昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第3章 変動する世界経済と日本

1. 通貨調整後の国際経済情勢

(1) 国際通貨情勢と世界貿易の動向

1971年末の多国間通貨調整実現後の国際経済情勢をみると,通貨情勢が一時的な小康のあと,再び流動的な事態を続けているなかで,世界景気は回復に向かつているが,新しい国際通貨体制が確立され,保護貿易への動きが阻止されるにはなお時日を要しよう。

(流動的な事態を続ける国際通貨情勢)

いま,72年に入つてから現在までの国際通貨情勢の推移をみると,3月ごろまでドル安傾向が目立つたあとしばらく小康状態にあつたが,6月23日のポンド変動相場制移行とその後の小波乱によつて,再び流動的な情勢を続けている。

通貨調整直後にはドルの還流が期待されたほどみられなかつたばかりでなく,1月なかばには早くもドル売り圧力が生じ,2月にはそれがいつそう強まつた。そのため為替市場においても,主要国通貨のほとんどが平価ないし基準レートを上回る状態が続いた( 第3-1図 )。

このような1月央から3月上旬にかけての為替市場の動揺は,次のような要因によるものと思われる。

第1は,米欧間の短期金利の格差が大きく,短期資本の面でドル流出傾向が続いたことである。アメリカの短期金利は,71年夏をピークにして低下したが,とくに12月以降の通貨当局の積極的な金融緩和政策の推進もあつて,下げ足を速めた。これに対してヨーロッパ諸国では,全般的に景気停滞下にありながらも,物価に与える影響を懸念して,金利低下のテンポは相対的に鈍かつた。

第2は,アメリカの国際収支改善の見通し難である。アメリカの基礎的収支は,71年10~12月に貿易収支の赤字を中心に18億ドルの赤字を計上したが,72年1~3月にも貿易収支は季節調整値で17億ドルの記録的赤字となつた。通貨調整の効果はいまだアメリカの輸出入に量的な変化をもたらさず,逆に輸入価格の上昇等を通じて貿易収支悪化要因として作用している。このため,外国人による対米証券投資がひきつづき高水準にあつたにもかかわらず,72年1~3月の基礎的収支は32億ドルの赤字となつた。

このような要因を背景として,為替市場は3月上旬まで動揺を示したが,3月央以降はしばらく落ちついた動きを続けた。これは,①アメリカの短期金利反騰とヨーロッパ諸国の相次ぐ金利引下げにより金利格差が縮小したこと,②ヨーロッパ諸国が短資流入抑制措置を導入したり,これを強化したこと等によるものと思われる。こうしたなかでEC諸国は,4月より域内通貨相互間の為替変動幅を2.25%(従来4.5%)に縮小した。

為替市場が安定をみせる一方,72年春ごろから金価格の上昇が目立ちはじめ,6月には1オンス60ドルをこえた。金価格の上昇は,工業用金需要の増加,産金国の国際収支好転などによる金供給の減少など実物需給のひつ迫によるところが大きく,これに投機的要因も加わつているとみられるが,為替相場には大きな影響を与えていなかつた。

第3-2図 世界貿易(工業品輸出)の推移 (前年同期比)

しかし,イギリスの貿易収支が年初来5ヵ月続けて赤字となつたこと等から,大量のポンド売り圧力が生じ,イギリスは6月23日から26日まで為替市場を閉鎖し,市場再開後は変動相場制に移行した。

これにともない,EC諸国やわが国も為替市場の閉鎖を行ない,国際通貨情勢は再び波乱をみせたが,各国通貨当局の努力もあつて再開後の為替市場は小康状態を取り戻しつつある。

(世界貿易は鈍化から回復ヘ)

世界貿易の拡大テンポは71年末にかけてかなり鈍化した( 第3-2図 )。71年のドルベース輸入価格は,石油価格の引上げ,主要国通貨の変動相場制移行と多国間通貨調整等により大幅に上昇し,一次産品で6.5%,工業品で6.4%の上昇となつた。このため名目値の世界貿易の伸びはそれほど低下しなかつたが,OECD(経済協力開発機構)の推計によれば,加盟国の実質輸入は70年の8.7%増に対し71年には5.5~6.0%にとどまつている。このような世界貿易の鈍化は,ヨーロッパやわが国の景気停滞,国際通貨不安等によるものであつた。

1972年に入つてからの主要国の貿易をみると,通貨調整の結果,輸出価格(ドル)の上昇,輸入価格(自国通貨)の下落(アメリカは上昇)がしばらく続いたとみられるが,輸出入には顕著な変化はあらわれていない。逆に,多国間通貨調整の成立は,これまでの先行き不安感を除去するという方向に作用しており,ヨーロッパ諸国の輸出受注は71年末以降好転している。なかでも西ドイツの新規輸出受注は多国間通貨調整にともなつてマルクの実効切上げ率が変動相場制当時より縮小したこともあつて,72年に入り急増している( 第3-3図 )。

以上のように,世界貿易はアメリカ,ヨーロッパやわが国の景気回復にともない拡大していくものとみられるが,国際通貨情勢は流動的であり,それが世界貿易に与える影響も懸念される。

(2) 過渡期の国際通貨・貿易体制

1971年末のワシントンにおける各国の合意は,国際協調によつて多国間の為替相場体系を決定したが,これは史上初めての経験である。また,その機会にアメリカの輸入課徴金も撤廃された。

当面各国はワシントンで合意された体制を確立することに努力しなければならないが,そこでの合意は,国際通貨・貿易の混乱をしずめ,新たな国際通貨・貿易体制をつくり上げるまでの過渡期の体制をとりきめたものである。

