり,手おくれになるほど被害も大きくなり,かつ経済的負担も増大することを忘れてはならない。現在の環境汚染を解決するには,前述した試算結果より大きい経済的影響を予想しなければならないが,環境汚染問題が深刻化し,地域によつては健康や人命が損なわれる場合すら生じるといつた現状からみれば,過去の成長第一主義を反省し,国民福祉の充実という観点に立ち,この困難な問題の解決のため,あらゆる力を投入しなければならない時期を迎えているといえよう。

(2) 環境汚染防止への道

(産業の再評価)

複雑かつ深刻化する環境汚染の実態が明らかにされるにつれ,国民の環境問題に対する関心は著しく高まり,四大公害裁判の判決にみられるように公害防止に対する企業の責任が従来よりも強く指摘されるようになつてきた。

さらに,地球は有限であり,自然資源には制約があるという認識が深まり,省資源化ということが大きく評価されるようになつてきた。現在は,空気,水といつた資源についても,その量が有限であるという認識を基礎として,経済活動を営む必要に迫られている。また,エネルギー不足が深刻化し,省エネルギーということが世界全体としても強く求められるようになつてきた。

一方,労働環境の改善をはかり,労働に伴う事故災害,疾患などの発生を減少させるということも,国民福祉という面からきわめて大切なことである。

このような産業活動をとりまく環境の変化は,過去の高度成長の過程で実現された産業構造の高度化,消費水準の向上など,高度成長の成果といえるものと表裏して生じてきたものといえよう。こうした環境の変化に対応していくためには,これまでの成長のあり方そのものに対する基本的な反省が必要とされている。産業のあり方についても,このような観点にたつて,改めて検討されるべき時期を迎えているといえよう。

注業の評価には,多種多様な要素を検討する必要があり,一概に論じることはきわめて難しい問題であるが,国民福祉の充実という観点から,試みに経済社会のいくつかの指標により,製造業各部門の特徴をとらえてみよう( 付注12 参照)。データの制約もあつて,過去の特定時点の資料に基づく分析であること,産業分類が現実の各業種の特徴を適確にとらえうるほど細かくないこと,などの限界はあるが,おおむね次のようなことがいえよう。

産業の成長性や効率をあらわすと考えられる所得弾力性や生産性についてみると,化学,鉄鋼,一般機械,輸送機械など重化学工業が高く,また貿易面についても,重化学工業の活動が大きい。一方,汚染因子の発生度,資源使用,労働災害という面からみると,パルプ・紙,鉄鋼,非鉄金属等において平均より大きくなつている。

以上から,総じて福祉社会建設の重要な基盤となるべき素材産業は,生産性,貿易活動などの面で平均を上回つている反面,労働災害あるいは環境汚染などの面では,今後その改善をはかり,問題の解決に努めることが要請されているといえよう。

一方,機械工業はこれらの各指標についてはいずれの点でも問題が少ないことがわかる。

以上みたのは,産業について生産過程を中心に評価したものであるが,さらに産業を国民福祉とのかかわり合いという点から考える場合には,商品の消費,使用段階における問題点の評価,地域社会の福祉充実に対する貢献など,より広範な視点からの評価が必要となろう。

とくに,外部経済効果や外部不経済効果をもつ産業については,この点をも含めて評価する必要があろう。

たとえば,農林業については,他産業に対する生産性の格差は大きいものの,自然環境や国土の保全などの効果を含めて評価すべきであろう。

国民福祉充実を進めるためには,産業構造や産業のあり方を新たな視点に立つて,検討することが必要とされ,産業を国民福祉という観点から再評価するインダストリー・アセスメントをさらに多角的かつ総合的に実施することが急務となつている。

(技術の再評価)

このように産業に対する評価が変化し産業構造転換の要望が強まつてきているが,従来の枠組みをそのままにしておいては産業構造は短期間にそれ程大きく変化するものではない。

したがつて,前述のインダストリー・アセスメントの関係でいうならば,需要構造の変化が産業構造を変化させ,自動的に産業活動にともなうマイナス面を解消させると期待することはできない。

このためには,公害規制,立地規制などによつて,自然環境を含む資源消費メカニズムを変化させる技術などの開発を促進し,投入構造の面から変化させていくことが必要になつてくる。

環境規制の強化に帰因する国内立地難や資源の安定的確保の目的等から,今後海外立地型産業が増加していく傾向が予想されるが,その際,環境汚染因子を発生する度合いの強い産業にあつては,公害の世界的拡散につながることのないよう適切な措置がとられなければならない。環境汚染は地球全体の規模で進行しているのが現状であり,人類全体という広い視点からも,その対策が妥当なものであらねばならない。

したがつて,汚染問題の根本である汚染因子の排出そのものをなくすという方向での対策が基本的方向でなければならない。すなわち,従来の産業技術およびそれに基づき製造された製品を含めての技術の再評価がなされ,環境汚染防止のための技術開発を行なうことが基本的方向として考えられなければならないであろう。

たとえば,資源問題との関連でも問題となつている産業廃棄物についてみれば,通商産業省の調査によると44年における年間排出量5,847万トンのうち,資源化され,利用されているのは27%にすぎず,残りは埋立て(53%)投棄(11%)といつた処分形態となつているが,必ずしも適切に処理しているとはいえないものもあり,環境汚染の一因となつている。しかしながら,産業での廃棄物の回収再利用状況をみると,製造コストの低減という目標のもとで,製造プロセス自体が廃棄物の回収・再利用されたものをあまり必要としないかたちに変わつてきたものもみられる。

また,か性ソーダの製造に対して,コストの面からも製品の品質の面からも従来の隔膜法よりすぐれているということで採用されてきた水銀法は,結果的には,今日の水銀汚染の一因となつている。

さらに現在使用禁止となつたDDTやBHCなどによる農薬汚染,PCBによる汚染といつたものも,その製品のすぐれた面にのみ目をうばわれて利用してきたためにもたらされたものである。

現在の産業技術や製品は,以上のとおり,その環境にもたらす影響を充分に検討されて採用されたものかどうかということはきわめて疑わしいといわざるを得ないであろう。

現在なされなければならないのは,まず現在の産業技術や製品を再評価するということである。そして,この評価を踏まえたうえで,製造プロセスから発生する廃棄物を回収再利用する技術,資源化し売却可能な副製品とする技術,廃棄物を排出しないような新しい製造プロセス技術,さらには無公害のエネルギー利用技術といつたものの開発に努力を傾けることが緊要のこととなつているのである。