昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第3章 物価の高騰とその背景

1. 昭和47年度の物価動向

47年度後半の激しい物価上昇はなぜ生じたのであろうか。まず,47年度の物価動向をみよう。

(1) 物価動向の推移と特徴

(物価動向の推移)

47年度の物価動向は,年度当初の落着きから期を追つて激しく加速するという推移をたどつた( 第3-1図 )。

これを上昇速度に対応させてみると,つぎの3段階に分けられ,第1章でみた景気の推移にほぼ見合つている。

第1は年度当初から夏頃までの時期である。卸売物価は46年末には下げ止まり,47年2月には上昇に転じたが,7月まではその速度は鈍かつた。需給ギャップはしだいに縮小に向かい,製品在庫率も低下したが,卸売物価の反発は多くの品目で不況カルテル等による供給抑制に支えられたという面が強かつた。もつともこの間,地価の上昇率は再び高まり始めた。なお,株価は46年秋以降騰勢を続けた。

第2はその後秋口にかけて,卸売物価の騰勢が強まつた時期である。8月から10月にかけての卸売物価の月平均上昇率は0.7%と,4~7月の0.1%を大きく上回つた。品目別には,公共投資や住宅建設の盛上りを反映して木材関係の値上りが目立ち,鉄鋼もかなりの上昇となつた。また海外相場上昇により羊毛等も高騰した。

第3は年末ごろから48年春にかけてであり,卸売物価が異常な高騰を続けるなかで,それまで落着いていた消費者物価も急に上昇率を高めた時期である。卸売物価は47年11月から48年3月までの間5ヵ月にわたつて毎月1.5%を上回る急騰となつたが,このような上昇速度は朝鮮動乱のもとにあつた昭和26年以来初めての現象である。品目別にみると,木材関係は11月,12月に卸売物価上昇の主因となつたあと騰勢がやや鈍化した。しかし,48年に入ると木材に代つて繊維製品が上昇の主役となつたほか,鉄鋼,飼料,食料品などほとんどの商品で騰勢が強まり,全面的な物価上昇局面を迎えることになつた。またこの時期は,世界景気の拡大と海外インフレーションの進行を背景に輸入物価が著しい高騰を示し,輸出物価も上昇を速めた。このような基調のもとでは,2月の変動相場制移行に伴う円相場上昇の効果もすぐに相殺され,輸入物価(円ベース)は2月に下落したあと3月からは再び上昇に向かつたのである。

さらに注目しなければならないことは,47年末頃から消費者物価の騰勢が強まつたことである。消費者物価は46年度後半から落着きをみせていた。野菜,果物等を含む季節商品が2年続いて比較的低い上昇率となつただけでなく,工業製品やサービス価格の騰勢も鈍化した。しかし47年11月頃からは季節商品以外の消費財がしだいに騰勢を強め,季節商品の値上りが加わつた3月には,ついに前年同月比8.4%もの高騰となつた。

以上のように物価上昇は期を追つて加速したが,年度前半の上昇率が鈍かつたこともあつて,47年度平均の上昇率としては卸売物価で3.2%となり,消費者物価も5.2%と政府見通し(5.3%)の範囲におさまつた。

しかし,48年度に入つても物価の騰勢はおさまつていない。卸売物価は前月比で5月0.9%,6月1.3%,7月2.0%,消費者物価も5月1.7%,6月0.2%,7月(東京都区部,速報)0.6%と大幅な上昇を続け,7月の対前年同月比はそれぞれ15.7%,12.2%(東京都区部,速報)と朝鮮動乱時以来の高騰となつた。

(物価動向の特徴)

これまでのわが国の物価問題は,消費者物価の持続的な上昇にあり,卸売物価はおおむね落着いていた。それが今回の景気上昇局面では,卸売物価が消費者物価を上回るテンポで急上昇したのである。これまで卸売物価の安定が消費者物価上昇の加速を抑制してきたのに反し,今回は卸売物価の高騰が消費者物価を押上げる要因として作用するという上昇パターンの変化が注目されなければならない。さらに仔細にみると,今回の物価上昇にはつぎのような重要な特徴があらわれている。

第1は,物価が上昇しはじめてからのテンポが異常に速かつたことである。すでにみたように,卸売物価は47年2月から7月まで前月比平均0.1%の上昇であつたのが,11月以降は5ヵ月連続して1.5%以上に加速した。消費者物価も11月まではおおむね前年同月比4%前後の上昇であつたが,その後の上昇率は12月の5.3%から3月の8.4%へと急速に強まつた。

