昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第4章 福祉充実と資源配分

1. 福祉充実への努力

(福祉予算の増大)

40年代前半において,経済成長と国民福祉の乖離が明らかになるとともに,福祉の充実をめざす政策へ転換する要請が急速に強まつたが,わが国の財政が福祉充実の方向を明確に打ち出す契機となつたのは,46年8月のアメリカ新経済政策以降における国際経済情勢の急激な変化であつた。すなわち,46年度補正予算の編成以後,財政支出が大幅に拡大されたのは,景気回復によつて国際収支の黒字幅縮小をはかると同時に,国民福祉の向上をはかるという長期的な要望にこたえるためでもあつた。

このため,47年度当初予算,同補正予算,48年度予算はいずれも上記のような目標を達成するために編成され,財政面において福祉充実への方向転換が強く打出された。まず社会資本の整備を目標に,公共事業費は46年度の前年当初予算比伸び率18.1%から47年度29.0%,48年度32.2%となつた。なかでも住宅,生活環境施設の伸びは48年度61.4%増となつた。

つぎに社会保障の面では,近年深刻化している老人問題に対処するため,47年度予算では70才以上の老人医療の無料化,老令福祉年金の引上げ(月額2,300円から3,300円へ)などの措置を講じたほか,社会福祉サービス,難病対策などの充実にも配慮がなされた。さらに48年度予算では,厚生年金,国民年金(拠出制)について年金月額が大幅に引上げられる(いずれも2万円から5万円へ)ほか,消費者物価を指標とするスライド制導入を行なうなど各種年金の飛躍的充実や,老令福祉年金の引上げ(月額3,300円から5,000円へ),健康保険の家族医療給付の大幅な拡充,寝たきり老人(65~69才)の医療無料化など老人福祉にもいつそうの前進がみられる。また市町村においても各種の老人福祉対策が実施されている( 第4-1図 )。

このように47,48年度の財政は,福祉社会建設をめざして大きく第一歩をふみ出すことになつた( 第4-2表 )。それとならんで48年2月には新しい長期経済計画として「経済社会基本計画」が閣議決定された。

すなわち,48年度からはじまるこの5ヵ年計画は,国民福祉の充実と国際協調の推進を基本路線とし,自然環境を豊かに保全し,公害の防除,社会保障・教有の充実を図りつつ,国際社会との協調を保ちながら「活力ある福祉社会」実現のための長期的方向を明らかにしたもので,福祉優先,公共部門主導の政策路線を定着させることになつた( 第4-3表 )。

(福祉政策と物価上昇)

47年度,48年度予算に盛込まれた福祉政策は,40年代前半に比べて著しい前進を示すものであり,福祉社会建設をめざす新しい行政の出発点として評価すべきである。しかしながら,その反面47年の後半から加速化した物価上昇によつて国民の不安は深められた。

インフレーションの脅威は,直接日々の生活を圧迫するばかりでなく,所得分配の不平等をもたらし,社会的不満をうつ積させるおそれがある。

とくに,成長と福祉のギャップとして問題にされた国民の願望がいまだ完全には充足されていない状況では,物価上昇が進展することから生じる不安が人々の焦燥惑をいつそうかきたてることとなる。

その第1は考後の生活に対する不安が増大することである。物価上昇は,老後の生活のささえとなる貯蓄や家族の援助にとり,大きな脅威となる。

第2には,生活の高度化に伴つて,国民の欲求が高まつてきた,住宅,社会資本,公共的サービスの供給が物価・地価上昇によつて阻まれる不安があげられる。まず住宅の入手難がいかに深刻化したかをみよう。これまでも指摘したように地価の上昇によつて賃金の急上昇にもかかわらず,住宅の取得とくに一戸建住宅の取得がますます困難になつてゆく( 第4-4表 )。

つぎに,生活環境の整備を中心とする社会資本の充実も困難になる。とくに,生活に密着した公団・公営住宅,上下水道,廃棄物処理施設,都市公園,保健・医療,社会福祉施設,教育・文化施設などは,地価の高騰と建設費の急上昇によつて整備のテンポが遅れることになる。

物価上昇は同時に,賃金,利潤,利子配当など名目所得増大を伴うため,年々の租税収入,財政投融資原資も増加するであろう。その反面,公共支出の増加が物価上昇のあとを追いかける結果になり,実質的に社会資本の整備が遅れることになる。

