昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第4章 福祉充実と公共部門の役割

2. 生活環境の改善と国土利用

高度成長は同時に人口の都市集中をともなつてきた。したがつて都市の混雑現象とそれによる生活機能の低下は成長と福祉の乖離を端的にあらわすものとみられる。そこで,まず,大都市における生活環境の悪化とそれをうみ出したメカニズムについて考えよう。

(1) 巨大都市の混雑と生活環境

わが国の大都市は過密といわれているが,その点を東京都の土地利用バランスによつてみると, 第4-2図 のとおりである。現在,東京都には1,137万人の都民が3.1億平方メートルの住宅用土地に延べ1.8億平方メートルの住宅を建てて住み,0.1億平方メートルの公園,1.0億平方メートルの道路を利用し,0.3億平方メートルの工場,1.2億平方メートルの市街化区域内農地,0.7億平方メートルの事務所などで働いている。この土地利用のもとでの生活環境には改善の必要が大きく,周辺3県下の市町村を含めた都市圏についてみても,同様である。そのことは,次の点を検討すれば明らかである。

第1は,住宅が狭小なことである。ここではかりに食寝分離と分離就寝が可能な住宅を最低の基準(「5.0+2.5×世帯人員」畳)としてみると,全国でも約3割の住宅がこの基準を満たしていないが,東京都ではさらにその比率が5割にも達している( 第4-3図 )。かりに,東京都民に居間と1人1室(6畳)の広さの基準を満たすとすれば,必要な住宅スペースはいまの1.8億平方メートルではなく3億平方メートルになり,現在の建ぺい率を前提とすると居住用地は現状の3.1億平方メートルから5億平方メートルにも達する計算となる。

第2は,公園の狭さである。わが国の都市公園面積は,都市人口1人当たり2.8平方メートル,東京都や大阪府では1平方メートル台にすぎない。これは,ロンドン(23平方メートル),ニューヨーク(19平方メートル)などに比べてあまりにも狭く,自然の享受や防災などの面からその拡大が強く要請されている。都市計画中央審議会の答申では,昭和60年までに1人当たり9平方メートルの都市公園面積を確保することを目標としてかかげているが,これを東京都にあてはめると0.9億平方メートルの土地を都市公園のために見出さなければならないことになる。

第3は,道路の混雑である。たとえば,東京都内平日の信号3回待ち以上の交通渋滞による損失時間(推計)は,40年に1日当たり6万時間,46年には同じく21万時間へと増加している。こうしたなかで,バスの走行速度やトラックの集配効率,ゴミの収集効率の低下が著しいなど多くの面に被害を拡大しつつある。

第4は,こうした都区部の過密に押し出されるかたちで多摩地区や埼玉,神奈川,千葉などからの遠距離通勤者数が急激な増加を示していることである( 第4-4表 )。首都圏における東京都区部への通勤・通学者は45年国勢調査によれば約180万人で40年より36%増となつており,こうした傾向は大阪,名古屋地区でも同様である。その結果,郊外からの通勤手段である鉄道が相当の輸送力増強を行なつたにもかかわらず,その混雑はいぜん激しく,通勤者には大きな負担となつている。

第5に都市公害の深刻化である。都市部では大気の汚染,水質の汚濁はもとより,最近では,光化学スモッグ,廃棄物の増大など多様な公害現象が広域的にみられるようになり,騒音,振動,悪臭等の公害に対する苦情も増加している( 第4-5図 )。

東京に代表される巨大都市の混雑現象をもたらした原因については,これまでも多くの問題点が指摘されてきたが,都市集中メカニズムの働きにより都市機能の集積が進む一方,あまりに都市の規模が大きくなつた結果,混雑現象の激化をもたらすこととなつたことが基本的な問題である。大都市住民の生活にとつて,もつとも深刻な住宅問題,土地問題についても都市集中のメカニズムときりはなして考えることはできない。