第2の特徴は,国民生活に直接関連するものの価格上昇がとくに大幅であつたことである。居住の条件を左右する地価は諸物価のなかでもとくに大幅に上昇した。卸売物価についても,建設材料,繊維原料,加工食品原料等の素材がまず大幅に値上りし,それが製品段階の価格上昇に結びつくのも早かつた。消費者物価のうち工業製品や設備修繕費が48年に入つて上昇テンポを速めたのもこのためである。

第3は,インフレ心理の広がりが目立つたことである。企業の土地や株式に対する投資は,それらの価格上昇が激しくなるにつれ,さらに活発となつた。

47年秋頃からは木材,繊維,穀物,豆類等の商品相場も過熱した( 第3-2図 )。資産家のなかには資産売却代金を宝石,絵画,毛皮等の購入に振向ける動きもみられた( 第3-3表 )。こうした傾向はしだいに家計にも及び,48年に入ると繊維製品や家具類の買急ぎが百貨店の売上げなど消費需要を押上げた。

(2) 物価急騰のメカニズム

47年度後半から騰勢を強めた物価は,48年に入つてからの金融引締め政策,変動相場制移行による円の実質切上げにもかかわらず異常な高騰をつづけた。

このような大幅な物価上昇は朝鮮動乱以後はじめての経験である。

昭和30年代から続く高度成長の過程において物価は比較的安定した動きをみせていた。30年代後半から労働需給がひつ迫しはじめるとともに,賃金・所得の平準化がすすみ,消費者物価の高騰が目立つようになつてきた。しかし,卸売物価は景気循環に応じて上昇,下降をくりかえしながら,おおむね安定的に推移した。一方消費者物価も3.8%から7.7%の範囲で変動し,上昇率が傾向的に加速することはなかった。この間31年のスエズ動乱時には卸売物価が急騰し,44年にはいわゆる輸入されたインフレーションによつて卸売物価の上昇が高まる局面もあつたが,47年度前半までは卸売物価の安定,消貧者物価の上昇というパターンが続いたといつてよいであろう。30年代なかば以降のわが国の物価上昇は,主として生産性上昇率の格差がみられるなかで,所得の平準化が進んだために生じたという性格が強かつた。

第3-2図 総合商品相場指数と卸売物価指数の動向(45年=100)

第3-3表 貴金属,絵画等の輸入動向

47年秋から現在にいたる異常な物価上昇は,これまでの物価上昇とは全く様相の異なるものだといつてよい。

すなわち,物価上昇の速度が速いばかりでなく,あらゆる価格が上昇するという全面的物価上昇が続いている。46年12月に卸売物価が底をついて以来かなりの期間,それぞれの時期に個別商品の特殊事情によつて物価上昇が説明されがちであつた。建設資材,鉄鋼,繊維,羊毛,木材などがその代表である。この段階においては,不況カルテルなど生産体制のおくれ,国際商品市況の高騰,投機による商品相場の暴騰などがあり,これに対してはそれぞれの商品に対する施策によつて物価の高騰をくいとめることができるものと期待されていた。しかし,現実には,これら特定の商品の高騰が終わつたあとにも,卸売物価の高騰がつづき,48年に入るころからは,需要超過のなかで,ほとんどすべての商品が上昇することになつた。

最近の物価上昇は,あきらかに,需要超過を基本的か背景として進行している。超過需要という大波のなかで,特殊要因による原材料等の高騰もその大部分が製品価格のなかに転嫁され,それがさらに物価水準全体をおしあげる要因として作用している。

さらに注目すべきことは,物価上昇が名目所得水準を大幅におしあげたことである。経済の拡大による利益に加え47年度後半における物価の高騰は企業に巨額の超過利潤をもたらすことになつた。こうしたなかで,47年末のボーナスや48年春闘の高額妥結が実現し,さらに個人業主にも所得の上昇が及ぼうとしている。予想をこえた需給ひつ迫等から生じた物価急騰は,いまや各階層の名目所得水準を大幅に引き上げようとしている。このような所得増加が需要増加を派生し,需給のひつ迫を強める一方,生産コストを高めて物価水準を押上げるおそれが強まつている。