元来,困際通貨体制が正常に機能するためには,①世界通貨への信認,②適性な流動性供給,③円滑な国際収支調整メカニズムの三つが必要である。ワシントンでの合意は,直接にはこの三原則のいずれをも満足させるものではなかつたが,今後長期的な通貨体制の改革のなかで検討を続けていくことになつた。信認の点についてみると,アメリカの国際収支の不調等から,ドルの信認はゆらいでおり,ドルと金との交換性は停止されたままであるが,それにもかかわらず国際通貨としてのドルへの依存は過渡的にもせよいつそう深まるという矛盾をかかえている。また,流動性供給については,現在すでに500億ドルにのぼるといわれる過剰ドルがあるうえ,アメリカの国際収支赤字が止まる目途はまだついていない。そしてその過剰ドルをいかに処理するか,またこれにかえて,SDR(IMF特別引出権)をどのような基準で創出し配分するか等について,問題は未解決のままにのこされている。SDRの役割増大という大きな方向については大方の同意がえられても,その具体化についての国際的合意達成は決して容易ではない。さらに,国際収支調整の問題については,今回の多国間通貨調整によつて全体としての不均衡は一応解消され,変動幅拡大によつて短期的ないし小幅の不均衡はある程度是正されうることとなつたが,世界的インフレ傾向が収まらず,各国の物価,所得,生産性動向に格差の大きい現状では,将来ふたたび基礎的不均衡を生じないという保証はない。

とくに現状では,アメリカはドルと金との交換に応ぜず,また他の国々が自国通貨を基準レートの上下それぞれ2.25%以内におさめるよう介入することとなつているのと非対称的に,ドルの為替相場安定のための介入はほとんど行なつていない。こうした中でアメリカの国際収支悪化とこれを通じる世界的なインフレの拡散への歯止めが欠けることとなつている。ただ今回の経験によつて為替レートは早期かつ弾力的に調整されるべきであるという認識は各国の間で深まつており,環境変化を無視した平価固定への執着は国際通貨安定の要請の前にしりぞけられなければならない。

6月23日のポンドの変動相場制移行は,今後も弾力的な為替調整がさけられないことを示した好例であつた。

このように現在の通貨体制はなお過渡的なものであり,それだけに今後の世界経済の前途はなお波乱に富んだものであることも十分認識しなければならない。

第3-4図 主要国の貿易収支(通関ベース,季節調整値)

いま通貨調整後の各国国際収支動向をみると,アメリカの国際収支の大幅赤字がなお続いており,これに対してヨーロッパ諸国の経常収支は,ほぼ均衡する方向に向かつている一方,わが国の国際収支は,円切上げ後も大幅黒字を続けている。たとえば,西ドイツはわが国とならんで貿易収支の大幅黒字が持続しているが( 第3-4図 ),外国人労働者の本国への送金が多いことなどから,経常収支ではほぼ均衡している。これに対して,わが国の場合には貿易収支だけでなく,経常収支でも大幅黒字となつている。

こうしたなかでアメリカでは,再び保護主義的圧力の高まりがみられる。すでにアメリカは輸入品に対するダンピング防止行政の運用を強化しているが,保護主義的傾向をもつとも鮮明にあらわしているのは,72年の海外貿易投資法案(通称バーク・ハートケ法案)である。そこでは輸入量の割当て,多国籍企業の活動規制等きわめて保護主義的な条項が内容として含まれている。

また,ECはイギリス等の加盟(73年1月予定)によつて拡大強化がすすもうとしている。6月23日のポンド変動相場制移行も,EC加盟にあたつてイギリスがポンドとEC諸国通貨との不均衡を是正しておこうとした性格が強い。

ECの強化がただちにブロック主義につながるものではないが,関税同盟は元来域外差別的性格をもつものであり,その拡大過程で域内自給能力を高めることによつて自己完結的な経済体質となり,域外との協調がおろそかになる危険がないとはいえない。これまでもECは,貿易面における域内比重を高めており,域内貿易の比率は1958年の34.0%から69年には50.4%に上昇している。

こうして二大経済単位が内向的な動きを示しているとき,自由通商の旗手として活躍すべきわが国がひとり国際収支の黒字を累積させていくことは,過渡期の混乱をさらに激しくすることになりかねない。保護主義がつよまり,あるいは再び国際通貨危機が本格化すれば,その存立の基盤を海外にあおぐ度合の大きいわが国は,きわめて大きな打撃を受けることともなろう。

72年初頭,アメリカとEC間,日本とアメリカ間で関税についての新らしい国際ラウンドを73年に開始する合意をみたが,わが国はその実施にあたつて積極的なイニシアティブをとるべきであろう。

第3-5図 アメリカのインフレと日米貿易収支の動向

もとより最近の通貨危機は,アメリカを中心とした世界インフレによつて加速されていたことは事実であり,アメリカのインフレがおさまらないかぎり今後も安定的な国際通貨体制の確立はのぞめない。日米貿易関係にかぎつてみても,アメリカの卸売物価がわが国の輸出物価の上昇を上回つて急速に上昇しだした時期にアメリカの輸入の急増が生じ,アメリカの貿易収支が悪化していることはそのことを物語つている( 第3-5図 )。

世界インフレの進行を阻み,国際経済情勢を安定させるためには,主要国間の経済政策の調整がまず必要となつている。一方,わが国も国際協調に立脚した新たな体制づくりに積極的にのり出さなければならない立場にある。それは自由貿易体制の堅持発展であり,合理的な為替調整メカニズムをもつ国際通貨制度の創設であろうが,それとともにわが国は,外貨資産の多角的活用をはかり,また,世界的観点に立つた国際分業を進めることによつて,過渡期の通貨・貿易体制の不安定を緩和することにつとめなければならない。


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