昭和47年

年次経済報告

新しい福祉社会の建設

昭和47年8月1日

経済企画庁


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第1章 昭和46年度経済の動向

2. 不況から回復への需要動向

以上にみたような昭和46年度経済動向の特徴は,いかにして生じたか。次にこれを需要動向に即して検討したい。

(1) 回復主導要因の相違

まず注目されるのは,不況が長びくなかで,そこからの回復をもたらす主要な需要要因が,従来の輸出と在庫投資から今回の公共投資へと大きく変化したことである。46年春から夏にかけての回復のきざしは,タイミングの点からいつても,また輸出の急伸や在庫投資の下げ止まりなどがその内容をなしていた点からいつても,従来の景気回復パターンを踏襲するものであつた。しかし国際通貨危機に遭遇したことはその後の回復要因を大きく変えることとなつた。47年に入つてからは輸出の増加は姿を消し,在庫投資の積極的積み増しもみられていない。

(輸出は急増から停滞ヘ)

これまでの経験では,不況期に輸出が著増し,これがきつかけとなつて在庫投資が下げ止まりから回復に転じ景気の急速な上昇が開始されることが多かつた。これに対して今回は,好況期中から輸出の増大が目立つていたが,不況期になると輸出圧力がさらに強まり,輸出は46年度前半(4~9月)には前期比で年率26%もの急増を示した。この間その鉱工業生産や出荷に与える影響も急速に増大している。このような輸出にたよる景気回復は,国内不均衡を対外不均衡にしわよせしようとするものであり,国際収支の黒字累積を招き,国際通貨危機へのわが国のかかわりを深めるものであつた。国際通貨情勢の急変は,不況からの脱出口をふさぐものとして,大きな衝撃を日本経済に与えることとなつたのである。

事実,8月以降,輸出需要は一転して伸び悩みとなつた。いま輸出の動きをみると,ドルベースでは輸出の増勢が続いているが,円ベースではかなりの低下,数量べース(推計)では頭打ちとなつている( 第1-7図 )。こうした乖離は,円相場が上昇するなかで輸出量確保のため円ベースの輸出価格が引下げられるという複雑な動きが合成された結果である。このため,国際収支や外貨準備面では,ドルベースの輸出額の伸びを反映して黒字累積傾向が続いた。

一方,これとは対照的に生産活動や企業収益など国内景気面には,数量ベースや円ベースでの輸出の停滞が大きな影響を及ぼすこととなつた。

もつとも,円切上げの輸出への直接の影響は当初一部で懸念されたほど深刻なものではなかつたともいえる。円切上げがそれほど深刻な影響を直ちには及ぼさなかつたため,ある種の安堵感が生じ,これが47年に入つてからの景気回復にとつての一背景をなすにいたつている。しかし,輸出の停滞は今後になお尾をひく面をのこしており,また,国際通貨不安の底流も続いている。

輸出の停滞が,これまで景気の回復を妨げるまでにいたらなかつたとしても従来は,それが景気立直りを促進した場合が多かつたのと比べ,そこに回復条件の大きな相違をみとめてよいと考えられる。

(ゆるやかな在庫回復)

在庫投資の減少は,45年夏以来の景気後退の主因となつた。国民所得統計では,45年4~6月には3兆9千億円の在庫投資が行なわれていたのに対し,46年4~6月のそれは1兆4千億円にまで低下している。それ以後,在庫投資はこの線でほぼ横ばいに推移した。これが46年春から夏にかけての景気の下げ止まりの一要因であつたことはすでにみたとおりである。従来の景気回復期にあつては,在庫投資の減少がとまると,直ちにそれが反転増加して,引続き回復の主因となる場合も多かつた( 第1-8図 )。これに対して46年度中の在庫投資は46年春に下げ止まつたあと,3四半期にわたつてほぼ横ばいに推移したのである。こうした変化はいかにして生じたものであろうか。

従来の景気回復期に急速な在庫投資の増大が生じたのには,ひとつにはそれに先立つ期間に金融引締めによる極端な在庫圧縮があり,そのため正常な在庫水準への回復をはかるだけでも在庫投資としてはかなりの急増になつたという事情がある。これに比べて今回は,金融の大幅緩和もあつて,景気の底における在庫投資の水準はこれまでより高い。また回復期の在庫投資の中心をなすのは流通在庫投資や原材料在庫投資であつたが,国産製品原材料についてみると,在庫率の変動は最近は以前に比べかなり小幅化している。これらのことは,急速な在庫回復の必要を少なくするものであり,また,在庫回復の生産活動への影響を相対的に小さくするものである。