都市集中メカニズムそれ自体はこれまで都市の経済的な発展の原動力となつてきたことは確かである。しかし,それによつて都市の膨脹が進み,混雑現象や費用の逓増が生じる段階に入ると都市問題は現在の市場メカニズムでは解決できないことになりかねない。そしてその問題は決して東京・大阪という巨大都市にのみ特有なものではなく,程度の差こそあれすべての都市に共通するものである。全国的に都市化が進み,全国ネットワークを通じて国民生活が相互に関連を深めつつある現状において,巨大都市のもつ矛盾を分析しその対策を明らかにすることは,東京の失敗を全国的に再現しないためにも重要な意味をもつものである。

(2) 都市集中のメカニズムとその問題点

(都市集中メカニズム)

経済機能の都市集中はいわゆる集積の利益を追求する過程で生じるものである。都市機能の集積にともない,人口も都市における就業機会の増加,所得水準の高さ,生活の利便,快適さを求めて集中する。そして人口の集中がまた新たな都市機能をつけ加えるという循環が続いてきた。なかでも企業の都市集中は,こうした都市機能拡大の中心をなしているが,この点について東証上場会社へのアンケートを行なつた結果をみると次のような特徴がみとめられる。すなわち,回答会社の過去7年間の従業員増加は18%であるが,うち東京で管理・事務部門に従事するものは28%もふえ,東京での事務所スペースも38%と大幅な増加を示している( 第4-6表 )。また東京に管理部門をおく理由としては,情報密度の高さ,接触の利益,大量需要の存在をあげるものが多い( 第4-7図 )。今後の企業活動においても,こうした利益はますます高く評価されよろとしている。その一端は,前述のアンケート調査によれば,今後管理部門を拡充する計画をもつ企業(回答会社の25%)のうち55.7%が困難があつてもいぜん東京地区での拡充を意図しており,また東京周辺の未利用地の面積が約4百万平方メートルに及んでいることなどに示されている。

こうした都市集中のメカニズムも無限に集中を繰返す方向にだけ作用するのではなく,自ら集中を抑制する方向に働く機能をあわせもつている。それは都市集中が地価上昇をうみ,他方では混雑による輸送その他のコストの増大,公害をはじめとする環境悪化を招くことになるからである。都市外ヘ転出する工場がふえていることなどは,公害・立地規制のほかこうしたメカニズムの作用によるところも大きいと考えられる。

しかし,都心部への通勤通学者はさきにもみたように大幅な増加を示しており,管理・事務・サービス部門を中心とする集中傾向にはいぜん根強いものがある。このことはこれらの企業にとつて,東京のもつ集積の利益は現在の高い地価,高いコストを上回るものであり,都市における各種の混雑現象や地価上昇だけでは,都市機能の分散が急速に進むとは限らないことを示している。

しかも,都市集中の結果としての公害,混雑現象等の外部不経済は放置され,都市生活者の大きな負担となるほか,過度の集中は社会資本の費用逓増や土地利用の混乱を招くなど,都市問題を深刻化させている。以下では,こうした点についてやや詳しくみていこう。

(都市生活者の負担)

東京圏など大都市圏に集中する勤労者は,次のような負担を余儀なくされている。第1は,都市における物価高である。大都市の物価水準は小都市,町村に比べ1割以上も高く,この結果大都市の所得水準は名目的には高いが実質的には小都市,町村とほぼ変わらない。第2は,住居取得が困難なことであり,これは土地価格の上昇によるところが大きい。とくに人口増加の著しい周辺地区での地価上昇には都心部以上に急激なものがあり,さらにそうした地区では公共施設の不足も著しい。そして第3に,すでにみたような通勤難や環境悪化など金銭という形では支払われない負担の増大があげられる。

