昭和48年

年次経済報告

インフレなき福祉をめざして

昭和48年8月10日

経済企画庁


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第1章 昭和47年度経済の動向

3. 景気急上昇と財政金融政策

47年度には,景気の回復,国際収支の均衡,福祉の充実をめざして,積極的な財政金融政策が展開されたが,年度後半に景気の急上昇と物価の高騰をみるにいたり,引締め政策への転換がはかられた( 第1-37表 )。

(1) 大型財政とその役割

47年度の経済拡大には,公共投資が主要な役割を演じたが,それには積極的な財政政策の影響が大きかつた。

(積極財政の展開)

財政政策は46年度以降しだいに積極性を加えていたが,47年初めに策定された47年度予算では,その直前の円切上げによる不況圧力がつよく懸念されるなかで,一段と積極的な需要喚起策がとられた。一般会計は前年度当初予算比で21.8%増の11兆4,676億円に達し,国債発行額は1兆9,500億円,国債依存度も戦後最高の17・0%に高まつた。歳出の内訳をみると,①上下水道,住宅など生活関連施設を中心とした公共投資の増加,②老人医療無料化や老令福祉年金の引上げなど社会保障の充実,③地方公共団体の財源不足を補う地方財政対策などが目立つており,景気回復の促進と福祉の充実が志向された。また,財政投融資計画も生活関連を中心に大幅に増額され,前年度当初計画に対し31.6%増の5兆6,350億円となつた。

年度当初は1ヵ月の暫定予算で出発したが,この間景気回復はゆるやかで,貿易収支の黒字はいぜん大きく,対外経済関係の緊張が懸念される情勢にあり,政府は本予算編成後5月はじめに公共事業等の施行を促進することとした。さらに5月20日には対外経済緊急対策7項目を決定した。国際収支の均衡回復をいそぐため6月末には第6次公定歩合の引下げが行なわれ,あわせて預貯金金利を含む全面的な利下げが実施されることとなつた。財政面でも,新内閣成立直後の8月には財政投融資計画額2,668億円(事業規模3,576億円)の追加が決定された。

47年秋以降,景気は回復から上昇に向かつたが,財政政策面では国際収支の均衡回復と福祉の充実をいつそう追求するため10月には5項目にわたる対外経済政策が策定された。さらに公共投資の追加(5.365億円,事業費ベースで8,446億円),国債の3,600億円増発などを主な内容とする大型補正予算(一般会計補正額6,513億円)が編成された。例年の補正予算が,税の自然増収の範囲で,給与,災害対策等の必要経費を中心に編成されるのに対し,47年度のそれはこの範囲を大きくこえ,積極的,意欲的な規模と内容をもつていたといえる。さらに,地方公共団体,国鉄,政府開係中小企業金融機関向けを中心に財政投融資の第2次追加(5,030億円)もあわせて決定された。

(48年度予算と公共事業の施行繰延べ)

ついで,48年度予算は,国際収支の黒字がつづく一方,景気拡大と物価上昇が進むなかで編成されたが,主として国民福祉の向上を積極的に推進する趣旨で,その規模は引続き大型とされた。すなわち一般会計は国債発行2兆3,400億円を予定して歳出は14兆2,840億円,財政投融資計画は6兆9,248億円で,前年度当初予算(計画)にくらべるとそれぞれ24.6%増,28.3%増となる。もつとも47年度中の補正・追加を考慮するとその伸びは低下し,国民所得ベースの政府財貨サービス購入は16.6%増になるものと見込まれる。歳出の内容では,①基幹的交通手段の拡充,工業の再配置,生活環境施設等を中心とする社会資本の建設,②5万円年金の実現,難病対策の前進等社会保障の充実,③物価対策の推進などに重点がおかれている。