こうした状況のなかで物価の安定をはかるために,すでに総需要抑制を中心とする物価安定政策がとられている。しかし,需要超過によつて生じた価格上昇が所得,コストの水準をおしあげるようになると,需要の減退が価格面に影響するまでの時間が長くなり,需給が緩和した後にも価格上昇圧力が残るという問題を引起すおそれがある。

(需給ひつ迫と物価上昇)

卸売物価が急騰しはじめた47年8月以降の上昇がどのような品目を中心に生じたかをみると( 第3-4図 ),11~12月には木材や繊維など異常高を示したものの寄与度が大きい。しかしその他の品目の上昇寄与度は47年末から急に高まつており,需給の急速な引締まりによつて価格上昇の動きが多くの品目に及び,しだいに全面的価格上昇へと推移していることがわかる。

第3-5図 一次金属需給ギャップ率と鉄鋼の製品在庫率・卸売物価の推移

ひとつの例として鉄鋼価格についてみると, 第3-5図 のように一次金属需給の引締まりと歩調をひとつにして上昇している。46年10~12月には製品在庫率が低下するのに伴つて鉄鋼価格は下げ止まり,47年に入ると需給ギャップの縮小,製品在庫率の急速な低下を反映して価格の上昇が続いている。

第3-6表 は,47年度の物価上昇について回帰式による要因分解を試みたものである。過去の景気回復局面に比べてみると,需給ギャップ縮小による物価上昇が今回とくに大きいわけではない。これは,需給ギャッブを生産能力に対する生産実績でとらえており,市況対策として生産が抑制されたこと,需要構造の変化にともなう部分的な供給の隘路があつたこと,意図せざる在庫減少や潜在的な需要があつたこと,などによる製品需給の引締まりは含まれていない。こうした要因は,景気の谷から4四半期目にあたる47年10~12月頃から大きくなり,この時期から需要超過による物価上昇という性格が強まつたことを示唆している。

このように需給のひつ迫は,47年度後半からの物価急騰の基本的な性格を決定するものであるが,そのことは現在の物価上昇が各種の複合的要因によつて生じたことを否定するものではない。つぎに,これらの物価上昇要因のからみあいにつき,時期別に検討してみたい。

(需要構造変化の影響)

47年初からの景気上昇は当初公共投資,住宅建設,非製造業設備投資に支えられていた。これらの投資はこれまでの民間設備投資中心の需要を,公共部門,住宅部門など,これまで立ちおくれていた部門へ転換させるものであつた。こうした建設需要に関連した商品の卸売物価は,全体の卸売物価に先がけて46年12月から上昇を始めた。公共投資の拡大はまず土木を含む建設業と公共用地に対する直接の需要増加をもたらすが,やがては他の業種にも需要増加が波及していく。もつとも公共投資によつて需要が誘発される業種は,これまでの投入産出構造を前提とするかぎり,設備投資に比べて少数に限られている。建設省の建設関連産業連関表(40年基準)でみると,それは鉄鋼,窯業・土石,電線・ケーブル等に集中している。これらの品目の価格上昇は,これまでも卸売物価総合の上昇率を上回つていた( 第3-7図 )。

公共投資によつて需要が誘発される品目をできるだけ細かい分類でとり,その需要増加に対する価格の弾力性(需要増加率に対する価格上昇率の比率)をみたのが 第3-8図 である。需要増加に対する価格の弾力性が高いということは,相対的に生産の弾力性(需要増加率に対する生産増加率の比率)が低いことを意味している。これによると,形鋼,条鋼など金属製品,塩ビ樹脂,および建設機械は生産の弾力性が大きく価格の弾力性が小さい。これに対し,製材品は生産の弾力性が小さく,価格の弾力性が大きい。またセメント,アスファルト,コンクリート製品などは45年頃まではそれほど価格の弾力性が大きくないが,時期別にみると最近になるほどそれが大きくなつている。このように自然資源の制約が大きい品目ほど需要の増加に供給の対応が遅れがちとなり,価格上昇がもたらされやすいといえる。

公共投資,住宅建設の増加に伴つて,建設材料卸売物価指数は他の価格が停滞をしていた47年前半にも上昇を続け,この時期における物価上昇の中心となつた。しかしその間の上昇率はそれほど大きなものではなかつた。