都市にはショッピング,リクリエーション,各種文化施設,医療施設の利用等について地方より便利な点があり,こうした生活利便の偏在は是正されなければならないが,一方では職場との結びつきがある者には都市圏の生活環境が悪化しても,そこからの脱出は容易でなく,以上の負担を甘受せざるをえない立場におかれやすい。

以上のことは,集積の利益が私的利益に還元される一方で,その費用の多くは外部不経済として社会一般に転嫁されていることを示している。生活環境を改善し,都市生活者の負担を除去していくためには,集積の利益を享受するものが集積にともなう外部不経済の費用を負担する必要があり,各種の混雑費用について,その原因を生じさせているものの私的費用に転化させ,開発利益のような社会的利益を広く社会に還元していかなければならない。

(社会資本投資の費用逓増とその負担)

都市の混雑現象を除去するためには社会資本投資の拡大が必要であるが,まさに都市集中や混雑などのゆえに費用が逓増し,投資拡大のさまたげになる傾向がある。

第1に,社会資本建設についての費用逓増をもたらすもののなかで,もつとも顕著なのは土地取得費の増加であろう。都市の地価水準は地方より高いばかりでなく,上地利用密度が高いため,補償物件も多い。東京都についてみると,街路,道路整備事業のため,市郡部では1平方メートル当たり1.7万円の土地取得費をかけているのに対し,区部ではそれが12万円にも及んでいる。また建設省所管の公共事業全体についてみると,1平方メートルにつき関東で9千円,近畿では8千円の土地取得費を要するが,これは全国平均の2倍前後の水準である。

第2に,都市の混雑そのものの結果,建設費が割高になる例がある。人口や経済活動の集中している都市では工事を夜間に行なわなければならない場合が多いが,夜間工事費は昼間の4割増しになつている。また,地下鉄工事についても東京の例では35年当時1キロメートル当たり約20~40億円であつた工事費が地下深くでの工事が必要となり,振動,騒音防止のためのコスト増もあつて,最近では90億円近くになつている例もある。

第3は遠距離化の影響である。たとえば45年の東京都の給水原価は1立方メートル当たり45円であるが,これは10年前の2.7倍であり,水源を多摩川,江戸川から遠隔地の利根川(約75円)に移しつつあることによる面が大きい。また各種工事についての残土運搬費用も遠隔化によつて増大しており,東京都の下水道工事では,最近5年間に残土運搬距離が60%,そのコストが22%増大している。

このように都市集中の過程での社会資本投資については,技術的な要因で費用が逓増する傾向がみとめられるが,同時に都市の膨張が予想以上に進んだため投資が後手に回つたこともコストを高める要因となつた。

いま,東京の都心で就業するものが1,000人増加するとして,これにともなつて追加的に必要となる社会資本の建設コストを住宅など主要なものについて試算してみると,約34億円になる( 第4-8表 )。これらの費用は,租税,公共料金,受益者負担や開発利益の吸収などの形で,国民一般,地域住民,新規参入者等の間で負担されることになる。こうした分担の一例を大規模住宅団地開発にともなう生活環境整備(住宅そのものを除き,上下水道,道路,学校等を含む)について試算してみると,一世帯当たり約140万円の費用を,入居者が70万円,国が20万円,地方公共団体が50万円の割合で分担していることになる( 第4-9表 )。大都市周辺の人口急増都市ではこうした公共施設整備のために財政がひつ迫する場合が多く,このため住宅公団等の進出を拒否するものもみられる。

このように都市の社会資本の費用は逓増傾向にあるが,生活環境を改善していくためには技術開発を進めるとともに,社会資本投資をそれ以上に増大させていかなければならない。そのためにも,費用の合理的な負担のあり方が確立される必要がある。

(地価上昇と開発利益の吸収)

外部不経済を放置した都市集中は,限られた土地に対する著しい超過需要をもたらし,こうしたなかで地価の高騰が続いてきた。

いま,39年から44年の6年間について,全国の宅地の時価総額の増加を推計してみると, 第4-10表 の通りである。宅地の時価増加額は年平均約7兆円にも及び,その77%が三大都市圏に集中していたとみられる。また三大都市圏では,39年の時価総額に対する時価増加額の比率も高い。