他方,この間の景気急拡大は,47年度財政の運営に影響を及ぼした。財政資金対民間収支は,財政支出が大幅に伸長したにもかかわらず,租税収入の増加と外為会計散超幅の縮小から,年度を通じて2,484億円の散超にとどまつた。とくに,年度後半における租税収入の増加が著しく,この結果補正予算で予定された国債の追加発行は行なわれず,47年度の国債発行額は当初予定の1兆9,500億円に落着いた。なお,外為会計は47年4~6月に一時揚超になつたが,その後は大幅散超をつづけ,48年2月には国際通貨不安による短資流入でさらに散超幅を拡大した。しかし,46年度に比べれば全体として散超幅は縮まり,年度末近くの変動相場制移行後は揚超に転じている。また,公共投資のなかには用地難や工事費高騰等のため,予定通り遂行されなかつたものもあらわれた。

さらに,景気局面の急展開に対応して,まず金融政策は秋口からの中立的な運営から預金準備率引上げなど本格的な引締めに転換し,また,財政面で,も予算成立後公共事業等の施行がこれまでと逆に下期に繰延べられることになつた。

(社会資本拡充途上の問題点)

46~47年度にわたる積極財政は,福祉充実への資源配分を飛躍的に増加させようとした試みであつた。その実行過程で当面した問題としては,建設コストの上昇,民間需要の誘発などをあげることができる。まず,建設コストの上昇要因についてみよう。

第1は,地価の高騰と,用地取得難である。公共用地の取得状況をみると,公共事業費に占める用地費,補償費の割合は年々上昇する一方,必要な用地の取得は地元との調整,地価の高騰,売り惜しみ等によつて十分達成できない状況にある。とくに,47年度においては,景気の回復に伴う民間建設需要の増大に加えて公共投資の著しい拡大,金融緩和の影響もあつて地価は高い上昇を示し,今後公共投資を増加させていく場合の用地問題の重要さを教えた。こうした点に対して,用地の先行取得,土地収用制度の活用等の対策が講じられているが,今後こうした措置をいつそう推進していかなければならない。

第2は,社会資本の供給をになう建設産業の効率化の問題である。建設業の生産活動は年々増加しており,労働生産性もかなりの上昇を示した。しかしながら建設工事は規模,施工方式,使用資材等がさまざまであることもあつて,その生産性上昇は他産業に比して低い。今後は,現在おしすすめられている設計の標準化,資材のプレハブ化などをさらに推進し生産性の上昇を図つていく必要がある。

第1-38図 建設工事価格上昇率寄与率(41~47年平均)

第3は,年々難しくなつてきている建設労働力確保の問題である。とくに,技術者の不足は深刻化してきている。近年における建設工事価格(用地費を除く)の上昇寄与率をみても,労務費が建築で約5割,土木にいたつては8割弱となつている( 第1-38図 )。このため,省力化,生産性向上をはかるとともに,公共投資を安定的に増加させることによつて雇用者を確保し,技術者を積極的に育成していくことが必要となつている。

第4は,建設資材の確保の問題である。公共投資に直接必要とされる物資は,セメント,鋼材,木材等比較的限られた物資に集中しており,このことは産業間波及効果を織込んでもそれほどかわらない。このため,公共投資が短期間に著増を示すときなどは,これら品目について需給ひつ迫が生じやすい。こうした点は,資源面等から制約を受けやすい木材,砂利,セメント等において顕著にあらわれた。もつとも,このような状況は民間住宅投資の盛上がりによつていつそう強められた。今回の景気回復局面において,これらの製品の卸売価格は在庫水準が高いあいだは落着いていたが,公共投資が拡大するなかで他品目に先がけ上昇に転じ,とくに生産を上回る出荷が行なわれた47年秋以降は急騰してきている( 第1-39図 )。こうしたなかで,公共事業用の資材確保のため,これら需給ひつ迫物資について緊急増産や輸送割当てなどが行なわれた。今後公共投資がかなり高いテンポで増加していくことを考えるとき,こうした投資の施工上必要な物資を安定的に供給できるような体制を整えておく必要がある。

(財政支出の需要効果)

