昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第5章 新しい発展への出発

1. 成長パターンの転換

(1) 40年代前半の成長の特徴

(輸出・投資の循環的拡大)

昭和40年代前半においてわが国の経済成長率(実質,実績趨勢)は一段と加速化し,30年代前半の8.8%,後半の9.3%に対し,12.4%に達した。その内容をみると,とくに設備投資と輸出の貢献が大きかつた( 第5-1図 , 第5-2図 )。しかもこの両者が相互循環的に作用して,経済規模を拡大し,国際収支の天井を高め,長期にわたる好景気を維持できたことが,40年代前半の特徴である。

まず設備投資と輸出の相互循環的な拡大の過程についてみよう。需要面では,設備投資を誘発した最終需要項目として,設備投資自体のほか,輸出のウエイト増大が目立つている。これは30年代前半にみられた「投資が投資をよぶ効果」のほかに,輸出が投資をよぶ効果」が大きくなつていたことを示すものである。

第5-3図 輸出伸長の経済成長パターンに与えた影響(試算)

第5-4図 自動車産業の経済成長への貢献

当庁パイロット・モデルによつて,輸出の伸びがもつと低かつた場合の経済を想定したシミュレーションを行ない,これを実際の動きと比較してみると,個人消費支出の伸び率はあまり変わらないが,設備投資の伸びは大幅に低下し,経済成長率も9.9%程度であつたと想定される。このことは,40年代に成長率が加速したのは,国際貿易の拡大と世界インフレに誘発された面が少なくなく,これにわが国の輸出競争力強化が加わつて高輸出・高投資の循環が生じたことを示唆している。なお,この計算では,輸出の伸びが低かつた場合でも,国際収支面ではほぼ均衡の状態に近かつたであろうという結果になつている( 第5-3図 )。

第5-5図 生産設備(規模)の大型化の動向

このほか,自動車やカラーテレビ等については40年代前半に急速にその普及が進み,国内市場が拡大したことも無視できない( 第5-4図 )。これは需要として成長を支えただけでなく,生産規模の拡大から輸出競争力の強化にもつながつた。

第5-6図 生産に対する資本と労働の弾力性の推移

次に供給面についてみると,設備投資によつて輸出余力が生じるとともに,輸出競争力の強化も進んだ。とくに,わが国の中間基礎資材の価格が低位に安定していたことは多くの商品の輸出競争力を強める基盤となつた。その背景には,40年代に入つて,鉄鋼業の4,000立法メートル高炉や石油化学工業の30万トンエチレンプラントなどのように規模の大型化をねらう設備投資がなされたことがあげられる( 第5-5図 )。

このような大型設備投資は,労働力不足の下で労働から資本への代替を進めるために必要とされただけでなく,輸出市場の拡大を中心に内外市場が拡大したことを前提とし,生産能力の増大を投資によつて達成しようとするものであつた。規模別データを用いた生産関数の推計によれば資本ストックを1%増加した時の生産の増加率(弾性値)は40年以降高まつてきており,こうした資本効率の上昇も大型投資への誘因になつたと考えられる( 第5-6図 )。これを別の面からみれば,40年代の技術進歩には新しい機械設備の利用によつてはじめて実現するという意味で,新規設備投資に一体化された技術進歩が大きな部分を占めていた( 第5-7図 )。こうした設備投資と輸出の相互作用の影響は,産業構造面では重化学工業の比率増大となつてあらわれた( 第5-8図 )。わが国の重化学工業は基礎産業として育成されてきたが,40年代に入るとともにしだいに輸出産業としての力をそなえてきた。その結果,わが国の重化学工業の占める比率は,生産においてばかりでなく輸出においても急速に高まつてきた。

この間,輸出の伸びによつて,国際収支の天井が高まり,外貨準備も42年に減少した後は増加を続けた。これまでのように国際収支の均衡維持のために総需要抑制を必要とする場合が少なかつたことも,高投資,高輸出の循環をここまで長く続けさせてきた大きな背景であつた。

(従来の政策運営と成長パターン)