次に,輸出が景気回復を先導する地位にないことの影響が考えられる。輸出は鉱工業生産活動への波及度が高く,輸出の増加に先導された景気回復期には,原材料,仕掛品を中じに在庫の積極的積み増しが生じやすい。しかるに今回は年度後半において輸出が頭打ちとなり,国際通貨不安の底流もあるため,在庫投資の減少が止まつたのちも,その積極的な増加は直ちには生じなかつた。

一方,今回の景気回復を支えている公共投資はそれなりに在庫投資を増加させているが,輸出に比べ生産活動への波及がやや少なく業種的にもかたよりがあることから,一般的な在庫投資の積み増し要因としては力強さに欠けているといえる( 第1-9図 )。

在庫投資の動向を業種別にみても,実需の強まつた建設資材や独自な波動をえがいてきた耐久消費財では,47年に入るとすでに積み増しの気配がうかがわれるが,鉄鋼,化学など生産財部門では需給ギャップは大きく,在庫調整が多少進んでも在庫水準を積極的に引上げるところまではいたつていない( 第1-10図 )。

(2) 調整続く設備投資

設備投資が製造業を中心に調整過程にあることも,景気回復を遅らせ,またはこれをゆるやかにする要因といえる。

45年のなかばから鈍化しはじめた設備投資は,46年に入つていつそうの停滞を示した。とくに製造業での落込みが著しく,41年以来高い伸び率で増加し続けてきた鉄鋼,化学,機械等の主力産業の減少が目立つている。これに対して非製造業の設備投資は比較的堅調であり,47年に入つて中小企業の設備投資にも動意がみられた。

(ストック調整原理の作動)

設備投資が停滞したのは,それがストック調整局面におかれていることによるところが大きい。41年以来の旺盛な設備投資によつて資本ストックの伸び率はきわめて高いものとなつている。このため,設備投資の増加が止まつても資本ストックの伸びはなかなか鈍化しない反面,需要項目のひとつとしての設備投資の停滞は需要全体の伸びを低くし,そのことが設備投資をさらに後退させることになる。この縮小循環は,資本ストックの伸びが時間の経過によつてある程度低まるまで継続されることになりやすい。

このように設備投資がストック調整局面にある場合は,当初需給ギャップが拡大するが,今回の不況時における製造業の需給ギャップは40年不況当時ほどには開いていないとみられる。資本ストックの伸びは設備調整の最終段階にあつた40年不況時より高く,生産の落込みも当時に匹敵する大きさであるのに需給ギャップの幅が下回つているのは景気の山における需給ギャップが今回は40年当時に比べて小さかつたことによる面が大きい( 第1-11図 )。

(業種別需給ギャップの動向)

資本ストック調整原理の作動は需要構造の今後の変化とも関連して,非製造業よりも製造業において,そして製造業のなかでも40年代前半の大型投資の中心であつた重化学工業において,とくに投資意欲を冷却化させている。全体としての需給ギャップは40年不況ほど大きくないとみられるものの,化学,繊維などについては,これまでにない過剰能力をかかえている。化学や繊維は,これまでそれほど大きな需給ギャップの変動をみせてこなかつたが,それがここへきて需給ギャップの大幅悪化をみせたのは,化学にあつては大型投資の完成が集中する一方,不況の影響のほか公害問題もあつて需要が鈍り気味であるためであり,繊維にあつては輸出環境悪化がひびいているが,これに対して電気機械や輸送用機械では需給ギャップの拡大幅も40年不況当時ほど大きくはない。また,そのピークは,46年前半であつて最近になるとこれらの業種の需給ギャップは,急速に縮小する方向に向かつている( 第1-12図 )。

(堅調な非製造業設備投資)

製造業の設備投資が大きく落込むなかで,非製造業の設備投資は堅調に推移し,景気の下支え要因となつた。

44年の金融引締めのあと非製造業中小企業の設備投資は伸びが大きく鈍化し,46年度のはじめまでは停滞していたが,非製造業大企業の設備投資は,その間も一貫して高い伸びを続けた( 第1-13図 )。これは40年代前半の設備投資ブームのなかでも比較的設備拡張テンポが遅かつた電力,海運,私鉄などでは45年度頃から設備不足の解消がはかられ,また建設,不動産業も40年代前半の高い伸びのあと,公共投資やレジャー施設等の需要に支えられて堅調に推移したためである。46年の夏ごろからは非製造業中小企業の設備投資も伸びを高めたことはあとにみるとおりである。