つぎに,これまでの積極財政は,どのような需要効果を経済に及ぼしたであろうか。

いま,当庁パイロット・モデルによつて,47年度中の補正予算,公共事業等の施行促進,財政投融資の追加等がどれだけの需要増加をもたらしたかを試算してみると,47年度の実質国民総生産を1.3%増大させ,国際収支の黒字を約4億ドル縮小させたという結果がえられる。またこの影響が47年度下期にとくに強くあらわれていることはいうまでもない。もつとも,計量モデルは過去における経済動向にもとづいて作成されたものであるので,内外における経済環境が大きく変化した今日の経済については必ずしも正確な情報を提供するものではないが,大体のめやすを示すといえよう。

財政政策が47年度経済に及ぼした影響をみるには,つぎの3点に注意しなければならない。第1は,積極財政は46~47年度の両年度にわたつて展開されており,46年度のそれもタイム・ラグ(時の遅れ)をもつて47年度経済に影響を及ぼしていることである。46~47年度の財政支出は,39~45年度のすう勢以上に大型化しており,46,47年度の政府投資はすう勢をそれぞれ7,700億円,1兆7,400億円上回つている。当庁パイロット・モデルの試算によれば,このすう勢を上回る政府投資は,47年度において実質国民総生産を2兆7,300億円,4.0%だけ増大させ,国際収支の黒字を13億ドル縮小させている。このうち,実質国民総生産0.9%に相当する分は,46年度の積極財政が47年度に入つて効果を発揮したことによるものとみられる。これは公共投資の乗数効果は当年度に効果が最も大きいが,2年程度にわたつて波及効果をもつていることを示している( 第1-40表 )。

第2は,財政政策の効果のあらわれ方が,景気局面によつて異なることである。需給ギャップの大きい不況期には,財政支出の乗数効果は好況期に比べ弱まると思われるが,それが他の需要減退で相殺されるときには,とくに判定しにくい。46年度はもちろん,47年度においても前半には輸出の伸び悩みや投資意欲の停滞に打消されて,財政支出の効果が経済全体に浸透しにくかつた。このことが前述のダイム・ラグとあいまつて,財政支出の景気浮揚力を過小に評価させた。反面,景気全体が急上昇に転じると,財政支出の需要効果が強く意識されるようになつたのである。

第3は,財政支出の需要拡大効果といつても,経済全体に与える効果と特定の製品などに与える直接効果では,あらわれ方が異なることである。すでにみたように公共投資拡大過程で種々の問題が生じたが,とくに関連物資についての隘路の発生は,景気動向や物価上昇にも強い影響を与えている。しかし,財政政策の景気浮揚効果には,こうした直接的効果だけでなく,乗数や加速度などを通じる間接的効果がある。前述のパイロット・モデルによる試算は46~47年度の積極財政が,公共工事に関連の深い業種に需要増加となつてあらわれたばかりでなく,民間経済活動の活発化を通じて経済全体の需給ひつ迫にも影響したことを示している。もつとも,こうした間接的な需要増加については,租税政策,金融政策による相殺もある程度は可能である。

福祉社会建設のためには財政支出の増大は不可欠である。47年度財政は,こうした資源配分上の要請と,安定した経済成長の要請を調和させていくことの重要性を示している。

(2) 大幅な金融緩和の持続

金融面についてみると,国際収支黒字のもとで大幅な緩和が続いたのち48年に入つて明確な引締め政策への転換がとられることになつた。

(金融緩和のメカニズム)

47年度には通貨供給量が著増した。その要因としては前年度と同様外為会計の散超と,そこから誘発された金融機関の大幅な貸出増加をあげることができる。

いま, 第1-41図 によつて,広義の通貨供給量の増減要因のうち,対外資産による要因と民間向け信用(貸出等)の要因がそれぞれどの程度寄与しているかをみよう。

46年度は外為会計が大幅散超となり,7~9月をピークとして対外資産要因の通貨供給に対する寄与度は著しく高まつた。しかし47年度は,外為会計散超額は高水準ながらも前年度ほど大きくなく,代つて民間信用とくに貸出による要因が高まつてきている。しかし,47年度に貸出が増大したのも前年度中に流入した巨額の外貨資金の影響によるところが少なくない。46年度から47年度にかけて流入した外貨資金は輸出関係企業の預金となつて都市銀行などに滞留した。この預金は都市銀行などにとつては信用創造のもとになる本源的預金である。46年度から47年度にかけての貸出の増大は,過去に例をみないほど大量のこの本源的預金を基礎として信用の乗数的創造が行なわれた結果であつたといえる。