建設関連の鋼材,石材,木材等が高騰したのは,景気上昇が明白となつた47年秋以降である。

(市況対策の影響)

47年度の物価の動きのなかで,とくに注目されるのは市況対策によつて,市況商品価格がまだ需給ギャップの大きかつた時期に上昇したことである。

さきに述べた建設関連資材のなかでも,このような市況対策によつて上昇率を高めた品目も少なくない。

長期不況の末期である46年末近く,鉄鋼等多くの業種で不況カルテルが認められ,市況回復の契機となつた。その後景気回復が本格化しだした8月以降も,鉄鋼,エチレン,ステンレス鋼,ダンボール原紙等の不況カルテルが47年末まで続けられた。また合成繊維のように在庫買上げ機関の設置や自主操短といつたかたちで市況対策がとられた業種もあつた。

こうした市況対策は,長期不況の過程で値下りが大きく,円切上げ後の需要停滞も見込まれたために認められたものである。

第3-9表 にみるとおり,不況カルテルを実施した主要業種は鉄鋼を除けば生産集中度がとくに高まつているわけではない。しかし40年から41年にかけて不況カルテルを実施した時期には,需要の伸びを上回る生産増加が行なわれ価格の上昇率は低かつた。これに対し今回は,需要が前半の停滞から後判には予想以上に増加したこともあつて,生産の対応が需要の伸びに遅れがちとなり,価格上昇も極めて大幅であつた。

このように47年における不況カルテルは価格引上げという点で有効に機能したが,需要が増加し,価格が上昇に向かつた後も市況対策が続けられたことは,供給側の対応をおくらせ,不況カルテル解除後も値上り傾向が強く残る一因となつた。

(輸入物価の急上昇)

わが国の輸出入物価(円ベース)は46年8月のアメリカ新経済政策以後,47年夏までは円相場上昇の影響によつておおむね毎月低下を続けた。しかし輸入物価は8月から,輸出物価も10月から上昇に転じた。とくに輸入物価の騰勢は激しく,わが国が再び変動相場制へ移行する直前の48年1月には前月比5.5%という急騰を示した。

まず輸入物価急騰が卸売物価に及ぼした直接的な影響をみるために,卸売物価指数採用品目のうち輸入品だけをとり出してその上昇寄与度をみたのが 第3-10図 である。46年末の円切上げによつて47年夏までは海外インフレーシヨンの影響をほとんど受けず,輸入物価はマイナスの寄与度であつたが,その後急速に卸売物価を押上げた。

第3-11図 輸入物価の変動と業種別価格波及効果

つぎに産業連関表を用いて,輸入物価の変動が投入産出構造を通じて各産業の産出価格にどのように波及するかの理論値をみたのが 第3-11図 である。輸入物価が低下していた時期には鉱業,農林水産,一次金属等の投入コスト面からの産出価格引下げ圧力は大きかつたはずである。現実にこの期間の卸売物価をみても,非食料農林産物,金属素材,非鉄金属は低下傾向を示した。これに対し輸入物価が上昇を始めたあとは,農林水産,食料品,繊維などの業種で投入コスト面での上昇圧力が強まつた。47年8月以降の木材関係の値上りには需要シフトの影響に加えて輸入原木等の価格上昇も大きかつた。また48年に入つてから卸売物価上昇の主役に躍り出た繊維についても,9月頃からの羊毛,綿花等の輸入価格急騰が製品価格に及んだためとみられる。

第3-12表 輸入原材料価格上昇の波及過程(48年5月時点)

輸入素材の値上りが最終製品から流通段階までどのように波及していく可能性があるかを試算したのが 第3-12表 である。これは製造,流通各段階での製品1単位あたりの売上利益額を一定に保つに必要な値上げ率と,現実の価格上昇率を,天然繊維衣料,木製家具,皮靴について対比させたものである。木製家具や木綿製衣料では48年5月までにほとんどの段階で必要値上げ率を上回る値上げが実現している。しかし羊毛衣料や皮靴についてはまだ多くの段階で現実の上昇率が必要値上げ率を下回つている。もちろん各段階の価格はその段階での需給関係や在庫量など,ここでは無視した要因によつても影響を受ける。しかしここでは単位当たりマージン率でなくマージン額を一定とするという,供給者にとつては厳しい条件をつけての試算である。したがつて今後なお輸入素材への依存度が高い商品の価格上昇圧力は根強いとみなければなるまい。