もともと非製造業の設備投資は,製造業に比べてかなり安定的であり,過去の不況時にも設備投資全体の落込みを下支えしたが,今回はとくにその効果が大きかつた。これを業種別にみると37年不況時には主に卸・小売業が,また40年不況時には農業,運輸,通信,電力がそれぞれ設備投資の下支えに大きく貢献したのに対し,今回は電力,建設,不動産およびサービスでの設備投資が下支えの主役になつている( 第1-14図 )。

民間設備投資の半ばを占める非製造業の動向は景気回復局面での需要要因として重要な意味をもつ。各種機関による47年度設備投資計画調査によると,需要の伸び悩みや立地問題から電力の伸びがかなり鈍化し,海運,建設も46年度ほどの大幅増加は見込まれていない。

しかし,これら大企業業種での投資計画も鈍化するとはいえ,なお前年度比10%前後の伸びとなつており,サービスや小売業(百貨店以外)等中小企業業種での投資計画は総じて高い。公共投資やサービス消費が傾向的に高まり,当面金融緩和が続くなかで非製造業の設備投資は堅調に推移するものと考えられる。

(中小企業の設備投資に動意)

こうした業種別跛行性とならんで,中小企業の設備投資が大企業のそれと対照的な循環パターンを描いていることが注目される。

中小企業の設備投資は,大企業のそれに先んじて減少にむかい,金融緩和とともに,ふたたび大企業に先がけて回復する傾向がある。たとえば40年不況からの回復過程をみると,非製造業大企業が全体として底固い動きを示すなかで,非製造業中小企業,製造業中小企業の設備投資があいついで回復過程に入り,製造業大企業のそれが上向きに転じたのはもつとも遅れて41年半ばになつてからであつた。

このような経験は,ある程度最近にもくり返されようとしている。非製造業中小企業の設備投資は46年半ばからやや上向いており,国際経済情勢変化の影響を受けやすい製造業中小企業の設備投資も47年に入つてからは動意をみせはじめた。このことは各種の経営調査にもうかがわれるが,中小企業設備投資向けと思われる資本財の出荷が最近急増していることもその証左と考えられる( 第1-15図 )。

中小企業設備投資にいち早く動意があらわれたのはなぜだろうか。中小企業分野で近代化投資の余地がなお大きいことが基本的背景であることはいうまでもないが,これに加えて次の2点が指摘されなければならない。第1は,中小企業設備投資は大企業のそれに先立ち44年半ばからすでに伸びが鈍つており,今日ですでに2年前後の調整期間をへていることである。これだけ調整期間をへておれば,更新投資が集中するだけでも相当の需要になる。第2は,金融の緩和である。中小企業の投資はこれまでも金融情勢に左右されるところが大きかつた。もつとも,46年度は金融が緩和してから中小企業の設備投資に動意があらわれるまでの期間がこれまでの経験よりやや長かつたが,これは40年代前半を通じて中小企業金融が充実してきたため30年代におけるほど金融面での理由による未充足の投資需要が多くなかつたこと,国際経済情勢の急変などから企業の態度が慎重たらざるをえなかつたこと,などによるものであろろ。

(調整続く設備投資)

以上のように,設備投資は業種別規模別にかなりの跛行現象を示している。このことは不況期間においても設備投資が大きく落込まない背景であるが,当面の景気回復期においては設備投資の全面的な復活を阻むことになると考えられる。省力化や公害防止などのための投資需要は根強く,非製造業や中小企業に残された投資機会も大きいが,設備投資が全体として調整局面を脱するにはなお若干の時間を要しよう。

(3) 影響力ます住宅投資と耐久消費財支出

輸出や大型設備投資が伸び悩むなかで,住宅建設や耐久消費財支出の変動が景気循環に大きな影響力をもつようになつてきた。今回の不況から回復の過程では,住宅建設は景気全体の推移にほぼ一致して,また耐久消費財支出はこれにやや先行して,不振から回復への軌跡をえがき,景気動向に深い関連を示した。高度大衆消費社会では住宅建設や耐久消費財支出が景気変動の起動因のひとつとされるが,わが国でもそうした条件がしだいに整つてきているとみられ,ここにも新しい景気循環パターンへの移行のきざしがみられる。

(不振から回復への住宅建設)