もちろん現実に信用創造が進められたのにはそれなりの理由があつた( 第1-42図 )。まず本源的預金の流入は銀行の資金ポジションを急速に好転させ,銀行の貸出余力を高めた。加えて金融緩和の進展によりコールレートの低下など銀行にとつて外部資金調達コストが低下した。

こうしたなかで銀行は貸出先の範囲を拡大し,資金需要の大きい建設,不動産などの非製造業や中小企業,さらには個人向けなどに大きく貸し進むこととなつた。また,中小企業金融機関はコール・レートや債券利回りの低下から相対的に有利になつた貸出への運用を高めた。中小企業金融機関は公社債流通市場において,従来の買い手の地位から47年度には売り手へ大きく変わつている。

このように,銀行や中小企業金融機関など資金の供給側が貸出の増大を図つたのは,金融緩和の進展による利ざやの縮小を貸出の増大によつて補い,また,それをかなりの程度可能にするだけ金融機関の流動性が高まつていたためである。

これに対し資金の需要側では,①非製造業,中小企業を中心に設備資金や運転資金など資金需要があつたこと,②46年末のスミソニアン合意後も日本の国際収支の黒字は減少せず,先行きに対する見通しがはつきりしないため,予備的動機からの通貨保有を図つたこと,③借入金利の急速な低下により通貨保有のコストが大幅に下つていたこと,④銀行との取引関係を維持するため銀行の借入要請に応じたこと,などにより企業は借入を増大させた。また個人部門でも,①住宅ローン,消費者ローンを中心に潜在的な資金需要がかなりあつたこと,②今回緩和期に貸出条件が大幅に緩和され,個人の借入れがこれまでになく容易となつたことなどが借入れ増大をもたらしたと考えられる。

このような資金の供給側,需要側双方の要因により貸出は前年度に続き大幅な増加となり,こうした動きを反映して通貨供給量や,マーシャルのk(通貨供給量のGNPに対する比率)など金融指標は極めて高水準となつた。

(過剰流動性の現出)

貸出を大きな要因とする頂金通貨の大幅増加に加え,旺盛な企業・消費活動を背景とする日銀券の伸びも高水準となり,両者を合計した通貨供給量は46年度の前年度比22.5%の伸びから47年度も同26.8%の伸びとなつた。また,マーシャルのkも47年度は31.5%(46年度30.3%)と高水準を持続している。

第1-43図 流動性指標の推移

このように,過去に例をみないほどの通貨供給量の増加は,景気回復を軌道にのせるためのものであつたが,その反面,地価,株価,物価の上昇要因のひとつとして無視しえなくなつてきたため,いわゆる「過剰流動性」の存在が議論された。

「流動性」概念はきわめて広い内容をもつているが,47年度については,マーシャルのkや企業の手元流動性比率さらには企業の資金繰り判断などほとんどすべての流動性指標が過去のピークを大幅に上回つている( 第1-43図 )。また流動性の基本である通貨量の伸び率が,実物指標にくらべても高く,過去のピークを大きくこえていることからみても,46年度から47年度にかけてのわが国は異常に高い流動性の下におかれていたといえる。

(過剰流動性の浸透とその作用)

つぎにそれらの高い流動性が個人や企業など実体面にどのように浸透し,どのような影響をもたらしていつたかをみよう。

まず,非製造業や中小企業では,金利低下や借入れの容易化を背景に設備投資も早目に増加に向かつた。これらの分野では不況の末期から景気回復の初期にかけて,すでに取引動機による通貨需要が増大していたといえる。個人にあつても,ローン条件の大幅弾力化により借入需要が高まつた。こうして非製造業等の設備投資や住宅建設が促進され,景気回復への一因となつた( 第1-44図 )。