さらに47年秋以降,農産物の国際市況が高騰し,それが国内物価に影響しているものもでてきている。たとえば大豆の価格上昇の影響を受けて,調味料,加工食品が48年2,3月に相次いで値上りした。

最近における各種の輸入物価の急騰には,第2章でみたように,海外諸国のインフレーシヨン,世界的な農産物需要の急増による国際需給の不均衡のほか,わが国景気の急上昇に伴う原材料を中心とする輪入需要の急増という要因も働いていた( 第3-13図 )。

さらに,海外インフレーシヨンの進行は,わが国の輸出に対する需要を強め,それが年度後半の需給引締まりをもたらした大きな要因ともなつている。

(通貨量増大と物価上昇)

46年度から外為会計の散超が巨額に達し,それが金融緩和政策とあいまつて金融機関の貸出著増をもたらし,通貨量の急増,流動性過剰の状態に導いたことは第1章でみたとおりである。

長期不況の末期から景気回復の初期にかけて通貨量が急増したのは,需要面からみれば主として企業の流動性選好が高まつたためである。しかし,先行き見通し難にもとづく予備的な通貨保有にせよ,通貨保有コストの低下による通貨保有にせよ,高まつた流動性は,有利な支出が見つかればそれに振向けられるべき性質のものであつたといえる。とくに銀行との取引関係を維持するために借入れを実行したり,公社債市場の規模が小さいために預金以外の流動資産を持ちにくかつた企業にとつては,そうした傾向が強かつたと思われる。

企業流動性の高まりは,当初株式や土地などの資産取引を活発にした。景気が停滞しているもとでは,期待収益率の高い分野が限られていたためである。 第3-14図 にみるように,46年秋の時点では企業の売上げ成長期待が40年代前半に比較してかなり低かつた一方,43年以降は株価や地価の上昇率が利子支払い前の総資本収益率を上回つていた。個々の業種や企業によつて事情は異なるであろうが,平均的にみれば通常の事業活動より,資産投資の方が期待収益率が高かつたことは明らかであろう。とくに土地については,住宅,生活環境,レジャーなどに対する需要の高まりなどが企業の地価上昇に対する期待を高めたといえる。

こうした資産投資の活発化によつて,地価,株価は高騰した( 第3-15図 )。建設省調べの公示地価は47年中に30.9%もの高騰を示し,束証株価指数(昭和43年1月4日=100)も46年12月の188.93から47年12月には375.24へと騰貴した。

企業の資産投資がふえるということは,それだけ個人等の資産売却がふえたことを意味している。こうして企業から個人等に移転された流動性はさしあたり金融機関の預金に積まれる部分が大きかつた。貸出著増のわりには金融機関の預貸率が悪化しなかつたのは,外為会計の散超が続いたことが大きく影響しているが,このような要因も働らいていた。

景気回復が進むにつれて,過剰流動性の存在はインフレ心理の強まりとあいまつて物価水準全体を押し上げる一因となつた。

通貨量の増加と物価上昇が併行して生じたとしても,通貨が取引に必要な限りで供給されているのであれば,通貨量の増加は物価上昇を可能にしたとはいえても,必ずしもその直接的な原因とはみなしがたい。また,46年以降通貨量はかつてない高まりをみせたが,これは景気回復の支えとして必要とされたものであつた。しかし支出活動が予想をこえて活発化し,企業が強気に転じると,高水準の流動性が支出の増加速度を加速させた。こうした過程を通じて,流動性過剰の問題が表面化することとなつたのである。

景気が停滞している間は通貨は不活動残高として蓄積されていた。しかし円切上げの影響を克服して景気が回復段階に入ると在庫投資や設備投資の期待収益率が高まり,通貨は活動化してその増加を促進したといえる。47年度の設備投資や住宅投資の増加にはかなり金融緩和が寄与していた。ここではもつとも金融状況の変化を受けやすい流通在庫投資についてみよう。

法人企業統計などによつて在庫率の推移をみると,長期不況の末期から製造業の在庫率は急テンポで低下したのに対し,卸・小売業の在庫率は景気回復過程で売上げが伸びるなかでもむしろ高まりをみせた( 第3-16図 )。とくに卸小売業の規模別に在庫率をみると,大企業だけでなく,中小規模(資本金1~5千万円)でもはとんどが在庫率を上昇させている。これは金融緩和の進展により,中小企業の借入れも容易となつたことによる面が大きい。無数ともいえる中小卸・小売業者が在庫積増しを図ることは,製造業にも需要の強さを感じさせたと思われる。