46年度の住宅建設活動は建築着工統計による新設住宅戸数でみて,153万戸,前年度比2.8%の微増にとどまり,国民所得統計の民間住宅投資でも3.7%増(実質値)と低調であつた。しかし,年度内の推移をみると,前半が著しい不振を示したのに対し,後半はかなり急速な回復を示している。この傾向は民間資金住宅の着工についてとくに著しく,景気全体の動きに対応して住宅建設がこれほど明確な変動を示したことは,これまでにみられなかつた( 第1-16図 )。住宅建設がここへきて大幅な変動を表面化させるにいたつたのは,次のような理由によると考えられる。第1は,住宅需給が量的には緩和してきたことである。今日でも,大都市を中心に狭小過密あるいは遠距離など住宅事情は質的には深刻であるが,全国を一本でみると,住宅戸数は43年以降普通世帯数を上回るにいたつている。それだけに住宅需給のひつ迫度がやや弱まり,循環変動が顕在化しやすくなつたとみられる。第2に,土地価格の上昇から,とくに持家の増勢が鈍る気配をみせていることである。その結果,循環変動を示しやすい貸家や給与住宅の動きが,より表面化しやすくなつている。第3は,住宅金融の普及である。46年度における住宅新規貸付は延べ60万件1兆2千億円に達している。とくに分譲住宅は住宅金融の支えで比重を高めている。それだけに,金融情勢が住宅建設に与える影響力が増大している( 第1-17表 )。46年度においても,前半の不振から後半の回復に移るにあたつては,貸家や分譲住宅などの復調が中心となつており,金融緩和を背景に住宅向け貸付けが増加したことが大きな効果をあげたものと考えられる。

以上のように,住宅建設には経済情勢に応じて変動する性格が強まつてきているが,反面で住宅建設が経済動向に与える影響も大きくなつてきている。近年,住宅建設の需要が高まり,また工業化の進捗により非木造の比率が上昇していることから,窯業・土石をはじめ金属製品,一次金属や機械などの業種でも生産のうち住宅建設によつて誘発される部分の比率が大きくなつている( 第1-18表 )。また,住宅建設はこれにともなつて各種の耐久消費財の需要を誘発し,ひいては生活環境社会資本への需要を高めるなど,その波及効果は大きなものがある。

このように住宅建設のもつ意義はますます重要性を加えているが,政府の住宅政策の柱である公団住宅は,46年度では当初8万4千戸の計画が8万8千戸に補正されたにもかかわらず,当初予定を下回る8万3,600戸の実績にとどまつた。民間資金住宅が停滞していた年度前半には,それを補う役割を果たした公団住宅が用地難,日照権紛争や公共負担問題等から,その円滑な事業の展開を阻まれがちとなつており,今後にこれらの課題の解決を残している。

(景気に先行した耐久消費財支出)

耐久消費財支出は,45年度にはカラーテレビの二重価格問題,乗用車の公害規制問題をきつかけに不振を示し,景気後退のひとつの要因となつた。しかし46年の春には,カラーテレビの売行きが新機種の発売,消費者運動の終息から好転しはじめ,ついで乗用車の生産出荷も立直りを示した。さらにエア・コンディショナーの需要も盛上がり,これらが46年春から夏にかけて景気に回復がきざすひとつの背景となつたのである( 第1-19図 )。カラーテレビの売行きは秋から年末にかけて好調を続け,乗用車も自動車重量税賦課の影響を比較的短期間で吸収して伸長を示した。さらに,これらの主要二品目に加え,年度後半には洗濯機や冷蔵庫の新機種が買替え需要に適合して売行きを伸ばしており,46年末から47年初にかけての生産活動の回復を促進することとなつた。

第1-20図 消費者物価(除く季節商品),賃金,家計消費支出の動向 (前年同期比上昇率)

このように,耐久消費財支出の変動は,一時的要因の影響もあるが,今回はつねに景気全体の動きに先行し,局面推移のひとつのきつかけとなつてきたといえる。

(4) 停滞する都市家計と農家支出

都市と農家の家計は概して停滞気味に推移した。

(収支とも伸び悩んだ都市家計)

46年度の都市家計収支は,不況の影響で収支とも伸び悩んだ。全国勤労者世帯の可処分所得は前年度比で45年度の15.3%増から46年度の9.5%増へと伸びが低まつている。定期収入は11.0%増と前年度の14.4%増をやや下回る程度にとどまつたが,臨時賞与収入は前年度の20.4%増に対し6.3%増へと大きく落込み,所得伸び悩みの主因となつた。消費支出もこうした所得の低い伸びに見合つて9.8%増にとどまつた( 第1-21図 )。内容的にみると,耐久消費財を含む住居費は比較的堅調であつたが,前年における万国博関連支出増の反動もあつて,雑費の伸びが落ち,被服も低水準にとどまつている。この間,都市家計の消費性向はこれまでの傾向とは逆にやや上昇したが,この上昇は低所得層において,耐久消費財等を中心に生じている( 第1-22表 )。