もつとも景気が回復から本格的に上昇に向かうまでの間は通常の取引に必要な取引動機に見合う通貨需要以外に,先行きの支出に備える予備的動機や,資金調達コストの低下から相対的に有利になつた定期預金の保有など,資産動機に基づく通貨保有が目立つていた。資産動機により保有していた通貨の一部は,やがて期待収益率の大きい土地や有価証券への資産選択という形で手放なされたが,その多くは金融機関の預金として還流した。貸出著増のわりには金融機関の預貸率が悪化しなかつたのは,外為会計の散超が続いたことが大きいが,こうした事情もひとつの要因であつた。

さらに,秋頃を境に景気が回復から上昇に向かつてくると,取引動機に基づく通貨の需要は増大した。しかし,この過程に入つても金利の低下が続いたため,資金の調達コストはいぜん低く,また通貨供給量の伸びもいぜん大幅で,先行き期待感がいつそう強まつた土地,株式への投資を可能にした。このようにして過剰流動性のもとで,地価,株価,物価の上昇速度は速まり,それがまたインフレ心理を強めた。

すでにみたように,金融緩和は住宅建設や設備投資を中心に実質需要の増加をもたらし,景気が回復から上昇へと進展するのに大きな役割を果たした。しかし,今回の金融緩和はかつてない大幅なものであり,経済の名目的拡大を通じて物価上昇にもつながつたことが大きな特微である。

(流動性過剰下の金融引締め)

以上のように46年夏からの外貨流入を契機に,わが国経済はしだいに流動性過剰の状態に陥ることとなつたが,これには47年度に入つてからも金融緩和政策が展開され,また,国際通貨不安の底流が続き,国際収支の大幅黒字のもとでは,物価が上昇に向かつても本格的な引締めに転換しにくかつたという事情が大きく影響している。

45年10月に公定歩合が引下げられたあと,景気は本格的な後退局面に入つたため,金融緩和政策か急がれることになつた。公定歩合はスミソニアン合意による円切上げ直後の引下げまでに,5回の通計で1.5%引下げられた。

47年初からは景気が回復に向かつたが,当初その速度は緩やかであり,また円切上げ後も国際収支の黒字は容易に縮小しなかつた。こうしたなかで6月には第6回目の公定歩合引下げ(0.5%)が行なわれるとともに,預貯金金利も引下げられた。

こうして景気回復を確実にする目的で金融緩和政策が進められたが,このころまでは,企業心理が冷却しきつた状況のもとで,景気回復を促すために通常の取引需要の伸びを上回る通貨供給の増加が必要と考えられていた。しかし夏頃を境として景気上昇が本格化してきたので日本銀行は金融機関に貸出が行過ぎないよう要請を始め,また秋口からは銀行貸出に対する窓口指導をやや強めた。こうしたなかで,金融市場においてもコール・レートや手形売買レートが上昇に向かつた。ただ長期にわたる金融緩和のもとで貸出増加にはずみがついていたため,通貨供給量は秋以降景気が急上昇に転じたあとも著しい増加を続けた。前掲 第1-43図 のように従来の景気上昇期にはマーシャルのkが低下したのに対し,今回は,47年秋口以降逆に高まるといら現象が生じたのである。

しかし,物価上昇が激しくなり,インフレ心理の広がりも目立つたため,大型の48年度予算案決定を機に金融政策は48年に入つて本格的な引締めに転じることとなつた。1月からは金融機関貸出に対する窓口指導が強化され,1月と3月には預金準備率の引上げが行なわれた。4月には公定歩合も0.75%引上げられた。こうした引締め政策や2月の変動相場制移行も企業の投資態度を鎮静させるにはいたらず,5月の日銀「短期経済観測」では企業の設備投資計画が大幅に増額修正されている。このため,5月末には公定歩合の再引上げ(0.5%)と預金準備率の第3次引上げ,さらに6月末には公定歩合の第3次引上げ(0.5%)が決定された。こうした引締め政策発動の影響は,金融市場や貸出の段階では早くからあらわれている。しかし,企業金融への浸透は遅く物価の高騰もいぜん衰えをみせていない。今回の金融引締めは,従来とはかなり異なる状況のもとで進められていることに留意する必要があろう。