第1章でみたように,47年秋頃からは未充足の需要が累積したが,それは計測された需給ギャップが示す以上に現実の需給をひつ迫させ,物価上昇の圧力として働いた。未充足の需要は,建設業や製造業における受注残高の急増に端的にあらわれているが,この時期における企業の手元流動性も,そのかなりの部分が未充足需要を示すものであつたと考えられる。

すなわち,在庫投資や設備投資の期待収益率は景気の上昇,大型補正予算の編成といつた状況のもとで急速に高まり,企業は金利低下の持続を背景に手元流動性を取崩して投資に振向けようとする意欲を強めた。しかし,そうした投資計画は,供給の制約もあつて未実現で残された部分が大きく,手元流動性は意図したとおりに縮小しなかつた。このため,売上げが予想以上に伸びるなかでも,売上高に対する現預金の比率は極めて高い水準を維持したのである( 第3-17図 )。

計画した投資が実現できなかつたために手元に残つた流動性は,需要圧力として47年末から48年にかけての物価上昇の一因として働いた。

さらに,通貨量の増大は相場商品などへの投機的要因等による買急ぎをさそつた。47年度後半には,木材,天然繊維原料,農産物等自然条件などによつて供給に制約のある商品で値上りが目立つた。これらのなかには土地の場合と同様,供給の制約が期待収益率を確実かつ高いものにしていたため,運用先を求める資金の投入が集中したものもあつたとみられる。天然繊維糸の例をとると, 第3-18図 のように46年末頃から実需を上回る流通在庫の積増しが始まり,それがやがて糸価格の急騰をもたらしたことがわかる。

このような投機は,通常の市場行動とは逆に,価格が上れば上るほど供給が抑制気味となり需要が増加するという現象を生じさせ,市場の取引量がふえるとともに価格をつり上げることになつたのである。

(3) 卸売物価と消費者物価の併行的上昇

こうして急騰した卸売物価の影響は,47年末頃から早くも消費者物価に及び,48年度に入ると両物価がともに前年同期を10%以上も上回るという異常な事態に陥つたのである。つぎに消費者物価の上昇要因を検討しよう。

第3-17図 売上げ,投資の予想と実績

(卸売物価と消費者物価の関連)

48年に入つてから,消費者物価が急騰に転じたのには,明らかに卸売物価上昇の影響が現われている。たとえば,上昇率のもつとも高い費目をみると,それは衣料を中心とする繊維製品である。衣料価格の前年同月比上昇率は,1月の7.8%から月々その上昇率を高め,5月には25.8%に達しているが,これには,昨年秋以降の繊維原料の値上りが強く影響している。また,こうした原料高から,将来の製品高を予想した買急ぎ傾向が物価上昇に拍車をかけた面もあつたであろう。

いま,卸売物価の上昇が,消費者物価の上昇にどれほどの時間の遅れをもつて影響してくるかを試算してみると, 第3-19図 に示す通りである。大企業性製品においては2四半期前の卸売物価の影響がもつとも大きく,ついで,1,3四半期前の影響が強い。総じて,卸売物価の上昇は大企業性製品の消費者物価に1年間ほどかなり大きな影響を与えるという結果が得られる。中小企業性製品については,大企業性製品の場合より影響は早く現われ,そして短期間に消滅する。影響がもつとも大きいのは1四半期前であり,1年後にはほとんど影響はなくなるという結果がでている。

(消費者物価の上昇要因)

わが国の消費者物価は卸売物価の影響や賃金コスト消費需要などによつて変動するほか,野菜,果物など季節商品の価格によつても左右される面が大きい。季節商品価格は気象条件や農家の作付状況などの影響を強くうけており,47年中の消費者物価が比較的安定していたのは,これら季節商品価格の落着きによる面も大きかつた( 第3-20表 )。しかし47年度末から季節商品が上昇し,これが消費者物価の上昇率をさらに高めることになつた。

つぎに工業製品について上昇要因を検討しよう。 第3-21図 は消費者物価採用品目のうち大企業性製品と中小企業性製品について,それぞれの上昇要因を回帰式によつて分解したものである。ともに47年10~12月頃から卸売物価上昇の影響が強まつているが,実質消費需要の増加も消費者物価の上昇を支えていることがわかる。