一方,三大都市圏の農地について,転用にともなう売却差額を推計してみると,その額は39~44年の6年間に累計2.4兆円,年平均4千億円にのぼつている( 第4-11表 )。

いうまでもなく,地価上昇自体を否定することは価格のもつ資源配分機能を否定するものであり合理的な土地利用をゆがめる危険が大きいが,このように巨額のキャピタル・ゲインをもたらしている地価の高騰は,所得分配,資源配分の面から大きな問題である。

その第1は,上記のようなキャピタル・ゲインが所得分配の不公正を招くことである。

第2には,こうしたキャピタル・ゲインには,もともと値上がり差益の享受を目的とした投機的な土地保有によるものがあり,それは土地の低度利用を通じて地価の悪循環的上昇をもたらすことである。この点については持越費用が割安であることの影響もある。

そして第3には,地価上昇がさきにみたように住宅等社会資本の整備・拡充の大きな阻害要因となつていることである。とくに社会資本の外部経済効果によつて土地の利用価値が増しているにもかかわらず,それが開発主体の利益に反映されていない。そのため本来必要とされる規模にまで社会資本投資が行なわれない可能性がある。開発利益の多くの部分は地価に体化され,土地のキャピタル・ゲインとなつて私的に帰属する面が強いが,この面からも土地所有者に対して都市規模の拡大や便益の増大にともなう費用の分担を求めることが検討されるべきである。また開発の利益と費用を総合的にバランスさせることのできるよう社会資本建設,宅地開発等のあり方を検討する必要がある。

(集中メカニズムへの対処)

経済機能の都市集中は,集積の利益が大きくかつ増大傾向にある以上,必然的傾向といえる。ただそれが都市の生活機能を著しく低下させたことについては,集中の便益を受ける者が集中にともなう費用を合理的に負担していなかつたこと,地価上昇が土地利用の高度化を十分進めなかつたことなど,集中メカニズムそのものに是正されるべき点があつたことは否定できない。これに対処するには,合理的な土地利用計画を前提としつつ,過度の混雑を緩和するよう租税,料金制度を活用するといういわゆる「混雑税」の考え方を導入する一方,開発利益の吸収,土地保有税の適正化,法人の土地所有等に対する課税強化など,これまでの集中メカニズムの限界を補正する手段について検討を進める必要があろう。これらの手段は,①生活環境改善の財源確保,②都市集中テンポの適正化に役立ち,その負担を通じる競争によつて,③都市機能の純化,土地利用の高度化にも寄与するものと考えられ,それは都市の住宅難,土地問題,混雑現象などを緩和するための基礎条件である。しかし大都市における生活環境の改善を迅速かつ効率的に進めていくためには,これらの措置にくわえて生活関連社会資本の拡充をはかつていくとともに,積極的に都市機能の分散を推進していくことも緊要な課題となつている。

(3) 都市機能の分散と全国的土地利用

(巨大都市の機能分散)

都市の発展は人口や経済活動に対する土地や空間の制約を制度の改革,技術の発展,資本の投下によつて突破することの繰返しであつた。このダイナミックな過程は今後も続くに違いない。

今後の巨大都市問題の解決の方向としては通勤新幹線,ニュータウンの建設,開発利益の再投資による都心部の再開発等が考えられる。しかし,このような巨大都市圏内部における問題の解決だけでなく,さらには首都機能の分散,地方中核都市の育成等調和のとれた全国的土地利用をはかつていかなければならない。こうした国土利用のバランスをはかるについては以下のような条件を検討する必要があろう。

その第1は,費用と効率の問題である。すでにみたように人口流入をそのままにして都市再開発を行なうとき費用の逓増は著しく,生活環境の維持改善のためには巨大な社会資本の投資が必要となる。