第1に,変動相場制下における引締めという点である。変動相場制への移行によつて金融政策は物価安定を目指して運営する余地が広がり,4月以降3回にわたり公定歩合の引上げが実施された。また,変動相場制の下では,金融引締め政策がききやすいことは第2章でみるとおりである。

第1-45図 流動性過剰と貸出抑制効果(前年同期比増減率)

第2に,過剰流動性のもとでの引締めであることである。従来の引締め開始時には,すでに企業金融がある程度窮屈になつていたが,今回は企業の手元流動性は厚く,企業間信用にも膨脹の余地が大きい。48年1~3月から追加的な貸出は抑制されているが,それまでの貸出増加額があまりに大きかつたため 第1-45図 にみるように貸出残高はなかなか低下せず,従つて通貨の収縮にも時間がかかる。

第3に,物価の異常な上昇のもとでの引締めであることである。金利引上げによる企業の実質的な負担惑は従来より少ないと思われる。

第4に,企業の在庫投資や設備投資が盛上りを示し始めた段階での引締めであることである。流通段階を除けば在庫調整の余地は大きくなく,大企業製造業の設備投資も中期的な増加局面の初期にあると考えられる。

このように今回は変動相場制下という引締めのききやすい条件もあるものの,第2以下で述べた状況もあつて,金融引締めの効果があらわれるまでにはかなりの時間を要するとみなければならないであろう。

(3) 総需要管理政策の反省

(景気政策と物価騰貴)

47年度の財政金融政策は,はじめ46年度のそれをうけつぎ,景気の回復,国際収支の均衡,福祉の充実をめざし,積極的に展開された。両年にわたる果敢な政策展開のもとで,日本経済は再三の通貨危機の衝撃を切抜け,景気の回復と過度の輸出依存からの脱却を進め,変動相場制移行の効果もあつて,対外均衡の達成に近づいた。また福祉向上への政策も,この間画期的な前進をとげた。

しかし,その一方では,現在わが国は激しい物価騰貴に見舞われている。これによつて,国民生活の安定は脅かされ,所得の分配,資源配分に歪みがもたらされており,福祉社会建設の企図もそこなわれるおそれがある。最近の物価の急上昇は,後にみるように各種要因の複合によつて生じたものであり,複雑な情勢が総需要管理の問題をいつそう難しくした。金融政策は48年に入り本格的引締めに転じ,財政政策も48年度に入ると公共事業等の年度内の施行時期について調整がはかられたが,ここではこれまでの経済運営をふりかえつて,そこから今後の福祉社会建設の道程への教訓を学びたいと思う。

(政策の目的と手段)

47年度経済運営の経験は,まず第1に,政策諸目標のなかでも物価安定のもつ重要性の確認をいまさらながらあらためて迫るものであつた。これまでも物価安定への努力が軽視されたわけでは決してないが,47年度には国際収支の早期均衡回復と福祉充実への飛躍的前進が,内外緊張緩和のための切迫した課題となつており,これに対処して財政支出の積極的増加と金融の大幅緩和が推進された。需給に余裕のある間は物価もさして上昇せず,景気回復,国際収支の均衡,福祉充実の諸目標間には矛盾は少なかつた。しかし,景気が全面的上昇に転じると物価安定とその他の目的との対立は不可避となつた。この段階で政策目標の優先順位があらためて問われなければならなかつたといえる。政府は現在物価安定を最優先の課題とすることを再確認しているが,物価上昇の生じやすい現代社会にあつて,物価安定は今後とも一貫して優先政策目標とされなければならない。現代にあつては社会階層間の利害対立を緩和するために,ある程度の物価上昇はやむを得ないとする見方もあるが,実際には逆に激しい物価騰貴が社会的対立を深めるおそれが強まつている。