30年代以降の経済政策目標としては,低い国際収支の天井のもとで完全雇用をめざす成長率の極大化が選ばれ,そのために,輸出の増加,資本蓄積が促進された。制度的にも輸出や設備投資への資源配分を促進する各種の優遇措置がとられ,他方,輸入については自由化が進められる一方,抑制的な制度が残されてきた。また総需要調整は主として国際収支の赤字に直面して,その均衡回復のために行なわれた。このような政策運営は,30年代においてきわめて効果的であつたが,40年代に入つても,設備投資,輸出中心の成長が政策的に是認され,奨励されるという方向からの転換は進まなかつた。輸出優遇金融については,優遇度の引下げがはかられたものの,制度は維持され,輪出の増大にともない,本制度の高い利用が続いた( 第5-9図 )。くわえて,特別償却の利用が輸出産業について高いという状況が40年代前半を通じて続き( 第5-10図 ),これまでの輸出奨励政策がさらに輸出産業の拡大を加速することになつた。また,41年以来5ヵ年にわたる好況期において,輸出,設備投資を中心とする民間の需要拡大のなかで法人税率はすえおかれ,国債は削減される一方,公共支出の増加は抑えられ,公共部門の相対的な立遅れが目立つことになつた。

さらに,43,44年にかけて,輸入されたインフレの傾向が強まり,卸売物価の上昇が加速化するなかで,金融引締めによる景気調整政策がとられた。これは,賃金上昇の加速化を阻止し,物価安定のための条件をつくり出した反面,設備過剰の傾向が表面化したことと相まつて輸出圧力を強め,輸出の急増,国際収支の黒字累積のひとつの要因となつた。

このことは40年代前半におけるわが国の政策運営は,全体として国際収支黒字不均衡への配慮が十分でなく,日本経済の国際的地位の変化への対応が遅れたことを示すものである。政策手段としても海外インフレ,とくに基軸通貨国の急速な物価上昇に対して,為替政策の活用等有効適切な手段を組込むことができなかつたことが反省されなければならない。

(成長にともなう三つのギャップ)

しかし,こうした成長パターンは,いつまでも続くものではない。設備投資と輸出の相互循環的拡大の過程で企業の輸出,投資意欲はしだいに強まつたが,現実には,引締め政策の効果浸透もあつて,45年夏以降設備投資が停滞し,成長率の鈍化がおこると,需給ギャップは急速に拡大することとなつた。

この需給ギャップを輸出でカバーしようとする努力は基調的な貿易収支の黒字をさらに大幅にし,こうした内外不均衡激化のなかで,日本経済は昨年の国際通貨危機に遭遇することとなつたのである。

しかし,40年代前半の成長パターンは,需給ギャップ,国際収支ギャップのほかに,もうひとつのギャップを拡大させていた。成長と福祉の乖離がそれである。すでにみてきたように成長と福祉の乖離をもたらす要因は複雑であるが,設備投資,輸出,重化学工業に傾斜した40年代前半の成長パターンのもとで環境破壊,社会資本立遅れの激化等が目立つたことは否定できない。

こうして,これまでのような成長パターンの持続が困難かつ望ましくないことは誰の目にも明らかになつたのである。

(2) 転換能力への試練

(福祉充実と成長パターン)

日本経済の当面する課題は,40年代前半から持越された三つのギャップを解消させていくことであるが,とくに今後長期にわたつて解決に努めなければならない最大の課題は福祉の充実をはかることであり,そのために必要な制度整備を進めつつ,資源配分の方向を改めることである。福祉充実をめざす資源配分は,国民の欲求の変化にこたえることを目的とするものであり,景気対策や国際収支改善対策としてこれを評価するのは本筋ではない。

このことは,従来の輸出,生産の拡大を目的として運営されてきた経済から,社会資本の整備,社会保障の充実を中心に公共部門の主導する経済へと成長パターンの転換を進めていかなければならないことを意味している。

もちろん,これまで,四半世紀にわたつて続いてきた民間投資主導型経済の資源配分のメカニズムを急速に変更することは容易でないし,また公共部門の効率を確保することも容易ではない。

(成長率選択の諸条件)

40年代後半における成長率の動向については,どのように考えられるだろうか。供給面においては,技術進歩がこれまでの成長を大きく支えてきたが,その中心であつた導入技術については,生産技術の占める比率の低下クロスライセンス契約の増加などの傾向がみられ,今後国産技術の開発なしには,これまでのような技術進歩を期待することが困難な条件が強まつている。労働力についても労働力人口の増加率が鈍化するほか,農業部門からの労働供給量が減少し,週休2日制など労働時間短縮の傾向が強まることが予想される。さらに自然資源や土地の使用についての規制が,国内ばかりでなく国際的にもしだいにきびしいものとなろう。

また,需要面では国際的条件から輸出の急増が困難になつてきた一方,福祉充実の要望にこたえるため公共支出の増大がみこまれ,これが今後の成長率に影響を与える大きな要因であろう。