このように都市家計の収支はともに伸び悩みをみせたが,年度間の推移としては,年末賞与の伸び率低下もあつて,その前後の消費不振がもつとも顕著であり,47年に入ると,所得の持直しなどから消費支出はやや回復している。

(年度後半にやや落着いた消費者物価)

ここで46年度の消費者物価についてみておこう。46年度の消費者物価の前年度比上昇率は5.7%,季節商品を除く指数で6.2%となり,いずれも45年度を下回つたが,41~43年度までの4%台の上昇に比べると根強い騰勢を続けた( 第1-23図 )。

各費目別の動きをみると,食料では野菜,果物が夏から秋にかけての冷害や,台風の影響で一時的に異常騰貴を示したほかは,天候に恵まれたこともあつて供給が潤沢で前年度比下落となり,食料価格全体としても上昇率は鈍化した。その他では光熱,教育,教養娯楽費などの値上がりが目立つている。なお,47年に入つてタクシー代,郵便料(2月),電報料(3月)など,これまで抑えられてきた公共料金が引き上げられた。しかし,年度間の動きを前半と後半にわけてみると,野菜や果物が後半に下落したこともあるが,季節商品を除く指数の前期比でみても前半3.3%,後半2.2%と,後半になつて落着きがみられた。44年度以降長期的好況を反映して消費者物価の上昇は加速し,景気後退局面に入つても騰勢を弱めなかつたが,46年度の後半になつて上昇鈍化を示すこととなつたのである。この動きは5大費目ともに共通している。

46年度後半になつて消費者物価の騰勢が鈍化したのは,次の理由によると思われる。第1は,消費者物価に関連の深い中小企業の賃金が大企業のそれに遅れて46年度に入つて増勢が鈍化しはじめたことである。第2は,消費需要も46年度後半にはかなり弱まつたことである( 第1-20図 )。これらの要因がいくぶんのタイムラグをともなつて消費者物価の上昇を鈍化させるのは,40~41年にも経験されたところであり,景気変動と消費者物価の上昇とは無関係でないことを示している。もつとも,さきにみたように賃金の下方硬直性が強まつており,これが景気後退の末期から回復にかけての物価安定効果を従来より小さくする可能性も強い。

(伸び悩む農家支出)

46年度の農家支出は,家計費が前年度並みの10.3%増とこれまでより伸び悩み,農業経営費は農業生産の不振を反映して前年に引続き鈍化傾向を示した( 第1-24図 )。

46年度の家計費の内訳をみると飲食費のうちの現金支出,被服費,家財家具費,小遣い,贈答,送金等の支出増加が目立つ一方,これまで増勢の著しかつた自動車費,保健・教育・文化費の伸び率が鈍化した。このように農家の家計費が伸び悩んだのは,農外所得の大幅な増加にもかかわらず,米の生産調整等による農業生産水準の低下や米価の抑制および青果物,畜産物等の価格が需給事情の変化により低かつたこと等もあつて農業所得の落込みが大きく,農家の可処分所得の伸びが鈍つたためである。

農業経営費は,前年度比で44年度10.2%増,45年度8.3%増のあと,46年度は4.2%増と大きく鈍化した。農業経営費のうち主な生産資材の購入についてみると,総じて低迷している。農業機械は,前年度比で44年度8.6%増,45年度1.4%減のあと,46年度には23.0%の大幅な減少となつている。農薬の消費は,果樹園芸用の需要が増大したが,稲作用が米の生産調整や害虫の発生が少なかつたことから減少したため,総体的にはほぼ横ばいとなつた。また,肥料もその消費量の約4割を占めている米の生産調整の影響を受けて減少した。

以上のように,これまでの不況時には農家支出は持続的に増加し,景気の下支えとなつたが,今回の不況時においてはそれが伸び悩み,従来の景気下支えの役割が小さくなつたことが特徴である。

(5) 変化した景気回復の条件

昭和46年度経済を国民所得統計により要約してみると,国民総生産は81.1兆円で,実質成長率5.9%となつた。経済成長率としては40年度以来の低さとなり,45年度に比べ在庫投資は大幅に減少し,設備投資,住宅建設,輸出,個人消費支出はいずれもその伸び率を低め,不況期の様相を呈した。こうしたなかで政府固定資本形成のみが25.0%(実質値)の高い伸びを維持している。

しかし年度内の推移としてみれば,年度末にいたつて回復への動きを強めている。これは,輸出や大型設備投資が停滞し,在庫投資も増加するにはいたつていないが,財政支出の拡大を背景に個人消費支出,住宅建設,中小企業設備投資が増加してきているためである。