第2は,対立する政策目的の同時的達成には,政策手段の多様化が必要なことである。世界的インフレーションが進行するなかでスミソニアンでの合意にしたがい,308円レートのもとで国際収支の均衡を図ろうとする努力が続けられたが,夏頃から海外インフレーションの影響が強まつた。47年秋以降,総需要管理政策は,国際収支の黒字と物価上昇という2つの問題の解決を同時にせまられることとなつたが,ふりかえつてみると変動相場制移行は,国内均衡回復のためにも必要だつたといえよう。

また福祉充実への財政支出拡大が続く一方,一般の民間需要が盛り上つた今回の経験は租税政策や金融政策等における政策手段の多様化とその適切な組合せ(ポリシー・ミックス)がいかに重要であるかを示唆している。

なお,47年秋以降の物価上昇,需給ひつ迫に対して,個別品目ごとの対策が打出され,また日銀窓口指導においても商社融資抑制などの選択的規制手段がとられている。これらは緊急的措置として必要とされたものであるが,こうした個別措置は,一般的総需要調整の代替となるものでなく,あくまでそれを補完するにすぎないものである。

(政策の機動化)

第3に,政策を機動的に運営することが重要であり,そのために制度面の整備が必要である。政策を機動的に展開するには,政策にともなう三つのラグ,すなわち認知ラグ,決定ラグ,効果ラグの短縮をはからなければならない。

経済情勢を敏速的確に把握することが政策機動化の前提であるが,47年度には景気や物価の情勢変化について認知が十分でなく,政策展開がおくれたことも否みがたい。経済事情をつねに誤りなく判断し予測する一般的方法は,不幸にして存在しないが,47年度の経験は,統計数字のいつそうの充実と精度向上,統計数字にもとづく適確な判断が構造変革期においてはとくに重要であること,また,行きすぎた企業心理の動揺にとらわれることなくマクロ経済の論理的帰結を尊重することが大切であることを示した。とくにストック調整の進展など景気回復要因を十分に評価しえなかつたこと,物価上昇が複雑な形をとつていたためその要因を必ずしも十分に把握できなかつたことなどが反省される。

また,経済情勢の変化が認知された場合でも,それに機動的に対応して政策が発動されなければならない。そのためには,まず現在認められている政策手段を適切かつ機動的に発動しなければならないことはいうまでもないが,有効な政策運営のためには政策手段を多様化することも検討する必要があろう。アメリカ,イギリスのように物価凍結権限を政府に授権している例があるほか,西ドイツの経済成長安定法では,法人税,所得税の税率操作,景気調整基金の活用がゆるされており,イギリスでも消費税等の税率操作がみとめられている。わが国の場合,財政政策面における景気調整のための機動的な手段としては,法人税の延納利子税の特例や財政支出の繰延べなどがあるが,政策手段を多様化し,その発動を機動化するには,さらに制度面の検討も必要となろう。

政策効果をタイミングよく発揮させるには,効果発現までに時間を要することを認識して政策を発動するとともに,経済メカニズムの効率化や政策手段の整備によつて効果ラグの短縮につとめなければならない。47年度の経験では前年来の拡大政策の効果の発現がおくれたことから国際収支の大幅黒字もあつて,景気浮揚措置が追加される結果となつた。もちろん事態が切迫しておればこうしたこともやむをえない。たとえば現在は,景気過熱の鎮静化とインフレーション阻止のため全力を傾注しなければならないときである。ただ,将来起りうべき反動について,いまから政策プログラムを検討しておくことも必要であろう。また,その一方で,各政策手段の有効性を高める工夫も必要である。たとえば,過剰流動性が非金融部門に存在することに対しては,金融市場を対象としたこれまでの金融調節手段に加え,オペ対象の拡大,金利の弾力化,国債消化先の多様化などが考慮されるべきだといえよう。

(ルールと裁量)