また住宅問題,地価問題を考えても,地方都市の地価は東京に比べて低く,賃金と比較した場合その差はいつそう明らかである。

さらに都市公害についても汚染源の排出規制を同じくした場合,巨大都市の汚染が大きくなることは明白で,同一の環境基準を維持するためには,巨大都市ではそれだけ規制をきびしくする必要があり,このためのコストは飛躍的に増加する。

第2は,物理的制約である。東京都区部については住宅,公園を適正に確保するとすれば,農地・工場用地をすべて転用しても,土地不足を免れないものと試算され(前掲 第4-2図 ),そのほか,今後も人口や経済機能が巨大都市に集中すれば,安全性や水の確保,廃棄物処理など多くの問題があることもしばしば指摘されている。管理機能面に純化すれば都市問題はかなりかたづくとの意見もかつては有力であつたが,少なくとも東京やその周辺都市については,土地利用の面からの物理的限界を真剣に検討する段階に立ちいたつている。これに対して地方中核都市については,土地利用の面からはまだ余裕があるとみられる。名古屋と仙台両都市圏について,東京圏と同じように土地利用バランスを推計してみると 第4-12図 のようになる。仙台都市圏については,60年までの人口増加を見込んでも,他の都市圏に比べて,土地利用の面からは余裕があることがうかがわれる。

第3は,最近における地方中核都市の成長に示されるように,中核都市に都市機能の集中がみられることである。45年の国勢調査結果により,3大都市圏内外別,市町村規模別の人口の動きをみると,次の4点が特徴的である。①3大都市(東京都区部,大阪市,名古屋市)の人口は減少または増勢鈍化している。②3大都市圏内では5~20万人の都市の人口が増加している。

第4-13表 人工規模別市町村の都市圏別人口構成の推移

③3大都市圏外では人口50万人以上の都市の成長が著しい。④5万人未満の市町村の人口減少が続いていることである( 第4-13表 )。この4つの特徴は巨大都市の人口飽和,衛星都市の成長,地方中核都市の成長,過疎化の進行をそれぞれ物語るものであろう。さらに,労働力の移動を代表する新規学卒者の動きをみると,巨大都市圏への集中傾向は弱まつており,中核都市を中心に新しい集積が進み出していることが推察される( 第4-14図 )。

以上のように考えると,都市問題解決のためには,人口の過度集中を抑制するメカニズムを導入し,その利用を通じて生活環境の改善をはかるとともに全国的な土地利用と社会資本整備という観点から,都市機能の分散を積極的に推進する政策を併行的に進めなければならない。もちろん,こうした都市機能の分散が都市公害の分散につながるようなことがあつてはならない。

明治以来,政策的にも行政はもとより,文化,教育にいたるまで首都中心に機能を集中させようとしてきた面が少なくないが,今後は民間事業所のみでなく,官庁・大学・研究施設等についても移転を進め,機能分散をはかつていく必要があろう。

東証上場会社を対象に行なつた前述のアンケート調査によれば,中央官庁や金融機関が東京から移転しても問題はないとするもの,および交通通信施設が整備されれば問題は少ないとする回答をあわせると全回答の54%に達している( 第4-15図 )。

都市機能の分散を円滑に進めるためには全国的な生活環境改善を進めることが第一であるが,交通通信の全国ネットワークを通じて工業再配置,農業基地,リクリエーション基地の建設など地域の特性に応じた国土利用の再編成を進めることも重要である。

(交通通信ネットワークの整備)

衛星都市,地方中核都市に都市機能を分散し,産業の地域再編成と広域生活圏によつて,過密問題と過疎問題を緩和するテコの役割を果たすものとして交通通信ネットワークの整備が重要である。こうした観点からこれまで建設された全国交通ネットワークの一環としての東海道新幹線と東名・名神高速道路が,どのような役割を果たしたかを検討してみよう。