さらに,物価上昇が公共的色彩の強いサービス部門の充実を阻害する要因となることが問題になる。国民生活の充実のためには公共的サービスの拡充が必要である。しかし,これらの部門はもともと生産性の上昇が鈍く,また給与等労働条件の改善を進めないかぎり,必要な人員を確保することが難しい。このため,これまでもこれら部門の供給は需要の増加に遅れがちであつたが,物価上昇が本格化するようになれば,そうした遅れがいつそう顕著になり,サービス面の改善が阻まれることになる。

第3に物価上昇と環境問題の関係を考えてみたい。公害の防除,自然環境の保全は国民の共通した願いとなつた。しかし,汚染因子を除去するためには,コストの増加が必要であり,それは製品価格の上昇という結果をもたらす。とくに,汚染因子を多量に排出する産業は基礎産業が多く,その価格上昇は全体の物価水準をひきあげる危険が大きい。物価が急速に上昇する過程で,環境の維持改良をはかるという政策はここで一つのジレンマに直面することになる。公害防止のコスト増による価格上昇は,福祉充実のために,ある程度までは,消費者が負担しなければならないコストというべきであろう。しかし,公害防止,公害被害者の救済費用が安易に価格に転嫁され,物価上昇を加速化させることは許されないし,同時に物価上昇の理由で環境保全のための努力をおこたることがあつてはならない。したがつて,環境を守り,公害防止投資を増加させ,また,資源多消費型の産業構造の転換を円滑に行なうためにも物価安定が急務になる。

しかし,物価騰貴が福祉政策に与えるもつとも大きな衝撃は,福祉政策の進行を一時的にもせよ後退させようとする動きが強まらざるをえないことである。

前章に述べたように,最近の物価高騰を阻止する基本的な政策は総需要管理であり,そのために,あらゆる政策手段を動員して物価対策を講じそれによつて47年から本格化した福祉政策への政策転換が後退することを防止する必要がある。

(福祉充実と資源配分)

福祉充実を目指す政策の展開にとつて,当面する最大の課題は,インフレーションを阻止することであり,物価の高騰によつてもたらされた所得分配の歪みを是正することである。しかしそれと同時にこの一年の経験は成長パターンの転換をあまりにも急速に追求するとき,全面的な需要超過が生じる可能性が大きく,それが物価高騰を招く危険のあることを教えるものであつた。

すでにみたように,公共事業の進展と民間住宅建設の増加は,民間設備投資の盛上がつた段階で需要の競合状態を生み出し,それが建設資材の異常な需給ひつ迫とそれらの価格の高騰をもたらすことになつた。

また,公共的サービスの供給を増加させる場合,中心的役割を果たすのは労働力であるが,現状では公共支出の増加につれて労働力の確保難という事態を招きやすい。労働力を中心とする資源の競合状態が生じやすい点で公共的サービスへの支出増加は公共投資の増加と全く同様であると考えられる。

これらのことは,福祉の充実が公共支出の増加のみによつては達成しえないことを意味している。とくにあまりにも急速に公共支出の拡充をはかろうとすると,それに伴う摩擦が大きくなりやすい。

これは,民間部門に資源が流れやすいこれまでの資源配分機構をそのまま放置して,公共支出の急増を図ると,その部分がいわば追加的支出として,他の部門との資源の競合をおこすことになりがちなためである。

しかしながら,このことは公共サービスの供給や所得の再分配をめざす公共部門の介入が,その目標達成のテンポを落さなければ物価高騰を回避できないということを示すものではない。

福祉ギャップの解消は広く国民の願いであり,福祉政策の前進こそがそれにこたえるものである。この一年の経験は,福祉充実のためには,まず第1に総需要の調整がいかに大切であるかを教えるものである。

第2に公共財の十分な供給,公正な所得再分配政策が経済の効率化をめざす政策と適切に組合されなければならないということであり,社会的厚生を最大にし,最適な福祉水準を実現することを可能にするための資源配分政策の重要性を再認識させたことである。

とくに,公共的性格の強いサービス部門は価格メカニズムの働かない,あるいは機能にしにくい部門が多い。このため,需要の変化に供給が適切に対応できず経営が悪化しやすい。こうした現状においては経済の効率化,とくにサービス部門のそれが福祉充実の重要な要件になる。

この一年間における物価の急騰は,福祉の充実が公共支出の増加のみによつては達成できないものであることを明らかにするとともに,現在の所得分配,資源配分に大きな影響をもたらすことを示唆するものである。こうした視点から環境の保全,社会保険制度,公共的サービスという三つの問題を検討したい。


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