もちろん日本経済の潜在成長力は,高い貯蓄率や教育水準,低生産性部門の残存などからみて,なお大きいものがあるが,それにしても輸出と設備投資の相互循環によつてもたらされた40年代前半の12%台の高い成長を再現する可能性は少ない。

他方,成長率の低下が大幅である場合には,雇用や企業経営の面に問題が生じるおそれがある。さきにもみたように,今回の不況時には大企業中心に雇用調整が行なわれ,女子労働力の家庭への還流という現象もみられたほか失業者が増加した。今後,成長率が大幅に低下する場合には失業者の増加,産業間労働移動の減少を通じて二重構造の再現につながるおそれもないとはいえない。さらに,中高年令層については,求人倍率が低く,移動も困難なため,産業構造の変化にともなう再就職が成長率の低下によつていつそう困難になろう( 第5-11図 )。

また,企業経営にとつても成長率の大幅な低下は,企業収益の悪化につながることとなる。過去10年間平均の売上高純利益率5.2%を確保するに必要な売上高を試算すると,47年度下期以降,おおむね半期で7~8%の伸びとなる( 第5-12図 )。

一方,国際収支については,成長率が低いと輸出圧力が生じ,輸入の増加も進まない。もちろん成長率が大きくなると黒字幅は縮小するが,成長率の引上げだけで国際収支均衝をはかるには限度があり,第3章でみたように輸出構造,輸入構造の大幅な転換を実現することが必要とされている。したがつて,国際収支の面からみても適度な成長率を維持することによつて,輸出圧力の軽減,輸入の増加,さらには輸出入構造の転換をはかることが望ましい。

このようにみてくると,高い成長率を維持すること自体は政策の目標ではないが,成長パターンの変化にともない,かりに大幅な成長率低下がもたらされる場合には,経済的社会的な摩擦も少なくないことがわかる。

こうした諸条件のもとで,実際の成長率は政府支出の動向,資源配分変化への適応速度,物価上昇の程度や国民の反成長意識の帰趨などによつて影響されるとみられ,その意味では国民の選択によつて決まる面が大きいといえよう。

各種の世論調査によると,成長にともなうマイナス面についての認識が広まつており,物価安定や公害防止のためには成長を犠牲にすることはいとわないと考えている人も多い。しかし,一方において,所得増大への意欲もいぜんとして根強いだけに,福祉向上に直結する成長こそ国民の希望するものであり,成長パターンの転換がそれにこたえる道であるといえよう。

(産業構造変化への適応)

成長パターンの転換は,需要構造の変化を通じて産業構造にも影響を与え,企業や金融機関の行動をも変化させるであろう。

いま需要構造と産業構造の関連をみると,40年代前半のように設備投資と輸出に傾斜した需要構造であれば重化学工業のウエイトが高まり,個人部門,政府部門の支出割合が高い30年代後半のパターンでは,そのかわりに建設サービスなどのウエイトが高まることになる( 第5-13表 )。こうした需要構造変化への企業の対応は,経営多角化への努力となつてあらわれている。日本生産性本部の調査によつて多角化の動きをみると,不動産,レジャー部門への進出がとくに活発であり,いわゆる脱工業化の動きがみられる( 第5-14図 )。さらに第3章でみた資本輸出の動きも,国際化によつて産業構造変化への対応をはかろうとするものといえよう。

第5-15表 業種別1件当たり貸出残高と伸び(全国銀行)

もちろん,今後円切上げの効果が浸透するなかで,国際化の進展や労働力不足の影響が加わり,業種によつてはきびしい産業調整の圧力にさらされるものも生じよう。この場合,とくに中小企業の転換能力が大きな問題となろうが,個人消費支出や政府支出のウエイトが高かつた30年代後半には,製造業についても中小企業の成長が大企業より相対的に高かつた。このような経験からみれば,適切な需要拡大政策がとられるかぎり今後も中小企業の活躍分野は,投資・輸出型の成長期に比べ相対的に拡大されよう。

また,これまでの成長期において比較的順調な発展を続けてきた金融機関も,需要構造の変化によつてその行動の転換をせまられることになろう。資金需要の増勢が全体として鈍化するなかで,非製造業や中小企業向け貸出の比重が高まれば,貸出の小口化,長期化が進むことになる( 第5-15表 )。これにともない資金コストは大幅に増加することが予想され,これに対処する合理化が今後の経営課題となろう。なお今後住宅金融や消費者金融など個人向け貸出の増加が予想されるが,こうした面への資金配分が合理化努力等の結果,低利かつ豊富に行なわれることによつて,福祉充実を金融面から支持することが期待される。