第4に政策運営にあたつてのルールを確立し,また,自動安定化装置(ビルト・イン・スタビライザー)を強化することである。

上にみたように,今後,総需要管理のための政策手段の多様化,機動化を進めなければならない。しかしながら,ひるがえつて考えてみると,現在の景気過熱は民間経済活動の予想外の盛上がりによるところが大きいものの,46~47年度にかけて財政金融政策が積極的に発動されてきたことによつてもたらされた面もある。政策運営における裁量の範囲を拡大することは必要であるが,これを有効に生かすには,すでにみたように政策目的の明確化や的確な情勢判断が必要とされることはいうまでもない。さらに具体的にはつぎの諸点に配慮する必要があろう。

まず,政策運営を長期的計画性をもつて行なうことである。46,47年度の経済運営においては,内外情勢の急変に対処して財政金融面から積極的な政策展開がはかられたが,これは社会資本充実など長期目標の達成を促進するとともに日本経済を安定成長路線に復帰させ,国際収支の黒字を縮小させるための緊急対策の性格をもあわせもつものであつた。しかしながら,このような状況における政策運営は,財政部門への過度の期待とあいまつて,景気拡大政策を長期的に続けるものと理解され,その結果過大な最終需要期待をひきおこす可能性があることに留意する必要がある。政府は48年2月「経済社会基本計画」を策定したが,関連諸計画の整備をはかり内外情勢の展開に応じてその絶えざる検討に努めるとともに,この計画を政策運営の基準ないし指針とし,その基本的方向にそつて長期・短期の経済政策の調整を進めることとしている。

つぎに,政策決定過程の合理化である。経済政策は政府の責任で行なわれるものであることはいうまでもないが,専門的知識を生かすため,西ドイツでは経済専門委員会が政府の政策への批判と助言を公けにし,政府はこれに答えることになつている。また,アメリカでは連邦準備制度の公開市場操作委員会の議事録を3ヵ月後に公表して一般の検討と批判に供している。こうした諸外国の制度も参考となろう。また,政策決定に当たつては,前回の円切上げの経験から学んだように,あらゆる可能性を含めて比較考慮する態度が重要であり,その実施に当たつては,適切な行為がとられるよう政策意図や見通しをたえず明らかにすることにいつそう努力しなければならない。

さらに,自動安定化装置を強化することである。適切な総需要管理のためには,裁量にもとづく機動的な政策展開が必要であり,とくにインフレーションの脅威を取り除くためには,もてる手段をずべて動員してこれとたたかわなければならない。

しかしその一方で,不規則な衝撃に対して,これを吸収しまたこれと対抗する仕組みを経済制度自体のなかに,備えておくことが望ましいのは明らかであろう。これには広義には市場メカニズムの自動調整作用を活用することが考えられ,たとえば為替の変動相場制はそのような機能を果たすとみられる。より狭義には,租税制度等について自動安定化装置としての機能を強化する工夫が必要である。これまでのわが国の税制は,直接税が中心であり所得税に相当の累進性があることなど所得変動が税収の増減として吸収されやすく,自動安定化機能は小さくなかつた。

第1-46表 裁量的政策とビルト・イン・スタビライザーの効果比較

第1-46表 によればこれまでのわが国の経験では,裁量的経済政策は主として国際収支改善のために用いられ,自動安定化装置が経済安定効果を発揮してきたことがわかる。今後は対外均衡は為替政策のより弾力的な運営に委ねられる面が大きくなり,裁量的経済政策と自動安定化装置の両者が国内均衡確保に役立てられることになろう。

こうしたなかで,将来における税制のあり方については所得分配面だけからではなく,経済安定機能の面からも十分検討されるべきであろう。

(将来への教訓)

47年度の経済運営は対外不均衡を是正するという成果を収めたが,反面で内外情勢の進展が当初の予想と異なつたことから需要超過による物価騰貴を招くこととなつた。この経験は現代の経済政策のかかえる苦悩をうきぼりにしたものといえよう。政策目的の優先度や手段の選択,政策にともなうラグの存在は,経済情勢の変化に応じて形をかえて再現し今後も経済政策に新しい試練を課すこととなろう。いまは,47年度経済運営の教訓を十分にふまえ,経済安定の確保にこの反省を活かすときである。