こうした動きから考えるなら昨年秋以降の卸売物価の上昇は,最近の消費者物価の急騰にすでに影響しており,今後ともその影響が残る公算が大きい。

なお,この試算では,46年度後半から47年度前半にかけての消費者物価の落着きが,主として不況下で卸売物価が低下したことと,大企業性製品について景気回復初期の賃金コスト圧力が鈍化したことによつてもたらされたかたちとなつている。

(インフレ心理の強まり)

過熱化した経済を背景に物価は全面的に上昇を続けている。金融引締めを中心とする総需要抑制政策の強化,変動相場制への移行という経済情勢の変化によつて,投機による市況商品の暴騰という事態は鎮静化した。しかし,昨年秋口から高騰を続けた輸入価格が原材料段階から中間製品,最終製品価格に波及し,卸売物価の上昇が時間の遅れをもつて消費者物価に影響する段階を迎えている。こうしたなかで,企業のインフレ期待が強まつてきている。

第3-22図 製品・原材料価格の先行き見通し

30年代後半からの物価上昇の過程では,地価,消費者物価,賃金の上昇が続き,生産者,消費者はともに,そのすう勢的上昇を前提として行動するようになつてきた。これに対して,卸売物価とくに製造業製品価格についての経営者の見通しは,価格下落の可能性を十分織込んだものであつた。

第3-22図 は製品価格,原材料価格の先行き見通しを示すものであるが,44年までは景気上昇期においても製品価格の下落を予想する企業がかなりの比重を占めていた。これには,現実に卸売物価が低下する場合があるという経験もあるが,この期間の企業が売上げ増加の計画を主として生産量の増加によつて達成しようとしていたことが基本的な要因であろう。

44年の後半から46年央にかけて価格上昇予想が強まるのは,世界的なインフレーションの進行のなかで輸出競争力が強まつただけでなく,原材料,賃金などコストの増加傾向が明らかになつたためである。もつとも45年後半から46年にかけては,現実の売上げが予想どおり伸びなかつたため価格は上昇予想が高まるなかでも低下が続いた。

第3-23図 製造業主要企業の先行き製品価格と売上高に対する見通しと実績

46年末頃からは先行きの価格上昇予想は急速に高まり,48年5月調査では53%の企業が6ヵ月先の製品価格の上昇を見込んでおり,原材料価格についても先行き上昇を見込む企業の割合は74%に達している。

過去1年間の売上げ予想と実績を対比させてみると( 第3-23図 ),47年春頃から売上げの伸びはつねに予想を上回り,しかもその傾向は月を追うにしたがつて強まつている。予想を上回る価格上昇のなかで,予想以上に売上げが増加するという事情が予想をさらに強気に改訂させ,インフレ心理を高めたといえる。47年末から48年はじめにかけて世間の注目を集めた投機的行動は,このような予想をこえた需要拡大に支えられたものであり,景気が鎮静してくるにつれて収束に向かうはずである。

しかし,こうした過程では製品価格の上昇が原材料,賃金など要素価格の引上げをも容易にしており,そのことが将来の物価に関する予想上昇率を高めている可能性も否定できない。不安定なインフレ心理は収まるとしても,将来に対する企業のインフレ期待は残ることになろう。インフレ期待によつて企業の行動に変化がおこり,先行き価格上昇を見込んだ行動が定着するようになると,その影響は長く将来に尾をひくことになる。48年の春季賃金交渉では20.1%もの賃上げが実現し,あれほど価格が高騰したにもかかわらず原材料の出荷が急増を続けていることは,インフレ期待の強まりによつて製品価格,生産要素価格が相互に根強い上昇を続ける危険が大きいことを示唆するものであろう。

現在までのところ,企業がどの程度の価格上昇を見込んでいるかは不明であるが,卸売物価のすう勢的上昇を期待する行動はかなり強まつていると考えられる。そのインフレ期待がさらに強められるか否かは,今後の政策運営にかかつているといえる。

こうしたインフレ期待が製品市場や労働市場における硬直化要因と結びつくときは,いわゆるコストプッシュ・インフレーションへと進む可能性がある。そうした危険がどの程度存在するかを中心に,わが国経済の底流にあるインフレ圧力をつぎにみよう。