(社会的・環境的条件変化への適応)

成長パターンの転換は,日本経済の成長にともなう国民の欲求の変化に対応するものである。近年国民の意識は急速に変化し,自然環境の維持,公害の防除,消費者保護の徹底,労働時間の短縮などの要請が高まつている。ここでは,このような社会的,環境的条件の変化への適応についてみよう。

まず公害防止についてみると,高度成長の過程でこれまで無料と考えられてきた空気や水などの自然資源が,国民共通の資産として意識されなけばならなくなつた。公害現象は,多かれ少なかれ先進諸国に共通にみられる。しかし,わが国においては成長率が高く,都市集中や資源多消費型産業の成長も急速であつた。このため環境破壊は,短期間のうちに集中的に表面化し,行政面からの対応もこれに十分追いつけなかつたため,公害の深刻化を招いたといえる。このことは,国民に対し成長政策が福祉を無視した生産拡大第一主義であるという印象を与え,反成長意識を強める一因ともなつたことは否定できない。

第5-16図 わが国の産業構造と廃棄物発生量

いま生産活動にともなう汚染因子発生量を西ドイツと比較してみると,需要構造の違いよりも生産構造の差によつて1割程度汚染因子の発生量が多いという計算結果がえられる( 第5-16図 )。このことは公害防止のためには各種汚染源に対する規制を強めるとともに,産業構造を省資源型,知識集約型へと変化させなければならないことを示唆するものである。

公害防止には公害防止施設によることも重要であり,最近ではそのための投資は民間設備投資の約6%と先進諸国なみの比率に高まつているが,公害防止施設はなお十分とはいえない。このためにも,新しい公害防止技術を積極的に開発していくことが緊急の課題となつている。

さらに都市集中にともなう各種の公害に対しても,規制の強化や下水道,ゴミ処理施設等の社会資本整備を進める一方,都市集中のメカニズムそのものに改革が加えられなければならない。

このように公害を防止するには,政府が積極的に人間環境を維持改善するという基本方針を堅持する必要があり,企業や個人においても法律に違反しないとか外圧をさけるといつた公害防止における受身の態度が改められなければならない。

次に労働時間短縮の問題を考えてみよう。その中心は週休2日制の実施であるが,わが国では週休2日制を実施している事業所は全体の15.0%,従業員数にして24.0%にとどまり,しかも完全週休2日制はさらに少ない( 第5-17図 )。これまでの週休2日制の導入過程をみると,若年,女子労働力の比率の高い企業でもつとも広く実施されており,若年労働者の定着をはかるという意識が強く働いていた。

しかしながら,労働時間短縮は労働生産性の上昇をより豊かな人間生活のために活用することが本来の目標でなければならない。巨大な組織や機械化された生産工程のなかで失なわれてきた人間性の回復,職場からの解放,コミュニティ・ライフの建設という国民の要求に対応するものとして,週休2日制の推進をはじめとする労働時間の短縮を位置づける必要があろう。

公害防除と労働時間短縮についての例は,国民の欲求の変化などいわば経済外的条件の変化に政府,企業の対応が遅れがちであつたことを示すものであろう。

(転換能力への試練)

これまで日本経済は高い転換能力を示してきたといわれる。しかし,これは主として市場の圧力に敏速に反応したことを意味しており,非市場的な刺激についての転換能力はまだ試されていない。むしろ輸出構造の多様化がすすむ一方で輸入自由化が遅れ,原材料中心の輸入構造はなかなか改まらなかつたこと,産業基盤投資が進むかたわら公害規制は立遅れたことなど,制度慣行の変更をともなう場合,転換能力は,これまで十分高かつたとはいえない面がある。

さらに,政策面から必要な市場条件の手直しが遅れた場合,わが国の企業が市場条件の変化にきわめて敏速に適応することがかえつて問題を深刻化させることになつた。

しかし,国民意識の大きな変化のなかで成長パターンを切替えていくには,今後は経済的条件のみならず経済外的条件の変化に対し,先取り的な対応によつて転換を進めていく必要があり,そのためには公共的介入のルールを確立することが重要である。それによつて転換局面を円滑に乗切り,福祉向上への資源配分を定着させ,福祉社会に対応した経済を創りあげなければならない。