東海道新幹線は,わが国最初の都市間高速鉄道として,39年10月に開通した。その利用客の内容をみると,職業別には会社員,公務員などが多い旅行目的や交通費の負担状況からもビジネス交通としての性格をもつていることがわかる。また距離区間別の旅客数をみると,100km以下の短距離利用客の増加が著しく,従来は通過交通が主体であつた中間諸都市において,工業商業面での新しい機能の成長にともない,都市間交通が活発になつていることを示している( 第4-16図 )。

一方,東名・名神高速道路は,インターチェンジの数も多く,地域に与えた影響はより直接的であつたとみられる。インターチェンジ周辺地域における人口,工業出荷額の動きをみると,東京,大阪,名古屋から遠ざかるにつれて人口増加率は低くなる一方,工業出荷額は中間地域において高くなつており,各インターチェンジ周辺に内陸型工業がまず進出していることを示している( 第4-17図 )。

このように,新幹線,高速道路等の全国交通ネットワークは都市間の流動を活発化させ,工業を中心とした経済活動の分散をうながす等,開発可能性を全国に広げる効果をもつものと思われ,その積極的な活用が必要となつている。

しかし,こうした基幹的なプロジェクトだけでは,地域の実態に即した開発は進められない。過疎問題等の解決をはかるには,地方中核都市を中心とした広域生活圏の整備等のため,よりきめの細かいネットワークの整備が必要であり,また各地域住民の欲求に基づいた自主的な開発の方法が考えられなければならない。

(地方自治と福祉)

生活環境改善に対する住民の強い要望は全国的に広がつている。しかし,それぞれの地域の特性によつて住民の欲求には著しい相違がある。過密に悩む大都市においては,住宅,学校,公園,自然などの要求が強く,過疎地域においては道路,病院などの整備を望む声が大きい。さらに都市の内部,過疎地帯の内部においても,住民の欲求は相違するであろう。

都市圏においては都心部における就業者の増加が周辺市町村における住宅,公共施設の需要増となつてはねかえり,こうした生活圏の広域化に対して,その対応策は必ずしも円滑でないため,種々の摩擦と福祉阻害要因をもたらしている。一方,過疎地域においては医療施設や文化施設等についてその需要規模が小さいことなどからその改善が遅れるという問題があり,こうした側面ではきめの細かい交通通信ネットワークの整備を通じて積極的に広域生活圏の形成をはかつていく必要がある。

こうした市町村の行政区域を越えた生活圏の拡大やその必要性に即して,効率的に行政サービスの提供がなされるよう都市間の行政協力などについて検討がなされなければならない。

(調和のとれた国土改造)

国民の生活環境改善は国土利用をより調和のとれたものにしていくなかで実現されなければならない。とくに巨大都市に対するこれ以上の集中は種々の点で困難に直面している現状を考えると,今後は地方中核都市などを中心として各地域が多様でしかも相互に均衡のとれた発展をとげることが必要である。そのためには社会的便益と費用の対応が欠けていたことなど,これまでの都市集中のメカニズムの欠点を是正するとともに,その上で国と地方公共団体,個人と企業がそれぞれの役割を果たしていかなければならない。

国の役割は,望ましい環境の確保や生活関連社会資本整備等についての基準を確立し整備する一方,交通通信ネットワークなどにより開発可能性を全国に広げるよう基礎的プロジェクトを推進することが基本である。

これに対して各地域社会は,自らの理想に従つて将来を選択し,それに応じて施設の充実と規制の実施を進める最大限の自主性を保証されるべきである。こうした基盤の上で,個人の地域社会への参加と企業の立地選択を通じて,生活環境と経済機能の調和が確保されていくものと期待される。

それはまた外部経済の創出と外部不経済の除去を進め,国,地方の各段階における「計画」と企業間の「競争」とをたくみに統合両立させていく努力を意味している。